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六章 星詠みの杖の優美なる日常

第183話 天使と美少女の輝き

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 人類にとって、それはもはや災害でしかなかった。
 人類の存亡がかかった戦い。

 しかし、介入は決して許されない。
 それはまるで神話の一ページのようであった。

「お前を殺す事は、既に天上の意思により決定している。判決は、死だ」
「ははっ、そんな事よりも私とお話しようよ^^」

 天使と0号が対峙する。

 いくつもの異能が複合し、四大元素を纏う嵐を生き物のように従える天使。
 対して0号は、紫色の魔力を纏った風を巻き起こし、あたり一帯の瓦礫ごと巨大な竜巻へと変化させていた。

「お前相手に遊びは不可能だろう。最初から全力でいかせてもらう」
「私も全力だ^^」

 二人の腕が同時に振り下ろされ、力同士が衝突する。

 吹き荒れる魔力の風に、ミズヒはその場に立っているのがやっとであった。

「……っ、これがソルシエラの実力」
「危ないですからー、隠れますよー」

 足元から声が聞こえる。
 下を見れば、自分の影からタタリが顔をひょっこりと出していた。

「流石にあれを相手に戦うなら最低でも四人は欲しいですー。という訳で、安全地帯で情報収集ですよー」

 影から伸びた手が、ミズヒの足首を掴む。

「え?」

 まるでホラー映画のようなその光景に、ミズヒが困惑の声を上げた次の瞬間彼女は己の影に飲み込まれていった。

 影は単体で動き出すと、瓦礫の山の中へと消えていく。

 間もなく、先程までミズヒがいた場所を銀色の砲撃とそれを避ける天使が通り過ぎた。

「っ、やはり干渉か……! 厄介なものを模倣したな、人類は!」
「褒めて貰えて嬉しいよ。……ああ、そっちは危ないから気をつけたまえ」
「ッ!」

 避ける天使の目の前に、魔法陣が展開される。
 それは、0号が砲撃の最中に仕掛けておいた収束砲撃の魔法陣であった。

「せっかくこの場所に魔力が溢れているんだ、使わない手はないだろう」

 0号への魔力供給量は目に見えて減っている。
 が、それを補うには十分すぎる程の魔力が辺り一帯には充満していた。

 Sランク二人と天使の戦いにより発生した余剰な魔力が、今0号の力へと変わっていく。

「お話しようにもそんなに元気だと抵抗されそうだ。少し、痛めつけさせてもらおう」
「強者気取りが……! いつまでも見下ろせると思うな!」

 天使は収束砲撃の魔法陣へと構わず突撃した。
 翼より放たれた加速と鋼鉄化、雷撃の異能を纏い魔法陣を発動前に破壊する。
 
 そしてその勢いのまま直角に上昇すると、0号の真下から強襲を仕掛けた。

「おっと」

 干渉を纏った防御陣が展開され、天使を受け止める。
 が、それは数秒と掛からずにひびが入り、破壊された。

「その程度で止められると思うな!」

 翼が煌めき、異能が発動する。
 先程まで真下にいた天使は、次の瞬間には0号の背後にいた。

 障壁を破る行動すらブラフに利用した上での転移による背後からの攻撃――。

「姑息な手を使うねぇ……!」

 0号はそれを理解すると大鎌を背後に振りかざす。
 が、それは空中に突如として生まれた氷の中に閉じ込められ、天使に振り下ろすことは叶わなかった。

「っ」
「形勢は逆転だ。所詮は天使の模造品。勝てる訳が無い……!」

 再び翼が煌めく。

 0号の周囲にいくつもの魔法陣が展開され、同時に異能が行使された。
 重力が0号を潰し、風が皮膚をそぎ落としていく。
 炎が身を焦がし、雷が体の芯まで痺れさせ、氷により手足が凍てつく――。

 それは、数百に及ぶ必殺。
 天使により作り出された星詠みの杖を殺すための檻であった。

「こ、これは……ッ!?」
「流石の干渉でもこれだけの能力を同時には処理できないだろう。それこそがお前の弱点。我が知能の前にひれ伏すが良い」

 翼がより一層輝きを増す。
 それに合わせて、異能の檻はその攻撃の激しさを増していく。

「ぐっ――」

 0号は苦悶の表情を浮かべ、そして激しい爆発の中に悲鳴と共に巻き込まれた。

 臨界点を突破した魔力がトドメと言わんばかりに爆発したのだ。
 それは、収束砲撃に匹敵する魔力攻撃である。

 そして、天使が今行える最大級の破壊力を持った大技でもあった。

「……これで、一人減ったか」

 これをまともに受けて生き残れる確率は0である。
 天使はそう結論付けた。

「今度こそ、人類の剪定を行う」

 翼を大きく羽ばたかせ、Sランク二人を探そうと背を向ける。
 その時だった。

「――これが、尊さの果てか」
「ッ!?」

 天使は慌てて振り返る。
 同時に黒煙の中から茨の蔓が飛び出してきた。

「これはッ……!?」

 天使は直感的にそれが触れてはならないモノだと理解した。

 即座に異能による転移を行使し、距離をとる。
 その表情に、余裕はない。

「なんだそれはっ。私のデータには存在しないぞ!」

 直前まで天使がいた場所を茨の蔓がとおりぬけ、黒煙の中へと戻っていく。
 そして次の瞬間、黒煙が振り払われ中から0号が姿を現した。

 その姿は、深紅のドレスに変化している。

「侵食形態……そう私は呼んでいる」

 0号は手の中で茨を弄びながらそう言った。

 スカートの裾、袖口、胸元、いたる所から茨の蔓が這いだし、魔法陣からも生み出されていく。

 その姿は、まるで茨の女王のようであった。

「……まだ隠し玉があったとは」
「ははは、この程度で驚くとは天使も大したことないねぇ。まあ、安心したまえ。次は、よそ見なんてしないから。きちんと、相手をしてあげるよ」
「よそ見だと……!?」

 その言葉に天使は目を見開いた。
 0号の言葉が本当なら、それはまるで片手間で天使を殺そうとしているかのようではないか。

「戯言を、そんな訳が「おてて繋いでお散歩……かわいいねぇ^^」……は? 何を言っているお前は!?」

 その眼は、確かに天使を見ている。
 が、その眼に映っている景色は明らかに違っていた。

「あまりに可愛くて悲鳴なんて上げてしまった。いやはや、恥ずかしい所を見せたね。ここから先は、帰ってゆっくり楽しむとしよう。相棒と共に、批評を交えて。はははは、素晴らしいよ! 私は今、満たされている……!」
「想定を逸脱している……!?」
「この溢れんばかりの尊さ、愛。回路が焼かれ、まともな演算が不可能になるこの状態異常、これが……これこそが限界化、なんだな」

 茨の蔓が0号の感情を表すように震え、伸びていく。

 天使はそれらに向けて炎と雷を放つ。
 が、それは直撃するとあっけなく霧散した。

 茨の蔦は、まるで何事もなかったかのようにその支配を広げている。

「天使よ、これは私にとっては決戦ではない」

 茨の世界の中心で、0号は満面の笑みで言った。

「――布教だ」
「…………は?」

 一瞬、天使は呆ける。
 しかし、自分に茨の蔓が迫っていると気が付くと迷わず異能を使用した。

「恐らくは異能の無効化っ! ならば、あの蔓に触れることなく本体を叩けば――」
「出来ると思うか? 今の私相手に」
「っ!?」

 天使は確かに転移の異能を使用した。
 それなのに何故、背後から0号の声が聞こえるのだろうか。

「くっ」
「呆気ないねぇ」

 攻撃を仕掛けようとするも遅すぎた。
 手足に茨の蔓が巻き付き、天使は空中に固定される。

 それはまるで、処刑が執行される罪人の様であった。

「君は賢い。だからこそ、転移の異能を使うなら最適解を選ぶと思ったよ。逃げる場所が分かっているなら、これ程分かりやすい事はないからねぇ」
「っ、くそ。お前は必ず……必ず殺す!」

 拘束された状態でなお、天使の翼が輝きを放つ。
 が、異能が発動する前にその翼を茨の蔓が這いまわり、巻き付き、へし折った。

「がぁっ!?」

 翼を折られ、異能を封じられた天使にもう成す術はない。
 
 精々がバイザー越しに睨みつける程度だ。

「では、布教タイムだ」
「布教、だと……?」
「ああそうだとも。美少女にやると流石に相棒が怒るからねぇ。丁度脳をぐちゃぐちゃにいじっても問題ない悪で、男、さらに人類の敵が混ざっている。……うん、君ほど私の感情をぶつけるのに適した相手はいないよ^^」

 0号はそう言ってニッコリ笑う。
 そして、茨の蔦で天使と自分を覆った。

 球体型の空間を、茨の蔦が作り上げていく。

「さて」

 茨の檻の中で、0号は天使に近づく。
 その手がゆっくりと開かれ、バイザーを掴んだ。

「な、何をする……!」
「チッチー六夢@依頼受付停止中さん曰く、限界化した人間はやがて、布教に走るという」
「さっきから何を言っているんだお前は……!」

 天使の叫びを無視して、0号は言葉を続けた。

「故に、これからお前に恵みを与える。この世で最も尊く、美しい存在をその回路に焼き付けるが良い」
「言っている事がまるで理解できな――ぁがっ!?」

 天使の思考回路が乱れる。
 まるで脳髄がスパークしたような感覚と共に、視界が明滅する。

 そして。

「な、なんだこれはぁ! 情報がっ、意味の分からない情報が流れ込んで、あ、あああああああ!」

 天使の脳内へと流れだしたそれは、誰かが美少女と呼ぶ概念。
 即ち、0号のクソデカ感情のダイレクトアタックである。

「心で理解しろ。それが美少女だ。お前が人間と組んだのは、強さを得る為だろう。その答えがここにはあるのだよ」

 0号は手を離す。
 吊るされた天使は脳内に溢れ出す異常な情報群に悶え苦しんでいる。

 その様子を見ながら、0号は茨の蔦で作った椅子に腰を下ろした。

「中々に刺激的だろう? それこそが、私とお前の間にある壁だよ」
「な、何をほざいて……ぐ、ぅあ」

 天使の常識や知識が、蝕まれていく。
 それは、今まで一度も経験したことが無い苦しみであり、快感であった。

(危険だ……! この存在を野放しにしてしまえば、全てが滅茶苦茶になる……! だから、止めないと、マズい事に――)

『まずいって、なにー?』
「……は?」

 バイザーから送られてくる映像の中に一人の幼い少女の姿があった。
 突然現れたそれは、とてとてと天使の傍に寄ってくる。

 変化はそれだけではない。
 気が付けば、天使は丘の上にいた。

 遠くに見える海は、陽光を乱反射し眩く輝く。
 気持ちの良い青空の下、芝生を撫でる様に吹くそよ風。

 少女と天使は、その世界に二人きりであった。

『どうして、そんなに苦しそうなの? だいじょうぶ?』
「……あ、ぁ」

 蒼銀の髪が特徴的な、顔の整った少女だった。
 0号の姿を幼くすれば、そうなるだろうか。

 天使にはそれが0号の仕掛けて来た攻撃だと理解できた。
 が、しかし。

 (…………何が、マズいんだ?)
 
 こんな攻撃の防ぎ方を天使が知るはずもなかった。

『ねえねえ』

 幼い少女は、天使に満面の笑みを浮かべると小さな手を差し出す。
 そして、言った。

『一緒に遊ぼー! 私とね、おにごっこしよ! 天使さんが最初はおにー!』
「あ、ああ」

 心地の良い風の吹く丘を、白いワンピースを纏った少女が駆けていく。
 その姿を見て、天使は無意識の内に微笑むとその後ろを当然の事として追った。

「ほら、捕まえてしまうぞー!」
『きゃー! きゃははは!』

 その気になればいつでも捕まえられるが、天使はわざと寸前で少女を逃がし、おにごっこを続ける。
 そうすることが、幸せだと理解したからだ。

 それからどれ程の時が経っただろうか。

 天使の情報処理能力を限界まで用いて引き伸ばした時間の中で、少女との戯れは永遠のようにも、一瞬のようにも感じられた。

 少女と遊んだ。
 少女と食卓を囲んだ。
 少女と眠った。

 常に隣には少女が在った。
 それが何よりも、天使の心を満たしている。

 既に、天使の脳内には少女との思い出が刻まれていた。

「この気持ち……これが」
「――そうだ。それが、美少女の輝きだ」

 振り返れば、丘の上に0号がいた。
 その傍らには、笑顔で脚に抱き着く少女の姿。

 天使はそれを見て、素直に羨ましいと思った。

 この世界が幻想だとしても、全てが作り物だとしても、既に天使は少女を好ましく思ってしまっていた。

「知りたくはないか、その感情の先を」
「……っ、まだ先があるのか」

 0号は静かに頷く。

 それを見て、天使は悟り静かに笑った。

「ああ――私の敗北だ」

 天使との第三の決戦。

 それは、少女の微笑みと共に優しい終わりを迎えた。
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