首筋に咬痕

あお

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「ここがアトリエです」





ドアが開けられて直ぐ、油絵具の匂いが鼻を掠めた。右側の壁には真っさらなパネルやキャンパス、大量のイーゼル立て掛けられており、見た事のない画材道具が机の上に並べられていた。そして、左側の壁に飾られた数枚の絵画。



「凄いな……」



そのどれもが強烈な存在感を放っていて、この、何とも言えない独特の空気に感嘆の溜息を漏らした。



「今、窓開けますね」



窓際へ向かう音梨君に続いてゆっくりと歩を進める。



「どれが君の作品か聞いてもいいかな」

「ここにあるのは全部俺のです。親父のは新しいアトリエに全部持って行ってしまったので」

「そうか」



壁に飾ってある絵を一枚一枚、時間をかけて眺めていく。

初めて見た音梨君の絵は芸術に疎い俺でも圧倒される程生き生きとしていて、躍動感があって。まるで、絵自体に生命でも宿ってるみたいだった。その中でも一番奥にあった古びた絵は、特に異彩を放っていた。



「これは……」

「ああ、それは俺が初めて描いた油絵です。初めて触る画材ばかりで悪戦苦闘しながら描き上げたやつですね」



俺の目に止まったそれは高校一年生の時の作品らしく、それまではデッサンや水彩画を中心に創作していたがこの作品をきっかけに油絵の魅力に取り憑かれたそうだ。


晴れ渡る空と樹々に囲まれた一軒家の絵。窓に差し込む陽の光や木漏れ日が色鮮やかで、どこか優しさや温かさを感じる。



「俺は、これが一番好きだな」



正に、一目惚れだった。

















アトリエに入って小一時間程した頃、音梨君がお茶を持ってくると言って一度アトリエから出た。

窓辺に腰掛け帰りを待っていると、程なくして食器が奏でるカチャカチャという音が遠くから聞こえて来た。



「おかえり」

「ただいーーっ!」



完全に閉まっていなかったドアを体で開けて室内に入ってきた音梨君は、一歩室内に入った所で何かに驚いたように身体を硬直させた。



「……音梨君?」



音梨君は俺を視界に捉えたまま、まるで縫い止められたようにその場から一歩も動かない。

名前を呼んでみても返事が返ってこないしどうしたのだろうと様子を伺っていると、音梨君が口をパクパクと数回開けては閉じてを繰り返した後、持っていたおぼんを勢いよく机の上に投げ出した。



「音梨君!?」



置いた、とは言い難い程に乱暴に置かれたおぼんの上には、もちろんお茶の入ったティーカップが乗っていた。幸いにも割れはしなかったが、中身は見事に飛び散り悲惨な状態になっている。



しかし当の本人は至って気にした様子もなく、むしろ別の事に夢中になっているのか、棚の中や引き出しを開けて何かを探している様子だった。



突発的な行動を取る音梨君が気がかりで歩み寄ろうと腰を上げると、それを制するように音梨君が声を荒げる。



「動かないでっ……!そのままっ……そのアングルのままでっ」



何処からか引っ張り出してきたスケッチブックと鉛筆で何かを描き始めた音梨君は、真剣な眼差しで俺を射抜いた。荒々しくスケッチブックを広げると、真っさらなページに直さまペンを走らせる。

動くなと言われ元の位置に戻ったものの、見られ慣れていない俺はスケッチブックと行き来する視線に戸惑いが隠せなかった。



途中何度か声をかけようと思案したが、集中した様子の今の彼には何を言っても届かない気がしてただジッと時が経つのを待つ。スケッチブックに向かう姿は、まるで別人のようだった。




これは、所謂あれだろうか。




音梨君は以前、描きたいものを見付けたら周りが見えなくなる程夢中になると言っていた。もしかして、これがそれだろうか。


これは入ってきた瞬間に何かを感じ取って、描きたい衝動に駆られたという事なんだろうか。














二十分程して、ようやく落ち着いたのか音梨君が大きく息を吐き出した。スケッチブックと鉛筆を床に置きガバッと顔を上げたかと思うと、勢いをそのままに俺の方へと走ってきた。

一気に近付いた距離。互いの身体の間には、隙間など存在しなかった。

あまりに唐突だったので、俺は避ける暇もなく音梨君を全身で受け止める。包み込むように抱き締められている事に気付いたのは、音梨君の腕の強さを感じた後だった。



「凄いっ……凄いです!榊さん、俺、もっと貴方が描きたいっ……」



思い通りのデッサンが出来たらしい音梨君の声はとても無邪気で、心から喜んでるのがひしひしと伝わってきて、触れた部分が妙に熱かった。

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