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六章 星詠みの杖の優美なる日常

第180話 天使の完璧なる作戦

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 天使にとって、それは想定外の出来事であった。

 六つの滅びと、最後に訪れる厄災。
 それは、人々に与えられた試練であり、人類全体で苦悩し、争い、苦難の果てに超えるべきものだ。

 が、現状はどうだろうか。

 第一の天使と第二の天使は、それぞれが別の来訪者によって殺された。

 あろうことか、人類は既に滅びへの対策をしている。
 ダンジョンという超常の力を己の物にしていたのだ。

 故に、第三の天使に相対するは、三人。
 この星全てを殺しうる電子の亀に対して人類が送り込んだ刺客はただそれだけであった。

「これは……少し想定外だな」

 中央都市のビルの一つ。
 その最上階で、男は呟いた。

 否、それは元は男であったが、今は天使の入れ物でしかない。

 その顔には大型のバイザーが取り付けられ、背後の巨大なモニターへといくつものコードが伸びている。

 天使本体は、そのモニターの中を悠々と泳ぎ回っていた。

「人間とは、こうも強さに差があるものなのか。数こそが利であると認識していたが」

 天使はそう呟く。
 すると、次の瞬間には男の体が震え口が荒々しく開かれた。

「おい、どうなってんだ! Sランクでも簡単に殺せるっていう売り文句だったから契約してやったってのに……今のところまるで勝てる気がしねえ」

 男は己の選択を後悔していた。
 
 数日前、唐突に男の前に現れたそれは天使を名のる異形の怪物であった。
 手を貸せば王の座を与えるという言葉を信じ、組織と自らの体を丸々天使に貸し与えた彼だったが、現状はすこぶる悪い。

 想定を遥かに超える被害に、理事会を動かすことすら叶わずSランクが三人動いただけで壊滅状態である。

「……ガンマは三十分も前に星詠みの杖に殺された。ベータも他のSランク二人と交戦中だが、勝機は薄い。後は私の器であるアルファ、お前だけだ」
「このままじゃ俺も死ぬだろうが! ふざけやがって! これじゃあ学園都市の奴らを全員狂わせる前に死ぬぞ!」

 男のバイザーには、天使の権能によりいくつもの情報が流れてくる。
 が、そのどれもが、自身の敗北を示していた。

「くそっ! なんだよこれッ! 氷凰堂レイの能力があれば他の探索者は無力化出来るんじゃねえのかよ!」

 男はモニターを殴りつける。
 が、天使は我関せずとでも言いたげに変わらずモニターの中を泳ぎ回るだけだ。

「おい! もっと力を寄越せよ! Sランクの真似事じゃねえ! もっと強い力をくれよ! 天使ってやつはスゲエんだろ!?」
「当然だ。が、今は星詠みの杖の対処が優先である。あれは本来、人類の剪定に介入してはならない存在。故に、私は私という存在を使い果たしてでもあれを殺す義務がある」
「……おい、なんだよそれ。まるで自殺でもするような言い方じゃねえか!」
「一部肯定だ。私達は六度訪れる滅び。私1人で人類を滅びへと導く必要はない。故に、星詠みの杖を殺すことが私の使命である」
「ふっざけんなぁ! そんなの知らねえよ! 滅びだとか第四とか、俺には関係ないだろ!」

 男の口元に手が置かれる。
 そして、何かを考える仕草をした後に、ため息をついた。

「星詠みの杖は人間と契約することで、強さを得た。第二の天使を容易に殺してみせた。人間と契約すれば、私も至れると考えたのだが……どうやら勘違いだったようだ」
「うるせぇ! てめえがもっと強くなればいいだろうが!」
「この契約は、互いが同等の関係で成立するものだと私は考える。故に、この体たらくは私ではなくお前が原因である」
「はああああ!? 天使ならこんくれえ予想しろよ馬鹿! たかだかSランク三人だぞ!」

 男は半狂乱になってモニターを叩き続ける。
 が、その口は至って冷静に動いた。

「その分類からして間違っている。Sランクと言われるあれら三人は、それぞれが独自のアプローチで至った存在である。故に、一つの対処法では一人しか殺すことが出来ない」

 怒りが一切伝わらない事で諦めたのか、男はため息をつく。
 そして、椅子に座りこむと拳を擦りながら机に脚をほうり出した。

「せめて俺だけは生かしてくれよ……。今のとこ、俺の傘下の組織も、ダイブギアを貸してやった部隊も全滅だ。一つくらいは俺の望みどおりにしてくれや」
「星詠みの杖、及びその契約者の対処ができたなら、その時は解放しよう」
「知らねえ単語ばっか並べやがって……」

 頭の中に流れてくる情報も、男からしてみれば理解できないものである。
 が、拒否しようにも体の主導権を握られている今、彼に選択肢はなかった。

「契約者に対する仕込みは完了している。第二の天使を殺害時、奴は天使の血を浴びた。それは今、毒となり体を駆け巡っている事だろう」
「……おい、なんでそんな重要な事黙ってた」
「そのデータは既にお前の頭に刻み込んだはずだが? 理解しようとせずに現状を嘆くのは人間のする最も愚かな行為の一つだ」
「こいつ……!」

 拳を握るが、男はそれをゆっくりと下ろす。
 確かに、頭の中に覚えのない記憶が存在していた。

 天使の毒で、星詠みの杖の契約者を殺す計画は、その詳細が細かく男の脳には刻まれている。

「じゃあ、その毒で死ぬまで待てばいいって事か」
「ああ」
「じゃあなんで俺達は今こんなに追いつめられてんだ? 大人しくその契約者ってのが死ぬまで隠れてればいいんじゃねえのかよ」
「それでは、殺しきれない。星詠みの杖は、契約者より得た魔力で独立して活動が可能なようだ。故に、本体を叩くための手段を得る必要があった」
「そういうの、事前に言ってくれ……」
「脳に刻んだ筈だが」
「それは止めろって言ってんだろ!」

 天使には、男がなぜ怒っているのか理解できなかった。
 が、対処方法は知っている。

 この男は、絶対的な力に弱い。
 故に、天使はそれを拡張領域から取り出した。

「なんだ、これ」
「感染者達のデータを元に作り上げた、対探索者用兵器である。感染者の異能は、全て使用可能だ」

 ダイブギアにしては妙に仰々しい作りをしたそれを男は手に取る。
 その瞬間、再び脳に情報が刻まれた。

 手に触れただけで使い方を理解した男は、口元を歪めて笑う。

「……ははっ、おいおい。あるじゃねえか上等なモンが!」
「言っただろう。一人のSランクに対して一つの対処法が必要になると。異能の数は、そのまま有効な手札となる」

 探索者は、現代における人類最大の兵器と言っても過言ではなかった。
 一つとして同じものがなく、使い方によっては人類を滅ぼせるものも少なくない。

「人類は、自らの力で滅ぶのだ」

 もしも、それらを一つに束ねることができたのなら、それはこの星の兵器の集大成と言えるだろう。

「これで、その星詠みの杖ってのを殺せばいいのか……!」
「ガンマとベータに与えたダイブギアは、あくまで未完成品。データ収集の為のいわば捨て駒である。これこそが完成品だ。そして、このダイブギアの最終テストをこれから始める」

 天使がそう告げると同時に、部屋の扉が爆炎と共に破られた。

「私の契約者であるならば、この試練を超えてみせろ。知恵と武器は授けた」
「……テストがSランク二人かよ」

 巻き起こる黒煙の中から、二人の少女が姿を現す。

「お前が首謀者か。死ぬか投降するか選べ」
「あ、見てくださいミズヒちゃん。あのモニターの中にいるのが天使ですよ! すっごく良い匂いがします。鍋にしましょう!」
「するな」

 くだらない会話をしながら、ミズヒは片腕に担いでいた男を放り投げる。
 それは、レイの力を与えられたベータと呼ばれる男であった。

「お前もこうなりたいか?」
「……なりたくねえから戦うしかねえなぁ!」
「そうか。では、ここから先は殺し合いだ」
「この人も美味しそうですねー」

 影が蠢き、焔が踊る。
 部屋の温度が急速に低下していき、いくつもの異能が混じり合った光が部屋を照らし出す。

 天使と人類の三度目の決戦は、こうして始まった。













 一方その頃、フェクトム総合学園。
 
 毒により体を侵されている那滝ケイは――。

「こっち見てー!」
「ぴーす!」

 無邪気な笑顔とピースサインに、シャッターを切る音が部屋に響く。

「きゃあああ! 可愛いよぉ!」
「ね、ねえネームレス、次はこっちのメイド服着せよう」
「着ぐるみパジャマの方を先に!」

 ネームレスの持参したいくつもの衣装を見ながら、欲望むき出しのリンカとクラム。

 ケイは可愛らしい衣装を見て、目をキラキラと輝かせていた。

「わぁ! かわいいお洋服がいっぱい! わたしね、えっとね、次はこれ着たいの!」
「「「そっかぁ! じゃあそれ着ようね!」」」

 きゃっきゃと笑いながら、四人は楽しそうである。

 第三の天使最大の誤算。

 それは、毒が幼女化というトンデモ魔法により無効化されていた事。

 そして――星詠みの杖が、既に天使の想定を外れた怪物と化していたことだった。
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