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七章 ぞろぞろ偽者ソルシエラ

第193話 ワクワク蠢く変質者

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「騎双学園とフェクトム総合学園から、Sランクが派遣されたようだな」

 クローマに数多く存在する構造上の空白。
 その一部に作られた地下室に二人はいた。

「あくまで今回の君の役割りは時間稼ぎだ。それを理解しておくことだな――指揮者」

 博士の一個体であるその女子生徒は、それに向けてそう言った。
 対して、それは返事をすることなくモニターに齧りついている。
 
 
指揮者のヘッドフォンから漏れ出す音は、楽し気な音楽が流れていた。

「おい、聞いているのか」

 博士の問いに指揮者は答えない。
 ただ、ギラギラとした目でモニターの映像を食い入るように見ていた。

(これだから指揮者は……。やはり銀の黄昏には加入させたくはないな。あまりにも欲望に忠実すぎる)

 自身の夢の実現の為であれば、博士や教授に勝るとも劣らない躊躇の無さ。
 無慈悲に、そして感情のままに己を貫く。

 それこそが、指揮者を指揮者たらしめる根源であった。

(これでもう少し、社交的であれば良いのだが。……いや、それは質が悪すぎるか)

 博士は適当な椅子に座る。
 そして指揮者のそれが終わるまで待とうとしたその時だった。

「その椅子に座らないでください」

 指揮者はたった今腰を下ろしたばかりの博士に向けてそう言った。
 その眼は、瞬き一つなく博士を見つめている。

 くっきりと浮かび上がった目の下の隈が、指揮者の異常性を訴えていた。

「その椅子は、あの方のサイン入り限定版です。お前が座る事は許されません」
「随分と偉そうだな。私に指図するとは」
「立てッ! それは鑑賞用の椅子だッ!」

 博士はその言葉に敢えて椅子に深く座りなおし、脚を組む。
 その瞬間、博士の周囲に魔法陣が展開。

 飛び出してきたのは、銀の鎖であった。

「……ぎっ!? お、おいおい、冗談が通じないのか? クローマの人間がユーモアも理解できないとはな」
「黙れ、私は立ちなさいと言った筈です」

 鎖が博士を縛り上げ、無理矢理椅子から引きはがす。
 そして床へと放り投げた。

「っ、随分と好き勝手するじゃないか」

 博士は起き上がり、等分された死を召喚しようとして、止めた。

 指揮者の傍に立つ少女を見て、今の自分に勝ち目がない事を悟ったのだ。

 蒼銀の髪に黒い衣装。
 脈動する漆黒の大鎌は、死神を彷彿とさせる。

 間違いなく、そこにいるのはソルシエラであった。

(厄介な奴に渡ったものだ。第四の天使の力が)

 第三の天使による人との契約は、一度は星詠みを殺すという充分な結果を得ている。
 それを観測した次の天使が、再び人と契約するのは当然の事であった。

(何を基準に選んだのかは分からない。けれど)

 天使が人間を選ぶ基準はいまだ不明である。
 が、それでも指揮者が選ばれたのは確かであった。
 そして、それがどれだけ厄介な事であるのか。

(憧れに身を焼く愚か者め。いずれお前に待つのは破滅だぞ)

 博士は言葉に出さず、そう毒づく。
 指揮者はその姿を見下ろして、ハッとしたように言った。

「間もなく、本日最後の公演が始まります。行かなくてはなりません」

 指揮者の言葉にソルシエラは博士へと転移魔法陣を展開させる。
 その場で優先されるのは指揮者の意思であり、それ以外の全ての事に意味はなかった。

「出ていきなさい、博士。私はこれから公演に行きます。計画は遂行しますので安心してください」
「……何度も言うが、足止めだぞ。Sランクをここに釘付けにしろ」

 その言葉を最後に博士が転移により消え去る。
 指揮者は返事をすることなく出かける準備を始めた。

 気分が良いのか、指揮者の鼻歌が部屋に響き渡る。

「では、貴女もいつも通りに暴れてください」

 指揮者がそう言うと、ソルシエラは頷き、転移魔法陣の中へ消えていった。

「間もなくです。……間もなく、世界は貴女を理解するでしょう」

 指揮者は恍惚とした笑みを浮かべる。
 そして、無数に存在するモニターの全てに映ったその女性を見て、その名を呼んだ。

「ネイ様……」











 御景学園の生徒会室に呼ばれたトウラクとルトラ、そしてミハヤの表情は固かった。
 目の前で座る青年を見ると、どうしてもその胡散臭さから警戒してしまうのだ。

 例え、高価なライブチケットを貰ってもである。

「……これで僕達は何をすれば良いのですか?」
「え? いや、別に。ただ、楽しんでほしいなと思ってね。ほら、ヒノツチ文化大祭まであと少しだろう。先んじて足を運んで来なよ。視察というの名の観光でもさ」
「つまり、斥候」

 ルトラの言葉に胡散臭い青年ユキヒラは首を横に振った。
 そして、三人の持つチケットをそれぞれ指さして言う。

「それは、僕の自費で買ったものだ。君たちには、特に迷惑を掛けているからね。だから、羽を伸ばしてくるといい」
「良いのですか?」
「大丈夫さ、君たちがいない間の書類整理はリンカがやる。これは彼女からの提案でもあるからね気にせず楽しむといい」
「そうですか。ありがとうございます」

 ミハヤは礼を言って、内心でホッと胸を撫で下ろす。
 トウラクと共に呼ばれた時点で何かしらの任務だと思っていたのだが、嬉しい誤算であった。

「クローマの前夜祭は派手で面白いよ。ルトラちゃんも楽しんで来ると良い」
「うん、ありがとう」

 ユキヒラにぺこりと頭を下げるルトラ。
 その姿を見て、トウラクは頬を緩めた。

 そんな彼等を見て、ユキヒラは「ただ」と言葉を続ける。

「今のクローマは妙に騒がしい。一応、気をつける様に。と言っても、ダイヤ生徒会長がいるし、あと一応リュウコもいるし大丈夫だろうけど」
「リュウコ……確か、Sランクですよね。私、意外と見た事ないかも」
「メディアへの露出は恥ずかしいからって、あんまり出たがらないんだよ、あの子」

 ユキヒラはそう言って笑う。

「けど、強いよ。頼りになる。君たちに伝わるように言うなら、あの六波羅に何度も勝ったことがある、と言えば良いかな」
「……確か、六波羅さんも同じことを言っていましたね。リュウコさん、一体どんな人なんだ……!」

 トウラクは身震いする。
 その中に、戦いたいという願望が混じっていることに本人は気が付いていない。

「普通の子だよ普通の。まぁ、僕個人としては、ダイヤ生徒会長の方が頼りになると思うよ。だから、もしも困ったらダイヤ生徒会長を頼るといい」
「その人はどんな人なんですか?」
「うーん、難しいな。……ロイヤル?」

 ユキヒラの言葉に三人は首を傾げる。
 がユキヒラは変わらずもう一度だけ「ロイヤル」と言っただけだった。

「とりあえず、行っておいで。楽しんで」
「わかりました。ありがとうございます」

 トウラク達はもう一度頭を下げて生徒会室を後にした。

 その後、ユキヒラはPCのモニターを見て笑みを浮かべる。
 
(六波羅には手を出すなって言われているけど。たまたま遊びに行った先で巻き込まれたならしょうがないよね。うん、しょうがない)

 クローマの校舎の上。
 大鎌を構えた少女の姿が映像に映りこんでいた。

「偽者……だろうけど、少しだけ遊んでみようか」

 ユキヒラはそう言って楽し気に椅子に体を預ける。
 そして、アイマスクをすると間もなく寝息を立て始めた。
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