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七章 ぞろぞろ偽者ソルシエラ

第217話 パタパタ到着Sランク

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 凍り付いた世界の中で、二人は対峙していた。

 かつて最強であった者。
 そして、最強の模造品。

 この戦況を変え得る存在達は、互いを見据えて微動だにしない。

(リュウコの所で居候してる子だよね。確か、Sランクのコピー体)

 既にリュウコから話だけは聞かされていた。
 凍結の異能を使う、もう一人の最強の存在を。

 学者が秘密裏に作り出したその存在は、この瞬間イレギュラーとして盤上を荒し始めていた。

(崩すだけで三十手。そこからまた結果を取り出すのは骨が折れる)

 ネイは対峙してすぐにレイの無力化の演算を開始していた。
 が、何度計算しても同じ答えがはじき出される。

(このままじゃ勝てない……! 私はこんなことで時間を使っている場合じゃないのに……!)

 もどかしさにレイピアを構え直すネイの姿を見て、レイはふんと鼻を鳴らす。

「愚かだな。教師ともあろう者が、真っ先に我を見失うとは」
「……誤解しているなら教えてあげるよ。ミユメちゃんを救い出す為には聖域使いが必要なんだ。この場で自由に動けて、聖域使いになれる可能性がある人間は一人しかいない」
「自由に……? ワタシ様の眼には、怯えた小鹿に見えるが。お前、何に駆り立てられている?」
「っ、知った風な口をきくね。先生のいう事は聞かなきゃ駄目だよ?」
「知るか。ワタシ様が中心だ。世界がワタシ様の思い通りになれ」

 そう言ってレイは手の中に氷の剣を生み出す。
 そして、その切っ先をネイへと向けた。

「止まれ。でなければ斬る」
「君さ、私を止める義理ないでしょ。どきなって。すぐに解決するからさ」

 事実、ネイにはこの事態を収束させられるという確信があった。

(どう考えても、私が呼ばれているでしょ)

 十年前と似た状況、唯一動ける最高戦力の一人。
 そして、どこかに見覚えのあった指揮者の顔。

 この事件の始まりが自分だという事は、当の昔に理解していた。

「私が解決するから意味があるんだよ」
「知るか」

 レイは考えることもなくその言葉を一蹴した。

「こっちには、プリンが掛かっている。これから一週間、リュウコが龍位継承を使って作り出した極上プリンだ。それを一日に三つだぞ! 朝昼晩だ!」
「……プリン?」
「ああ。ワタシ様も認めざるを得ない。奴は、お菓子作りが妙に上手い。それだけならワタシ様を凌ぐだろう」

 プリンの味を思い出しているのか、目を瞑り頷くレイ。
 ネイは、そんな少女を見て苛立ちに声を震わせながら言った。

「そんな事のために邪魔をするんだ……」
「ワタシ様にとっては重要な事だ。つまり、世界にとって重要な事なんだ」
「ふざけた事を――っ!?」

 異能を行使しようとしたその瞬間には、既にネイの四肢は凍てついていた。
 レイはその場から一歩も動いていない。

 ただ、ネイを見つめているだけである。

「拙いな。その程度の実力では、ワタシ様に刃を向ける事すら出来ないだろう」
「……離して。こんなところで仲間割れをしている場合じゃない。早くミユメちゃんを助けないと」
「その役目はお前ではない」
「いいや私だ! 他に誰がいるんだよ、こんな状況で自由に動けるのは私しかいない! Sランクの子たちはずっと足止めされているだろ!」
「そうだな。あからさまにお前だけが動ける。お前のために作り上げられたような舞台だ。過去の英雄が輝くにはおあつらえ向きだろう」
「だったら……!」
「どう考えてもあの指揮者とか言う奴の思い通りじゃないか。ワタシ様の100億のIQが無くてもわかる。お前を呼ぶ為の大掛かりな芝居だ。ここでお前が一人で行くこと自体が、敗北を意味するのだよ」

 ネイは奥歯をかみしめる。
 そんな事は、分かっていた。
 分かった上で、そうするのが最良の選択だと考えていたのだ。

「……なら、見殺しにしろと? また、あの時みたいにっ!」

 心からの悲痛な叫びだった。
 しかし、レイは眉一つ動かさない。

 その眼は、冷ややかな物であった。

「過去に囚われているのだな、憐れな。ネイ、今お前の目に映っているものはなんだ」
「……え?」
「情けなく助けを乞う者達か? 違うだろう。それぞれが、事件を解決するために奔走している。お前に全てを解決してもらおうなんて考えをもった奴はいない!」

 腕を組み、仁王立ちの姿勢でレイはそう叫ぶ。
 そして、背後から高速で接近するその名を呼んだ。

「そうだろ、リュウコ!」
「――勿論!」

 レイの背後、翼を広げた龍がその場に降り立つ。
 その背から降り立った少女は、ネイがよく知る少女であった。

「リュウコ……来たんだ」
「来ましたよ。ぜーったい、バカやると思ったんで。ネイ先生、結構ナイーブですからね。酒が抜けているとき、ネガティブだし。10年前の事まだ引き摺ってるって私、知ってますし。見えてる地雷じゃないですか」

 リュウコはそういって、にへらと笑う。
 その制服は所々が破れ、焦げていた。

「……怪我しているじゃん」
「ああ、これは大丈夫ですよ。私こう見えてもSランクですし、それに――貴女の一番弟子ですから」

 そう言ってリュウコはピースサインを作る。
 この状況にあっても、その笑顔はいつもと変わることは無かった。

「……ぁ」

 その姿を見て、ネイは悟る。

「そっか。もう私の出る幕はないんだ。……ははは、なんか安心しちゃったな」

 どこか投げやりな言葉と共に、視界が涙で歪む。

 リュウコであれば絶対にミユメを救い、事件を解決するだろう。
 それは常にリュウコを見てきたネイだからこそわかる。

 この事件は既に解決が確定した。
 だというのに。

(また、私じゃ救えなかったんだ……。悔しいなぁ)

 この涙は己の無力さを呪う涙である。
 結局のところ、ネイには何も救えなかったのだ。

 それでも、ミユメが救えるのならネイは他に何も望まない。
 例え、それが自分自身を否定することになっても。

「わかった……じゃあ、行ってくるといいよ。気をつけてね」

 役目が終わったと言わんばかりに、ネイは脱力する。
 氷で拘束されていなければ、その場に倒れ込んでいただろう。

 まるで舞台を演じ終えたかのように、ネイは瞳を閉じた。

「――えっ、私だけで行くんですか!?」

 あまりにも平凡すぎる声は、そう言うと大慌てで近づいてきた。
 そして、ネイの顔を持ち上げる。

 開けた視界の先には、青い顔のリュウコがいる。

「無理無理無理! なんで私だけなんですか! えっ、教師ですよね!? 教師が生徒を見殺しにするんですか!? 理事長に告げ口しちゃいますよ!?」
「……は?」

 ネイは、倦怠感の中で思った。

 ――この子は、何を言っているのだろう。

「リュウコが行くんじゃないの?」
「そりゃ行きますよ? 六波羅さんには「こっちも忙しいんだよォ! 連絡してくるなァ!」って言われたし、ミズヒちゃんは返事しないし、タタリちゃんは既読無視だし……。私だけが手が空いたんで私が行きますよ」

 涙を優しく拭いながら、リュウコは微笑む。

「でも……私一人で行く必要はないでしょ? それは、私もネイ先生も同じです。誰か一人だけが英雄になるなんて間違ってる。一人じゃない、皆で救うんですよ」
「ビビっているだけだろう。ワタシ様にはわかるぞ」
「プリン」
「リュウコの言う通りだ、ネイよ」

 レイは、しきりに頷く。
 その姿を見て、リュウコは苦笑いをしながら言葉を続けた。

「ヒーローでもなんでもない私には、世界なんて救えない。でも、誰かと一緒ならもしかしたら救えるかもしれない。だから――」

 レイが指を鳴らし、ネイを拘束していた氷を砕く。

「だから、どうか一緒に来てくれませんか?」

 拘束が解け、倒れそうになったネイの手を、リュウコは握った。
 いつも通りのどこか頼りなさげな笑顔。
 けれど、だからこそネイは素直に頷くことができたのだろう。

「はは……しょうがないなぁ」
「いやぁ、出来の悪い弟子ですみません」
「一番弟子が何言ってんだよ」

 そう言ってネイはリュウコの頭を撫でる。
 気が付けば、今まで頭を包んでいた痛みも、焦燥感も消えていた。

「さ、行きましょう二人とも」
「うん、行こうか!」

 頷くネイの顔に、もう迷いはない。
 今の彼女は一人ではないのだから。

「……え? ワタシ様もか? 本来、今はお昼寝タイムなのだが」
「プリン」
「行こうか。丁度、あの塔を破壊したいと思っていたのだ! 日照権的に!」
「社会派幼女?」

 軽口を言い合いながらバルティウスへと向かう二人の背中を、ネイは追う。

(頼もしくなったなぁ)

 思うだけで、決して口にはしない。
 そうすると、彼女が調子に乗ると知っているからだ。

 だから、彼女には聞こえないように小さく呟く。

「もう、君もヒーローだよ。リュウコ」

 バルティウスに乗ったリュウコは、ネイへと手を伸ばす。
 その手を取って飛び乗ると、バルティウスはすぐに空へと舞った。

「で、どうやって倒すの?」
「秘策があるんですよ! こんなこともあろうかと、ダイヤ生徒会長が用意した作戦がね!」

 そう言うと、リュウコはウィンドを開く。
 そして、どこかへと通信を繋げると、咳ばらいをした。

「えー、ゴホン。では、クローマ選挙管理委員会の皆さまお待たせしました。これより、その、えっと……え、マジでこの作戦名言うの?」
「リュウコ、早くしろ。ワタシ様のおねむタイムリミットが近づいている。くだらんことでもたつくな」

 後ろから突かれ、リュウコはやけくそ気味に「あー、もう!」と口を開く。

「これより、ロイヤル作戦第一号を開始します!」







 瓦礫の上で拍手をしながら星詠みの杖は飛び立つリュウコ達を見送っていた。

「ブラボー^^ いやぁ、素晴らしいねぇ。人間、マジBIGLOVE」
 
 まるで劇でもみるかのように優雅にティータイムを楽しみながら星詠みの杖は頷く。
 現状、一番この状況を満喫していた。

「さて、次はオロオロする相棒を見ようねぇ。こうして交互に違う美少女を摂取することで、演算回路が整うんだねぇ^^」

 ニコニコしながら、星詠みの杖は展開された一つのウィンドウを見る。
 しかし、そこには既に誰もいなかった。

「……ん?」

 星詠みの杖は慌てて辺りを探す。
 が、どこにもいない。

「相棒!? っ、一体どこに……!」

 星詠みの杖は即座にクローマ全域へと干渉した。
 過去、クローマ全体への干渉を行っていたこととケイへの病的なまでの愛が、この瞬間のみエイナと同等の感知能力を星詠みの杖に授けていた。

「私のいないところで美少女をするんじゃないっ……。せめて映像に残して置いてくれ!」

 ケイの魔力のみに目標を絞り、位置を探る。
 そして間もなく、弾かれたように空を見た。

「飛んだのか? 私以外の奴と……」

 どうやって飛んだのか、なぜ空にいるのか。
 そもそも飛んでいるのか、それらの疑問を一切省いて星詠みの杖は慌てて監視魔法陣の座標を変更する。

「こ、これは……!」

 そこで星詠みの杖が目にしたものは――。
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