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3.溶け合う皮膚
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タオル地のシーツが敷かれたベッドの上で、荒谷は脚の無い寛也にのしかかるようにして身体を重ね、互いの身体をまさぐっていた。
部屋の暑さは相変わらずだったが、荒谷と寛也はぴったりと身体を密着させていた。汗で滑った肌に、胸の突起がこすれてなんともこそばゆい。
「荒谷、口開けて」
寛也は荒谷の頭を両手でがっしりとはさみ、舌を絡め合う、と言うには少し一方的に彼の唇に喰らいついた。
寛也の舌が、口中を這い回り荒谷の粘膜を愛撫してゆく。鈍痛のような快感が腹の底から登ってきた。
「重くないですか、寛也様」
噛みつくように行われるキスから逃れ、荒谷は尋ねた。離れゆく二人の唇の間で、唾液が糸を引いた。
「いいんだ、このくらいくっついていた方が、気持ち良い」
乱れた息遣いで寛也は答えた。急かすように荒谷の首に腕を回すと、再び自分の唇を押し付けた。互いの前歯が触れ合い軽い衝撃が起こったが、寛也は気にせず荒谷の上顎に舌を這わせた。
寛也は特にキスを好んでいるようだった。少なくとも、荒谷はそう思っていた。思い通りにならない自身の性的欲求を補うかのごとく、寛也は口腔の粘膜への刺激を求めているように見えた。
荒谷が少し身をよじると、今は柔らかい肉茎が寛也の腹部にこすれ、どんよりした快感が生じる。しかし、ちらちらと見え隠れするその快楽を追いかけたい気持ちを抑えて、荒谷は身体の下で自分の舌を貪っている主人から顔を引き離して問いかけた。
「……寛也様、今度はどのようにいたしましょうか」
深く長い接吻を終え、乱れた呼吸をしていた寛也は、興奮に濡れた濃い茶色の瞳で荒谷の顔を見つめた。どちらのものともつかない唾液に濡れた唇を指先でなぞり、ゆっくりと口を開いた。
「……そうだね。荒谷はどうしたいんだい?」
「はぁ。どう、ですか……」
荒谷は目に困惑の色を浮かべ、寛也の顔を見た。優しげに細められた一重まぶたの目が、どうしたと言わんばかりに見返してきた。
荒谷は悩んだ。どうしたい、とはどういう事なのだろうか。この場合は、寛也の希望を汲み取ればいいのか? それとも、文面通りに私自身の好きにしろ、という事か?
質問に答えあぐねて動きの止まってしまった荒谷を見て、寛也はおかしそうに笑った。
「フフ、そんなに悩まなくてもいいのに。僕が聞きたいのはね、お前自身が僕とどんな事をしたいのか、って事だよ。それとも――」
さっきまでの穏やかな表情から一変し、挑発的な笑みをたたえて言葉を続けた。
「――また咥えてやろうか?」
寛也のささやきに荒谷は浴室での事を思い出し、下腹に血が集まるのを感じた。しかし、その考えを振り払うかのように荒谷は首を横に振った。
「いえ、そんな……私ばかり良くしてもらって――」
「ふーん、お前ばっかり良く、ねぇ……」
寛也はちょっと考える素振りを見せてから、イタズラを思いついた子供のようにニヤリと笑った。
「なぁ荒谷。ちょっと座ってみてくれ」
「はぁ、こうですか?」
荒谷は指示されるまま起き上がり、ベッドボードを背もたれにして姿勢良く座った。
「そうそう、そのまま動かないでいてくれ」
ベッド柵に掴まりながら器用に身体を起こし、寛也は尻をずって荒谷の膝の上にちょこんと乗った。ちょうど荒谷の上半身に背中を預ける姿勢になっている。
寛也は下を見た。自分の脚の間から、まだ柔らかい荒谷の肉茎がずっしりと垂れているのが見える。その少し上で、寛也自身の萎びた陰茎が恥ずかしそうに縮こまっていた。
(……形も大きさも色も理想的だ。何よりしっかり性器としての役目を果たす事ができる。本当に羨ましい)
寛也は曇った表情で二つの肉塊を見つめた。見慣れた対比だったが、荒谷の健全な男性器は、他意無く寛也の劣等感を刺激するのだった。
「寛也様……? どうされました?」
「……いや、なんでもないさ」
寛也は指先を舐め、唾液をたっぷりと絡めた。荒谷のまだ柔らかな陰茎を握り、乱暴に扱く。
「あの……寛也様。少し、痛いです」
荒谷は主人の肩をぎゅっと掴んで訴えた。だがその言葉とは裏腹に、肉茎は寛也の手の中で徐々に芯を持ち始めていた。
「へぇ、痛くてもちゃんと硬くなるんだね。……こうしていると、僕がオナニーしているみたいで面白いだろ?」
自分の脚の間から頭をもたげるそれを、寛也はさらに刺激した。言葉の通り、それは自慰でもしているかのような光景であった。
しかし杭はそれ以上硬さを増す事は無かった。寛也は苛立った。荒谷の肉体が自分の思い通りにならないのが面白くなかった。寛也はやけくそ気味に手の力を強めた。
「あッ……! 痛い! 寛也様、止めて……」
荒谷が小さく悲鳴を上げた。寛也はギクッとして手を止めた。後ろを見ると、荒谷が涙目になってこちらを見ているのに気づいた。
寛也の中で、さっきまでの苛立ちが嘘のように消えていった。自己嫌悪と罪悪感の汗が額から流れ落ちる。
「す、すまない。痛くして悪かった。傷つけるつもりは――」
「痛かったです」
荒谷は目に涙を浮かべながらきっぱりと言った。バツが悪くなって、寛也は彼から目をそらした。
「ご、ごめん……」
謝ろうとした寛也の言葉を、やや食い気味に荒谷は遮った。
「私が、寛也様の望むようにならなかったからですよね」
「いや……すまない」
「寛也様、私の目を見てください」
渋々身体を回転させ、寛也は荒谷の顔を見た。どこか悲しそうな目をして、荒谷は寛也の頬に触れた。
「私を見てください、寛也様。寛也様は私自身には――この荒谷には興味が無いのかもしれません。ですが、私はあなたの事をいつも考えています。どうか、どうかその事を、心の片隅で良いのです、覚えていてください」
言い終わると、二回ほど深く呼吸をしてから荒谷は言葉を続けた。
「……差し出がましい事を、申し訳ありません」
「いや、僕も……僕が悪かった。でも、その、だから謝らないでくれ」
寛也はしどろもどろになりながら両腕だけで身体を動かし後ずさろうとした。だが、荒谷は寛也の身体をそっと胸に抱き寄せた。
「寛也様、さっき私にどんな事をしたいか聞かれましたよね? 私、こうして何もせず寛也様とくっついていたいです。いいですか?」
一瞬の間をおいて寛也は荒谷の顔を見上げた。それからゆっくりうなずいて、顔を荒谷の胸にうずめた。穏やかな胸の鼓動が聞こえる。
「僕の事、許してくれるのか?」
「あなたがその言葉を必要としているのなら、私はあなたを許します――あ、でも痛いのは許しませんよ?」
「もちろんだ。すまなかった」
荒谷は主人の身体をぎゅっと抱きしめた。寛也も、自分の使用人の背中に腕を回した。触れ合う皮膚が溶け合い、一つになっていくような感覚だった。ひどく暑くて汗が止まらなかったが、気にしなかった。
静かな部屋の中で、二人の吐息だけが聞こえていた。
***
寛也は荒谷の腿を枕にしながらベッドに横になり、ぼんやりと庭を眺めていた。
あれから結局、再び身体を洗って着替えたものの、部屋に戻ればまたすぐに汗をかいてしまった。服が肌に張り付いて気持ちが悪い。
太陽は先程までの苛烈さを和らげてはいたが、時折吹いて風鈴を鳴らす風は未だにストーブの熱風のようで息が苦しい。少しでも涼もうと、寛也はうちわで顔をあおいだ。が、風通しの悪いこの部屋では余計に暑さを強めるだけだった。
「寛也様、私にくっついていて暑くないですか?」
荒谷はそう尋ねると、寛也の手からうちわをそっと取り、自分の脚の上でだれている主人を代わりにあおぎ始めた。その姿はどこにでもいる退屈そうな若者そのもので、行為中の活発さとは打って変わって静かだった。
「いいんだ。しばらくこうしていてくれないか」
寛也は気怠そうに荒谷を見上げた。
「いいですよ、分かりました」
荒谷は優しく寛也の頭を撫でた。性行為をした後はいつもこうだった。寛也は猫のように伸びをした。
だらけきった主人の姿がなんとも愛おしく、荒谷はこっそり微笑んだ。
普段は自分をからかってばかりの彼が、ぐったりと無防備になるこの時間が荒谷は大好きだった。
「なぁ、荒谷。もう痛くないか?」
「もう大丈夫ですよ」
小さな子供のようにもじもじする寛也に、静かに荒谷は答えた。寛也はほっとした表情でうなずいた。
「今日も七時になったら帰るのか?」
「ええ、そうですね」
「つまらないな」
寛也は不貞腐れた。
そこで会話は途切れ、沈黙がしばらく部屋の中を支配した。
「寛也様、この後はどうしますか?」
静かな声で荒谷は尋ねた。
「……僕は寝る。荒谷は好きに過ごしてくれ」
寛也は寝返りをうって荒谷に背を向けた。荒谷はちょっと考えてから口を開いた。なんとなく、横になっている寛也の背中が寂しそうだと思ったのだ。
「それなら、私はしばらくここに座っています」
「そうか」
「なぁ、荒谷」
「はい、どうしました?」
「……しばらく撫でていてくれ」
「えぇ、もちろんです」
荒谷はうっすら微笑んだ。寛也の頭を、髪をすくようにして指先で撫でる。寛也はすっかり安心しきった様子で目を閉じた。しかし、眠ってはいないようだった。
今までより、少しだけ涼しい風が吹いて部屋を巡る。わずかに息が楽になり二人はほう、と息を吐いた。
殺風景な部屋は相変わらず狭苦しかったが、皮膚から伝わる互いの感触が何とか気を紛らわせていてくれた。
真夏の午後の心地良い時間が絶対に長続きしない事は、二人とも十分に理解していた。だからこそ、二人ともこの時間が何者にも邪魔されないようひっそりと祈っているのだった。
部屋の暑さは相変わらずだったが、荒谷と寛也はぴったりと身体を密着させていた。汗で滑った肌に、胸の突起がこすれてなんともこそばゆい。
「荒谷、口開けて」
寛也は荒谷の頭を両手でがっしりとはさみ、舌を絡め合う、と言うには少し一方的に彼の唇に喰らいついた。
寛也の舌が、口中を這い回り荒谷の粘膜を愛撫してゆく。鈍痛のような快感が腹の底から登ってきた。
「重くないですか、寛也様」
噛みつくように行われるキスから逃れ、荒谷は尋ねた。離れゆく二人の唇の間で、唾液が糸を引いた。
「いいんだ、このくらいくっついていた方が、気持ち良い」
乱れた息遣いで寛也は答えた。急かすように荒谷の首に腕を回すと、再び自分の唇を押し付けた。互いの前歯が触れ合い軽い衝撃が起こったが、寛也は気にせず荒谷の上顎に舌を這わせた。
寛也は特にキスを好んでいるようだった。少なくとも、荒谷はそう思っていた。思い通りにならない自身の性的欲求を補うかのごとく、寛也は口腔の粘膜への刺激を求めているように見えた。
荒谷が少し身をよじると、今は柔らかい肉茎が寛也の腹部にこすれ、どんよりした快感が生じる。しかし、ちらちらと見え隠れするその快楽を追いかけたい気持ちを抑えて、荒谷は身体の下で自分の舌を貪っている主人から顔を引き離して問いかけた。
「……寛也様、今度はどのようにいたしましょうか」
深く長い接吻を終え、乱れた呼吸をしていた寛也は、興奮に濡れた濃い茶色の瞳で荒谷の顔を見つめた。どちらのものともつかない唾液に濡れた唇を指先でなぞり、ゆっくりと口を開いた。
「……そうだね。荒谷はどうしたいんだい?」
「はぁ。どう、ですか……」
荒谷は目に困惑の色を浮かべ、寛也の顔を見た。優しげに細められた一重まぶたの目が、どうしたと言わんばかりに見返してきた。
荒谷は悩んだ。どうしたい、とはどういう事なのだろうか。この場合は、寛也の希望を汲み取ればいいのか? それとも、文面通りに私自身の好きにしろ、という事か?
質問に答えあぐねて動きの止まってしまった荒谷を見て、寛也はおかしそうに笑った。
「フフ、そんなに悩まなくてもいいのに。僕が聞きたいのはね、お前自身が僕とどんな事をしたいのか、って事だよ。それとも――」
さっきまでの穏やかな表情から一変し、挑発的な笑みをたたえて言葉を続けた。
「――また咥えてやろうか?」
寛也のささやきに荒谷は浴室での事を思い出し、下腹に血が集まるのを感じた。しかし、その考えを振り払うかのように荒谷は首を横に振った。
「いえ、そんな……私ばかり良くしてもらって――」
「ふーん、お前ばっかり良く、ねぇ……」
寛也はちょっと考える素振りを見せてから、イタズラを思いついた子供のようにニヤリと笑った。
「なぁ荒谷。ちょっと座ってみてくれ」
「はぁ、こうですか?」
荒谷は指示されるまま起き上がり、ベッドボードを背もたれにして姿勢良く座った。
「そうそう、そのまま動かないでいてくれ」
ベッド柵に掴まりながら器用に身体を起こし、寛也は尻をずって荒谷の膝の上にちょこんと乗った。ちょうど荒谷の上半身に背中を預ける姿勢になっている。
寛也は下を見た。自分の脚の間から、まだ柔らかい荒谷の肉茎がずっしりと垂れているのが見える。その少し上で、寛也自身の萎びた陰茎が恥ずかしそうに縮こまっていた。
(……形も大きさも色も理想的だ。何よりしっかり性器としての役目を果たす事ができる。本当に羨ましい)
寛也は曇った表情で二つの肉塊を見つめた。見慣れた対比だったが、荒谷の健全な男性器は、他意無く寛也の劣等感を刺激するのだった。
「寛也様……? どうされました?」
「……いや、なんでもないさ」
寛也は指先を舐め、唾液をたっぷりと絡めた。荒谷のまだ柔らかな陰茎を握り、乱暴に扱く。
「あの……寛也様。少し、痛いです」
荒谷は主人の肩をぎゅっと掴んで訴えた。だがその言葉とは裏腹に、肉茎は寛也の手の中で徐々に芯を持ち始めていた。
「へぇ、痛くてもちゃんと硬くなるんだね。……こうしていると、僕がオナニーしているみたいで面白いだろ?」
自分の脚の間から頭をもたげるそれを、寛也はさらに刺激した。言葉の通り、それは自慰でもしているかのような光景であった。
しかし杭はそれ以上硬さを増す事は無かった。寛也は苛立った。荒谷の肉体が自分の思い通りにならないのが面白くなかった。寛也はやけくそ気味に手の力を強めた。
「あッ……! 痛い! 寛也様、止めて……」
荒谷が小さく悲鳴を上げた。寛也はギクッとして手を止めた。後ろを見ると、荒谷が涙目になってこちらを見ているのに気づいた。
寛也の中で、さっきまでの苛立ちが嘘のように消えていった。自己嫌悪と罪悪感の汗が額から流れ落ちる。
「す、すまない。痛くして悪かった。傷つけるつもりは――」
「痛かったです」
荒谷は目に涙を浮かべながらきっぱりと言った。バツが悪くなって、寛也は彼から目をそらした。
「ご、ごめん……」
謝ろうとした寛也の言葉を、やや食い気味に荒谷は遮った。
「私が、寛也様の望むようにならなかったからですよね」
「いや……すまない」
「寛也様、私の目を見てください」
渋々身体を回転させ、寛也は荒谷の顔を見た。どこか悲しそうな目をして、荒谷は寛也の頬に触れた。
「私を見てください、寛也様。寛也様は私自身には――この荒谷には興味が無いのかもしれません。ですが、私はあなたの事をいつも考えています。どうか、どうかその事を、心の片隅で良いのです、覚えていてください」
言い終わると、二回ほど深く呼吸をしてから荒谷は言葉を続けた。
「……差し出がましい事を、申し訳ありません」
「いや、僕も……僕が悪かった。でも、その、だから謝らないでくれ」
寛也はしどろもどろになりながら両腕だけで身体を動かし後ずさろうとした。だが、荒谷は寛也の身体をそっと胸に抱き寄せた。
「寛也様、さっき私にどんな事をしたいか聞かれましたよね? 私、こうして何もせず寛也様とくっついていたいです。いいですか?」
一瞬の間をおいて寛也は荒谷の顔を見上げた。それからゆっくりうなずいて、顔を荒谷の胸にうずめた。穏やかな胸の鼓動が聞こえる。
「僕の事、許してくれるのか?」
「あなたがその言葉を必要としているのなら、私はあなたを許します――あ、でも痛いのは許しませんよ?」
「もちろんだ。すまなかった」
荒谷は主人の身体をぎゅっと抱きしめた。寛也も、自分の使用人の背中に腕を回した。触れ合う皮膚が溶け合い、一つになっていくような感覚だった。ひどく暑くて汗が止まらなかったが、気にしなかった。
静かな部屋の中で、二人の吐息だけが聞こえていた。
***
寛也は荒谷の腿を枕にしながらベッドに横になり、ぼんやりと庭を眺めていた。
あれから結局、再び身体を洗って着替えたものの、部屋に戻ればまたすぐに汗をかいてしまった。服が肌に張り付いて気持ちが悪い。
太陽は先程までの苛烈さを和らげてはいたが、時折吹いて風鈴を鳴らす風は未だにストーブの熱風のようで息が苦しい。少しでも涼もうと、寛也はうちわで顔をあおいだ。が、風通しの悪いこの部屋では余計に暑さを強めるだけだった。
「寛也様、私にくっついていて暑くないですか?」
荒谷はそう尋ねると、寛也の手からうちわをそっと取り、自分の脚の上でだれている主人を代わりにあおぎ始めた。その姿はどこにでもいる退屈そうな若者そのもので、行為中の活発さとは打って変わって静かだった。
「いいんだ。しばらくこうしていてくれないか」
寛也は気怠そうに荒谷を見上げた。
「いいですよ、分かりました」
荒谷は優しく寛也の頭を撫でた。性行為をした後はいつもこうだった。寛也は猫のように伸びをした。
だらけきった主人の姿がなんとも愛おしく、荒谷はこっそり微笑んだ。
普段は自分をからかってばかりの彼が、ぐったりと無防備になるこの時間が荒谷は大好きだった。
「なぁ、荒谷。もう痛くないか?」
「もう大丈夫ですよ」
小さな子供のようにもじもじする寛也に、静かに荒谷は答えた。寛也はほっとした表情でうなずいた。
「今日も七時になったら帰るのか?」
「ええ、そうですね」
「つまらないな」
寛也は不貞腐れた。
そこで会話は途切れ、沈黙がしばらく部屋の中を支配した。
「寛也様、この後はどうしますか?」
静かな声で荒谷は尋ねた。
「……僕は寝る。荒谷は好きに過ごしてくれ」
寛也は寝返りをうって荒谷に背を向けた。荒谷はちょっと考えてから口を開いた。なんとなく、横になっている寛也の背中が寂しそうだと思ったのだ。
「それなら、私はしばらくここに座っています」
「そうか」
「なぁ、荒谷」
「はい、どうしました?」
「……しばらく撫でていてくれ」
「えぇ、もちろんです」
荒谷はうっすら微笑んだ。寛也の頭を、髪をすくようにして指先で撫でる。寛也はすっかり安心しきった様子で目を閉じた。しかし、眠ってはいないようだった。
今までより、少しだけ涼しい風が吹いて部屋を巡る。わずかに息が楽になり二人はほう、と息を吐いた。
殺風景な部屋は相変わらず狭苦しかったが、皮膚から伝わる互いの感触が何とか気を紛らわせていてくれた。
真夏の午後の心地良い時間が絶対に長続きしない事は、二人とも十分に理解していた。だからこそ、二人ともこの時間が何者にも邪魔されないようひっそりと祈っているのだった。
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