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八章 そるしえらのなつやすみ
第234話 ゆうやけ
しおりを挟むソウゴ君を幻覚で脳みそハンバーグしてから既に数時間が経過していた。
山の向こうに日は沈みかけ、空は綺麗なオレンジ色になっている。
それにしてもソウゴ君凄いね。
この俺のミステリアス幻覚から自力で脱出をしただなんて。
なんと強靭な精神力。
これが神宮寺ソウゴの力だとでもいうのか!
『ただの解釈違いに見えたが?』
『それよりもまだ私はマイロードの日焼けスク水フォルムをお披露目していないのだが。そして浴衣も着せていない! 夕立に降られて二人で一つの上着を傘に慌てて帰るシチュエーションも……!』
『おい誰かこのロリコン止めろよ』
もう止められないよ。
既に天使は目覚めてしまった。
『ラスボスみたいな発言』
どうせこの後は暇なんだし、放っておこう。
じきに治るさ。
『ははは、安心するんだマイロード。スイカの種を食べてもお腹からスイカは生えてこない』
なんでこの子自主的に幻覚を見ているんだろう……?
『もう手遅れだねぇ』
カメ君は一旦放置して、これからどうするか考えようか。
俺はソウゴ君が目覚めた事を報告した後、アイ兄さんからもう用済みだと言われた。
まあ、たぶん無力な那滝ケイを家の騒動に巻き込まないためなのだろう。
アイ兄さんは原作ではそこまで出番はないが、それでも優しさが垣間見えるシーンは多々あった。
大丈夫だよ♥ 俺も美少女として強くなったからね♥
すぐに脳をぐちゃトロにしてやる♥
『追放して正解だろこれ』
俺も追放されたから、これでミユメちゃんとも、おそろっちだね。
美少女追放コンビとしてやっていこう。
『勝手に同類にするのはあまりにも失礼すぎる』
うるさいよ。
もういいや、とりあえず適当に散策しようぜ。
金持ちの家なんだからなんか面白そうな物あるだろ!
『いいねぇ^^ 座敷牢とか、薄暗い地下室とか^^』
面白いか?
『捗る』
とんでもねえや。
「さてここからどうしようかなぁ」
今のところは明後日の釣りしか予定はない。
そして残念だがその時は白ワンピースは着ないだろう。
フェクトムの制服を着て、じんわりと汗をかいたところで上着を脱いであげよう。
着ているからこそのエッチをソウゴ君には伝えたいのだ。
『ふむ、水着はいいのかい?』
水着をソルシエラは着ない。使命があるのにそんな浮かれるわけないんだ。
そういうのは、ギャグ時空のイベントか、個別ルートでしか存在しない。
だが、何か他にも夏を感じさせるエッチなイベントをソウゴ君にお届けしたい。
ソウゴ君には将来、多少のエッチイベントでは動じない鈍感系ハーレム主人公になってもらうんだ!
『エゴが過ぎる』
とりあえず、お外に行こうねぇ。
家の中だと、人目につくし。
折角の田舎なのだから、もっと大自然の中に飛び込もう!
『夕陽に照らされる大自然ミステリアス美少女……興味深い^^』
俺はウキウキでお外へと出た。
今回、俺は原作的に何もすることがないので気が楽なのだ。
普段は緻密なフラグ管理と丁寧な原作修正で気を張っているからな……。
『虚偽申告』
なんてこと言うんだ。
まあいい。
とりあえず、最初に行くところ決まっているんだ。
ソウゴ君が倒れていたあの塀の裏に行こうぜ。
あそこは立ち入り禁止の神聖な森っぽいし、ワクワクするぞ!
『そんなところに入って大丈夫なのかい?』
大丈夫大丈夫。
バレねえって。もしバレそうになったら星詠みの杖君の転移で逃げるし。
『他力本願もここまで来ると清々しいねぇ』
俺達、一蓮托生だぜ★。
という訳で森に――。
『ハッ、森だマイロード!』
えっ、どうしたんだよカメ君。
『今この瞬間に、森の中から確かな幼き命の波動を感じた。守護らねば……! 行くぞ! 早く!』
えぇ……いや、まあ行くけどさ。
『うおおおおお! 幼き命よ。今私が行くぞ! 迷子になって震えて泣いているのだろう! 待っていてくれ……!』
うーん、こっち?
こっちなんだね?
『早く! 夕焼け小焼けで日が暮れる前に! 迷子で震えて泣いているかもしれないだろう!』
『自分の得意分野になると急に元気になるの止めなよ』
それ君もだよ。
『うるさい^^』
自覚あるなら煽るなって。
『うおおおおおおお、守護らねば! 守護らねば!』
わかったから落ち着いて~><
俺は脳内で騒ぐ海洋生物を宥めながら、森へと向かって駆け出した。
■
夏の夕陽が窓から差し込み、カーテンが揺れている。
一人の為に広くスペースが確保された病室は、夏の夕暮れも相まってどこか物悲しい。
が、そんな事も気にせずお見舞いで貰ったフルーツを食べる少女が一人。
「お、美味しいよぉ。病院の精進料理じゃないちゃんと味が濃い食べ物……!」
「いや、別にアレは精進料理じゃないと思うぞ」
フルーツをニコニコ笑顔で食べるトアを見ながら、ミズヒは思わずそう言った。
蝉しぐれよりも、フルーツを食べる音が響いている。
「心配かけてごめんねミズヒちゃん」
「大丈夫だ。トアが戻ってくるまで、私達は頑張れるぞ。それで……その、一応ミロクからは聞いているのだが」
ミズヒは躊躇しながら恐る恐る聞いた。
「退院時に階段で足を滑らせて転んで再入院という話は本当なのか? それで全身骨折と内臓損傷って……」
「うん」
「そ、そうなのか……」
探索者がなにをやっているのだ、そんな言葉をミズヒはグッと飲み込んだ。
ミズヒにとって、トアは長年付き合いのある幼馴染であり、妹のように可愛がってきた存在である。
故に、心無い言葉で傷つける訳にはいかなかった。
「まさか私もここまでだとは思わなかったよ。ははは……」
恥ずかしそうに笑うトアを見て、ミズヒは内心でトレーニングの量を増やすことを決定した。
二度とこんな恥をかかせない様に頑張る所存である。
「あーあ、私も文化大祭行きたかったなぁ」
「来年は共に行こう」
「約束だよ! 皆で、絶対に」
嬉しそうにトアは笑う。
が次の瞬間には落ち込んだ様にため息をついた。
「どうかしたのか? 流石にもう食べ物は上げられないぞ。私がミロクに怒られる」
「もしかして、皆は私の事、食いしん坊だと思ってる?」
ミズヒは何も答えられない。
「……はぁ、まあいいけど。それよりも、私が残念なのは夏休みが入院でおしまいになることだよぉ。いいなぁ、皆は夏休みがあって」
「そんな事はないぞ。特にやることは変わりない。……あ、そう言えばケイだけは実家に帰省したんだったか」
「ふーん。ケイ君、美味しい物食べられるのかなぁ」
トアは窓の外を眺める。
その横顔は、いつもより大人びて見えた。
「ケイ君、大丈夫かなぁ」
「ただの帰省だろう。ケイにはゆっくり羽を伸ばしてきてほしい」
「でも、那滝家って色々と怖い噂あるからさ。私は心配だよ」
そう言って、トアはいたずらっぽい笑みを浮かべながらミズヒを見た。
「あそこ、幽霊とか出るって噂あるんだよねぇ」
「幽霊……」
「あ、もしかしてミズヒちゃんもそういうの苦手?」
「いや、そんなことは無い。あと、人様の家のそういう噂を面白おかしく語るのは良くないぞトア」
「アッ、ゴメンナサイ」
ミズヒにこの手の冗談は、一切通じない。
そのことを今更思いだしたトアは謝ることしかできなくなった。
そして気まずくなったトアはリンゴを手に取ろうとしてミズヒに制止される。
見れば、神妙な顔で首を横に振った。
「私とトア、二人でミロクに怒られることになるぞ」
「そ、それは嫌だね……うん。もう今日は我慢するよ」
「零時を過ぎれば明日、というカウントも無しだ。明日の朝八時まで何も食べるな」
「……それもミロクちゃん?」
「ああ」
ミズヒはなぜか嬉しそうに頷いた。
「……じゃあ、ジュースは? せ、せめて味のある飲み物を。それならいいよね?」
「うーん、確かにそれならいいのか……?」
「ミズヒちゃんお願いだよぉ」
「まあ、飲み物なら良いだろう」
「やったぁ」
良い訳がない。
が、その事に気が付かずに二人は笑顔で頷き合う。
「じゃあ、早速買ってくる。何が良い?」
「コーラ!」
「迷いがないな……。わ、わかった」
ミズヒは頷くと、病室を後にした。
ニコニコ笑顔とルンルン気分でトアは窓の外を見る。
そして、夕焼けを眺めながら一人呟いた。
「ケイちゃん、私がいなくてもちゃんとアイツを殺せるかなぁ。アレで甘い所あるからなぁ」
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