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六章 星詠みの杖の優美なる日常

第184話 ヒカリと類友の幼女

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 陽の差し込む廊下を、手を繋がれたケイは歩く。
 普段よく見る場所も、今の彼女にとっては探検のし甲斐のある遊び場だった。

「あれはなにー?」
「ああ、訓練場だよ」

 ケイの視線の先を見たクラムは、優しい声色でそう答えた。

 窓からひょっこりと顔を出したケイは、訓練場を見てぱぁっと表情を明るくする。

「公園みたーい! すっごく色んなものがある!」
「ああ、確かミズヒの手作りって言ってたかな。廃材とか、色々持ってきて作ったんだって」
「みずひ?」
「……うん、そうだよ」

 首を傾げるケイを見て、クラムは何故だか無性に泣きたくなった。

(君が、守ろうとしていた子の一人だよ。ここは、君にとって大切な場所だったんだ)

 そんな事を言っても、今のケイに通じる訳が無い。
 だから、クラムは曖昧に笑う。

 ケイが元に戻るという事は知っている。
 が、それでも、ケイが一瞬でも彼女達の事を忘れているのが辛かった。
 それが、彼女に対する最大の冒涜のように思えたからだ。

「わたしもみずひと会いたい!」
「んー、今はお仕事してるんだ。だから、また今度ね」
「……むぅ、わかった」

 ケイはしょんぼりしながら頷く。
 その頭を撫でながら、リンカは笑った。

「代わりに、私達がいっぱい遊んであげるからねー!」

 そう言ってリンカはケイを抱きかかえるとめいっぱい高く上げ、グルグルと回った。
 ケイはすぐに喜んだ表情に戻り、笑う。

「きゃははっ。リンカお姉ちゃん、もっと早く早くー!」
「よーし、頑張って回しちゃうぞー!」

 リンカはちらりとクラムを見る。
 その顔は複雑そうな笑みを浮かべていた。

(随分とナイーブな性格だね。ケイ本人よりも重症なんじゃないの?)

 リンカには、既にクラムの精神が摩耗しているように見える。
 仕方がない、と内心でため息をつきながらリンカは二人に提案した。

「じゃあ、実際に訓練場に行ってみよっか!」
「いいの!?」
「うん。……ほら、アンタも行くよ」
「あ、ああ、うん。行こっか」
「うん!」

 ケイは再びクラムと手を繋ぐ。
 その顔は、変わらず無垢であった。






 
 晴々とした青空の元で見る訓練場はまるでアスレチックのようであった。
 少なくと、ケイの眼にはそう見えているらしい。

「わーい!」

 訓練場に来たケイは二人から手を離すと一目散に駆けていく。

「危ないよー」

 リンカはやれやれと肩をすくめてついてく。
 その顔はまんざらでもなさそうだ。

 対してクラムはその光景をただ見ていることしかできなかった。

(あれが本来のケイなら……本当は戦うのが怖いと思っているなら、私は……)

 ケイを知れば知るほど理解してしまう。
 自分があまりにも無力であると。

(今は、少しでも楽しませないと。そうして、そうして――また戦場に返すの?)

 そうする他ないと、頭では理解していた。
 しかし、それでもクラムは思ってしまう。

(ずっと、あの子には笑っていてほしい)

 それは純粋な願い。
 この世界では到底叶うはずもない、無垢な願いである。

(どうすれば、あの子を助けられるんだろう……)

 手帳を見て以降、クラムはそればかり考えていた。
 戦いに恐怖を覚え、死を恐れている普通の女の子、それが那滝ケイであるはずだ。

 しかし、世界はその存在を許さない。
 ケイではなく、ソルシエラとしての役割りを押し付けるのだ。

(どうして、あの子だけ……どうして……!)

 誰にぶつければよいのか分からない怒りが溢れてくる。
 それは無邪気に笑うケイを見れば見る程激しくなっていった。

「――あれ、クラムどうしたんですかこんな所で」

 聞き覚えのある声に、クラムは憎悪の中から意識を浮上させた。
 振り返れば、そこには幼馴染の姿がある。

「ヒカリ?」
「なんか怖い顔してませんか? あ、それはいつもでしたね、あははは……痛ぁっ!?」

 能天気に笑う顔を見て、クラムはとりあえずチョップを放つ。
 おでこにチョップが当たったヒカリは、大げさに頭を抑えながら口をとがらせた。

「なんですか急に!? 暴力は頭の悪い人間のとる手段だってプロフェッサーが言ってましたよ!?」
「一番手本にならない大人の言葉を流用するな」

 呆れながらクラムは突っ込む。
 少しだけ、気が晴れた。

 と、クラムはヒカリが手に持つ見慣れない物に気が付いた。

「なにそれ……ボウガン?」
「はいっ! 見てください、カッコいいでしょう! バキュンバキュン! って感じで!」

 ヒカリは構えると、何度も決めポーズをとった。

 紫色の素体に銀のパーツが装着されたそれは、ヒカリには似つかわしくない。
 というよりも、一人の少女の為に作られた装備のように見えた。

「それなに?」
「さあ、私はわかりません! ミユメちゃんから、テストを頼まれただけですので!!! あ、クラムも持ってみますか? 色合い的にはクラムの方が似合うかもしれませんね!」
「いや、私はいいや……ちょ、無理矢理押し付けんなし。あ、っていうかミユメもいるの?」

 もしもいるならば、首に取り付けた呪いの装備を外して貰おうと辺りを見渡すが、ミユメの姿はない。
 ヒカリに視線を向ければ、勢いよく首を横に振った。

「ミユメちゃんはジルニアスに行きました!! 先輩とお話しに行くらしいです!」
「そうなんだ。忙しそうだね……私と違って」
「あー!! もしかしてナイーブモードですか? 大丈夫ですか!? いつもみたいにヨシヨシしますか!?」
「……人前でそんな事大声で言うな」

 ヒカリは人目をはばからないクソデカ声でそう言った。
 心配そうにしているが、内容が「幼馴染に定期的にヨシヨシして貰っているヤバい人」のカミングアウトなので、クラムは必死に止める。

 が、もう遅い。

「よしよししてー!」
「ちっっっっさ!? え!? ケイですか!?」

 騒がしい声が聞こえれば、興味本位に駆け出していくのが子供である。
 その例に漏れず、ケイもヒカリの元へと駆け寄ると笑顔で手を伸ばした。

「お姉ちゃん、だれ?」
「……クラム、これはいったいどういう事ですか」

 ヒカリはクラムと共に背を向けてひそひそと話す。
 一から丁寧に説明するだけの元気がなかったクラムは、ざっくりと説明をすることにした。

「ケイの熱が酷くなったから、幼女にして解決した」
「何言ってるかさっぱりわかりません……!」
「今日のケイは、何も覚えていない幼女。それだけわかればいいよ」
「わかりました!!!」

 ヒカリは勢いよく振り返る。
 そして両手を広げて言った。

「こんにちはケイちゃん! 私は八束ヒカリ! 好きなことは正義と歌! 嫌いなことは悪事! 好物は白米とご飯とおこめ! よろしくお願いします!」
「私もご飯すきー!」
「そうですか! あ、ちなみに私はこんな事ができますよぉ!」

 ヒカリの背中から二対の光翼が展開される。
 太陽を切り取ったが如き輝きを持つ翼を見て、ケイは目を輝かせて手を叩いた。

「すごーい!」
「しかも飛べます! トゥァッ!!!!」

 ヒカリは光翼で飛び立つ。
 その姿を見て、クラムは手渡されたボウガンを見つめた。

(これのテストしに来たんじゃないの……?)

 使い方を聞いていないクラムでは使うことなど出来る訳が無い。
 どうしようかとボウガンを片手に困っていると、ケイを追って戻ってきたリンカが声を掛ける。

「何それ、ボウガン?」
「うん、テストのためにミユメがヒカリに渡したらしい。……明らかに人選ミスだと思うんだけど」

 ヒカリは武装のテストに不向きな人間である。
 それは彼女の武器が光翼であるからだ。

 高密度の魔力体はそれだけで攻防どちらをとっても優秀な武器となる。
 昔から、ヒカリは翼を武器として戦っていた。
 そんな彼女に、何故飛び道具のテストを頼んだのだろうか。

「へぇ、結構しっかりした作りだね。……ん? なんか変形しそうじゃん」
「あー、勝手にいじらないほういいよ。それ、エッチ探知ッチの作者の発明品だし」

 それを聞いたリンカは、動きをぴたりと止めるとボウガンをクラムに返して、ケイを抱えて一歩後ろに下がった。

 抱えられたケイは、空を飛ぶヒカリを見て目をキラキラさせて手を振っている
 完全にヒカリに夢中であった。

「すごーい!」
「――ヒーロー着地ッ!!!! ……ふふふ、どうですかケイちゃん。これこそが、ヒーロー……」
「かっこいいー。私もとびたーい!」

 きゃっきゃと笑うケイはリンカの腕の中をすり抜けるとヒカリの元へと駆け寄った。

「ヒカリお姉ちゃんもあそぼ!」
「いいですよ! 何しますか! おにごっこでもかくれんぼでもなんでもしますよー!」
「じゃあ私とお花やさんごっこしよ!」
「わかりました!!!!」

(どうして年の離れた子と波長が合ってるんだ……)

 会って数分で完全に意気投合したヒカリを見て、クラムは関心半分呆れ半分でそう思った。

 真っすぐな感情と言葉が子供には好ましく見えるのだろうか。
 ケイは今までで一番表情を輝かせている。

「難しい事なんて考えずに、ああやって遊ぶのが正解なんだよ。きっと」

 隣でリンカはそう言った。
 クラムはそれに言い返そうとして、言葉が見つからずに頷く。

 どれだけケイの為に悩んでも、それはすぐに彼女を救う結果には至らない。

 今、クラムがするべきことは幼いケイと遊ぶこと。それだけだったはずだ。

「……何かあったでしょ」
「別に」
「ははっ、嘘下手くそだね。明らかに違うよ」

 クラムがムッとして「は? どこが?」と言うとリンカは自分の首元をトントンと叩く。

「そのチョーカー、途中から鳴らなくなったじゃん。ケイに対してあんだけ煩かったんだから。鳴らなくなったら誰でも気が付くけど」
「……うるさい」

 クラムはそれだけ言うと口を閉ざした。
 その態度にリンカは肩をすくめる。

「私じゃなくてもいいけどさ、誰かにきちんと相談しなよ? そうやって一人で悩みを抱えたまま突っ走ると碌なことにならないから」
「そう」

 まるでわかっていないクラムの返答に、リンカは何も言わない。
 代わりに、一歩前に踏み出していた。

「私達も混ぜてよー。お客さんがいいなぁ。あ、クラムは店員がいいってさー」
「ちょっと、私は別に」
「クラムお姉ちゃんもお花やさんなのー!? いっしょにお花やさんするー!」

 リンカの言葉を聞いたケイは嬉しそうに飛び跳ねる。
 その姿を見れば、流石に断る気にはなれない。

「そうだね、楽しもうか。ケイちゃん」
「うんっ!」

 それは、まるで陽だまりのような笑顔だった。

(……そうだね、今はこの子と遊ぶことに集中しよう)
 
 それが自分に出来る最良の選択であると信じ、クラムは切り換える。
 そして大量の人吞み蛙を召喚して、全力で楽しむことした。
 
 と、その時である。

「……ふぁ、ねむくなってきた」
「「え」」
「あ、私もなんだか眠くなってきました」
「「え?」」

 仲良く手を繋いでお花やさん建設予定地まで歩いていたケイとヒカリがほぼ同時に目を擦り始める。

「クラム……ごめんなさい。夕ご飯までには起きるので……」
「ちょ、寝るな。おい、流石に自由が過ぎるって!」

 必死にヒカリの肩をゆするが、頭ががくがく動くだけで返事はない。
 既に体は半分以上クラムにもたれかかっていた。

 その隣では、リンカがちゃっかりケイをおんぶしている。

「……ふぁ」
「おねむなの? ケイちゃんおねむなの? お姉ちゃんと一緒にベッドに行こうね」
「うん……」

 目を擦り、小さな声で返事をするケイ。
 しかし、次の瞬間には眠気の限界が来たのかがくりと意識を手放したようだった。

「これがネームレスの言っていた魔力切れか。急に来るんだねー」
「じゃあ、こっちのでっかい子供はどういう理屈……!?」

 クラムは人吞み蛙の上にヒカリを寝かせる。

「はしゃいだから疲れたとか?」
「私の幼馴染が子供過ぎる……」

 気持ちよさそうな顔で蛙のベッドで眠るヒカリ。
 心なしか、その顔は満足げである。

「じゃ、ベッドに連れていくから」
「ああそう」

 リンカはそう言って、ケイの寮へと向かう。
 その後ろを、クラムと人吞み蛙に運ばれるヒカリが追ってくる。

 足を止め、振り返ったリンカは首を傾げた。

「なんで付いてくるの? その子、寝かせてあげたら?」
「アンタとケイを二人きりにするわけないでしょ。寝ている間にキスとかされたら最悪だし」
「流石にそこまではしないよ。……いや、本当にしないって」

 どうやらクラムは眠る幼馴染ごと付いてくる気満々のようである。

「……はあ、まあいいや。じゃあ来なよ。私とケイの部屋に」
「は? 私とケイの部屋なんだけど。空きスペースは私のためにあるんだが?」

 安い挑発だったが、クラムはすぐに乗った。
 その顔には青筋が浮かび上がっている。

(そうだよ、それくらいでなくっちゃ張り合いがないね)

 怒るクラムを見て、リンカは満足げに内心頷いた。


 
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