188 / 232
六章 星詠みの杖の優美なる日常
第184話 ヒカリと類友の幼女
しおりを挟む
陽の差し込む廊下を、手を繋がれたケイは歩く。
普段よく見る場所も、今の彼女にとっては探検のし甲斐のある遊び場だった。
「あれはなにー?」
「ああ、訓練場だよ」
ケイの視線の先を見たクラムは、優しい声色でそう答えた。
窓からひょっこりと顔を出したケイは、訓練場を見てぱぁっと表情を明るくする。
「公園みたーい! すっごく色んなものがある!」
「ああ、確かミズヒの手作りって言ってたかな。廃材とか、色々持ってきて作ったんだって」
「みずひ?」
「……うん、そうだよ」
首を傾げるケイを見て、クラムは何故だか無性に泣きたくなった。
(君が、守ろうとしていた子の一人だよ。ここは、君にとって大切な場所だったんだ)
そんな事を言っても、今のケイに通じる訳が無い。
だから、クラムは曖昧に笑う。
ケイが元に戻るという事は知っている。
が、それでも、ケイが一瞬でも彼女達の事を忘れているのが辛かった。
それが、彼女に対する最大の冒涜のように思えたからだ。
「わたしもみずひと会いたい!」
「んー、今はお仕事してるんだ。だから、また今度ね」
「……むぅ、わかった」
ケイはしょんぼりしながら頷く。
その頭を撫でながら、リンカは笑った。
「代わりに、私達がいっぱい遊んであげるからねー!」
そう言ってリンカはケイを抱きかかえるとめいっぱい高く上げ、グルグルと回った。
ケイはすぐに喜んだ表情に戻り、笑う。
「きゃははっ。リンカお姉ちゃん、もっと早く早くー!」
「よーし、頑張って回しちゃうぞー!」
リンカはちらりとクラムを見る。
その顔は複雑そうな笑みを浮かべていた。
(随分とナイーブな性格だね。ケイ本人よりも重症なんじゃないの?)
リンカには、既にクラムの精神が摩耗しているように見える。
仕方がない、と内心でため息をつきながらリンカは二人に提案した。
「じゃあ、実際に訓練場に行ってみよっか!」
「いいの!?」
「うん。……ほら、アンタも行くよ」
「あ、ああ、うん。行こっか」
「うん!」
ケイは再びクラムと手を繋ぐ。
その顔は、変わらず無垢であった。
晴々とした青空の元で見る訓練場はまるでアスレチックのようであった。
少なくと、ケイの眼にはそう見えているらしい。
「わーい!」
訓練場に来たケイは二人から手を離すと一目散に駆けていく。
「危ないよー」
リンカはやれやれと肩をすくめてついてく。
その顔はまんざらでもなさそうだ。
対してクラムはその光景をただ見ていることしかできなかった。
(あれが本来のケイなら……本当は戦うのが怖いと思っているなら、私は……)
ケイを知れば知るほど理解してしまう。
自分があまりにも無力であると。
(今は、少しでも楽しませないと。そうして、そうして――また戦場に返すの?)
そうする他ないと、頭では理解していた。
しかし、それでもクラムは思ってしまう。
(ずっと、あの子には笑っていてほしい)
それは純粋な願い。
この世界では到底叶うはずもない、無垢な願いである。
(どうすれば、あの子を助けられるんだろう……)
手帳を見て以降、クラムはそればかり考えていた。
戦いに恐怖を覚え、死を恐れている普通の女の子、それが那滝ケイであるはずだ。
しかし、世界はその存在を許さない。
ケイではなく、ソルシエラとしての役割りを押し付けるのだ。
(どうして、あの子だけ……どうして……!)
誰にぶつければよいのか分からない怒りが溢れてくる。
それは無邪気に笑うケイを見れば見る程激しくなっていった。
「――あれ、クラムどうしたんですかこんな所で」
聞き覚えのある声に、クラムは憎悪の中から意識を浮上させた。
振り返れば、そこには幼馴染の姿がある。
「ヒカリ?」
「なんか怖い顔してませんか? あ、それはいつもでしたね、あははは……痛ぁっ!?」
能天気に笑う顔を見て、クラムはとりあえずチョップを放つ。
おでこにチョップが当たったヒカリは、大げさに頭を抑えながら口をとがらせた。
「なんですか急に!? 暴力は頭の悪い人間のとる手段だってプロフェッサーが言ってましたよ!?」
「一番手本にならない大人の言葉を流用するな」
呆れながらクラムは突っ込む。
少しだけ、気が晴れた。
と、クラムはヒカリが手に持つ見慣れない物に気が付いた。
「なにそれ……ボウガン?」
「はいっ! 見てください、カッコいいでしょう! バキュンバキュン! って感じで!」
ヒカリは構えると、何度も決めポーズをとった。
紫色の素体に銀のパーツが装着されたそれは、ヒカリには似つかわしくない。
というよりも、一人の少女の為に作られた装備のように見えた。
「それなに?」
「さあ、私はわかりません! ミユメちゃんから、テストを頼まれただけですので!!! あ、クラムも持ってみますか? 色合い的にはクラムの方が似合うかもしれませんね!」
「いや、私はいいや……ちょ、無理矢理押し付けんなし。あ、っていうかミユメもいるの?」
もしもいるならば、首に取り付けた呪いの装備を外して貰おうと辺りを見渡すが、ミユメの姿はない。
ヒカリに視線を向ければ、勢いよく首を横に振った。
「ミユメちゃんはジルニアスに行きました!! 先輩とお話しに行くらしいです!」
「そうなんだ。忙しそうだね……私と違って」
「あー!! もしかしてナイーブモードですか? 大丈夫ですか!? いつもみたいにヨシヨシしますか!?」
「……人前でそんな事大声で言うな」
ヒカリは人目をはばからないクソデカ声でそう言った。
心配そうにしているが、内容が「幼馴染に定期的にヨシヨシして貰っているヤバい人」のカミングアウトなので、クラムは必死に止める。
が、もう遅い。
「よしよししてー!」
「ちっっっっさ!? え!? ケイですか!?」
騒がしい声が聞こえれば、興味本位に駆け出していくのが子供である。
その例に漏れず、ケイもヒカリの元へと駆け寄ると笑顔で手を伸ばした。
「お姉ちゃん、だれ?」
「……クラム、これはいったいどういう事ですか」
ヒカリはクラムと共に背を向けてひそひそと話す。
一から丁寧に説明するだけの元気がなかったクラムは、ざっくりと説明をすることにした。
「ケイの熱が酷くなったから、幼女にして解決した」
「何言ってるかさっぱりわかりません……!」
「今日のケイは、何も覚えていない幼女。それだけわかればいいよ」
「わかりました!!!」
ヒカリは勢いよく振り返る。
そして両手を広げて言った。
「こんにちはケイちゃん! 私は八束ヒカリ! 好きなことは正義と歌! 嫌いなことは悪事! 好物は白米とご飯とおこめ! よろしくお願いします!」
「私もご飯すきー!」
「そうですか! あ、ちなみに私はこんな事ができますよぉ!」
ヒカリの背中から二対の光翼が展開される。
太陽を切り取ったが如き輝きを持つ翼を見て、ケイは目を輝かせて手を叩いた。
「すごーい!」
「しかも飛べます! トゥァッ!!!!」
ヒカリは光翼で飛び立つ。
その姿を見て、クラムは手渡されたボウガンを見つめた。
(これのテストしに来たんじゃないの……?)
使い方を聞いていないクラムでは使うことなど出来る訳が無い。
どうしようかとボウガンを片手に困っていると、ケイを追って戻ってきたリンカが声を掛ける。
「何それ、ボウガン?」
「うん、テストのためにミユメがヒカリに渡したらしい。……明らかに人選ミスだと思うんだけど」
ヒカリは武装のテストに不向きな人間である。
それは彼女の武器が光翼であるからだ。
高密度の魔力体はそれだけで攻防どちらをとっても優秀な武器となる。
昔から、ヒカリは翼を武器として戦っていた。
そんな彼女に、何故飛び道具のテストを頼んだのだろうか。
「へぇ、結構しっかりした作りだね。……ん? なんか変形しそうじゃん」
「あー、勝手にいじらないほういいよ。それ、エッチ探知ッチの作者の発明品だし」
それを聞いたリンカは、動きをぴたりと止めるとボウガンをクラムに返して、ケイを抱えて一歩後ろに下がった。
抱えられたケイは、空を飛ぶヒカリを見て目をキラキラさせて手を振っている
完全にヒカリに夢中であった。
「すごーい!」
「――ヒーロー着地ッ!!!! ……ふふふ、どうですかケイちゃん。これこそが、ヒーロー……」
「かっこいいー。私もとびたーい!」
きゃっきゃと笑うケイはリンカの腕の中をすり抜けるとヒカリの元へと駆け寄った。
「ヒカリお姉ちゃんもあそぼ!」
「いいですよ! 何しますか! おにごっこでもかくれんぼでもなんでもしますよー!」
「じゃあ私とお花やさんごっこしよ!」
「わかりました!!!!」
(どうして年の離れた子と波長が合ってるんだ……)
会って数分で完全に意気投合したヒカリを見て、クラムは関心半分呆れ半分でそう思った。
真っすぐな感情と言葉が子供には好ましく見えるのだろうか。
ケイは今までで一番表情を輝かせている。
「難しい事なんて考えずに、ああやって遊ぶのが正解なんだよ。きっと」
隣でリンカはそう言った。
クラムはそれに言い返そうとして、言葉が見つからずに頷く。
どれだけケイの為に悩んでも、それはすぐに彼女を救う結果には至らない。
今、クラムがするべきことは幼いケイと遊ぶこと。それだけだったはずだ。
「……何かあったでしょ」
「別に」
「ははっ、嘘下手くそだね。明らかに違うよ」
クラムがムッとして「は? どこが?」と言うとリンカは自分の首元をトントンと叩く。
「そのチョーカー、途中から鳴らなくなったじゃん。ケイに対してあんだけ煩かったんだから。鳴らなくなったら誰でも気が付くけど」
「……うるさい」
クラムはそれだけ言うと口を閉ざした。
その態度にリンカは肩をすくめる。
「私じゃなくてもいいけどさ、誰かにきちんと相談しなよ? そうやって一人で悩みを抱えたまま突っ走ると碌なことにならないから」
「そう」
まるでわかっていないクラムの返答に、リンカは何も言わない。
代わりに、一歩前に踏み出していた。
「私達も混ぜてよー。お客さんがいいなぁ。あ、クラムは店員がいいってさー」
「ちょっと、私は別に」
「クラムお姉ちゃんもお花やさんなのー!? いっしょにお花やさんするー!」
リンカの言葉を聞いたケイは嬉しそうに飛び跳ねる。
その姿を見れば、流石に断る気にはなれない。
「そうだね、楽しもうか。ケイちゃん」
「うんっ!」
それは、まるで陽だまりのような笑顔だった。
(……そうだね、今はこの子と遊ぶことに集中しよう)
それが自分に出来る最良の選択であると信じ、クラムは切り換える。
そして大量の人吞み蛙を召喚して、全力で楽しむことした。
と、その時である。
「……ふぁ、ねむくなってきた」
「「え」」
「あ、私もなんだか眠くなってきました」
「「え?」」
仲良く手を繋いでお花やさん建設予定地まで歩いていたケイとヒカリがほぼ同時に目を擦り始める。
「クラム……ごめんなさい。夕ご飯までには起きるので……」
「ちょ、寝るな。おい、流石に自由が過ぎるって!」
必死にヒカリの肩をゆするが、頭ががくがく動くだけで返事はない。
既に体は半分以上クラムにもたれかかっていた。
その隣では、リンカがちゃっかりケイをおんぶしている。
「……ふぁ」
「おねむなの? ケイちゃんおねむなの? お姉ちゃんと一緒にベッドに行こうね」
「うん……」
目を擦り、小さな声で返事をするケイ。
しかし、次の瞬間には眠気の限界が来たのかがくりと意識を手放したようだった。
「これがネームレスの言っていた魔力切れか。急に来るんだねー」
「じゃあ、こっちのでっかい子供はどういう理屈……!?」
クラムは人吞み蛙の上にヒカリを寝かせる。
「はしゃいだから疲れたとか?」
「私の幼馴染が子供過ぎる……」
気持ちよさそうな顔で蛙のベッドで眠るヒカリ。
心なしか、その顔は満足げである。
「じゃ、ベッドに連れていくから」
「ああそう」
リンカはそう言って、ケイの寮へと向かう。
その後ろを、クラムと人吞み蛙に運ばれるヒカリが追ってくる。
足を止め、振り返ったリンカは首を傾げた。
「なんで付いてくるの? その子、寝かせてあげたら?」
「アンタとケイを二人きりにするわけないでしょ。寝ている間にキスとかされたら最悪だし」
「流石にそこまではしないよ。……いや、本当にしないって」
どうやらクラムは眠る幼馴染ごと付いてくる気満々のようである。
「……はあ、まあいいや。じゃあ来なよ。私とケイの部屋に」
「は? 私とケイの部屋なんだけど。空きスペースは私のためにあるんだが?」
安い挑発だったが、クラムはすぐに乗った。
その顔には青筋が浮かび上がっている。
(そうだよ、それくらいでなくっちゃ張り合いがないね)
怒るクラムを見て、リンカは満足げに内心頷いた。
普段よく見る場所も、今の彼女にとっては探検のし甲斐のある遊び場だった。
「あれはなにー?」
「ああ、訓練場だよ」
ケイの視線の先を見たクラムは、優しい声色でそう答えた。
窓からひょっこりと顔を出したケイは、訓練場を見てぱぁっと表情を明るくする。
「公園みたーい! すっごく色んなものがある!」
「ああ、確かミズヒの手作りって言ってたかな。廃材とか、色々持ってきて作ったんだって」
「みずひ?」
「……うん、そうだよ」
首を傾げるケイを見て、クラムは何故だか無性に泣きたくなった。
(君が、守ろうとしていた子の一人だよ。ここは、君にとって大切な場所だったんだ)
そんな事を言っても、今のケイに通じる訳が無い。
だから、クラムは曖昧に笑う。
ケイが元に戻るという事は知っている。
が、それでも、ケイが一瞬でも彼女達の事を忘れているのが辛かった。
それが、彼女に対する最大の冒涜のように思えたからだ。
「わたしもみずひと会いたい!」
「んー、今はお仕事してるんだ。だから、また今度ね」
「……むぅ、わかった」
ケイはしょんぼりしながら頷く。
その頭を撫でながら、リンカは笑った。
「代わりに、私達がいっぱい遊んであげるからねー!」
そう言ってリンカはケイを抱きかかえるとめいっぱい高く上げ、グルグルと回った。
ケイはすぐに喜んだ表情に戻り、笑う。
「きゃははっ。リンカお姉ちゃん、もっと早く早くー!」
「よーし、頑張って回しちゃうぞー!」
リンカはちらりとクラムを見る。
その顔は複雑そうな笑みを浮かべていた。
(随分とナイーブな性格だね。ケイ本人よりも重症なんじゃないの?)
リンカには、既にクラムの精神が摩耗しているように見える。
仕方がない、と内心でため息をつきながらリンカは二人に提案した。
「じゃあ、実際に訓練場に行ってみよっか!」
「いいの!?」
「うん。……ほら、アンタも行くよ」
「あ、ああ、うん。行こっか」
「うん!」
ケイは再びクラムと手を繋ぐ。
その顔は、変わらず無垢であった。
晴々とした青空の元で見る訓練場はまるでアスレチックのようであった。
少なくと、ケイの眼にはそう見えているらしい。
「わーい!」
訓練場に来たケイは二人から手を離すと一目散に駆けていく。
「危ないよー」
リンカはやれやれと肩をすくめてついてく。
その顔はまんざらでもなさそうだ。
対してクラムはその光景をただ見ていることしかできなかった。
(あれが本来のケイなら……本当は戦うのが怖いと思っているなら、私は……)
ケイを知れば知るほど理解してしまう。
自分があまりにも無力であると。
(今は、少しでも楽しませないと。そうして、そうして――また戦場に返すの?)
そうする他ないと、頭では理解していた。
しかし、それでもクラムは思ってしまう。
(ずっと、あの子には笑っていてほしい)
それは純粋な願い。
この世界では到底叶うはずもない、無垢な願いである。
(どうすれば、あの子を助けられるんだろう……)
手帳を見て以降、クラムはそればかり考えていた。
戦いに恐怖を覚え、死を恐れている普通の女の子、それが那滝ケイであるはずだ。
しかし、世界はその存在を許さない。
ケイではなく、ソルシエラとしての役割りを押し付けるのだ。
(どうして、あの子だけ……どうして……!)
誰にぶつければよいのか分からない怒りが溢れてくる。
それは無邪気に笑うケイを見れば見る程激しくなっていった。
「――あれ、クラムどうしたんですかこんな所で」
聞き覚えのある声に、クラムは憎悪の中から意識を浮上させた。
振り返れば、そこには幼馴染の姿がある。
「ヒカリ?」
「なんか怖い顔してませんか? あ、それはいつもでしたね、あははは……痛ぁっ!?」
能天気に笑う顔を見て、クラムはとりあえずチョップを放つ。
おでこにチョップが当たったヒカリは、大げさに頭を抑えながら口をとがらせた。
「なんですか急に!? 暴力は頭の悪い人間のとる手段だってプロフェッサーが言ってましたよ!?」
「一番手本にならない大人の言葉を流用するな」
呆れながらクラムは突っ込む。
少しだけ、気が晴れた。
と、クラムはヒカリが手に持つ見慣れない物に気が付いた。
「なにそれ……ボウガン?」
「はいっ! 見てください、カッコいいでしょう! バキュンバキュン! って感じで!」
ヒカリは構えると、何度も決めポーズをとった。
紫色の素体に銀のパーツが装着されたそれは、ヒカリには似つかわしくない。
というよりも、一人の少女の為に作られた装備のように見えた。
「それなに?」
「さあ、私はわかりません! ミユメちゃんから、テストを頼まれただけですので!!! あ、クラムも持ってみますか? 色合い的にはクラムの方が似合うかもしれませんね!」
「いや、私はいいや……ちょ、無理矢理押し付けんなし。あ、っていうかミユメもいるの?」
もしもいるならば、首に取り付けた呪いの装備を外して貰おうと辺りを見渡すが、ミユメの姿はない。
ヒカリに視線を向ければ、勢いよく首を横に振った。
「ミユメちゃんはジルニアスに行きました!! 先輩とお話しに行くらしいです!」
「そうなんだ。忙しそうだね……私と違って」
「あー!! もしかしてナイーブモードですか? 大丈夫ですか!? いつもみたいにヨシヨシしますか!?」
「……人前でそんな事大声で言うな」
ヒカリは人目をはばからないクソデカ声でそう言った。
心配そうにしているが、内容が「幼馴染に定期的にヨシヨシして貰っているヤバい人」のカミングアウトなので、クラムは必死に止める。
が、もう遅い。
「よしよししてー!」
「ちっっっっさ!? え!? ケイですか!?」
騒がしい声が聞こえれば、興味本位に駆け出していくのが子供である。
その例に漏れず、ケイもヒカリの元へと駆け寄ると笑顔で手を伸ばした。
「お姉ちゃん、だれ?」
「……クラム、これはいったいどういう事ですか」
ヒカリはクラムと共に背を向けてひそひそと話す。
一から丁寧に説明するだけの元気がなかったクラムは、ざっくりと説明をすることにした。
「ケイの熱が酷くなったから、幼女にして解決した」
「何言ってるかさっぱりわかりません……!」
「今日のケイは、何も覚えていない幼女。それだけわかればいいよ」
「わかりました!!!」
ヒカリは勢いよく振り返る。
そして両手を広げて言った。
「こんにちはケイちゃん! 私は八束ヒカリ! 好きなことは正義と歌! 嫌いなことは悪事! 好物は白米とご飯とおこめ! よろしくお願いします!」
「私もご飯すきー!」
「そうですか! あ、ちなみに私はこんな事ができますよぉ!」
ヒカリの背中から二対の光翼が展開される。
太陽を切り取ったが如き輝きを持つ翼を見て、ケイは目を輝かせて手を叩いた。
「すごーい!」
「しかも飛べます! トゥァッ!!!!」
ヒカリは光翼で飛び立つ。
その姿を見て、クラムは手渡されたボウガンを見つめた。
(これのテストしに来たんじゃないの……?)
使い方を聞いていないクラムでは使うことなど出来る訳が無い。
どうしようかとボウガンを片手に困っていると、ケイを追って戻ってきたリンカが声を掛ける。
「何それ、ボウガン?」
「うん、テストのためにミユメがヒカリに渡したらしい。……明らかに人選ミスだと思うんだけど」
ヒカリは武装のテストに不向きな人間である。
それは彼女の武器が光翼であるからだ。
高密度の魔力体はそれだけで攻防どちらをとっても優秀な武器となる。
昔から、ヒカリは翼を武器として戦っていた。
そんな彼女に、何故飛び道具のテストを頼んだのだろうか。
「へぇ、結構しっかりした作りだね。……ん? なんか変形しそうじゃん」
「あー、勝手にいじらないほういいよ。それ、エッチ探知ッチの作者の発明品だし」
それを聞いたリンカは、動きをぴたりと止めるとボウガンをクラムに返して、ケイを抱えて一歩後ろに下がった。
抱えられたケイは、空を飛ぶヒカリを見て目をキラキラさせて手を振っている
完全にヒカリに夢中であった。
「すごーい!」
「――ヒーロー着地ッ!!!! ……ふふふ、どうですかケイちゃん。これこそが、ヒーロー……」
「かっこいいー。私もとびたーい!」
きゃっきゃと笑うケイはリンカの腕の中をすり抜けるとヒカリの元へと駆け寄った。
「ヒカリお姉ちゃんもあそぼ!」
「いいですよ! 何しますか! おにごっこでもかくれんぼでもなんでもしますよー!」
「じゃあ私とお花やさんごっこしよ!」
「わかりました!!!!」
(どうして年の離れた子と波長が合ってるんだ……)
会って数分で完全に意気投合したヒカリを見て、クラムは関心半分呆れ半分でそう思った。
真っすぐな感情と言葉が子供には好ましく見えるのだろうか。
ケイは今までで一番表情を輝かせている。
「難しい事なんて考えずに、ああやって遊ぶのが正解なんだよ。きっと」
隣でリンカはそう言った。
クラムはそれに言い返そうとして、言葉が見つからずに頷く。
どれだけケイの為に悩んでも、それはすぐに彼女を救う結果には至らない。
今、クラムがするべきことは幼いケイと遊ぶこと。それだけだったはずだ。
「……何かあったでしょ」
「別に」
「ははっ、嘘下手くそだね。明らかに違うよ」
クラムがムッとして「は? どこが?」と言うとリンカは自分の首元をトントンと叩く。
「そのチョーカー、途中から鳴らなくなったじゃん。ケイに対してあんだけ煩かったんだから。鳴らなくなったら誰でも気が付くけど」
「……うるさい」
クラムはそれだけ言うと口を閉ざした。
その態度にリンカは肩をすくめる。
「私じゃなくてもいいけどさ、誰かにきちんと相談しなよ? そうやって一人で悩みを抱えたまま突っ走ると碌なことにならないから」
「そう」
まるでわかっていないクラムの返答に、リンカは何も言わない。
代わりに、一歩前に踏み出していた。
「私達も混ぜてよー。お客さんがいいなぁ。あ、クラムは店員がいいってさー」
「ちょっと、私は別に」
「クラムお姉ちゃんもお花やさんなのー!? いっしょにお花やさんするー!」
リンカの言葉を聞いたケイは嬉しそうに飛び跳ねる。
その姿を見れば、流石に断る気にはなれない。
「そうだね、楽しもうか。ケイちゃん」
「うんっ!」
それは、まるで陽だまりのような笑顔だった。
(……そうだね、今はこの子と遊ぶことに集中しよう)
それが自分に出来る最良の選択であると信じ、クラムは切り換える。
そして大量の人吞み蛙を召喚して、全力で楽しむことした。
と、その時である。
「……ふぁ、ねむくなってきた」
「「え」」
「あ、私もなんだか眠くなってきました」
「「え?」」
仲良く手を繋いでお花やさん建設予定地まで歩いていたケイとヒカリがほぼ同時に目を擦り始める。
「クラム……ごめんなさい。夕ご飯までには起きるので……」
「ちょ、寝るな。おい、流石に自由が過ぎるって!」
必死にヒカリの肩をゆするが、頭ががくがく動くだけで返事はない。
既に体は半分以上クラムにもたれかかっていた。
その隣では、リンカがちゃっかりケイをおんぶしている。
「……ふぁ」
「おねむなの? ケイちゃんおねむなの? お姉ちゃんと一緒にベッドに行こうね」
「うん……」
目を擦り、小さな声で返事をするケイ。
しかし、次の瞬間には眠気の限界が来たのかがくりと意識を手放したようだった。
「これがネームレスの言っていた魔力切れか。急に来るんだねー」
「じゃあ、こっちのでっかい子供はどういう理屈……!?」
クラムは人吞み蛙の上にヒカリを寝かせる。
「はしゃいだから疲れたとか?」
「私の幼馴染が子供過ぎる……」
気持ちよさそうな顔で蛙のベッドで眠るヒカリ。
心なしか、その顔は満足げである。
「じゃ、ベッドに連れていくから」
「ああそう」
リンカはそう言って、ケイの寮へと向かう。
その後ろを、クラムと人吞み蛙に運ばれるヒカリが追ってくる。
足を止め、振り返ったリンカは首を傾げた。
「なんで付いてくるの? その子、寝かせてあげたら?」
「アンタとケイを二人きりにするわけないでしょ。寝ている間にキスとかされたら最悪だし」
「流石にそこまではしないよ。……いや、本当にしないって」
どうやらクラムは眠る幼馴染ごと付いてくる気満々のようである。
「……はあ、まあいいや。じゃあ来なよ。私とケイの部屋に」
「は? 私とケイの部屋なんだけど。空きスペースは私のためにあるんだが?」
安い挑発だったが、クラムはすぐに乗った。
その顔には青筋が浮かび上がっている。
(そうだよ、それくらいでなくっちゃ張り合いがないね)
怒るクラムを見て、リンカは満足げに内心頷いた。
22
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
月額ダンジョン~才能ナシからの最強~
山椒
ファンタジー
世界各地にダンジョンが出現して約三年。ダンジョンに一歩入ればステータスが与えられ冒険者の資格を与えられる。
だがその中にも能力を与えられる人がいた。与えられたものを才能アリと称され、何も与えられなかったものを才能ナシと呼ばれていた。
才能ナシでレベルアップのために必要な経験値すら膨大な男が飽きずに千体目のスライムを倒したことでダンジョン都市のカギを手に入れた。
面白いことが好きな男とダンジョン都市のシステムが噛み合ったことで最強になるお話。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる