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六章 星詠みの杖の優美なる日常
第181話 クラムと設置型の情緒破壊
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クラムとリンカにとって誤算だったのは、ケイがあまりにも可愛すぎる事とネームレスがそれを最大限に引き出す為の衣装をいくつも用意していたこと。
そして。
「クラムお姉ちゃん、リンカお姉ちゃん、今度はお人形さんであそぼー!」
幼いケイが今の彼女からは考えられない程に無邪気であった事だ。
ケイは人吞み蛙が気に入ったのか、一機をギュッと胸元で握りしめて二人に近づく。
それだけでクラムの首元から『エッチッチッチッチッチ――』と鳴り始めたので、リンカは庇うように前にでた。
今、クラムはケイに対してあまりにも無力である。
「お人形さん遊びがしたいんだね」
「うん。このお人形さんがね、おきゃくさんなの。それで、私がお花やさん!」
そう言ってケイは、リンカに人吞み蛙を渡す。
実質爆弾を渡されたようなものなので、一瞬戸惑ったリンカだったが銀の黄昏時代に培った取り繕う能力が存分に発揮された。
「ありがと。それじゃあ、お花を一つくださいな」
「はい、どうぞ!」
ケイは、折り紙で花を作りリンカへと手渡す。
リンカは、それを聖遺物よりも重要なものとして拡張領域にしまい込んだ。
「他にはどんなお花があるの?」
「えっと、えっとね……いろんなお花!」
「じゃあ、私も貰おうかなー」
ネームレスもそう言ってニコニコとお花やさんごっこに興じる。
そんな彼女達を、クラムは首元を抑えたまま羨ましそうに見ていた。
抑えた首元からは、くぐもった『エッチッチッチ――』という音が流れ続けている。
彼女はもう見ただけでどうにかなるレベルに達していた。
「……可愛い。今の服、元に戻っても着てくれないかな」
フリフリのエプロンに水色のスカートを合わせたそれは、まるで不思議の国のアリスを連想させる。
飛びぬけて顔が整ったケイが身に纏えば、それは本当に物語の主人公のようにも見えた。
が、クラムは同時にこの服を着た高校生のケイを想像している。
彼女の頭の中では、ケイは羞恥に顔を赤らめながらこちらを睨みつける様に甘々な衣装を着ていた。
そして渋々といった風に、膝枕をしてくれるのだ。
単刀直入に言って、クラムはこの場でぶっちぎりに欲情していた。
「流石にロリは犯罪だ……ヒカリになんて弁解すればいいのかわからないし」
自分を客観的に「気持ち悪い人」と評価しながら、クラムは一歩引いて冷静になる。
冷静になって、クラムはあることに気が付いた。
(そう言えば、ケイの部屋に入ったのって初めてかも)
秘密主義の彼女の部屋に入ったことは今まで一度もない。
部屋は一人で暮らすには余りある広さだ。
元は複数人で使用する大部屋なのだろう。
ケイも持て余しているのか、ベッド周りにテーブルなど彼女が新しく買ったであろう家具が固めて置かれている。
他の箇所は壁が剥がれたり、床が一部捲れ上がったりしていた。
(私も最初は驚いたなぁ。あんまりにも廃墟すぎて……いや、廃部屋?)
クラムとヒカリの引っ越し当初も、ほぼリフォームのような大掃除から始まっている。
そういう時は、人手としてカウント出来る人吞み蛙の存在がありがたい。
(それにしても広いな。そして広さの割には、物が少ない)
あくまで生活するための必要最低限の家具に抑えているこの部屋からは、人間味と言うものを感じない。
だからこそ、目についたのはひびの入った大きな鏡が特徴的な化粧台だった。
元から部屋に備え付けられたものだったのか、随分と古びている。
その前にはケイのものであろうコスメ類が置かれていた。
ケイの部屋唯一と言っていい、嗜好品の類である。
「……あの子も、こういうの興味あるんだ」
クラムは、そっと三人から離れて化粧台に向かう。
そこにあったのは、一人の少女の等身大の世界でしかなかった。
こんな事がなければ見る事も知る事もなかったケイの少女としての部分にクラムは酷く悲しみを覚える。
彼女がこれを隠す選択をしたことも、それを是とした世界も、全てがあまりにも悲劇的であった。
「――ん?」
化粧台を見ていたクラムは、僅かに開かれた引き出しの中に何かがある事に気が付いた。
ちらりと背後を見れば、まだ三人は遊んでいる。
クラムは、内心で謝罪をしながら引き出しを開けそれを取り出す。
それは、小さな手帳であった。
飾り気のない、真っ黒な手帳。
一体それが誰の物なのか、当然見当はついている。
「……」
クラムは意を決してその一ページ目を開いた。
【私は 星詠みでなければならない
大丈夫 ひとりでも戦える
こわくない 大丈夫 絶対 大丈夫】
それを見た瞬間クラムは咄嗟に、手帳を閉じる。
今までの高揚感はどこかへ消えさり、頭から冷や水をぶちまけられたような嫌な感覚だけが自分を満たしていた。
(これは……きっと見ちゃ駄目なやつだ)
ソルシエラではなく、那滝ケイとしての言葉が綴られたそれは、クラムが踏み入ってはならない領域である。
クラムにはそれがすぐに理解できた。
恐れをごまかすように徐々に強くなっていく筆跡も、涙の染みのような痕も、全部無断で盗み見るようなものではない。
これだけは、こんな形で紐解いてはならない。
「……何やってんだ、私は」
つい先程まで、愛する少女の秘密を暴く事に高揚感を得ていた自分に嫌気がさす。
今、自分がやるべきことはそんな事ではない。
自分に出来ることはそんな事ではない。
クラムは手帳をそっと元あった場所に戻すと、ケイの下へと駆け寄る。
そして、キョトンとした表情のケイに構わず思いきり抱きしめた。
彼女の首に取り付けられたチョーカーは、今はもう鳴らない。
「えっ、クラム!?」
「ちょ、お客さん困ります! あー、いけません! そういうのは駄目ですよー!」
驚くリンカと楽しそうなネームレスを他所に、クラムはケイを見る。
そして、笑顔を作って言った。
「今日はいっぱい遊ぼう。……次に目覚めたら忘れているかもしれないけど、うん。今だけでも普通の女の子として、たくさん遊ぼうよ」
「遊んでくれるの! うん、遊ぼうクラムお姉ちゃん!」
ケイは、無邪気に喜んでいる。
クラムの表情の裏にある悲しみに気が付くことなく、少女は無邪気に笑っていた。
それを見て、ネームレスは言った。
「ケイちゃん、クラムお姉ちゃんとリンカお姉ちゃんとお散歩でも行って来たら?」
「お散歩! 行くー!」
キラキラと目を輝かせたケイとは対照的に、二人は怪訝そうな顔をする。
「いいの? この状態のケイを外に出して」
「まあ、トランスアンカーでこうなったとでも言っておけば納得するでしょ。それよりも、めいっぱい遊んで、魔力を消費して貰わなきゃ」
そう言うと、ネームレスはケイの頭を撫でた。
「お姉ちゃんは今からお仕事だから、二人の言う事ちゃんと聞くんだよ?」
「うん! おしごと、がんばってね!」
「勿論! その言葉があれば、世界相手でも戦えそうだよー!」
ネームレスはニッコリ笑ってそれからリンカとクラムを見た。
「後はよろしく。魔力切れは、この子が眠るのが合図だから。そしたらベッドに戻しておけばいい。あ、この事は本人はたぶん覚えてないから、内緒ね? 特に写真。絶対に死守。この子、こういうの撮られたって知ったら怒るから。まあ、それも可愛いんだけどね!」
言いたいことを一方的に喋ったネームレスは、満足げだった。
それから、二人が何かを言う前に、転移魔法陣を展開し、制止する暇もなく姿を消した。
突然の事にポカンとしながら、リンカは口を開く。
「……じゃあ、行く?」
「うん。ケイ、行こう」
クラムは手を差し出す。
ケイはその手を小さな手でしっかり握り、楽しそうに言った。
「行こー!」
そして。
「クラムお姉ちゃん、リンカお姉ちゃん、今度はお人形さんであそぼー!」
幼いケイが今の彼女からは考えられない程に無邪気であった事だ。
ケイは人吞み蛙が気に入ったのか、一機をギュッと胸元で握りしめて二人に近づく。
それだけでクラムの首元から『エッチッチッチッチッチ――』と鳴り始めたので、リンカは庇うように前にでた。
今、クラムはケイに対してあまりにも無力である。
「お人形さん遊びがしたいんだね」
「うん。このお人形さんがね、おきゃくさんなの。それで、私がお花やさん!」
そう言ってケイは、リンカに人吞み蛙を渡す。
実質爆弾を渡されたようなものなので、一瞬戸惑ったリンカだったが銀の黄昏時代に培った取り繕う能力が存分に発揮された。
「ありがと。それじゃあ、お花を一つくださいな」
「はい、どうぞ!」
ケイは、折り紙で花を作りリンカへと手渡す。
リンカは、それを聖遺物よりも重要なものとして拡張領域にしまい込んだ。
「他にはどんなお花があるの?」
「えっと、えっとね……いろんなお花!」
「じゃあ、私も貰おうかなー」
ネームレスもそう言ってニコニコとお花やさんごっこに興じる。
そんな彼女達を、クラムは首元を抑えたまま羨ましそうに見ていた。
抑えた首元からは、くぐもった『エッチッチッチ――』という音が流れ続けている。
彼女はもう見ただけでどうにかなるレベルに達していた。
「……可愛い。今の服、元に戻っても着てくれないかな」
フリフリのエプロンに水色のスカートを合わせたそれは、まるで不思議の国のアリスを連想させる。
飛びぬけて顔が整ったケイが身に纏えば、それは本当に物語の主人公のようにも見えた。
が、クラムは同時にこの服を着た高校生のケイを想像している。
彼女の頭の中では、ケイは羞恥に顔を赤らめながらこちらを睨みつける様に甘々な衣装を着ていた。
そして渋々といった風に、膝枕をしてくれるのだ。
単刀直入に言って、クラムはこの場でぶっちぎりに欲情していた。
「流石にロリは犯罪だ……ヒカリになんて弁解すればいいのかわからないし」
自分を客観的に「気持ち悪い人」と評価しながら、クラムは一歩引いて冷静になる。
冷静になって、クラムはあることに気が付いた。
(そう言えば、ケイの部屋に入ったのって初めてかも)
秘密主義の彼女の部屋に入ったことは今まで一度もない。
部屋は一人で暮らすには余りある広さだ。
元は複数人で使用する大部屋なのだろう。
ケイも持て余しているのか、ベッド周りにテーブルなど彼女が新しく買ったであろう家具が固めて置かれている。
他の箇所は壁が剥がれたり、床が一部捲れ上がったりしていた。
(私も最初は驚いたなぁ。あんまりにも廃墟すぎて……いや、廃部屋?)
クラムとヒカリの引っ越し当初も、ほぼリフォームのような大掃除から始まっている。
そういう時は、人手としてカウント出来る人吞み蛙の存在がありがたい。
(それにしても広いな。そして広さの割には、物が少ない)
あくまで生活するための必要最低限の家具に抑えているこの部屋からは、人間味と言うものを感じない。
だからこそ、目についたのはひびの入った大きな鏡が特徴的な化粧台だった。
元から部屋に備え付けられたものだったのか、随分と古びている。
その前にはケイのものであろうコスメ類が置かれていた。
ケイの部屋唯一と言っていい、嗜好品の類である。
「……あの子も、こういうの興味あるんだ」
クラムは、そっと三人から離れて化粧台に向かう。
そこにあったのは、一人の少女の等身大の世界でしかなかった。
こんな事がなければ見る事も知る事もなかったケイの少女としての部分にクラムは酷く悲しみを覚える。
彼女がこれを隠す選択をしたことも、それを是とした世界も、全てがあまりにも悲劇的であった。
「――ん?」
化粧台を見ていたクラムは、僅かに開かれた引き出しの中に何かがある事に気が付いた。
ちらりと背後を見れば、まだ三人は遊んでいる。
クラムは、内心で謝罪をしながら引き出しを開けそれを取り出す。
それは、小さな手帳であった。
飾り気のない、真っ黒な手帳。
一体それが誰の物なのか、当然見当はついている。
「……」
クラムは意を決してその一ページ目を開いた。
【私は 星詠みでなければならない
大丈夫 ひとりでも戦える
こわくない 大丈夫 絶対 大丈夫】
それを見た瞬間クラムは咄嗟に、手帳を閉じる。
今までの高揚感はどこかへ消えさり、頭から冷や水をぶちまけられたような嫌な感覚だけが自分を満たしていた。
(これは……きっと見ちゃ駄目なやつだ)
ソルシエラではなく、那滝ケイとしての言葉が綴られたそれは、クラムが踏み入ってはならない領域である。
クラムにはそれがすぐに理解できた。
恐れをごまかすように徐々に強くなっていく筆跡も、涙の染みのような痕も、全部無断で盗み見るようなものではない。
これだけは、こんな形で紐解いてはならない。
「……何やってんだ、私は」
つい先程まで、愛する少女の秘密を暴く事に高揚感を得ていた自分に嫌気がさす。
今、自分がやるべきことはそんな事ではない。
自分に出来ることはそんな事ではない。
クラムは手帳をそっと元あった場所に戻すと、ケイの下へと駆け寄る。
そして、キョトンとした表情のケイに構わず思いきり抱きしめた。
彼女の首に取り付けられたチョーカーは、今はもう鳴らない。
「えっ、クラム!?」
「ちょ、お客さん困ります! あー、いけません! そういうのは駄目ですよー!」
驚くリンカと楽しそうなネームレスを他所に、クラムはケイを見る。
そして、笑顔を作って言った。
「今日はいっぱい遊ぼう。……次に目覚めたら忘れているかもしれないけど、うん。今だけでも普通の女の子として、たくさん遊ぼうよ」
「遊んでくれるの! うん、遊ぼうクラムお姉ちゃん!」
ケイは、無邪気に喜んでいる。
クラムの表情の裏にある悲しみに気が付くことなく、少女は無邪気に笑っていた。
それを見て、ネームレスは言った。
「ケイちゃん、クラムお姉ちゃんとリンカお姉ちゃんとお散歩でも行って来たら?」
「お散歩! 行くー!」
キラキラと目を輝かせたケイとは対照的に、二人は怪訝そうな顔をする。
「いいの? この状態のケイを外に出して」
「まあ、トランスアンカーでこうなったとでも言っておけば納得するでしょ。それよりも、めいっぱい遊んで、魔力を消費して貰わなきゃ」
そう言うと、ネームレスはケイの頭を撫でた。
「お姉ちゃんは今からお仕事だから、二人の言う事ちゃんと聞くんだよ?」
「うん! おしごと、がんばってね!」
「勿論! その言葉があれば、世界相手でも戦えそうだよー!」
ネームレスはニッコリ笑ってそれからリンカとクラムを見た。
「後はよろしく。魔力切れは、この子が眠るのが合図だから。そしたらベッドに戻しておけばいい。あ、この事は本人はたぶん覚えてないから、内緒ね? 特に写真。絶対に死守。この子、こういうの撮られたって知ったら怒るから。まあ、それも可愛いんだけどね!」
言いたいことを一方的に喋ったネームレスは、満足げだった。
それから、二人が何かを言う前に、転移魔法陣を展開し、制止する暇もなく姿を消した。
突然の事にポカンとしながら、リンカは口を開く。
「……じゃあ、行く?」
「うん。ケイ、行こう」
クラムは手を差し出す。
ケイはその手を小さな手でしっかり握り、楽しそうに言った。
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