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1巻
1-2
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「いらっしゃいませ」
エントランスに一歩踏み入ると、豪奢なシャンデリアに螺旋階段、美しいフラワーアレンジメントと、エレガントな世界が広がる。
「予約していた風間です」
千秋が告げれば「お待ちしておりました」とスタッフが二階へ案内してくれる。
エレベーターを降りると、ゴールドに輝くグランメゾンが待ち受けていた。バカラのシャンデリアにクリスタルで装飾された壁。老舗料亭の一人娘である文乃でさえ圧倒される。
奥まった壁際の席に着くと千秋が訊ねてきた。
「お酒は飲めましたよね?」
「はい。嗜む程度ですが」
「まずはシャンパーニュで乾杯しましょう」
千秋はシャンパンをオーダーした後、ソムリエと相談しながらワインを決めていく。一連の言動はどれも自然でスマートだった。
慣れているのは当然だろう。千秋は御曹司なのだ。
(それに比べて私は経験不足すぎる)
文乃はひきこもり人生を再び反省した。
「今日はいつもと雰囲気が違いますね」
千秋の言葉を聞いた途端、露出した首回りや背中が熱を持つ。
着物の帯がないだけで文乃は頼りない気持ちになった。
「ドレスはまだ着慣れず、すみません。あまりこういうところに来る機会がなくて。これからもっと勉強します」
「似合っています。素敵だ」
熱っぽい瞳で千秋に見つめられ、文乃は頬を染めた。
「そ、そんな。でも……、千秋さんにそう言ってもらえるのが一番嬉しい……です」
文乃は思わず本音を零す。
「それは意外だな。だったらもっと褒めましょうか。ドレスなんか関係ない。あなたは、素材そのものが綺麗です」
「からかわないで下さい」
「からかってなんかいません。文乃さんはいつも美しい。その輝きは、今夜だけのものじゃない」
御曹司は会話まで上品だ。
全身に千秋の視線を感じ、文乃は羞恥心で身悶えしそうになった。
(まるで中身まで覗かれているみたい……!)
「冗談はやめて下さい。千秋さんのまわりには、もっと華やかで美しい女性がたくさんいますよね? きっとこれまでだって、私なんかよりずっと素敵な人とおつきあいなさったでしょうし……」
文乃は顔を真っ赤に染めて興奮気味に反論する。千秋のような特別な人間には、素朴で地味な女性は珍しいのかもしれない。
(だからって、からかわないでほしい)
千秋に釣り合うようにドレスアップしてきたが、千秋が本心から気に入る女性になれたとは、とてもではないが思えない。
「俺の女性関係、気になりますか? 文乃さんが知りたいのなら全て話しますよ」
言いながら千秋は、不敵な笑みを浮かべた。弄ばれているような気持ちになり、文乃は悔しくなる。そのせいで、多少、口調は冷たくなったかもしれない。
「……いいえ、必要ありません。私の関与することではありませんから」
それは文乃の本心でもあった。
千秋は夫であっても一人の人間だ。どんな恋愛をしてきたとしても、それが今の千秋を作っているのだから、口出しするようなことではない。文乃もそのくらいの分別はある。
(過去のことなんて気にしない)
ところが、文乃の割り切りは、千秋には不服だったようだ。
「確かに、文乃さんには関係ないでしょうね。女性はよく、恋愛と結婚は別だと言いますし」
その声はいかにも不機嫌そうである。
「だから、俺と結婚したんでしょう?」
「えっ……」
千秋の問いに、文乃は肯定も否定もできない。恋愛結婚したわけではないのだから、別だと言われればそうかもしれない。とはいえ文乃は、千秋に対して少なからず好意を抱いている。
「あ、あの……それは……」
「気にする必要ありませんよ。お互い納得して結婚したんですから」
千秋の笑顔はどこか空々しく文乃は気まずい気分になる。政略結婚を受け入れた事実を、今さら覆すことはできない。
「あ、あの、お店は……」
いたたまれなくなった文乃は、無理やり話題を変えてしまった。
「……店?」
「経営方針のことです……。先日の説明会のあとも、従業員達から戸惑いの声があがっています。会社の決定に温情のようなものが感じられないと」
自分で話し出して、今更ながらに気が付いた。そうだ、今夜は、『さくらや』の話をするためにここへ来たのだ。文乃はうっかり舞い上がってしまった自分を恥じた。
「仕事の話か……。そうですね。俺がどんな女性とつきあっていようが、文乃さんには関係ない。たとえ、俺達が夫婦でもね。文乃さんにとって大事なのは、『さくらや』のほうだ」
ついさっきまで魅惑的に輝いていた千秋の表情が、あっという間に冷めていく。
(千秋さんがどんな女性とつきあっていても、私には関係ない……?)
千秋の台詞の真意が分からずに文乃は戸惑う。
(夫婦であっても? 過去の話じゃないの?)
文乃は激しくなる動悸を感じながら、黙り込む。運ばれてきた食事も味がせず、どうにかマナーだけは守ってフォークとナイフを動かす。
それに引き替え、千秋はどこまでも冷静だった。
「さて、仕事の話をしましょうか」
口元をナプキンで拭い、千秋は背筋を正した。文乃も表情を引き締める。
「まず、長く勤務されていると言っても、今の仕事量では仲居の時給に問題があります。売上の低迷が続く中、人件費に関しては毎年上昇し、『さくらや』の年間赤字はすでに三千万円を超えています。まずは従業員の給与を見直すべきです」
経営に関与してこなかった文乃にとって経営難という認識はあっても具体的な金額は寝耳に水だった。
「次に、週に数日、まったく客の来ない日がありますね。完全予約制は夜だけにして、昼は若干値段を抑えたメニューも提供してみようと考えています」
千秋の提案を、頑固な父親が認めるかどうかは分からない。文乃は頭を悩ませた。
話を聞いて頷くだけでは、女将として妻として不甲斐ない。しかし、様々な思いが渦巻いて相応しい答えを導き出せず、時間だけが過ぎていく。
食事を終えてレストランを出たあとも、文乃はもやもやとした気持ちを払拭できなかった。
「車を呼んでいます。迎えが来るまで少し歩きませんか? 『さくらや』のことは任せて下さい。業績が上がれば一番に従業員へ還元すると約束します」
それから千秋は、自分の上着を文乃の肩にかけた。
「だ、大丈夫です」
アルコールのせいか寒くはない。
文乃は上着を返そうとするが、千秋はそれに応じなかった。
「俺が嫌なんです。他人に自分の妻をじろじろ見られるのが」
「じろじろ?」
「さっきすれ違ったカップルの男性が見ていました」
文乃はまったく気づかなかった。
千秋には意外と神経質なところがあるようだ。
新しい発見をしたようで、文乃は思わず微笑んだ。
「すみません。あなたのこと、自分の所有物のような言い方をして」
「い、いいえ。私のほうこそ鈍感な妻で申し訳ありません」
「焦る必要はない……」
独り言のように千秋が言う。
「えっ?」
意味が分からずに文乃は聞き返した。
「なんでもありません。そうだ、プレゼントがあります。ジャケットの内ポケットを探ってもらえますか」
言われた通り文乃は内ポケットに手を入れ、スカイブルーの小箱を取り出した。
「これは?」
「ニューヨーク土産の定番です」
文乃もよく知る高級ブランドのロゴが目に入った。促されるままに開けてみれば、一連ダイヤのネックレスが顔を出す。
もちろん、こんな値の張るアクセサリーをプレゼントされるのは初めてだ。百万円は下らないはずの高価な土産に驚き、文乃は御礼を言い忘れる。
「つけてみませんか?」
「……あ、はい……でも……」
「貸して下さい」
有無を言わさぬ調子で、千秋はダイヤのネックレスを手にして文乃の背後に回る。
ネックレスが触れ胸元がひやりとし、文乃は緊張を高めた。
「髪を上げてもらっていいですか?」
文乃は長い髪を持ち上げる。すると、うなじに温かなものを感じた。
千秋の吐いた息かもしれない。
首のすぐ後ろに、千秋の顔や指がある。
触れそうで触れない距離に、もどかしさが募った。
触れてくれたらいいのに。
触れてほしい――
だけど、そんなことはとても口にできない。
「できました」
当然ながら肌に触れられることはなかった。
千秋は文乃の正面に回り、全体を眺める。
「いいですね。とても似合っています」
「あ、ありがとうございます」
結婚式にはじまり、婚約指輪や結婚指輪、そして新居まで、あっという間に全てを準備してもらい、それらにいくらかかったのか文乃は詳細を知らない。千秋に甘えっぱなしだ。
「だけど、こんな高価なもの、私には必要ありませんので」
すると千秋がかすかに残念そうな顔をする。それに気づいた文乃は、慌てて取り繕おうとしたが遅かった。
「これから気をつけます」
「あ、あの、そういう意味じゃなくて」
「車が来たようだ。行きましょう」
千秋が手を差し出す。
「はい……」
文乃が千秋の手を取ると、優しく握り返された。高鳴る胸に気づいた文乃は、これは特別なことではないと自分に言い聞かせる。
(千秋さんにとっては、普通のこと……)
無言のままライトアップされた緑の中をゆっくりと歩いていく。
文乃は千秋の『焦る必要はない』という言葉を思い出していた。
(……もともと、愛はなかったのだから)
歩くスピードと同じくらいでいい。互いの気持ちが近づいていけばいい。
男女の愛でなくとも、きっと家族にはなれるはず。好意以前に純粋に千秋のことを人として尊敬している文乃は、この政略結婚を前向きに捉えようと思った。
(これからの長い人生を同志として歩めばいい)
手のひらに千秋の温もりを感じながら、きっとうまくいくはずと、文乃は未来を信じようとしていた。そのまま運転手付きの車で送ってもらい、午後十時半、文乃はマンションに到着する。
「では、まだ仕事がありますので、これで」
千秋は後部座席に座ったまま、軽く文乃に向かって手をあげた。
「……はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
運転手がドアを開け、文乃は車から降りた。そんな文乃を確かめるでもなく、千秋はすでに前方を向いている。
(素っ気ない……)
そもそもこんな時間に、どこでどんな仕事があるというのだろう。
『俺がどんな女性とつきあっていようが、文乃さんには関係ない』
千秋の言葉が文乃の脳裏に蘇る。
(まさか、別の女性が待って……?)
すでに出発した車のテールランプを目で追いながら、文乃は不安な気持ちになる。
たとえば千秋に自分以外の女性がいたとして、不貞を責めることができるのだろうか。『さくらや』の再建に尽力する千秋は、政略結婚の約束事をきちんと果たしている。
(……不貞になるの? 筋違いなのは私のほうかも)
無理やり千秋を縛ろうとしているのは自分じゃないだろうか。
文乃は複雑な思いを抱えたまま、一人寂しく部屋に戻るのだった。
§
その後も千秋がマンションに戻ってくることはないまま、半月が経過した。
(もうこんな時間だ。そろそろ寝ないと遅刻する!)
高級ホテルのような広々としたパウダールームの鏡に映るのは、ぼさぼさ頭にすっぴん黒縁眼鏡、上下グレーのスウェットを着た干物女子だった。
早番の今日は十時前には店に着いていなければならないが、すでに時計は午前三時を回っていた。
「大丈夫。まだ五時間は眠れる」
文乃は片方の手を腰に当て豪快に歯磨きを始めた。
そして、帰らぬ夫に嘆息する。
(一応は新婚なのに。無断外泊はこれで何度目だろう)
先々週フレンチレストランで会って以来、文乃はほとんど千秋の顔を見ていない。
缶チューハイをちびちびやりながら今宵も待ってはみたものの、やはり無駄骨だったようだ。
文乃は千秋がいない生活に慣れて、いつしか実家から持ってきたスウェットでまったり過ごすようになってしまった。
(どうやら順能力は高いみたい……)
新居は東京都港区にあるタワーマンション。玄関に入って右手に扉は二つ。一つがパウダールームと浴室、もう一つはトイレだ。パウダールームと寝室は繋がっている。正面にも扉が二つ。それぞれリビングとゲストルームへ続く扉だ。そして左手の扉は廊下兼用のウォークスルークローゼット。その先には千秋の書斎がある。
百平米はある3LDKと四十五階からの眺望に、何一つ不満はない。
「こんな部屋、私一人じゃもったいないな」
不意に実家の父親や祖父母、それから飼い猫に会いたくなった。
(ホームシックかもしれない)
文乃はこれまでの二十七年間、実家を一度も出たことがなかったのだ。
うがいをし、口元をタオルで拭いたところで、ふと思い出す。
千秋が文乃の唇に触れたのは、お見合いの席でのたった一回だけだということを。
唇に情熱的なキスの感触が蘇る。千秋にすればただの悪ふざけだったのかもしれないが、文乃にとっては特別な出来事だ。
「ああ、もう。今さら考えたって仕方ないでしょ!」
文乃はタオルを洗濯機に放り込んだ。
料亭の女将にしては細やかさに欠けるかもしれないが、クヨクヨしない大雑把な性格が幸いして、文乃は明るく生きていた。
パウダールームを出ると、玄関ドアが乱暴に閉まる音が耳に届く。この部屋に戻ってくるのは、千秋以外に考えられない。
「あっ……!」
そこで、ふらふらと廊下をやってくる千秋と目が合った。
「お、おかえりなさいませ」
文乃は驚いた表情のままで千秋を迎える。
「文乃さん?」
スウェット姿の妻を初めて目にした千秋は、困惑しているようだった。
「すみません。リラックスしすぎました」
「構いませんよ。ここはあなたの部屋ですから」
千秋は抑揚のない声で言うと、文乃の横を通り過ぎていく。
ふと、アルコールの匂いが鼻先を掠めた。
(随分と飲んでいるみたい?)
覚束ない足取りが気になり、文乃は背後から千秋の脇に潜り込み身体を支えた。
「寝室まで一緒に」
この程度の気遣いは女将ならば持ち得て当然だ。
「…………」
千秋は何も言わないが、少しだけ文乃に体重を掛けてきた。身長は高いけれどずいぶん細身だ。そのため、千秋を支えるくらいたいしたことないと思っていた文乃だが――
(見た目より重たい……細いのに逞しい)
予想以上に筋肉質な千秋の身体に動揺しつつ、文乃は腰に手を回してそのまま寝室へと向かった。
ベッドの端に千秋を座らせ、ここからどうしようかと迷う。
二人で眠るためのキングサイズのベッドに問題はない。問題があるとすれば、ベッドを共にする夫婦の間に愛がないということだ。
「ここは、文乃さん、あなたの寝室でしょう。俺は書斎で眠ります」
千秋はネクタイを緩めながら、疲れた声で言う。
「どうして? ここは二人の寝室です」
文乃を見て千秋は複雑な表情を浮かべた。
文乃にすれば当然のことを言ったつもりである。深い意味はなかったが、改めて思い返して動揺した。これでは、文乃から千秋を誘っているようなものだ。
「あ、あの……、そういうつもりじゃ……」
「すみません。泥酔した姿で帰るつもりはなかったんですが、あなたの顔が急に見たくなって」
思いがけない言葉に、文乃は胸の高鳴りを覚える。嬉しくなり、自然と思いが溢れた。
「私も千秋さんの顔が見たかった……」
「それは本心? 『さくらや』のため?」
ところが千秋は、眉をひそめ難しい顔つきになるのだ。
「あ、あの……」
文乃は、千秋の問いにどう答えればいいのか分からない。
本心であることを伝えようとするが、千秋が信じてくれるような言葉は思い浮かばなかった。
(ただ会いたかった……)
もしそう言ったら、千秋はどう思うだろう。
(いつも、そばにいたい)
忙しい千秋に迷惑をかけないだろうか。
「ごめん。いいんだ。どっちだって」
千秋の両腕が唐突に文乃の腰に回った。強く引き寄せられたことでふらつき、文乃も千秋にしがみつく。
文乃の胸の中にすっぽりと千秋の顔が埋まった。
自分の激しい鼓動が千秋に聞こえているかと思うと平静でいられない。
スウェット越し、胸のふくらみに熱い吐息を感じる。
もっと夫である千秋を感じたい。できるなら素肌に感じたい。淫らだと思われるだろうか。
(ちゃんと妻にしてほしい……)
愛がなくてもかまわない。しかし、どうすれば本当の妻にしてもらえるのか、文乃にはまったく分からなかった。
だが、その時は唐突に訪れた。
「これ以上、理性を保てそうにない」
「あっ……!」
千秋はやや強引に、文乃をベッドへと押し倒す。文乃の顔から眼鏡を外しサイドテーブルに置いた。そして文乃の頭を撫でると、骨ばった指に髪を絡めた。
文乃はされるがままだ。しかも、心はその先を期待している。
(妻にして下さい……)
文乃は千秋の首に腕をまわした。自分はこんな風に抱かれるのを待ち望んでいたのだと思い知る。
「文乃さんは、綺麗だ。いや、今日はいつもより幼くて、それも可愛い」
(お酒の匂いがする……)
首筋に顔を埋められ、文乃は緊張感を高める。
「嫌だったら言ってくれ。こんな言い方、失礼かもしれない。だけど俺は……文乃さんを俺だけのものにしたい」
千秋の真剣な眼差しに、文乃の心は高揚していった。
「私は……千秋さんだけのものです……」
酔っぱらい客から守ってもらったあの日から、とっくに心は千秋に囚われている。
千秋の手が、文乃の頬に触れた。
「ありがとう。大事にするから……俺に全部見せて」
熱の籠もった口付けが落とされた。
「……んっ」
愛らしい音を立てながら、啄むような優しいキスが繰り返される。
ベッドの上、文乃と千秋の視線は絡み合ったままだ。
眼鏡が無くてもこれだけ近くであれば、文乃にも千秋の表情は分かる。千秋はそれまで見たことのない男の色香を放っていた。
「文乃……可愛い……俺の文乃」
千秋の呼びかけに応じる間もなく、文乃の唇は再び塞がれた。隙をついて千秋の舌が口内に侵入する。搦め捕られた文乃の舌は、すっかり千秋に翻弄されていた。
(やだ……変な気持ちになる)
淫靡な水音とともに粘膜を擦られる。強まっていく刺激から逃れようと、文乃は身を捩った。しかし、捕らえられた身体に自由はない。
お腹の辺りに冷たい空気を感じると同時に、千秋の手がスウェットの中に滑り込んできた。
「やっ……ぁ……」
千秋の指は直にふくらみに触れてきた。その瞬間、ブラをつけていなかったことを思い出す。恥ずかしさのあまり、文乃の全身がかっと火照った。
「痛かったら言って」
千秋は貪るようなキスを続けながら、文乃の胸を揉みほぐす。たとえ痛みがあったとしても、声にする余裕もないほどに文乃の口の中は千秋でいっぱいだ。優しく、時に激しい千秋の手の動きは、文乃がまだ知らない快感を連れてくる。
「……あっ、ん、んっ……」
自然と溢れる甘い呻きに、文乃自身が一番驚いていた。
(……恥ずかしい)
そう思うのに、どうしても声が漏れてしまう。
「……ん、ふぅ……っ」
「気持ちいい?」
唇が不意に解かれた。問われる間も胸は撫で上げられ、先端を指が掠める。身体の奥がむずむずするのを止められずに文乃は戸惑った。
行為に対する恥ずかしさから、文乃はなんと答えればいいのか分からない。ただ目に涙を溜めて、千秋を見つめ返すので精一杯だ。
エントランスに一歩踏み入ると、豪奢なシャンデリアに螺旋階段、美しいフラワーアレンジメントと、エレガントな世界が広がる。
「予約していた風間です」
千秋が告げれば「お待ちしておりました」とスタッフが二階へ案内してくれる。
エレベーターを降りると、ゴールドに輝くグランメゾンが待ち受けていた。バカラのシャンデリアにクリスタルで装飾された壁。老舗料亭の一人娘である文乃でさえ圧倒される。
奥まった壁際の席に着くと千秋が訊ねてきた。
「お酒は飲めましたよね?」
「はい。嗜む程度ですが」
「まずはシャンパーニュで乾杯しましょう」
千秋はシャンパンをオーダーした後、ソムリエと相談しながらワインを決めていく。一連の言動はどれも自然でスマートだった。
慣れているのは当然だろう。千秋は御曹司なのだ。
(それに比べて私は経験不足すぎる)
文乃はひきこもり人生を再び反省した。
「今日はいつもと雰囲気が違いますね」
千秋の言葉を聞いた途端、露出した首回りや背中が熱を持つ。
着物の帯がないだけで文乃は頼りない気持ちになった。
「ドレスはまだ着慣れず、すみません。あまりこういうところに来る機会がなくて。これからもっと勉強します」
「似合っています。素敵だ」
熱っぽい瞳で千秋に見つめられ、文乃は頬を染めた。
「そ、そんな。でも……、千秋さんにそう言ってもらえるのが一番嬉しい……です」
文乃は思わず本音を零す。
「それは意外だな。だったらもっと褒めましょうか。ドレスなんか関係ない。あなたは、素材そのものが綺麗です」
「からかわないで下さい」
「からかってなんかいません。文乃さんはいつも美しい。その輝きは、今夜だけのものじゃない」
御曹司は会話まで上品だ。
全身に千秋の視線を感じ、文乃は羞恥心で身悶えしそうになった。
(まるで中身まで覗かれているみたい……!)
「冗談はやめて下さい。千秋さんのまわりには、もっと華やかで美しい女性がたくさんいますよね? きっとこれまでだって、私なんかよりずっと素敵な人とおつきあいなさったでしょうし……」
文乃は顔を真っ赤に染めて興奮気味に反論する。千秋のような特別な人間には、素朴で地味な女性は珍しいのかもしれない。
(だからって、からかわないでほしい)
千秋に釣り合うようにドレスアップしてきたが、千秋が本心から気に入る女性になれたとは、とてもではないが思えない。
「俺の女性関係、気になりますか? 文乃さんが知りたいのなら全て話しますよ」
言いながら千秋は、不敵な笑みを浮かべた。弄ばれているような気持ちになり、文乃は悔しくなる。そのせいで、多少、口調は冷たくなったかもしれない。
「……いいえ、必要ありません。私の関与することではありませんから」
それは文乃の本心でもあった。
千秋は夫であっても一人の人間だ。どんな恋愛をしてきたとしても、それが今の千秋を作っているのだから、口出しするようなことではない。文乃もそのくらいの分別はある。
(過去のことなんて気にしない)
ところが、文乃の割り切りは、千秋には不服だったようだ。
「確かに、文乃さんには関係ないでしょうね。女性はよく、恋愛と結婚は別だと言いますし」
その声はいかにも不機嫌そうである。
「だから、俺と結婚したんでしょう?」
「えっ……」
千秋の問いに、文乃は肯定も否定もできない。恋愛結婚したわけではないのだから、別だと言われればそうかもしれない。とはいえ文乃は、千秋に対して少なからず好意を抱いている。
「あ、あの……それは……」
「気にする必要ありませんよ。お互い納得して結婚したんですから」
千秋の笑顔はどこか空々しく文乃は気まずい気分になる。政略結婚を受け入れた事実を、今さら覆すことはできない。
「あ、あの、お店は……」
いたたまれなくなった文乃は、無理やり話題を変えてしまった。
「……店?」
「経営方針のことです……。先日の説明会のあとも、従業員達から戸惑いの声があがっています。会社の決定に温情のようなものが感じられないと」
自分で話し出して、今更ながらに気が付いた。そうだ、今夜は、『さくらや』の話をするためにここへ来たのだ。文乃はうっかり舞い上がってしまった自分を恥じた。
「仕事の話か……。そうですね。俺がどんな女性とつきあっていようが、文乃さんには関係ない。たとえ、俺達が夫婦でもね。文乃さんにとって大事なのは、『さくらや』のほうだ」
ついさっきまで魅惑的に輝いていた千秋の表情が、あっという間に冷めていく。
(千秋さんがどんな女性とつきあっていても、私には関係ない……?)
千秋の台詞の真意が分からずに文乃は戸惑う。
(夫婦であっても? 過去の話じゃないの?)
文乃は激しくなる動悸を感じながら、黙り込む。運ばれてきた食事も味がせず、どうにかマナーだけは守ってフォークとナイフを動かす。
それに引き替え、千秋はどこまでも冷静だった。
「さて、仕事の話をしましょうか」
口元をナプキンで拭い、千秋は背筋を正した。文乃も表情を引き締める。
「まず、長く勤務されていると言っても、今の仕事量では仲居の時給に問題があります。売上の低迷が続く中、人件費に関しては毎年上昇し、『さくらや』の年間赤字はすでに三千万円を超えています。まずは従業員の給与を見直すべきです」
経営に関与してこなかった文乃にとって経営難という認識はあっても具体的な金額は寝耳に水だった。
「次に、週に数日、まったく客の来ない日がありますね。完全予約制は夜だけにして、昼は若干値段を抑えたメニューも提供してみようと考えています」
千秋の提案を、頑固な父親が認めるかどうかは分からない。文乃は頭を悩ませた。
話を聞いて頷くだけでは、女将として妻として不甲斐ない。しかし、様々な思いが渦巻いて相応しい答えを導き出せず、時間だけが過ぎていく。
食事を終えてレストランを出たあとも、文乃はもやもやとした気持ちを払拭できなかった。
「車を呼んでいます。迎えが来るまで少し歩きませんか? 『さくらや』のことは任せて下さい。業績が上がれば一番に従業員へ還元すると約束します」
それから千秋は、自分の上着を文乃の肩にかけた。
「だ、大丈夫です」
アルコールのせいか寒くはない。
文乃は上着を返そうとするが、千秋はそれに応じなかった。
「俺が嫌なんです。他人に自分の妻をじろじろ見られるのが」
「じろじろ?」
「さっきすれ違ったカップルの男性が見ていました」
文乃はまったく気づかなかった。
千秋には意外と神経質なところがあるようだ。
新しい発見をしたようで、文乃は思わず微笑んだ。
「すみません。あなたのこと、自分の所有物のような言い方をして」
「い、いいえ。私のほうこそ鈍感な妻で申し訳ありません」
「焦る必要はない……」
独り言のように千秋が言う。
「えっ?」
意味が分からずに文乃は聞き返した。
「なんでもありません。そうだ、プレゼントがあります。ジャケットの内ポケットを探ってもらえますか」
言われた通り文乃は内ポケットに手を入れ、スカイブルーの小箱を取り出した。
「これは?」
「ニューヨーク土産の定番です」
文乃もよく知る高級ブランドのロゴが目に入った。促されるままに開けてみれば、一連ダイヤのネックレスが顔を出す。
もちろん、こんな値の張るアクセサリーをプレゼントされるのは初めてだ。百万円は下らないはずの高価な土産に驚き、文乃は御礼を言い忘れる。
「つけてみませんか?」
「……あ、はい……でも……」
「貸して下さい」
有無を言わさぬ調子で、千秋はダイヤのネックレスを手にして文乃の背後に回る。
ネックレスが触れ胸元がひやりとし、文乃は緊張を高めた。
「髪を上げてもらっていいですか?」
文乃は長い髪を持ち上げる。すると、うなじに温かなものを感じた。
千秋の吐いた息かもしれない。
首のすぐ後ろに、千秋の顔や指がある。
触れそうで触れない距離に、もどかしさが募った。
触れてくれたらいいのに。
触れてほしい――
だけど、そんなことはとても口にできない。
「できました」
当然ながら肌に触れられることはなかった。
千秋は文乃の正面に回り、全体を眺める。
「いいですね。とても似合っています」
「あ、ありがとうございます」
結婚式にはじまり、婚約指輪や結婚指輪、そして新居まで、あっという間に全てを準備してもらい、それらにいくらかかったのか文乃は詳細を知らない。千秋に甘えっぱなしだ。
「だけど、こんな高価なもの、私には必要ありませんので」
すると千秋がかすかに残念そうな顔をする。それに気づいた文乃は、慌てて取り繕おうとしたが遅かった。
「これから気をつけます」
「あ、あの、そういう意味じゃなくて」
「車が来たようだ。行きましょう」
千秋が手を差し出す。
「はい……」
文乃が千秋の手を取ると、優しく握り返された。高鳴る胸に気づいた文乃は、これは特別なことではないと自分に言い聞かせる。
(千秋さんにとっては、普通のこと……)
無言のままライトアップされた緑の中をゆっくりと歩いていく。
文乃は千秋の『焦る必要はない』という言葉を思い出していた。
(……もともと、愛はなかったのだから)
歩くスピードと同じくらいでいい。互いの気持ちが近づいていけばいい。
男女の愛でなくとも、きっと家族にはなれるはず。好意以前に純粋に千秋のことを人として尊敬している文乃は、この政略結婚を前向きに捉えようと思った。
(これからの長い人生を同志として歩めばいい)
手のひらに千秋の温もりを感じながら、きっとうまくいくはずと、文乃は未来を信じようとしていた。そのまま運転手付きの車で送ってもらい、午後十時半、文乃はマンションに到着する。
「では、まだ仕事がありますので、これで」
千秋は後部座席に座ったまま、軽く文乃に向かって手をあげた。
「……はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
運転手がドアを開け、文乃は車から降りた。そんな文乃を確かめるでもなく、千秋はすでに前方を向いている。
(素っ気ない……)
そもそもこんな時間に、どこでどんな仕事があるというのだろう。
『俺がどんな女性とつきあっていようが、文乃さんには関係ない』
千秋の言葉が文乃の脳裏に蘇る。
(まさか、別の女性が待って……?)
すでに出発した車のテールランプを目で追いながら、文乃は不安な気持ちになる。
たとえば千秋に自分以外の女性がいたとして、不貞を責めることができるのだろうか。『さくらや』の再建に尽力する千秋は、政略結婚の約束事をきちんと果たしている。
(……不貞になるの? 筋違いなのは私のほうかも)
無理やり千秋を縛ろうとしているのは自分じゃないだろうか。
文乃は複雑な思いを抱えたまま、一人寂しく部屋に戻るのだった。
§
その後も千秋がマンションに戻ってくることはないまま、半月が経過した。
(もうこんな時間だ。そろそろ寝ないと遅刻する!)
高級ホテルのような広々としたパウダールームの鏡に映るのは、ぼさぼさ頭にすっぴん黒縁眼鏡、上下グレーのスウェットを着た干物女子だった。
早番の今日は十時前には店に着いていなければならないが、すでに時計は午前三時を回っていた。
「大丈夫。まだ五時間は眠れる」
文乃は片方の手を腰に当て豪快に歯磨きを始めた。
そして、帰らぬ夫に嘆息する。
(一応は新婚なのに。無断外泊はこれで何度目だろう)
先々週フレンチレストランで会って以来、文乃はほとんど千秋の顔を見ていない。
缶チューハイをちびちびやりながら今宵も待ってはみたものの、やはり無駄骨だったようだ。
文乃は千秋がいない生活に慣れて、いつしか実家から持ってきたスウェットでまったり過ごすようになってしまった。
(どうやら順能力は高いみたい……)
新居は東京都港区にあるタワーマンション。玄関に入って右手に扉は二つ。一つがパウダールームと浴室、もう一つはトイレだ。パウダールームと寝室は繋がっている。正面にも扉が二つ。それぞれリビングとゲストルームへ続く扉だ。そして左手の扉は廊下兼用のウォークスルークローゼット。その先には千秋の書斎がある。
百平米はある3LDKと四十五階からの眺望に、何一つ不満はない。
「こんな部屋、私一人じゃもったいないな」
不意に実家の父親や祖父母、それから飼い猫に会いたくなった。
(ホームシックかもしれない)
文乃はこれまでの二十七年間、実家を一度も出たことがなかったのだ。
うがいをし、口元をタオルで拭いたところで、ふと思い出す。
千秋が文乃の唇に触れたのは、お見合いの席でのたった一回だけだということを。
唇に情熱的なキスの感触が蘇る。千秋にすればただの悪ふざけだったのかもしれないが、文乃にとっては特別な出来事だ。
「ああ、もう。今さら考えたって仕方ないでしょ!」
文乃はタオルを洗濯機に放り込んだ。
料亭の女将にしては細やかさに欠けるかもしれないが、クヨクヨしない大雑把な性格が幸いして、文乃は明るく生きていた。
パウダールームを出ると、玄関ドアが乱暴に閉まる音が耳に届く。この部屋に戻ってくるのは、千秋以外に考えられない。
「あっ……!」
そこで、ふらふらと廊下をやってくる千秋と目が合った。
「お、おかえりなさいませ」
文乃は驚いた表情のままで千秋を迎える。
「文乃さん?」
スウェット姿の妻を初めて目にした千秋は、困惑しているようだった。
「すみません。リラックスしすぎました」
「構いませんよ。ここはあなたの部屋ですから」
千秋は抑揚のない声で言うと、文乃の横を通り過ぎていく。
ふと、アルコールの匂いが鼻先を掠めた。
(随分と飲んでいるみたい?)
覚束ない足取りが気になり、文乃は背後から千秋の脇に潜り込み身体を支えた。
「寝室まで一緒に」
この程度の気遣いは女将ならば持ち得て当然だ。
「…………」
千秋は何も言わないが、少しだけ文乃に体重を掛けてきた。身長は高いけれどずいぶん細身だ。そのため、千秋を支えるくらいたいしたことないと思っていた文乃だが――
(見た目より重たい……細いのに逞しい)
予想以上に筋肉質な千秋の身体に動揺しつつ、文乃は腰に手を回してそのまま寝室へと向かった。
ベッドの端に千秋を座らせ、ここからどうしようかと迷う。
二人で眠るためのキングサイズのベッドに問題はない。問題があるとすれば、ベッドを共にする夫婦の間に愛がないということだ。
「ここは、文乃さん、あなたの寝室でしょう。俺は書斎で眠ります」
千秋はネクタイを緩めながら、疲れた声で言う。
「どうして? ここは二人の寝室です」
文乃を見て千秋は複雑な表情を浮かべた。
文乃にすれば当然のことを言ったつもりである。深い意味はなかったが、改めて思い返して動揺した。これでは、文乃から千秋を誘っているようなものだ。
「あ、あの……、そういうつもりじゃ……」
「すみません。泥酔した姿で帰るつもりはなかったんですが、あなたの顔が急に見たくなって」
思いがけない言葉に、文乃は胸の高鳴りを覚える。嬉しくなり、自然と思いが溢れた。
「私も千秋さんの顔が見たかった……」
「それは本心? 『さくらや』のため?」
ところが千秋は、眉をひそめ難しい顔つきになるのだ。
「あ、あの……」
文乃は、千秋の問いにどう答えればいいのか分からない。
本心であることを伝えようとするが、千秋が信じてくれるような言葉は思い浮かばなかった。
(ただ会いたかった……)
もしそう言ったら、千秋はどう思うだろう。
(いつも、そばにいたい)
忙しい千秋に迷惑をかけないだろうか。
「ごめん。いいんだ。どっちだって」
千秋の両腕が唐突に文乃の腰に回った。強く引き寄せられたことでふらつき、文乃も千秋にしがみつく。
文乃の胸の中にすっぽりと千秋の顔が埋まった。
自分の激しい鼓動が千秋に聞こえているかと思うと平静でいられない。
スウェット越し、胸のふくらみに熱い吐息を感じる。
もっと夫である千秋を感じたい。できるなら素肌に感じたい。淫らだと思われるだろうか。
(ちゃんと妻にしてほしい……)
愛がなくてもかまわない。しかし、どうすれば本当の妻にしてもらえるのか、文乃にはまったく分からなかった。
だが、その時は唐突に訪れた。
「これ以上、理性を保てそうにない」
「あっ……!」
千秋はやや強引に、文乃をベッドへと押し倒す。文乃の顔から眼鏡を外しサイドテーブルに置いた。そして文乃の頭を撫でると、骨ばった指に髪を絡めた。
文乃はされるがままだ。しかも、心はその先を期待している。
(妻にして下さい……)
文乃は千秋の首に腕をまわした。自分はこんな風に抱かれるのを待ち望んでいたのだと思い知る。
「文乃さんは、綺麗だ。いや、今日はいつもより幼くて、それも可愛い」
(お酒の匂いがする……)
首筋に顔を埋められ、文乃は緊張感を高める。
「嫌だったら言ってくれ。こんな言い方、失礼かもしれない。だけど俺は……文乃さんを俺だけのものにしたい」
千秋の真剣な眼差しに、文乃の心は高揚していった。
「私は……千秋さんだけのものです……」
酔っぱらい客から守ってもらったあの日から、とっくに心は千秋に囚われている。
千秋の手が、文乃の頬に触れた。
「ありがとう。大事にするから……俺に全部見せて」
熱の籠もった口付けが落とされた。
「……んっ」
愛らしい音を立てながら、啄むような優しいキスが繰り返される。
ベッドの上、文乃と千秋の視線は絡み合ったままだ。
眼鏡が無くてもこれだけ近くであれば、文乃にも千秋の表情は分かる。千秋はそれまで見たことのない男の色香を放っていた。
「文乃……可愛い……俺の文乃」
千秋の呼びかけに応じる間もなく、文乃の唇は再び塞がれた。隙をついて千秋の舌が口内に侵入する。搦め捕られた文乃の舌は、すっかり千秋に翻弄されていた。
(やだ……変な気持ちになる)
淫靡な水音とともに粘膜を擦られる。強まっていく刺激から逃れようと、文乃は身を捩った。しかし、捕らえられた身体に自由はない。
お腹の辺りに冷たい空気を感じると同時に、千秋の手がスウェットの中に滑り込んできた。
「やっ……ぁ……」
千秋の指は直にふくらみに触れてきた。その瞬間、ブラをつけていなかったことを思い出す。恥ずかしさのあまり、文乃の全身がかっと火照った。
「痛かったら言って」
千秋は貪るようなキスを続けながら、文乃の胸を揉みほぐす。たとえ痛みがあったとしても、声にする余裕もないほどに文乃の口の中は千秋でいっぱいだ。優しく、時に激しい千秋の手の動きは、文乃がまだ知らない快感を連れてくる。
「……あっ、ん、んっ……」
自然と溢れる甘い呻きに、文乃自身が一番驚いていた。
(……恥ずかしい)
そう思うのに、どうしても声が漏れてしまう。
「……ん、ふぅ……っ」
「気持ちいい?」
唇が不意に解かれた。問われる間も胸は撫で上げられ、先端を指が掠める。身体の奥がむずむずするのを止められずに文乃は戸惑った。
行為に対する恥ずかしさから、文乃はなんと答えればいいのか分からない。ただ目に涙を溜めて、千秋を見つめ返すので精一杯だ。
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