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第13話 森
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俺達のパーティーにとって森は鬼門だと言える。なぜなら、パーティー最大の攻撃力を持つミミの炎魔法が、十分活用出来ないからだ。
ゲームなら、森であろうが街中であろうが、たとえ室内であろうが広域範囲魔法を乱発しまくっても大丈夫だが、現実は違う。そんな事をすれば放火魔だ。森の中なら放火云々の前に、自分たちが山火事で焼け死ぬ。
森、と一口で言うが、実際は木々の密度、下草の有無、高低差の有無などなど、場所によって全くと言って良い程違う。
そのため、ミミの炎魔法が全く使用できないと言う訳ではない。それでも、広範囲魔法である『ファイヤーストーム』は、ほぼ使えないと言って良い。
そのため森においては、ミミが使用するのは『ファイヤーアロー』がメインとなる予定だ。『ファイヤーアロー』は炎の矢が飛んでいって、目標を貫く魔法で、『ファイヤーボール』より射程が長く、ある程度の誘導性もある。
ミミいわく、「ファイヤーアローって言うより、ファイヤーミサイルよ!」との事。
この『ファイヤーアロー』は『ファイヤーボール』と違って、貫通属性を持ち防御力の低いモンスターであれば完全に貫いた上で、後方のモンスターへもあたると言う事もあり得る。
防御力が強いモンスターの場合、刺さった状態でその場所を焼く。すなわち、内部まで達していれば、内部も焼き尽くすという事だ。
そして、『ファイヤーボール』のように着弾時燃え広がる事がなく、魔法力が残っている間、矢の形状を維持したままでいる事から、周囲への延焼防止効果がある。つまり、森での使用には炎魔法の中でにおいては最適だという事だ。
だから、『ファイヤーアロー』をメインで使用していく。
俺達が鬼門たる森へとあえて足を踏み込むのは、『森は草原に比べて、美味しい』からだ。森は、モンスターを含め、素材の宝庫だと言える。
草原地帯で遭遇した『痩せ狼』『グリーンゴブリン』『火蜂』も、森が本来の活動の場であり、そこからたまたま出てきたモノや、縄張り争いに敗れたモノ達が草原にいたに過ぎない。
一定以上の収入を得ようとするなら、森を活動範囲に加えざるを得ないって事だ。
俺達は以前言ったように、まだまだ先を目指している。だから、資金的にもレベルアップ的にも、森は避けて通れない場所なのだ。
「と言う事で、ロウ! あんたの気配察知に皆の命が掛かってんだから、気合い入れていくんよ! 気合いだ!! 気合いだ!! 気合いだー!! ハイ! 復唱!!」
相変わらずミミがアホな事を言ってくる。……いや、言っている事は間違っちゃいないんだけど、後半のソレ、元ネタ(?)を知っていると、ギャグにしか聞こえんのよ。ほら、ティアも苦笑いしてる。
そんな事を知らないシェーラだけが、一人真面目に復唱していた。……って言うか、フレーズが気に入ったみたいで、その後も一人で呟いている。体育会系的に、通じるところがあったのかもしれない……。
この日俺達が入った森は、今まで活動してきた西外門を出て北西の草原地帯の更に先にある森だ。
今までと違い、草原地帯は真っ直ぐに急ぎ足で駆け抜けている。それでも、西外門から40分程かかった。当然帰りも同じ時間が掛かる関係上、今までより1時間半近く実際の活動時間が少なくなる訳だ。
まあ、草原でモンスターに遭遇した際は、狩っていく訳で、完全な無駄にはならないが、その戦闘時間分今度は移動時間が長くなるという問題もある。いろいろ考えて行動する必要がある。
この森の入り口近くは、若い森のようで、木々もそれ程大きくなく、そのため木々の密度は高い。幸い、下草は然程茂っていないため移動の邪魔にはならない。
俺はこの森に入る前から、『気配察知』スキルを実行している。スキルレベルが6になった時点で、このスキルはMP1で25秒間維持できるようになった。MPが1回復するのに掛かる時間は、まだ30秒のままなので、僅かずつではあるが消耗していく事になる。
まあ、それ以外に『スティール』も使用するので、戦闘があればMPの消耗は一気に進む。その分は『闇の双剣』の『MP吸収能力』で補うつもりだ。よほど『スティール』を連発しない限り、上手く回るはず。
そんな『気配察知』スキルに反応が現れたのは、森に入って2分と経たない時だった。
「40メートル! 木の上に一体! 小さい!」
出来るだけ明瞭に、そして簡潔に報告する。こういう時、だらだらと説明していたら、その途中で攻撃を受ける可能性も有るからな。
「猿か!!」
シェーラが、大剣を握る手に力を入れながら聞いてくる。シェーラの言う『猿』とは、『緑猿』と言う、その名のとおり体毛が緑色の長毛手長の猿で、10匹以上の群れで襲ってくる、森ではかなり面倒なモンスターだ。
数の問題もだが、緑色の体毛が保護色の役割をして、樹上にいるときに発見が難しい。そして、頭上から奇襲を掛けられれば、パーティー全滅の可能性も有る、怖いモンスターでもある。
だから、シェーラはまず、『緑猿』を気にした訳だ。
だが、今回は大丈夫だ。
「違う。反応の大きさからして、30センチ程だから、別もんだと思う」
そう聞いて、シェーラだけでなく、他の二人もほっと息を吐いていた。
「うみゅ~、って事は、スラリン?」
「樹上と言う事なら、スライムより大蛭の可能性が高いのではないか」
シェーラもミミの言葉に大分慣れてきたようだ。『スラリン』を『スライム』と認識できている。これは、成長と言って良いのだろうか? 染まってきている、と言うべきではないだろうか……。
それはともかく、樹上のヤツについては、俺も『大蛭』だと思う。この『大蛭』は名前のとおり、大きな蛭だ。蛭の中でも、水中ではなく陸上にいるので、いわゆるヤマビルの一種だろう。
攻撃手段は吸血のみ。レベルは2~4程度と低い。ただ、これも体色が木の枝などと同じで見づらく、樹上から落下してくるため気付き難くいため地味に嫌なモンスターだったりする。
あと、噛まれると、血液の凝固を妨げる成分を注入するため、僅かな傷でも『回復薬』か『解毒薬』を使用する必要があるのも難点だ。出血がとならないからな。
「よし、ヒルはロウ担当! よろ!」
「よろ!じゃねーって! なんで俺だよ!」
「だって、ヒル、キモいし!!」
……オイ!
まあ、言っても無駄なので、もう何も言うまい。……ティアもヒルは苦手そうだし。シェーラは武器の種類的に合わないし、な。俺がやるしかないか。
「ロウ、何か唄う?」
ティアが確認してきたが、断った。相手は『大蛭』だからな。存在が分かっていれば、スライムより怖くない相手だ。
ところで、ティアの『歌唱』は、森に入って以降使用を控えている。草原地帯などでは、モンスターとエンカウントしていない時も使用していたが、森だとその音によって無駄にモンスターを引き寄せる可能性が有るから、危険と判断して常時使用は控えている訳だ。無論、戦闘時の使用は今までどおりだが。
森の場合は、モンスター密度も高く、俺達よりレベルの高いモンスターもいる。それに、初日で全く森という環境に慣れていない状態では危険すぎるからな。安全第一だよ。
俺は先頭に立ち、『気配察知』によって反応の出た地点へと向かう。10メートル程進んだところで、木々の隙間からソレが目視できた。
「やっぱ、ヒルだ。キモ!!」
「青い筋が入ってるよ……」
確かに気持ちの良い見た目じゃないな。
俺は、目だけでシェーラにフォローを頼み、双剣の片方だけを右手にして『大蛭』の直下まで行った。すると、目があるようにも見えないのに、その直後に樹上から落下してくる。
しかし、それは、ただの自由落下だ。羽などの無い『大蛭』は途中で軌道を変える事も出来ない。だから、落下を確認した時点で体を僅かに躱し、剣を『大蛭』に向けるだけで良い。あとは自分で勝手に刺さってくれる。
一応、刺さった直後に『スティール』も実行した。ティアは、そのタイミングに合わせて『ラッキーソング』を歌ってくれた。
火で焼かれた『スライム』ほどではないものの、それなりに身体を蠢かせる『大蛭』の上に、光と共に現れたのは、今まで見た事の無い色をしたポーションと思われる物だった。
「あに、それ?」
目ざとく気付いたミミが、例のごとく俺の手から奪い取っていく。
「ランクは?」
「一般ランクの光だったぞ」
ここで言う『ランク』は、『スティール』によって盗めるアイテムのレア度ランクの事で、『魔石』をクズランク、その上を一般ランク、更に上をレアランクと勝手に呼んでいる。
今回の光は、『低級回復薬』などを引く時の一般ランクのものだった。
「紫色だね、紫って初めて見るよ。なんの薬?」
ティアが尋ねるが、誰も答えられる者はいなかった。
「うみゅ~、紫は見た事ないんよね。市販薬でも、赤、青、黄色、緑、橙、茶、レモンしか無かったんよ」
以前も言ったが、ポーションは、その液体の色で種類が分かる。そして、これまでの経緯で『スティール』品も同じ法則に則っている事が分かっている。
と言う事は、今回の紫色をしたポーションは、一般的な魔法薬販売店では販売していない物だという事になる。
「一般的じゃない薬って事だよね。じゃあ、高く売れるか、買い取ってもらえないか、だね。……レベルが低い大蛭からの物だから、売れない物の可能性の方が高いかも」
ティアの予想を否定できる者は誰もいなかった。
結局は、ギルドで『鑑定』してもらう以外ない訳だな。
「ま、一応、初物って事で、幸先良し!つ~事! 次行ってみよ~!」
……ミミ、何故『次行ってみよ~』がダミ声なんだ?
『大蛭』は、思った以上に生息しているようで、森に入って30分程で11匹と遭遇した。
「多分、一般の冒険者は、発見しても無視して行くのではないか」
「うん、そうかも」
「キモいからね~」
多分、シェーラの言っている事は合っていると思う。
この森を活動エリアとする冒険者には、なんの素材、肉も取れず、『魔石』も2~4ポイント程度の物となれば、狩るだけ時間の無駄と判断するのだろう。
え?、俺達? 勿論狩るよ。紫色のポーションが売れるかどうかはともかく、10匹で『魔石』ポイント約30。
紫色のポーションが売れないと分かれば、『ラッキーソング』無しで『スティール』して『魔石』を引くようにすれば更に30ポイント、計60ポイント。30分で60ダリ稼げると考えれば、十分美味しい。
狩らいでか!
「サーチ&デストロ~イ!!」
ミミの欲望にまみれた掛け声と共に、狩りが再開された。シェーラだけは、例のごとく言葉の意味が分からず一瞬遅れたけどな……。
一般冒険者が狩り残した『大蛭』を、サーチ&デストロイする事16匹。
一応、例の紫色のポーションが売れる前提で、『ラッキーソング』付きで『スティール』している。そのため、新たに4本の紫色のポーションが手に入った。
そして、新しいモンスター発見したのは、やはりティアだった。
「蜘蛛! 60㍍先! 木と木の間!」
ティアが指さす先を見ると、木と木の間に巣を作った巨大な蜘蛛が見て取れた。虎のような横縞模様の蜘蛛だ。足の長さを除いても、全長1㍍はある。
「タイガースパイダーだな」
「女郎蜘蛛やん!!」
シェーラの言った名称に、ミミが即座に突っ込んだ。
女郎蜘蛛、前世でもかなりメジャーな蜘蛛で、多分知らない者はいないんじゃないかな? でも、意外と知らない者が多いんだが、あの身体のパターンは、黒と黄色のストライプじゃないんだよ。黄色はともかく、黒と思っている色は、青や紺、さらには緑などが複数入り交じった色だったりする。
その点、この世界の『タイガースパイダー』は黄色と黒のストライプなので、女郎蜘蛛ではなく、タイガーの名に恥じない(?)『タイガースパイダー』である事は間違いない。余談だな。
「キモいから、ロウの担当!!」
また、ミミのヤツがそんな事を言ってきやがる。
「アホかー! お前のファイヤーア…は、まずいな。突き抜けたら火事になる」
「それもあるが、確か、あの蜘蛛の糸は可燃性だったはずだ。」
シェーラに言われて、俺も思い出した。あの蜘蛛の糸は、かなり粘着性が高く、一度付けば簡単には取れないが、緊急時火傷を覚悟するなら火を付ける事で脱出可能だ、と書かれていたな。
瞬間的ではあるが、かなり良く燃えるらしい。……山火事になるな。
今度もシェーラは武器的にも適さないか。……結局、俺がやるしかない訳ね。
「手裏剣! 手裏剣!!」
ミミが何やら言って来るが、外した時が見付けられる気がしないので却下。
俺は『気配察知』で周囲に他のモンスターの気配がない事を確認した上で、ティアに歌を求めた。
「ティア、100万馬力頼む」
それは、10万馬力なアニメを元にした、歴とした歌謡曲だ。題名を含むの某ファミレスてテーマソングのように流されていた曲でもあるらしい。
俺のリクエストに応えて、ティアが歌い出すと『力』に+8が加わっていた。ティアの『精神』が上がった事と、『歌唱』のスキルレベルが上がった上で、俺へのスポットで唄っているからこその付与値だな。
ティアによる付与で、俺の『力』への補正値は合計10。シェーラの24には足下にも及ばないが、今は問題ない。
俺は、地面に落ちている手のひらに入る程の石を四個拾うと、思いっきり振りかぶって、『タイガースパイダー』に向かって全力で投げた。
物体が衝突する時の衝撃に関わるものは、その物体の質量と速さだ。そして、早さに関しては二乗に比例する。つまり、早ければ早い程、その衝撃は増すって事だ。
俺のJOBは『盗賊』、『素早さ』『器用さ』特化の。そして、現在『素早さ』の補正値は20。そんな俺が全力で投げた小石は、大リーグのピッチャーなぞ比較にならない速度で、『器用さ』の補正値20によってコントロールされ、『タイガースパイダー』の虎縞な腹部へと突き刺さった。
一応、念のため言っておくが、物を投げるという行動には、当然『力』の要素も入ってくる。
以前言ったように、ステータスの大項目の下には、各大項目に共通する小項目がある。『素早さ』内にも力を増す小項目が有るという事だ。
だが、その小項目の補正分では足りないと思い、ティアの『歌唱』による付与で大項目の『力』を増やしたって事だ。
多分、時速300キロは越えていたと思われる四つの小石を腹部に受けた『タイガースパイダー』は地面へと落下した。
「も~ろた!!」
ダメージを受け落下はしたものの、まだ十分な戦闘能力を持ったままの『タイガースパイダー』に向けて、ミミが『ファイヤーアロー』を放つ。
その放たれた『ファイヤーアロー』は、地面でのたうつ『タイガースパイダー』の頭部へと突き刺さる。
「ミミちゃん! 何で頭!?」
ティアが即座に突っ込んだ。
「ゲッ! しくった!!」
ミミも、即座に自分の失敗に気付いたようだが、もう遅い。頭部に『ファイヤーアロー』を受けた『タイガースパイダー』は、八本の足をピンと伸ばした直後、脱力して息絶えた。『スティール』出来なかったな。ミミのせいで。
「次があるサー!」
後半の声が若干裏返って、沖縄風になってるぞ。一応、冷たい目で見てやる。
「タイガースパイダーは、確か糸が素材として採れるはず! 取ろ! 取ろ!!」
ミミが冷たい視線を回避すべく、普段、自身ではまずやらない素材の剥ぎ取りをやり出す。
だが、その糸の元となる、液体が入った二つの袋(内蔵)は取れなかった。俺が投げた小石が、その袋を破っていたからだ……。
先ほどの仕返しとばかりに、ミミからボロクソ言われたよ……。
ちなみに、この『タイガースパイダー』はレベル7だった。俺がミミにいじられている間に、シェーラが『魔石』を取っていてくれた。……頭が下がります。
その後は昼過ぎまでは、『グリーンゴブリン』や『痩せ狼』などを狩りつつ薬草類の採取が主な作業となった。
慣れた相手である『グリーンゴブリン』や『痩せ狼』ではあったが、フィールドが森へと変わっただけで難易度が全く変わってくる。
勿論一番の理由はミミの『ファイヤーストーム』が使えない事だが、実はシェーラの『地裂斬』も草原の半分程しか効果が出ていない。木々に射線が遮られ、実質近距離~中距離攻撃としてしか使えないからだ。
それでも、どうにかなっているのは、レベルが上がってパラメーター補正値が上がっている事、そして、いわゆるリアルスキルが上がっているからだ。
また、この二種類のモンスターに関しては、例の『不運ソング』が利いたからでもある。
そして、そんな昼過ぎにヤツらが現れた。今回も発見したのはティア。俺の、斥候職という意義は、無い……。
「猿! いっぱい! 不運行くよ!」
ティアが自ら歌を指定するのは珍しい。それ位、『緑猿』に脅威を感じていたのだろう。
だが、俺とシェーラはそれ程慌ててはいない。理由は、奇襲ではないからだ。
『緑猿』が怖いのは、その保護色ゆえに発見がしづらく、先制攻撃を受ける可能性か高いからだ。今回のように、先に発見できており、更に十分な距離がある状態なら問題ない。
「おにょ~れ、おにょ~れ! 下に来るまでは手出しでけへん!!」
ミミも、いつも通りアホな言葉使いが出来る程度には落ち着いているようだ。
「一応、危なくなったら、山火事関係なくストーム使うかんね!」
うん、大丈夫、完全に冷静だ。
俺は双剣の片方だけを左手に持ち、右手には手裏剣を構えている。射程に入ったら、手持ち全てを投げるつもりだ。
ティアの、生きて成長できたのが奇跡と言われる山田君の不運を唄った歌が流れる中、ついに『緑猿』達が俺の射程距離内へと入った。その時点で見て取れた数は13匹。
「チョッチ、多くね?」
ミミのそんな呟きが聞こえるが、その声に然程の焦りは感じられない。
俺は、射程に入った端から手裏剣を打っていく。ミミいわく、『手裏剣は、投げる、じゃなくって、打つ、って言うの!』だそうだ。
『タイガースパイダー』の時のように、付与も無く、振りかぶってもいないためそれ程の速度は出ない。だから、致命的なダメージを与える事は出来ない。だが、問題ない。目的は牽制と、不運へのトリガーだ。
俺が打った手裏剣の三割は避けられた。だが、その避けた先で不運が発動する。
ある猿は別の猿とぶつかりそのまま落下し、ミミの『ファイヤーアロー』に貫かれる。また、ある猿は、外れた手裏剣が刺さった木の幹に抱きつきその傷みで手を離し落下する。
その不運による個々のダメージはそれ程でもない。だが、群れとしての連携は完全に崩れ、バラバラになっていた。
そして、そんなバラバラの行動をする個々を、ミミとシェーラが屠ってゆく。
シェーラは時々、『強力』と同時に『加重』も使って、太さ30センチ程の木を樹上にいた『緑猿』ごと切り倒したりしていた。
この『加重』スキルは、任意で剣の重量を増やす事が出来るスキルで、現在スキルレベル2なので、最大で二倍の重量と言う事になる。
シェーラによって木ごと切り倒された『緑猿』にも、当然不運降りかかる。
倒された木から飛び移ろうとするも、木に巻き付いていた葛が絡み付き飛び移れず、そのまま木の下敷きになった。
俺は、そんな不運と、ミミとシェーラの攻撃を掻い潜ってきた個体を一匹ずつ斬り殺すだけだけでいい。
「シェーラ! 木、切りすぎ! 魔法使えないってばー!!」
「すまん!」
そんなミミとシェーラのやり取りにも余裕が感じられる。
結局、その群れは総数16匹にも及んだ。大漁だな。……この場合は『大猟』が正しいのか? まあ、この国に漢字は無いからどうでも良いけどな。
「ロウ! スティールは!?」
「ラッキーソング無しだったから、低級回復薬2個だけだよ」
「チッ、猿だから、何か良い物持っちょると思ったんに~!」
あ、そっちね。確かにレベルも少し上だから、一般品でももう少し良い物が引けても良さそうではあるわな。
そんな中、ティアは心底ほっとしたような顔をしている。
「う~っ、焦ったよ~。レベル8位だよ~っ、それがあんなにたくさん!」
「あに言ってんの! 猿だよ!猿!! 中途半端に頭が良いから、不運ソングの格好の餌食やん!! 群れってるから、良い稼ぎになるっしょ!! 奇襲さえされなきゃ、全く無問題!!」
まあ、その奇襲が致命的なんだけどな……。
「でもミミちゃん、あの猿、素材取れないよ。魔石だけ。あんまりお得じゃ無いよ」
「えっ、マジ!? シェーラ!」
「ああ、特に取れる物は無かったはずだな。常時買い取り品はもちろん、個人買い取り依頼で何かを、と言うのも今日まで見てきた依頼には無かったな」
「ロウ!!」
「無い」
「って、そんだけかい!!」
いや、そんだけって言われても、全部シェーラが言ったからな。
元々肉以外で、素材が取れるモンスターは少ないんだよ。その理由の一番は、『毛皮の需要が無い』って事だな。
前世の知識的には『はぁ?』っと思うだろう。前世で、多くの動物の種を絶滅に追い込んだ理由の一つが『毛皮を得るため』だったからな。
だが、それは今世、この世界においては当てはまらない。その理由は、『この国には冬が無いから』だ。別に、この国が赤道直下に有るって事じゃ無い。
国が云々という以前に、この星の問題だ。実はこの星は、公転面に対する地軸の傾きがほとんど無いんだよ。公転面に対してほぼ垂直。傾きは、完全にゼロでは無いが、前世の地球と比べれば遙かに小さい。
だから、地軸のズレによって生じる季節の変化がほとんど無い訳だ。無論、公転軌道自体の差異、僅かとは言え存在する地軸のズレによって、ある程度の変化はある。
だが、この国においては、前世日本の6月~8月位の気候が通年続く状態なので、冬と言える気候は存在せず、冬服たる『毛皮』に需要は無いって事だ。
もちろん、衣類以外のバッグ、防具などに使用する皮はそれなりに需要はあるが、それは限られた種類に限定されている。『緑猿』はそれには入っていないって事だな。
「以降猿無しで!!」
ミミが叫ぶが、こっちの都合が通用する訳も無い。と言うか、ミミの叫びがフラグだったのか、ティアの発見報告が入る。
「また猿! ミミちゃんが変な事言うから~!」
今度はティアも、ミミをいじる程度には余裕があったようだ。
「フラグ!? 今んのフラグだったんかい!!」
そして、また森に不運を招く歌が流れ、その不運の糸に絡み取られた猿達の命が刈り取られて行く。
「あー! もうー!! こうなったら、ロウ! レア引きなさい! レア!!」
「無理」
「無理じゃな───い!!」
森にミミの声がこだまする。そして、その声を聞きつけた更なる『緑猿』の群れが……。
「ミミちゃん!!」
「私のせいか!? 私の!?」
「「「そう!!」」」
「マジか───!!」
森に更なるミミの声が…………。
ゲームなら、森であろうが街中であろうが、たとえ室内であろうが広域範囲魔法を乱発しまくっても大丈夫だが、現実は違う。そんな事をすれば放火魔だ。森の中なら放火云々の前に、自分たちが山火事で焼け死ぬ。
森、と一口で言うが、実際は木々の密度、下草の有無、高低差の有無などなど、場所によって全くと言って良い程違う。
そのため、ミミの炎魔法が全く使用できないと言う訳ではない。それでも、広範囲魔法である『ファイヤーストーム』は、ほぼ使えないと言って良い。
そのため森においては、ミミが使用するのは『ファイヤーアロー』がメインとなる予定だ。『ファイヤーアロー』は炎の矢が飛んでいって、目標を貫く魔法で、『ファイヤーボール』より射程が長く、ある程度の誘導性もある。
ミミいわく、「ファイヤーアローって言うより、ファイヤーミサイルよ!」との事。
この『ファイヤーアロー』は『ファイヤーボール』と違って、貫通属性を持ち防御力の低いモンスターであれば完全に貫いた上で、後方のモンスターへもあたると言う事もあり得る。
防御力が強いモンスターの場合、刺さった状態でその場所を焼く。すなわち、内部まで達していれば、内部も焼き尽くすという事だ。
そして、『ファイヤーボール』のように着弾時燃え広がる事がなく、魔法力が残っている間、矢の形状を維持したままでいる事から、周囲への延焼防止効果がある。つまり、森での使用には炎魔法の中でにおいては最適だという事だ。
だから、『ファイヤーアロー』をメインで使用していく。
俺達が鬼門たる森へとあえて足を踏み込むのは、『森は草原に比べて、美味しい』からだ。森は、モンスターを含め、素材の宝庫だと言える。
草原地帯で遭遇した『痩せ狼』『グリーンゴブリン』『火蜂』も、森が本来の活動の場であり、そこからたまたま出てきたモノや、縄張り争いに敗れたモノ達が草原にいたに過ぎない。
一定以上の収入を得ようとするなら、森を活動範囲に加えざるを得ないって事だ。
俺達は以前言ったように、まだまだ先を目指している。だから、資金的にもレベルアップ的にも、森は避けて通れない場所なのだ。
「と言う事で、ロウ! あんたの気配察知に皆の命が掛かってんだから、気合い入れていくんよ! 気合いだ!! 気合いだ!! 気合いだー!! ハイ! 復唱!!」
相変わらずミミがアホな事を言ってくる。……いや、言っている事は間違っちゃいないんだけど、後半のソレ、元ネタ(?)を知っていると、ギャグにしか聞こえんのよ。ほら、ティアも苦笑いしてる。
そんな事を知らないシェーラだけが、一人真面目に復唱していた。……って言うか、フレーズが気に入ったみたいで、その後も一人で呟いている。体育会系的に、通じるところがあったのかもしれない……。
この日俺達が入った森は、今まで活動してきた西外門を出て北西の草原地帯の更に先にある森だ。
今までと違い、草原地帯は真っ直ぐに急ぎ足で駆け抜けている。それでも、西外門から40分程かかった。当然帰りも同じ時間が掛かる関係上、今までより1時間半近く実際の活動時間が少なくなる訳だ。
まあ、草原でモンスターに遭遇した際は、狩っていく訳で、完全な無駄にはならないが、その戦闘時間分今度は移動時間が長くなるという問題もある。いろいろ考えて行動する必要がある。
この森の入り口近くは、若い森のようで、木々もそれ程大きくなく、そのため木々の密度は高い。幸い、下草は然程茂っていないため移動の邪魔にはならない。
俺はこの森に入る前から、『気配察知』スキルを実行している。スキルレベルが6になった時点で、このスキルはMP1で25秒間維持できるようになった。MPが1回復するのに掛かる時間は、まだ30秒のままなので、僅かずつではあるが消耗していく事になる。
まあ、それ以外に『スティール』も使用するので、戦闘があればMPの消耗は一気に進む。その分は『闇の双剣』の『MP吸収能力』で補うつもりだ。よほど『スティール』を連発しない限り、上手く回るはず。
そんな『気配察知』スキルに反応が現れたのは、森に入って2分と経たない時だった。
「40メートル! 木の上に一体! 小さい!」
出来るだけ明瞭に、そして簡潔に報告する。こういう時、だらだらと説明していたら、その途中で攻撃を受ける可能性も有るからな。
「猿か!!」
シェーラが、大剣を握る手に力を入れながら聞いてくる。シェーラの言う『猿』とは、『緑猿』と言う、その名のとおり体毛が緑色の長毛手長の猿で、10匹以上の群れで襲ってくる、森ではかなり面倒なモンスターだ。
数の問題もだが、緑色の体毛が保護色の役割をして、樹上にいるときに発見が難しい。そして、頭上から奇襲を掛けられれば、パーティー全滅の可能性も有る、怖いモンスターでもある。
だから、シェーラはまず、『緑猿』を気にした訳だ。
だが、今回は大丈夫だ。
「違う。反応の大きさからして、30センチ程だから、別もんだと思う」
そう聞いて、シェーラだけでなく、他の二人もほっと息を吐いていた。
「うみゅ~、って事は、スラリン?」
「樹上と言う事なら、スライムより大蛭の可能性が高いのではないか」
シェーラもミミの言葉に大分慣れてきたようだ。『スラリン』を『スライム』と認識できている。これは、成長と言って良いのだろうか? 染まってきている、と言うべきではないだろうか……。
それはともかく、樹上のヤツについては、俺も『大蛭』だと思う。この『大蛭』は名前のとおり、大きな蛭だ。蛭の中でも、水中ではなく陸上にいるので、いわゆるヤマビルの一種だろう。
攻撃手段は吸血のみ。レベルは2~4程度と低い。ただ、これも体色が木の枝などと同じで見づらく、樹上から落下してくるため気付き難くいため地味に嫌なモンスターだったりする。
あと、噛まれると、血液の凝固を妨げる成分を注入するため、僅かな傷でも『回復薬』か『解毒薬』を使用する必要があるのも難点だ。出血がとならないからな。
「よし、ヒルはロウ担当! よろ!」
「よろ!じゃねーって! なんで俺だよ!」
「だって、ヒル、キモいし!!」
……オイ!
まあ、言っても無駄なので、もう何も言うまい。……ティアもヒルは苦手そうだし。シェーラは武器の種類的に合わないし、な。俺がやるしかないか。
「ロウ、何か唄う?」
ティアが確認してきたが、断った。相手は『大蛭』だからな。存在が分かっていれば、スライムより怖くない相手だ。
ところで、ティアの『歌唱』は、森に入って以降使用を控えている。草原地帯などでは、モンスターとエンカウントしていない時も使用していたが、森だとその音によって無駄にモンスターを引き寄せる可能性が有るから、危険と判断して常時使用は控えている訳だ。無論、戦闘時の使用は今までどおりだが。
森の場合は、モンスター密度も高く、俺達よりレベルの高いモンスターもいる。それに、初日で全く森という環境に慣れていない状態では危険すぎるからな。安全第一だよ。
俺は先頭に立ち、『気配察知』によって反応の出た地点へと向かう。10メートル程進んだところで、木々の隙間からソレが目視できた。
「やっぱ、ヒルだ。キモ!!」
「青い筋が入ってるよ……」
確かに気持ちの良い見た目じゃないな。
俺は、目だけでシェーラにフォローを頼み、双剣の片方だけを右手にして『大蛭』の直下まで行った。すると、目があるようにも見えないのに、その直後に樹上から落下してくる。
しかし、それは、ただの自由落下だ。羽などの無い『大蛭』は途中で軌道を変える事も出来ない。だから、落下を確認した時点で体を僅かに躱し、剣を『大蛭』に向けるだけで良い。あとは自分で勝手に刺さってくれる。
一応、刺さった直後に『スティール』も実行した。ティアは、そのタイミングに合わせて『ラッキーソング』を歌ってくれた。
火で焼かれた『スライム』ほどではないものの、それなりに身体を蠢かせる『大蛭』の上に、光と共に現れたのは、今まで見た事の無い色をしたポーションと思われる物だった。
「あに、それ?」
目ざとく気付いたミミが、例のごとく俺の手から奪い取っていく。
「ランクは?」
「一般ランクの光だったぞ」
ここで言う『ランク』は、『スティール』によって盗めるアイテムのレア度ランクの事で、『魔石』をクズランク、その上を一般ランク、更に上をレアランクと勝手に呼んでいる。
今回の光は、『低級回復薬』などを引く時の一般ランクのものだった。
「紫色だね、紫って初めて見るよ。なんの薬?」
ティアが尋ねるが、誰も答えられる者はいなかった。
「うみゅ~、紫は見た事ないんよね。市販薬でも、赤、青、黄色、緑、橙、茶、レモンしか無かったんよ」
以前も言ったが、ポーションは、その液体の色で種類が分かる。そして、これまでの経緯で『スティール』品も同じ法則に則っている事が分かっている。
と言う事は、今回の紫色をしたポーションは、一般的な魔法薬販売店では販売していない物だという事になる。
「一般的じゃない薬って事だよね。じゃあ、高く売れるか、買い取ってもらえないか、だね。……レベルが低い大蛭からの物だから、売れない物の可能性の方が高いかも」
ティアの予想を否定できる者は誰もいなかった。
結局は、ギルドで『鑑定』してもらう以外ない訳だな。
「ま、一応、初物って事で、幸先良し!つ~事! 次行ってみよ~!」
……ミミ、何故『次行ってみよ~』がダミ声なんだ?
『大蛭』は、思った以上に生息しているようで、森に入って30分程で11匹と遭遇した。
「多分、一般の冒険者は、発見しても無視して行くのではないか」
「うん、そうかも」
「キモいからね~」
多分、シェーラの言っている事は合っていると思う。
この森を活動エリアとする冒険者には、なんの素材、肉も取れず、『魔石』も2~4ポイント程度の物となれば、狩るだけ時間の無駄と判断するのだろう。
え?、俺達? 勿論狩るよ。紫色のポーションが売れるかどうかはともかく、10匹で『魔石』ポイント約30。
紫色のポーションが売れないと分かれば、『ラッキーソング』無しで『スティール』して『魔石』を引くようにすれば更に30ポイント、計60ポイント。30分で60ダリ稼げると考えれば、十分美味しい。
狩らいでか!
「サーチ&デストロ~イ!!」
ミミの欲望にまみれた掛け声と共に、狩りが再開された。シェーラだけは、例のごとく言葉の意味が分からず一瞬遅れたけどな……。
一般冒険者が狩り残した『大蛭』を、サーチ&デストロイする事16匹。
一応、例の紫色のポーションが売れる前提で、『ラッキーソング』付きで『スティール』している。そのため、新たに4本の紫色のポーションが手に入った。
そして、新しいモンスター発見したのは、やはりティアだった。
「蜘蛛! 60㍍先! 木と木の間!」
ティアが指さす先を見ると、木と木の間に巣を作った巨大な蜘蛛が見て取れた。虎のような横縞模様の蜘蛛だ。足の長さを除いても、全長1㍍はある。
「タイガースパイダーだな」
「女郎蜘蛛やん!!」
シェーラの言った名称に、ミミが即座に突っ込んだ。
女郎蜘蛛、前世でもかなりメジャーな蜘蛛で、多分知らない者はいないんじゃないかな? でも、意外と知らない者が多いんだが、あの身体のパターンは、黒と黄色のストライプじゃないんだよ。黄色はともかく、黒と思っている色は、青や紺、さらには緑などが複数入り交じった色だったりする。
その点、この世界の『タイガースパイダー』は黄色と黒のストライプなので、女郎蜘蛛ではなく、タイガーの名に恥じない(?)『タイガースパイダー』である事は間違いない。余談だな。
「キモいから、ロウの担当!!」
また、ミミのヤツがそんな事を言ってきやがる。
「アホかー! お前のファイヤーア…は、まずいな。突き抜けたら火事になる」
「それもあるが、確か、あの蜘蛛の糸は可燃性だったはずだ。」
シェーラに言われて、俺も思い出した。あの蜘蛛の糸は、かなり粘着性が高く、一度付けば簡単には取れないが、緊急時火傷を覚悟するなら火を付ける事で脱出可能だ、と書かれていたな。
瞬間的ではあるが、かなり良く燃えるらしい。……山火事になるな。
今度もシェーラは武器的にも適さないか。……結局、俺がやるしかない訳ね。
「手裏剣! 手裏剣!!」
ミミが何やら言って来るが、外した時が見付けられる気がしないので却下。
俺は『気配察知』で周囲に他のモンスターの気配がない事を確認した上で、ティアに歌を求めた。
「ティア、100万馬力頼む」
それは、10万馬力なアニメを元にした、歴とした歌謡曲だ。題名を含むの某ファミレスてテーマソングのように流されていた曲でもあるらしい。
俺のリクエストに応えて、ティアが歌い出すと『力』に+8が加わっていた。ティアの『精神』が上がった事と、『歌唱』のスキルレベルが上がった上で、俺へのスポットで唄っているからこその付与値だな。
ティアによる付与で、俺の『力』への補正値は合計10。シェーラの24には足下にも及ばないが、今は問題ない。
俺は、地面に落ちている手のひらに入る程の石を四個拾うと、思いっきり振りかぶって、『タイガースパイダー』に向かって全力で投げた。
物体が衝突する時の衝撃に関わるものは、その物体の質量と速さだ。そして、早さに関しては二乗に比例する。つまり、早ければ早い程、その衝撃は増すって事だ。
俺のJOBは『盗賊』、『素早さ』『器用さ』特化の。そして、現在『素早さ』の補正値は20。そんな俺が全力で投げた小石は、大リーグのピッチャーなぞ比較にならない速度で、『器用さ』の補正値20によってコントロールされ、『タイガースパイダー』の虎縞な腹部へと突き刺さった。
一応、念のため言っておくが、物を投げるという行動には、当然『力』の要素も入ってくる。
以前言ったように、ステータスの大項目の下には、各大項目に共通する小項目がある。『素早さ』内にも力を増す小項目が有るという事だ。
だが、その小項目の補正分では足りないと思い、ティアの『歌唱』による付与で大項目の『力』を増やしたって事だ。
多分、時速300キロは越えていたと思われる四つの小石を腹部に受けた『タイガースパイダー』は地面へと落下した。
「も~ろた!!」
ダメージを受け落下はしたものの、まだ十分な戦闘能力を持ったままの『タイガースパイダー』に向けて、ミミが『ファイヤーアロー』を放つ。
その放たれた『ファイヤーアロー』は、地面でのたうつ『タイガースパイダー』の頭部へと突き刺さる。
「ミミちゃん! 何で頭!?」
ティアが即座に突っ込んだ。
「ゲッ! しくった!!」
ミミも、即座に自分の失敗に気付いたようだが、もう遅い。頭部に『ファイヤーアロー』を受けた『タイガースパイダー』は、八本の足をピンと伸ばした直後、脱力して息絶えた。『スティール』出来なかったな。ミミのせいで。
「次があるサー!」
後半の声が若干裏返って、沖縄風になってるぞ。一応、冷たい目で見てやる。
「タイガースパイダーは、確か糸が素材として採れるはず! 取ろ! 取ろ!!」
ミミが冷たい視線を回避すべく、普段、自身ではまずやらない素材の剥ぎ取りをやり出す。
だが、その糸の元となる、液体が入った二つの袋(内蔵)は取れなかった。俺が投げた小石が、その袋を破っていたからだ……。
先ほどの仕返しとばかりに、ミミからボロクソ言われたよ……。
ちなみに、この『タイガースパイダー』はレベル7だった。俺がミミにいじられている間に、シェーラが『魔石』を取っていてくれた。……頭が下がります。
その後は昼過ぎまでは、『グリーンゴブリン』や『痩せ狼』などを狩りつつ薬草類の採取が主な作業となった。
慣れた相手である『グリーンゴブリン』や『痩せ狼』ではあったが、フィールドが森へと変わっただけで難易度が全く変わってくる。
勿論一番の理由はミミの『ファイヤーストーム』が使えない事だが、実はシェーラの『地裂斬』も草原の半分程しか効果が出ていない。木々に射線が遮られ、実質近距離~中距離攻撃としてしか使えないからだ。
それでも、どうにかなっているのは、レベルが上がってパラメーター補正値が上がっている事、そして、いわゆるリアルスキルが上がっているからだ。
また、この二種類のモンスターに関しては、例の『不運ソング』が利いたからでもある。
そして、そんな昼過ぎにヤツらが現れた。今回も発見したのはティア。俺の、斥候職という意義は、無い……。
「猿! いっぱい! 不運行くよ!」
ティアが自ら歌を指定するのは珍しい。それ位、『緑猿』に脅威を感じていたのだろう。
だが、俺とシェーラはそれ程慌ててはいない。理由は、奇襲ではないからだ。
『緑猿』が怖いのは、その保護色ゆえに発見がしづらく、先制攻撃を受ける可能性か高いからだ。今回のように、先に発見できており、更に十分な距離がある状態なら問題ない。
「おにょ~れ、おにょ~れ! 下に来るまでは手出しでけへん!!」
ミミも、いつも通りアホな言葉使いが出来る程度には落ち着いているようだ。
「一応、危なくなったら、山火事関係なくストーム使うかんね!」
うん、大丈夫、完全に冷静だ。
俺は双剣の片方だけを左手に持ち、右手には手裏剣を構えている。射程に入ったら、手持ち全てを投げるつもりだ。
ティアの、生きて成長できたのが奇跡と言われる山田君の不運を唄った歌が流れる中、ついに『緑猿』達が俺の射程距離内へと入った。その時点で見て取れた数は13匹。
「チョッチ、多くね?」
ミミのそんな呟きが聞こえるが、その声に然程の焦りは感じられない。
俺は、射程に入った端から手裏剣を打っていく。ミミいわく、『手裏剣は、投げる、じゃなくって、打つ、って言うの!』だそうだ。
『タイガースパイダー』の時のように、付与も無く、振りかぶってもいないためそれ程の速度は出ない。だから、致命的なダメージを与える事は出来ない。だが、問題ない。目的は牽制と、不運へのトリガーだ。
俺が打った手裏剣の三割は避けられた。だが、その避けた先で不運が発動する。
ある猿は別の猿とぶつかりそのまま落下し、ミミの『ファイヤーアロー』に貫かれる。また、ある猿は、外れた手裏剣が刺さった木の幹に抱きつきその傷みで手を離し落下する。
その不運による個々のダメージはそれ程でもない。だが、群れとしての連携は完全に崩れ、バラバラになっていた。
そして、そんなバラバラの行動をする個々を、ミミとシェーラが屠ってゆく。
シェーラは時々、『強力』と同時に『加重』も使って、太さ30センチ程の木を樹上にいた『緑猿』ごと切り倒したりしていた。
この『加重』スキルは、任意で剣の重量を増やす事が出来るスキルで、現在スキルレベル2なので、最大で二倍の重量と言う事になる。
シェーラによって木ごと切り倒された『緑猿』にも、当然不運降りかかる。
倒された木から飛び移ろうとするも、木に巻き付いていた葛が絡み付き飛び移れず、そのまま木の下敷きになった。
俺は、そんな不運と、ミミとシェーラの攻撃を掻い潜ってきた個体を一匹ずつ斬り殺すだけだけでいい。
「シェーラ! 木、切りすぎ! 魔法使えないってばー!!」
「すまん!」
そんなミミとシェーラのやり取りにも余裕が感じられる。
結局、その群れは総数16匹にも及んだ。大漁だな。……この場合は『大猟』が正しいのか? まあ、この国に漢字は無いからどうでも良いけどな。
「ロウ! スティールは!?」
「ラッキーソング無しだったから、低級回復薬2個だけだよ」
「チッ、猿だから、何か良い物持っちょると思ったんに~!」
あ、そっちね。確かにレベルも少し上だから、一般品でももう少し良い物が引けても良さそうではあるわな。
そんな中、ティアは心底ほっとしたような顔をしている。
「う~っ、焦ったよ~。レベル8位だよ~っ、それがあんなにたくさん!」
「あに言ってんの! 猿だよ!猿!! 中途半端に頭が良いから、不運ソングの格好の餌食やん!! 群れってるから、良い稼ぎになるっしょ!! 奇襲さえされなきゃ、全く無問題!!」
まあ、その奇襲が致命的なんだけどな……。
「でもミミちゃん、あの猿、素材取れないよ。魔石だけ。あんまりお得じゃ無いよ」
「えっ、マジ!? シェーラ!」
「ああ、特に取れる物は無かったはずだな。常時買い取り品はもちろん、個人買い取り依頼で何かを、と言うのも今日まで見てきた依頼には無かったな」
「ロウ!!」
「無い」
「って、そんだけかい!!」
いや、そんだけって言われても、全部シェーラが言ったからな。
元々肉以外で、素材が取れるモンスターは少ないんだよ。その理由の一番は、『毛皮の需要が無い』って事だな。
前世の知識的には『はぁ?』っと思うだろう。前世で、多くの動物の種を絶滅に追い込んだ理由の一つが『毛皮を得るため』だったからな。
だが、それは今世、この世界においては当てはまらない。その理由は、『この国には冬が無いから』だ。別に、この国が赤道直下に有るって事じゃ無い。
国が云々という以前に、この星の問題だ。実はこの星は、公転面に対する地軸の傾きがほとんど無いんだよ。公転面に対してほぼ垂直。傾きは、完全にゼロでは無いが、前世の地球と比べれば遙かに小さい。
だから、地軸のズレによって生じる季節の変化がほとんど無い訳だ。無論、公転軌道自体の差異、僅かとは言え存在する地軸のズレによって、ある程度の変化はある。
だが、この国においては、前世日本の6月~8月位の気候が通年続く状態なので、冬と言える気候は存在せず、冬服たる『毛皮』に需要は無いって事だ。
もちろん、衣類以外のバッグ、防具などに使用する皮はそれなりに需要はあるが、それは限られた種類に限定されている。『緑猿』はそれには入っていないって事だな。
「以降猿無しで!!」
ミミが叫ぶが、こっちの都合が通用する訳も無い。と言うか、ミミの叫びがフラグだったのか、ティアの発見報告が入る。
「また猿! ミミちゃんが変な事言うから~!」
今度はティアも、ミミをいじる程度には余裕があったようだ。
「フラグ!? 今んのフラグだったんかい!!」
そして、また森に不運を招く歌が流れ、その不運の糸に絡み取られた猿達の命が刈り取られて行く。
「あー! もうー!! こうなったら、ロウ! レア引きなさい! レア!!」
「無理」
「無理じゃな───い!!」
森にミミの声がこだまする。そして、その声を聞きつけた更なる『緑猿』の群れが……。
「ミミちゃん!!」
「私のせいか!? 私の!?」
「「「そう!!」」」
「マジか───!!」
森に更なるミミの声が…………。
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