1 / 29
1 図書室にて 比奈
しおりを挟む
「本ばっか読んで、目、悪くするよ」
図書室に入って壁伝いに右手、奧。
唯でさえ来る人が少ない図書室の、これまた人気の無い貸し出し禁止本エリアの、もっと奧。
たった一つだけある机と、椅子二脚。
幾つもの本棚に隠れた、私の特等席。
今日も今日とて本の虫を自負する私は、世界から隔離されたようなその場所で、お気に入りの本のページを繰る。
昔懐かしガリ勉のイメージを地で行く三つ編みおさげの図書委員長である私にとって、これ以上の至福の時間があるだろうか。
いや、無い。
真横の窓に濃いオレンジに変わりゆく風景を従え、机に開くは古事記の分厚い本。
ぺらりと捲れば、ぱっと見全く意味の分からない文字の羅列。
暗号のような文字達をゆっくりと紐解いて、意味を成して行くこの興奮。
今まで、分かち合えた人はいない……。
「……」
ちょっと暗くなったけど、いいの! 気にしない!
いつか、きっと、会える、かもしれないかもしれな……←無限ループ
「ねー、比奈ってばさ。思いっきり俺を無視してるの、気付いてるー?」
デートは国会図書館、休日は国立民族博物館、あぁ城跡巡りも最高ね。
「比奈ぁ、お前さー」
寺社仏閣に行くときは、朱印帳はマストだからよろしく!
ほくほくと幸せ妄想に浸っていたら、見ていた本の横にそれなりに大きな音をさせて掌がどんっと降りてきた。
「……」
思わず、その手を見る。
あー、骨ばった手ってある意味羨ましいよねー。
私、子供っぽいまんまだもんねぇ。骨どころか、血管さえもあんまり見えない。
「おい、比奈。いい加減こっち向け」
前の方から聞こえていた声が、いつの間にやら真横上方から降ってきた。
「手、邪魔」
顔をあげることさえ億劫で、本の横に置かれた手を丸めた拳でノックの様に軽く叩く。
「お前に無視されてる俺より、本の方が可哀想なのかい」
「うん」
「即答だし」
はぁぁ、と深く息を吐き出して真横に立つデカイ図体が、肩を落とした。 ような気がする。
しつこいけど、私の興味はすべからく本だけだから!
「比奈ぁ。お前、図書委員長の癖して司書教諭に対しての態度悪すぎー。減点したろか? 内申点」
「こたろーちゃんと違って、数点の差に泣かないから」
冷たく返せば、余計なお世話だと小突かれた。
「まぁいいや。でさ、比奈……」
そこまでこたろーちゃんが言い掛けた時、
「梶原先生、よろしいですか?」
少し離れたところから甘い声がトンデキマシタ。
いや、マジで。
比喩じゃなく。
まるで砂糖でコーティングされて、重みを増したかのような甘ったるい声。
顔を上げれば、ふんわりゆるパーマの髪が胸元でゆれる、もう一人の司書教諭が私達を見ていた。
こたろーちゃんは机についていた手を上げて、屈めていただろう上体を戻す。
「伊藤先生、何でしょうか」
一瞬にして「先生」に戻ったこたろーちゃんは、歩きながら何か思い出したようにこちらに振り向いた。
「三嶋さん。司書としては嬉しいけど、あまり根を詰めないようにね?」
その目は言葉とは裏腹で、わかってんだろーなぁ、と二重音声に聞こえてしまうのは仕方ないことだろう。
「分かりました、梶原先生。お気遣いありがとうございます」
丁寧な生徒モードで御礼を言えば、満足した顔で伊藤先生と連れだって歩いていった。
その広い背中を見送って、私は再び本に目を落とす。
なんとなくもやもやするけれど、きっとそれは気のせいだ!
そう断言して、再び古事記の世界へ……
「今日もやるねえ、ちーちゃんは」
「んあ!」
……入れなかった(涙
いきなり背中にどすんと重みが来て、本の上に顔面着地。セーフなのは、その間に私のノートが挟まれてることかしらね!
好きだけどね、本、大好きだけどね?
ファーストキスはね、せめて人がいいと思うの。
一向にどく気配のない背中の小判ザメを、振り落とす感じで体を揺する。
「あら、冷たい。副委員長は大切にした方がいいですよー、委員長さま」
「その前に委員長の私を大切にせよ、河田佳苗副委員長」
冷たく言い放ちながら、本を撫でる。
ノートでカバーしたとはいえ、大丈夫? シワになってない!?
佳苗は本マニアーと私をけなしながら机の向こう側、もう一つある椅子に腰掛けた。
「しっかしちーちゃんてば、あからさま過ぎて笑えるね。梶原せんせーも、いい迷惑だろうに」
にやにやと笑いながら、ふ、と落としたトーンで言葉を続ける。
「あんながつがつ感みせられたら、引くよねー。ていうか、うちらがドン引き。やだなー、今日の戸締まり役」
本を撫でていた私は、佳苗のその言葉ににんまりとした笑みを向けた。
「そりゃ、ご愁傷様。せめてどっちかが帰っていればいいねぇ」
図書室の鍵は、司書教諭に戻すことが決まりなんだけど、実はそれが問題。
うちには、司書教諭が二人いる。
伊藤 千恵先生、御歳二十五歳と、梶原 小太郎先生、御歳二十二歳。
まぁ、さっきのやり取り読んでくれれば分かると思うんだけど、伊藤先生は梶原先生LOVEでして。
まーた、梶原先生は臨時採用だからその間に! て、押せ押せ感半端ないわけでして。
んで、司書教諭は当たり前だけど図書準備室に二人でいるわけでして。
鍵返しに行くと、そんな生々しいやり取りを見なきゃいけないから皆嫌がるのだ。
で、どうして私に回ってくるって?
「本当に嫌なんだよねぇ。んふふ~、幼馴染の”こたろーちゃん”に、比奈から返してくれないかなー」
こーいうことだからですよ。
たまたまこたろーちゃんといつものように話していたのを、佳苗に盗み聞き(いや、図書室で晩御飯の話をした私達がバカなんだけど)されて幼馴染である事がばれたのだ。
内緒にしていたのに。
私は本のページをぺらりと捲ると、期待に満ちた佳苗を一刀両断する。
「幼馴染でも、今は単なる先生と生徒。役目は全うしてください」
「えー、幼馴染って事は内緒にしてあげるからさぁ」
「それは当たり前。でも、嫌」
即答すれば、ケチと肩を落とされた。
図書室に入って壁伝いに右手、奧。
唯でさえ来る人が少ない図書室の、これまた人気の無い貸し出し禁止本エリアの、もっと奧。
たった一つだけある机と、椅子二脚。
幾つもの本棚に隠れた、私の特等席。
今日も今日とて本の虫を自負する私は、世界から隔離されたようなその場所で、お気に入りの本のページを繰る。
昔懐かしガリ勉のイメージを地で行く三つ編みおさげの図書委員長である私にとって、これ以上の至福の時間があるだろうか。
いや、無い。
真横の窓に濃いオレンジに変わりゆく風景を従え、机に開くは古事記の分厚い本。
ぺらりと捲れば、ぱっと見全く意味の分からない文字の羅列。
暗号のような文字達をゆっくりと紐解いて、意味を成して行くこの興奮。
今まで、分かち合えた人はいない……。
「……」
ちょっと暗くなったけど、いいの! 気にしない!
いつか、きっと、会える、かもしれないかもしれな……←無限ループ
「ねー、比奈ってばさ。思いっきり俺を無視してるの、気付いてるー?」
デートは国会図書館、休日は国立民族博物館、あぁ城跡巡りも最高ね。
「比奈ぁ、お前さー」
寺社仏閣に行くときは、朱印帳はマストだからよろしく!
ほくほくと幸せ妄想に浸っていたら、見ていた本の横にそれなりに大きな音をさせて掌がどんっと降りてきた。
「……」
思わず、その手を見る。
あー、骨ばった手ってある意味羨ましいよねー。
私、子供っぽいまんまだもんねぇ。骨どころか、血管さえもあんまり見えない。
「おい、比奈。いい加減こっち向け」
前の方から聞こえていた声が、いつの間にやら真横上方から降ってきた。
「手、邪魔」
顔をあげることさえ億劫で、本の横に置かれた手を丸めた拳でノックの様に軽く叩く。
「お前に無視されてる俺より、本の方が可哀想なのかい」
「うん」
「即答だし」
はぁぁ、と深く息を吐き出して真横に立つデカイ図体が、肩を落とした。 ような気がする。
しつこいけど、私の興味はすべからく本だけだから!
「比奈ぁ。お前、図書委員長の癖して司書教諭に対しての態度悪すぎー。減点したろか? 内申点」
「こたろーちゃんと違って、数点の差に泣かないから」
冷たく返せば、余計なお世話だと小突かれた。
「まぁいいや。でさ、比奈……」
そこまでこたろーちゃんが言い掛けた時、
「梶原先生、よろしいですか?」
少し離れたところから甘い声がトンデキマシタ。
いや、マジで。
比喩じゃなく。
まるで砂糖でコーティングされて、重みを増したかのような甘ったるい声。
顔を上げれば、ふんわりゆるパーマの髪が胸元でゆれる、もう一人の司書教諭が私達を見ていた。
こたろーちゃんは机についていた手を上げて、屈めていただろう上体を戻す。
「伊藤先生、何でしょうか」
一瞬にして「先生」に戻ったこたろーちゃんは、歩きながら何か思い出したようにこちらに振り向いた。
「三嶋さん。司書としては嬉しいけど、あまり根を詰めないようにね?」
その目は言葉とは裏腹で、わかってんだろーなぁ、と二重音声に聞こえてしまうのは仕方ないことだろう。
「分かりました、梶原先生。お気遣いありがとうございます」
丁寧な生徒モードで御礼を言えば、満足した顔で伊藤先生と連れだって歩いていった。
その広い背中を見送って、私は再び本に目を落とす。
なんとなくもやもやするけれど、きっとそれは気のせいだ!
そう断言して、再び古事記の世界へ……
「今日もやるねえ、ちーちゃんは」
「んあ!」
……入れなかった(涙
いきなり背中にどすんと重みが来て、本の上に顔面着地。セーフなのは、その間に私のノートが挟まれてることかしらね!
好きだけどね、本、大好きだけどね?
ファーストキスはね、せめて人がいいと思うの。
一向にどく気配のない背中の小判ザメを、振り落とす感じで体を揺する。
「あら、冷たい。副委員長は大切にした方がいいですよー、委員長さま」
「その前に委員長の私を大切にせよ、河田佳苗副委員長」
冷たく言い放ちながら、本を撫でる。
ノートでカバーしたとはいえ、大丈夫? シワになってない!?
佳苗は本マニアーと私をけなしながら机の向こう側、もう一つある椅子に腰掛けた。
「しっかしちーちゃんてば、あからさま過ぎて笑えるね。梶原せんせーも、いい迷惑だろうに」
にやにやと笑いながら、ふ、と落としたトーンで言葉を続ける。
「あんながつがつ感みせられたら、引くよねー。ていうか、うちらがドン引き。やだなー、今日の戸締まり役」
本を撫でていた私は、佳苗のその言葉ににんまりとした笑みを向けた。
「そりゃ、ご愁傷様。せめてどっちかが帰っていればいいねぇ」
図書室の鍵は、司書教諭に戻すことが決まりなんだけど、実はそれが問題。
うちには、司書教諭が二人いる。
伊藤 千恵先生、御歳二十五歳と、梶原 小太郎先生、御歳二十二歳。
まぁ、さっきのやり取り読んでくれれば分かると思うんだけど、伊藤先生は梶原先生LOVEでして。
まーた、梶原先生は臨時採用だからその間に! て、押せ押せ感半端ないわけでして。
んで、司書教諭は当たり前だけど図書準備室に二人でいるわけでして。
鍵返しに行くと、そんな生々しいやり取りを見なきゃいけないから皆嫌がるのだ。
で、どうして私に回ってくるって?
「本当に嫌なんだよねぇ。んふふ~、幼馴染の”こたろーちゃん”に、比奈から返してくれないかなー」
こーいうことだからですよ。
たまたまこたろーちゃんといつものように話していたのを、佳苗に盗み聞き(いや、図書室で晩御飯の話をした私達がバカなんだけど)されて幼馴染である事がばれたのだ。
内緒にしていたのに。
私は本のページをぺらりと捲ると、期待に満ちた佳苗を一刀両断する。
「幼馴染でも、今は単なる先生と生徒。役目は全うしてください」
「えー、幼馴染って事は内緒にしてあげるからさぁ」
「それは当たり前。でも、嫌」
即答すれば、ケチと肩を落とされた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中


生まれ変わっても一緒にはならない
小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。
十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。
カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。
輪廻転生。
私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる