上 下
205 / 232
七章 ぞろぞろ偽者ソルシエラ

第201話 パクパク入院食いしん坊

しおりを挟む
 中央都市の病院は、誰もが利用できる非戦闘区域の安全な施設の一つである。
 ここでは如何なる因縁やしがらみがあろうとも、同じく患者として扱われるのだ。

 さらに言えば、観光客向けにも解放している病院であるため、その警備は厳重である。
 最低Bランク以上の探索者からなる警備隊に、ジルニアス学術院の作り上げた防犯システムが安全性を限界まで引き上げた。

 トアが運ばれたのは、そんな病院である。
 ソルシエラに襲われた少女ともなれば、次に狙われたときに生きて帰れる保証はない。
 故に、この学園都市でも有数の安全地帯に放り込まれたわけである。

「――ごめんね、ミロクちゃん。迷惑かけて」

 病院のベッドで、トアは申し訳なさそうにそう言った。
 病衣を身に纏った彼女は、しかし外見上はどこにも問題が無いように見える。

「気にしないで下さい。困ったときはお互い様ですから。あ、リンゴ食べますか?」
「うん。深夜でもリンゴならセーフだよね?」
「たぶんアウトでしょうけど、空腹で寝られないと可哀そうですし。それに、この時間まで顔を見せられなかったお詫びに、一個だけ許してあげます」
「やった!」

 そう言ってミロクはリンゴを剥き始めた。
 時刻は零時を回っている。

 ミロクは知らない事だが、トアはきちんと夕飯を食べていたし拡張領域にしまっていたお菓子も食べていた。
 完全にアウトである。

「それにしても災難でしたね。ソルシエラの偽者に襲われるだなんて」
「本当だよ! 急に出てきて、ビックリしちゃった。収束砲撃を撃つ暇すらなかったし」

 そう言ってトアは口をとがらせた。

「撃てた所で、勝てるかどうか。あ、偽者なら勝てたかもしれませんね。トアちゃん、強くなってきてますし」
「……ミロクちゃんも、信じてくれるんだね。あのソルシエラが偽者だって」

 トアの問いに、ミロクは頷く。

 それは、トアの主観での判断であった。
 客観的に見ればソルシエラという正体不明の怪物がついに人を襲った程度の認識しかもたれない。

 が、それでもフェクトム総合学園のメンバーは全員が信じてくれたのだ。

「あの子がこんな事をする子じゃないって事は分かっています。優しくて真面目な子ですから」
「……もしかして、ソルシエラの正体知ってるの?」

 その言葉に、ミロクはリンゴを剥く手を止める。
 そしてニッコリ笑って首を横に振った。

「いいえ。知っていたらとっくの昔にお礼をしていますよ。早く正体を明かしてほしいくらいです。私達フェクトム総合学園は、間違いなくあの子に救われましたから」

 ミロクはそう言うと、切り分けたリンゴを皿にのせトアへと差し出す。
 トアはぱぁっと表情を明るくするとリンゴを口に頬張った。

「仮にも入院しているとは思えない食べっぷりですね。よく噛むんですよ?」
「大丈夫だよ! それに、入院とは言っても検査入院だし。明後日には退院だから。ヒノツチ文化大祭の当日には間に合うよ。……まあ、アルバイトには参加できないけど。ケイ君には今回、色々と迷惑かけちゃったなぁ」

 代わりにアルバイトに派遣されたケイを思い浮かべて、トアはそう呟く。

「ふふ、案外ノリノリかもしれませんよ。あの子もお祭りとか好きなタイプかも」

 ミロクとトアは顔を見合わせて笑い合う。
 いつも真面目なケイがお祭りを楽しんでいる様子は想像するだけで微笑ましいものだった。

「無事に、ヒノツチ文化大祭が行えると良いのですが」
「大丈夫」

 ミロクの言葉に、トアはハッキリとそう答える。
 
「文化大祭は絶対に開催する。きっと楽しいお祭りになるよ」

 自信に満ちた表情だ。
 確信を持っているような、まるでその光景を見てきたかのような言葉であった。

「そうだと良いのですが……」
「絶対に大丈夫だよ。あー、当日は何を食べよっかなぁ。千界学園の焼き鳥はまず確定でしょ、それで今度こそゴルゴタクレープも食べてそれから……えへへ。お腹空いてきちゃったかも」
「もう駄目です。太りますよ」
「ふっ、太らないもん!」

 トアはそう言いつつ残りのリンゴを手早く食べるとベッドに体を預けた。
 そして、窓の外を眺めながら言う。

「……ミロクちゃん。なんか、今って楽しいね。沢山大変なこともあったけど、それ以上に楽しい事もあったしお友達も増えた」
「そうですね。夢を見ているようです。来年には、きっと新入生も来てくれるでしょう。校舎も寮も修復されましたし、学区ももっと広くきちんとした物になりますよ」
「食べ物屋さんとか出来るかな?」
「きっと出来ますよ。学食も購買も夢じゃありません」

 その言葉に、トアは頬を緩めた。

「楽しみだなぁ。皆でいろんな事をするんだ。来年も、再来年も」
「再来年もですか? 私とミズヒ留年してませんかそれ」
「先生として残ってよ。そして、皆でずっと一緒にいるんだ。きっと」

 それは子供だからこそ思い描けた夢であった。
 まだ大人への道半ばの少女達は、そんな未来を想像して笑い合うことができる。

 そして、本気で叶えようとすら思っていた。

「それじゃ、尚更頑張らないとですね。まずは、ヒノツチ文化大祭から。アルバイトをして、めいっぱい楽しんで、そして――」

 ミロクは微笑んで言葉を続ける。

「夏休みの課題も」
「……んん!? えっ、課題!? だって、ヒノツチの基礎学習課題だけでフェクトムとしてのそういうのは無いんじゃ……」
「それでは新入生が入ってきた時に示しが付きません。今の成績上位三名が誰かわかりますか?」
「一番はミロクちゃんでしょ?」

 ミロクは苦虫を嚙み潰したような顔で否定する。

「ミユメちゃんです」
「……あー」
「そして次が私。最後にクラム。そこからヒカリちゃん、ケイ君、と続きます。殆ど編入生なんですよ! うちの成績トップ陣は! 特にミズヒとトアちゃんの二人はなんですか? 教師がいないからって舐めてませんか?」
「で、でも探索者として優秀なら卒業できるじゃん!」
「トアちゃん」

 ミロクはトアの肩を掴む。
 その瞳は澄んでおり、それはそれは真っすぐだった。

「私相手に、言い訳が通用すると思っていますか?」
「ひ、ひぇ」

 トアはあまりの恐怖に声を漏らす。
 食欲も一割減であった。

「大丈夫ですよ。貴女達でも問題なくこなせる量しか出しませんから。ね?」
「う、うん」
「だから、夏休み終わりまでに提出できなかったら……ね?」
「ひ、ひぇ」

 食欲、さらに一割減!

「それじゃあ、私はこれで」

 そう言って、ミロクは立ち上がる。
 トアはベッドに潜り込んで、顔だけを出していた。

「そう言えば、本当に退院に付き添いはいらないんですか? 私かクラムなら当日行けますけど」
「大丈夫。見ての通り元気だし」
「震えてベッドに入っている姿で言われても……」

 トアにとって目下最大の恐怖はソルシエラの偽者ではなく、ミロクの出す課題である。

「だ、大丈夫……」
「少し脅かし過ぎましたかね……いや、甘やかしすぎも良くないですか。それじゃ、何かあったら遠慮なく呼んでくださいね」
「あ、うん。じゃあね」

 トアは頷き、ミロクを見送った。
 扉の閉まる音と共に部屋は静寂に包まれる。

 やがてミロクの足音が遠ざかっていき、トアはゆっくりと起き上がった。
 そして、静かに頭を抱える。

「ど、どうしよう……課題があるなら夏休み食べ歩き弾丸ツアーが……!」

 プルプルと震えるトアはやがて絞り出すように言った。

「ねえ、やっぱり止めない? 今日はそういう気分じゃないっていうか。……いや、それはわかるんだけど。でもモチベーションが……」

 ブツブツと呟いていたトアだったが、身に纏う衣服が変化したことにより観念したように息を吐いた。
 
「わかったよぉ。変わるよぉ……うぅ……寝たい。食べてふて寝したい……」

 ベッドから抜け出したトアはの皺を伸ばし、がっくりと項垂れる。
 すると、次の瞬間にはその髪は真っ黒に染まっていた。

「我ながらなんという食い意地……。まあ大丈夫だって、二人いれば課題なんて楽勝だよ。それよりも――」

 少女は自身のお腹を摘まむ。
 ぷに、と聞こえてきそうなちょっと柔らかそうな腹部に顔を顰めた。

「流石に食べ過ぎじゃない? 魔力に回すって言い訳、効かないレベルになってない? ……ああ、ごめんて。わかったわかった。さっさと行こう」

 そう言うと、黒い外套の少女――ネームレスは、転移魔法陣を展開させた。

「指揮者、上手くやってくれると良いなぁ」

 他人事のようにそう呟きながら、ネームレスはその場から姿を消す。
 月明かりが差し込む病室は、そうして誰もいなくなった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

月額ダンジョン~才能ナシからの最強~

山椒
ファンタジー
世界各地にダンジョンが出現して約三年。ダンジョンに一歩入ればステータスが与えられ冒険者の資格を与えられる。 だがその中にも能力を与えられる人がいた。与えられたものを才能アリと称され、何も与えられなかったものを才能ナシと呼ばれていた。 才能ナシでレベルアップのために必要な経験値すら膨大な男が飽きずに千体目のスライムを倒したことでダンジョン都市のカギを手に入れた。 面白いことが好きな男とダンジョン都市のシステムが噛み合ったことで最強になるお話。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

処理中です...