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望み
王妃の望み。4
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「それで……、深青は」
口がカラカラに乾いて、これだけ喋るのに、何度も唾を飲み込んだ。
魔力に呪いや病を溶かす。そんな荒唐無稽な事が出来るのかそう口に出したかったけれど、可能性という意味なら出来ると頭では分かってしまっていた。
魔力は体の中を巡る、一種の血液のようなもの。そして魔力は、魔力をもって干渉することができる。そこに治癒を組み込めば、何とかなるかもしれない。何とかなるといっても、膨大な魔力が必要だ。それこそ、人にして何人もの。
悪い部分……、要するに持って生まれたもの以外を身体から排除する、そういう仕組み。完治するのではなく、なかったことにするもの。その代わり魔力を媒介にするため、それに付随するものも失うことになるはず。要するに、この国では重要な意味を持つスキルまでも。
だから理論的には可能でも、実際に実行に移すものはいない。それが禁術になったのは、後ろ暗い過去があるからだ。王族や貴族諸侯の為に庶民が犠牲となっていた過去が。贄に選ばれた庶民たちは、秘密を保持するために闇に葬られた。
そうじゃなければこんなに利用価値のある術が、禁術になるはずがない。
深青は、その、贄にされた。
師匠は手を伸ばして深青の頭を撫でると、大丈夫……と力なく呟いた。
「一度、お前の薬を使って手術をしたのは本当だ。王子を始め俺にも深青にも、それは成功したと伝えられていた。本当は手の施しようがなかったのに。俺たちはそれを信じてしまった」
いつもなら嬉しそうに師匠の手を受け入れる深青の目は、閉じられたまま。その姿を見つめながら、師匠は続けた。
「王妃は手術が失敗した時の為に、禁術を復活させていた。残っていたお前の薬を使って深青を昏睡させ、王子の反対も聞かずに無理に術を使ったんだ」
俺が気が付いたのも、既に術が発動されてからだった。
そう肩を落とす師匠に、何を言えばいいのか分からない。
めちゃくちゃにののしってやりたいし、この怒りをぶつけたい。けれど一番傷ついているのは師匠だ。
王妃に欺かれ、王子を亡くし深青と凪を追い詰め自身の立場も危うい。逃げればいいとさっきまで思っていたが、それは苦難の道である事にかわりない。
「それで、深青は寝ているだけなのですか……?」
文句を言うのは簡単。でも、そうしても、事態は変わらない。先の事を考えねば。
「身体で言うなら、無事。助け出した時、おかしな場所はなかった。でも……記憶が一部欠落していた」
「記憶が?」
「最後の最期で、王子が術に抵抗したんだ。その衝撃で、深青は凪の事を忘れてしまった。なぜ凪だけなのかはわからない、けれど凪の記憶だけすっぱり消えていた。とにかく混乱が激しくて薬で眠らせて連れてきたんだ」
「そんな……」
ここを出ていく前の、二人の姿が脳裏に浮かぶ。あんなに仲が良かったのに、仲の良い兄弟のような二人だったのに。
「あと、王子のスキルが受け継がれた。術はほぼ完成に近づいていたから、王子の魔力が深青にすでに流れ込んでいたらしい」
「王子のスキルって……」
なんでしたか? 元々魔力のほぼない深青。せめてもの代償に、スキルが身につくならそれに越したことはないけれど。
師匠はピクリと肩を微かに動かすと、胸元のポケットから封筒を取り出して私に押し付けた。
「詳しい事はそこに書いてあるから、後で読め。今からお前達を他国に飛ばす。深青の事は心配するな、王子の事があったから俺の出身国の奴に頼んでおいた。魔力をたどって、そいつが見つけに来てくれると思う」
「師匠の出身国? え、それは……」
「西の大陸のランディアだ。二人同じ所に送ってやりたいけど俺の魔力じゃ多分ばらばらになるから、自力で深青を探し出してくれ」
……無茶ぶり凄いんですが! っていやいや、その前に!
「私達は外に出れませんよ!? 江国の枷が……」
「俺の魔力に乗せて、同時に外に出すから理論上は大丈夫だ。と、願う」
と、へらりと笑うから。思わず肩の力が下りた。
「願うんですか! まったくもう、師匠といると緊張感が続きませんね。それで師匠はどうするんです」
「詳しく説明する暇もなくて悪かったな。お前たちを逃がしたら、俺もさっさと逃げるから気にせずいけよ」
「捕まんないでくださいよ」
ね? と、笑いかければ師匠は視線を落として肩を落とした。
「俺は大丈夫だ。凪の事も心配するな。お前たちが他国で生活基盤ができた頃に、こっちから送り出す。その時は声をかけるから迎えに来てやってくれ」
「生活基盤ができること前提ですか」
「お前なら大丈夫だろ?」
信頼されて嬉しいのかどうなのか。
師匠は小さな魔石を私に渡すと、深青を抱き上げた。
「それは凪がそちらに行く時だけ、その一回だけ使える魔力が込められてる。他で使うなよ?」
「使いませんよ、可愛い凪が来るんですから」
深青の荷物と思しき袋を肩にしょいながら笑うと、師匠がすまんな……と声を落とす。
「お前や俺だけじゃなく、江国の記憶も意図的にすべて封印して送り出すつもりだ。あの子は、他国に出るとこの国にとって交渉のカードになれてしまうから。それなら何も知らない方がいい」
「封印……?」
「精神に作用する魔術だ。消すわけじゃないからいつかは思い出すかもしれないし、忘れたままかもしれない。あとは、號玖に任せた」
「そんな適当な」
「スキルもそのうち教えてやってな」
「全部人任せですか」
必要なことを言い合いながら、用意を整える。すでに感づかれているようで、さっき書き換えた師匠の魔力……うちへの通信を海の近くにある小屋まで伸ばした……を偽りと見抜いただろう集落の諜報者が、存在感駄々洩れでこちらにかけてくる。きっとその傍には首都の者がいるのだろう。
用意を終えた師匠は私に深青を渡すと、ふわりと笑った。
「大きくなったなぁ、號玖」
突然の言葉に、口端を上げる。
「なんですか突然」
「お前の両親も、喜んでいるだろう。お前の父親の出身もそのうち調べておくからな」
「私に伝わらないじゃないですか、それ」
ふふ、と声を出す。
「號玖、今までありがとうな」
「師匠、お世話になりました」
それが、江国での最後の会話だった。
……師匠を見た、最後だった。
口がカラカラに乾いて、これだけ喋るのに、何度も唾を飲み込んだ。
魔力に呪いや病を溶かす。そんな荒唐無稽な事が出来るのかそう口に出したかったけれど、可能性という意味なら出来ると頭では分かってしまっていた。
魔力は体の中を巡る、一種の血液のようなもの。そして魔力は、魔力をもって干渉することができる。そこに治癒を組み込めば、何とかなるかもしれない。何とかなるといっても、膨大な魔力が必要だ。それこそ、人にして何人もの。
悪い部分……、要するに持って生まれたもの以外を身体から排除する、そういう仕組み。完治するのではなく、なかったことにするもの。その代わり魔力を媒介にするため、それに付随するものも失うことになるはず。要するに、この国では重要な意味を持つスキルまでも。
だから理論的には可能でも、実際に実行に移すものはいない。それが禁術になったのは、後ろ暗い過去があるからだ。王族や貴族諸侯の為に庶民が犠牲となっていた過去が。贄に選ばれた庶民たちは、秘密を保持するために闇に葬られた。
そうじゃなければこんなに利用価値のある術が、禁術になるはずがない。
深青は、その、贄にされた。
師匠は手を伸ばして深青の頭を撫でると、大丈夫……と力なく呟いた。
「一度、お前の薬を使って手術をしたのは本当だ。王子を始め俺にも深青にも、それは成功したと伝えられていた。本当は手の施しようがなかったのに。俺たちはそれを信じてしまった」
いつもなら嬉しそうに師匠の手を受け入れる深青の目は、閉じられたまま。その姿を見つめながら、師匠は続けた。
「王妃は手術が失敗した時の為に、禁術を復活させていた。残っていたお前の薬を使って深青を昏睡させ、王子の反対も聞かずに無理に術を使ったんだ」
俺が気が付いたのも、既に術が発動されてからだった。
そう肩を落とす師匠に、何を言えばいいのか分からない。
めちゃくちゃにののしってやりたいし、この怒りをぶつけたい。けれど一番傷ついているのは師匠だ。
王妃に欺かれ、王子を亡くし深青と凪を追い詰め自身の立場も危うい。逃げればいいとさっきまで思っていたが、それは苦難の道である事にかわりない。
「それで、深青は寝ているだけなのですか……?」
文句を言うのは簡単。でも、そうしても、事態は変わらない。先の事を考えねば。
「身体で言うなら、無事。助け出した時、おかしな場所はなかった。でも……記憶が一部欠落していた」
「記憶が?」
「最後の最期で、王子が術に抵抗したんだ。その衝撃で、深青は凪の事を忘れてしまった。なぜ凪だけなのかはわからない、けれど凪の記憶だけすっぱり消えていた。とにかく混乱が激しくて薬で眠らせて連れてきたんだ」
「そんな……」
ここを出ていく前の、二人の姿が脳裏に浮かぶ。あんなに仲が良かったのに、仲の良い兄弟のような二人だったのに。
「あと、王子のスキルが受け継がれた。術はほぼ完成に近づいていたから、王子の魔力が深青にすでに流れ込んでいたらしい」
「王子のスキルって……」
なんでしたか? 元々魔力のほぼない深青。せめてもの代償に、スキルが身につくならそれに越したことはないけれど。
師匠はピクリと肩を微かに動かすと、胸元のポケットから封筒を取り出して私に押し付けた。
「詳しい事はそこに書いてあるから、後で読め。今からお前達を他国に飛ばす。深青の事は心配するな、王子の事があったから俺の出身国の奴に頼んでおいた。魔力をたどって、そいつが見つけに来てくれると思う」
「師匠の出身国? え、それは……」
「西の大陸のランディアだ。二人同じ所に送ってやりたいけど俺の魔力じゃ多分ばらばらになるから、自力で深青を探し出してくれ」
……無茶ぶり凄いんですが! っていやいや、その前に!
「私達は外に出れませんよ!? 江国の枷が……」
「俺の魔力に乗せて、同時に外に出すから理論上は大丈夫だ。と、願う」
と、へらりと笑うから。思わず肩の力が下りた。
「願うんですか! まったくもう、師匠といると緊張感が続きませんね。それで師匠はどうするんです」
「詳しく説明する暇もなくて悪かったな。お前たちを逃がしたら、俺もさっさと逃げるから気にせずいけよ」
「捕まんないでくださいよ」
ね? と、笑いかければ師匠は視線を落として肩を落とした。
「俺は大丈夫だ。凪の事も心配するな。お前たちが他国で生活基盤ができた頃に、こっちから送り出す。その時は声をかけるから迎えに来てやってくれ」
「生活基盤ができること前提ですか」
「お前なら大丈夫だろ?」
信頼されて嬉しいのかどうなのか。
師匠は小さな魔石を私に渡すと、深青を抱き上げた。
「それは凪がそちらに行く時だけ、その一回だけ使える魔力が込められてる。他で使うなよ?」
「使いませんよ、可愛い凪が来るんですから」
深青の荷物と思しき袋を肩にしょいながら笑うと、師匠がすまんな……と声を落とす。
「お前や俺だけじゃなく、江国の記憶も意図的にすべて封印して送り出すつもりだ。あの子は、他国に出るとこの国にとって交渉のカードになれてしまうから。それなら何も知らない方がいい」
「封印……?」
「精神に作用する魔術だ。消すわけじゃないからいつかは思い出すかもしれないし、忘れたままかもしれない。あとは、號玖に任せた」
「そんな適当な」
「スキルもそのうち教えてやってな」
「全部人任せですか」
必要なことを言い合いながら、用意を整える。すでに感づかれているようで、さっき書き換えた師匠の魔力……うちへの通信を海の近くにある小屋まで伸ばした……を偽りと見抜いただろう集落の諜報者が、存在感駄々洩れでこちらにかけてくる。きっとその傍には首都の者がいるのだろう。
用意を終えた師匠は私に深青を渡すと、ふわりと笑った。
「大きくなったなぁ、號玖」
突然の言葉に、口端を上げる。
「なんですか突然」
「お前の両親も、喜んでいるだろう。お前の父親の出身もそのうち調べておくからな」
「私に伝わらないじゃないですか、それ」
ふふ、と声を出す。
「號玖、今までありがとうな」
「師匠、お世話になりました」
それが、江国での最後の会話だった。
……師匠を見た、最後だった。
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