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七章 ぞろぞろ偽者ソルシエラ

第207話 ドキドキ性癖壊シエラ

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 神宮寺ソウゴにとって、それは人生最大のピンチであった。
 後に様々な事件に巻き込まれる事になる彼だが、決まってこの時が最もピンチであったと語る。

 それ即ち、憧れのお姉さんに同人誌を買うところを見られる。
 男にとって、それは死にすら届きうる緊急事態。

 彼が歴戦の猛者であれば、ここで機転を利かせる事ができたのだろうがまだ十歳の子供だ。
 どれだけ潜在能力を秘めていようとも、どうすることもできなかった。

「ねえ、どうしたの? こんな所で一人で」
「こっ、これは……その……」

 口の中の水分が凄まじい勢いで失われていく。
 言い訳をしようと思考がグルグル回るが、何も出来ることはなかった。

 そんな様子を見て、ケイは優しい笑みを浮かべてソウゴの手を握る。

「え?」
「本、買うんでしょ? 心配だから、付いていってあげるよ」
「ワ、ワー。ウレシイナー」

 あれほど恋焦がれて、次に会える日を楽しみにしていたのだが、今だけは絶対に違った。

 店内は本屋とは思えない程ににぎやかであり、かつ多くの生徒がいた。
 文化大祭が近い事もあり、内外問わず様々な学園の有志達から本が届くのである。

 当日を待ちきれない戦士たちの前哨戦のような場所であった。

「う、うわ。凄い人……」
「流石にびっくりしたな。ソウゴ君、はぐれない様にもっと近づいて」
「へぇっ!?」

 有無を言わさず抱き寄せられるソウゴ。
 ふわりと香った心地の良い匂いは、間違いなくソルシエラのものであった。

(ふぁ、この匂いは……っ!?)

 落ち着いた品のある香りは確かにソルシエラであるはずなのに、見た目は那滝ケイという男子生徒。
 抱き寄せられて密着してみれば、その感触は父親というよりも姉に似て柔らかい。

 改めて、那滝ケイが女性であるという事実を強烈に押し付けられたソウゴの思考能力は急速に低下中であった。
 つまりは、馬鹿になっている。

「どの本を買いに来たの?」
「え、えーっと」

 ソウゴは辺りを見渡す。
 そして、狙い物をすぐに見つけた。

 見つけたなどという規模ではない。
 ソウゴが見つけたそれは、決して狭くはない本屋の一区画を占領し作られたソルシエラの同人誌コーナーである。

(予算はとりあえず500万持ってきたけど。足りるかな)

 足りる。
 依頼すら出来るであろう金額を持ったミスタードスケベ御曹司は、無意識の内にケイの手を強く握っていた。

 それを感じたケイが首を傾げそのままソウゴの視線を追っていく。
 その先にあった物を見て「あー」と困ったように曖昧な笑みを浮かべた。

「あれは、流石に少し恥ずかしいかな」
「っ! ちっ、違うよ!? 僕そんなの興味ないし! え!? 勘違いしてない!?」

 小学生が出来る最大限の誤魔化しであった。

 それを聞いて周囲にいた男子生徒が全員同時に察する。
 そして心の中で力強くエールを送った。

「ははは、そっか。そうだよね。ごめんね、からかって。で、本当は何を買いに来たの?」
「え、えーっと……」

 ソウゴは辺りを見渡す。
 何か、子供らしく違和感の無い物を。

 そう考えて必死に探し――見つけた。

「あ、あれだよ。あれ」

 ソウゴはそう言ってケイの手を引いて駆け出す。
 そして一冊の本を手に取った。

「こ、これだよ。これが欲しかったんだー!」

 嘘ではない。
 それは、姉にみつかった場合を想定してダミーのために買っておく予定だった一冊。
 
 子供心くすぐるロボットが表紙のそこそこ分厚い同人誌『超合体賢人キングジルニアース』である。

「わぁー、欲しかった本が見つかって嬉しいなー(棒)」
「そっか。それが欲しかったんだね。ジルニアス学術院の本か……へぇ、生徒会が監修しているんだね」
「うん。明日からロボットも発売されるんだよ。楽しみだな!」

 これは半分本心である。
 ソルシエラに見るも無残にされた性癖以外は、普通の男の子なのだ。

「どんな漫画なの?」
「えっとね、ジルニアス学術院の生徒会が悪の組織のワルイーズと戦う話なんだ。たまにネットで自主制作の動画を公開してるよ」

 完全に生徒会長の趣味で始めた動画は、今や子供たちにとっては一大コンテンツであった。
 実際に存在するヒーローともなれば、子供が心を奪われるのも当然である。

「ロボットが合体前も合体後もカッコよくてね、GMシリーズって言うんだけど――」

 ソウゴは平常心を取り戻そうとパラパラと同人誌を捲り、ロボットの描かれたページを探す。
 そして、本当に偶々運命的にとあるページで手を止めてしまった。

 それは悪の組織の女幹部の登場シーンである。

 美しい顔立ちに、冷たい視線。
 下からの舐めまわすような構図で描かれたそのページで何より特筆すべきはその肌に張り付くようなぴっちりとした服であった。

 否、それはもはや水着と言ったほうが良いかもしれない。
 それも、特殊な性癖を満たすための薄い薄い水着であった。

 公衆の面前では絶対に着られないような体のラインが浮き出る服を身に着けたワルシエーラ。
 その姿は、どう考えてもとある少女のオマージュだった。

「ヒュッ」

 ソウゴの口から小さな息だけが吐き出される。
 彼は知らなかったことだが、超合体賢人ジルニアースは漫画版を描くにあたり制作者の癖が前面に押し出されていた。

 ぴっちりスーツから始まり、なぜか相手を気持ちよくする機能だけを搭載したビーム、服だけを透明にする液体などなど、どう考えても全年齢向けではない。

 ちなみに、ワルシエーラと相対する生徒会のメンバーもぴっちりしたスーツなのだが、これは公式である。
 故に、一部の紳士生徒達にも熱狂的なファンがいた。

「こ、こここ、これは……」

 ソウゴの顔からみるみるうちに血の気が引いていく。

(どうしよう! 嫌われたら嫌だ!)

 ソウゴは涙目になりながら、恐る恐る振り返った。

「……へぇ」

(あれ?)

 ソウゴの想像と違い、ケイは……いやソルシエラはニヤニヤと笑っている。
 今まで見せたことのない挑発的な笑みを携えて、ケイはソウゴへとさらに近づくと耳元で囁いた。

「そういうのが好きなんだ……」
「はぇっ、ち、ちが「着てあげようか、それ」……ゑ?」

 ソウゴは思わずケイの顔を見る。
 すると、ケイはニッコリ笑って言った。

「ふふっ、ウソ。冗談だよ。……あれ、もしかして期待しちゃった?」
「ま、マサカァ」

 ソウゴは必死に首を振る。
 するとケイは可笑しそうに笑い、立ち上がった。

「じゃあ、それ買おうか。お兄さんが買ってあげるよ」
「え、でも……」
「いいのいいの。ほら」

 そう言って、ケイはソウゴから本を取り上げるとレジへと向かって行く。
 瞬間、ソウゴは好機だと理解した。

(今ッ!)

 ケイが目を離したこの隙に、ソルシエラの本を別のレジに持っていく。
 そうすれば、ミッションコンプリートである。

(目当ては★ヨミ先生の本! アレは明日発売の新刊の実質的な前日譚だと説明していた。ここで手に入れないとッ!)

 探索者の卵であるソウゴにとって本屋の中を一秒足らずで移動するなど造作もない。

(ここで限界を超える!)

 今まさに探索者としての一歩を踏み出さんとしたその時だ。

「買ってきたよ^^」
「早っ!?」

 神速と言う他ないだろう。
 ソウゴが決意し、一歩踏み出すよりも早くケイはその本をレジ袋に入れて帰ってきたのだ。

「どうしたの?^^ 震えているよ^^」
「な、何でもないよ」

 ソウゴ、敗北の瞬間である。

「――本当は、あっちの本が欲しかったのかな?」
「……っ」

 項垂れるソウゴの耳元で、再び声が聞こえた。
 どこか蔑むような、しかし楽しむ声。
 ソウゴは振り返ることができず、肩を震わせることしかできない。

「まさか、私の同人誌が欲しかった。……とか、言わないよね? ソウゴは、そんな悪い子じゃないものね?」
「……っ」

 ソウゴにも分かった。

(き、気付かれている……いつから……いやッ、最初から気付かれていたんだ!)

 ソルシエラの洞察力をもってすれば、ソウゴ一人の行動を読み解くなど容易い事。
 最初から、ソルシエラの手のひらの上だったのだ。

(僕は、最初からバレて……あれ、なんだろう、この気持ち……)

 名状しがたいソレは、羞恥心と快感の螺旋。
 その先に存在する常軌を逸した性癖である。

「あら、固まってどうしたのかしら? ……もしかして、本当にあれが目当てだったの?」
「そ、それは」

 万人に適性がある訳ではない業とも呼ぶべきソレに、ソウゴがそれに手をかけようとしたその瞬間だ。

「なんて、冗談よ。ふふっ、行きましょうか」

 そう言って、ソウゴの手を握る。
 見上げればお兄さんとしてのケイに戻っていた。

「あ、うっ、うん」

 つい先ほどの囁きが幻聴だったのでは、とすら思えてしまう笑みと共にソウゴは手を引かれて店を後にする。

「ミズヒ先輩達も一緒にいるんだよね。良かったら会っていかない?」
「お、お願いします」

 普段通りの那滝ケイとしての言葉に、ソウゴはどこか曖昧に頷いた。



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