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六章 星詠みの杖の優美なる日常

第179話 星詠みの杖の至高なる鑑賞

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 その日は厄日であった。
 悪人にとって、最悪と言うしかないそんな地獄の一日であった。

 学園都市に巣食う裏組織の四割がこの短時間で壊滅、二度と再起が出来ない程に、構成員全てが惨たらしく死を迎えている。

 研究成果や売上には一切気を向けず、如何なる交渉にも応じないそれは、まるで意思のない災害のようだった。

 名を、ソルシエラ。
 僅か数時間で裏組織から新たに死神の名を与えられた怪物である。

 が、当の本人は、そんな事は露知らず。
 それどころか厳密にはソルシエラではないのだが、そんな事はどうでも良い。

 彼女は今、組織の人間の脳に直接干渉して情報収集をしている際中であった。

「いい加減、天使の本拠地を知っている人間に会えると助かるのだがねぇ」

 鎌の柄が一人の人間の胴を貫く。
 反撃の隙などある訳がない。

 構成員の一人は、銃を取り出す前に絶命し、0号はそれを興味なさげに放り投げた。

 とある組織が保有する地下施設。長く薄暗い廊下で、立ち向かってきた全ての人間を殺し、0号は扉を開ける。

 そこは、灰色の壁が四方を覆う閉鎖的な部屋であった。

 部屋の中心には、無数の構成員。
 中でも先頭で椅子に座った男は、派手なスーツを身に纏い一際目立つ。

 男は、0号を見ると拍手をした。

「素晴らしい、よくここまで来た。流石ソルシエラ、とでも言うべきかな?」
「……くだらない問答なら付き合う気はないのだが」

 0号は大鎌を構える。
 すると、男を庇うように構成員達が前に出た。

 男だけは表情を変えず、薄い笑みを貼り付けたまま話を続ける。

「賛辞は素直に受け取れよ。君は良く働いてくれた。俺たちにとって目障りだった組織をいくつも消してくれたのだからな」
「お前たちもすぐに後を追う事になる」
「はっはっは。威勢が良いのは若さ故か? 君はまだ、大人の怖さというものを理解していないらしい。確かに、探索者でなくなった大人は一般的に力を失う事が多い。が、同時に得るものもあるのだ」

 そう言って、男は立ち上がるとダイブギアのようなものを腕に装着した。

「それは狡猾さと権力だ。純粋な力ではどうすることも出来ない。この世界を支配する力だ」
「……なんでもいいが、君は天使の居場所を知っているのか?」

 0号の言葉に、男は一瞬驚いた顔をしたがすぐに両腕を広げて大げさに笑って見せた。

「あっはっはっはっは! そうか、君は天使を追っているのか!? であれば、ここにたどり着くのは必然というわけか!」

 男は納得したように頷き、そしてこう続けた。

「俺は天使の居場所を知っている」
「そうか。その言葉が嘘ではない事を祈るよ」

 その言葉を聞いて、男はダイブギアを装着した腕を天へと掲げる。
 彼の周りに、冷気が溢れ出していた。

「何故俺が天使の居場所を知っているかわかるか? 俺が天使に選ばれた男だからだ。奴に選ばれた三人の英雄の一人。それがこの俺なんだ!」

 気が付けば、部屋中が氷で覆われている。
 0号はその能力に見覚えがあった。

「……氷凰堂レイの力か」
「その通り。とある女が再現に成功したんだが、途中で死んじまった。その後を継ぐ様に、こうしてSランクの力を量産させたのが天使ってわけだ。最高にイカすだろう?」
「その手の能力はもう解析済みだ。無駄な抵抗になると思うが」
「ははっ、おいおい聞いたかお前ら。俺達全員相手にしても勝てるってよぉ!」

 男がそう言うと、構成員達は全員が同じ腕輪を装着する。
 肌を刺すような冷気が一層激しさを増した。

「言っただろ、量産だと。Sランクなんてもうただのガキなんだよぉ!」
「……成程、力を持っただけの三下か」

 0号の言葉に、男は眉をピクリと動かす。
 そして、0号を指さして叫んだ。

「いけ、テメエら! あの世間知らずのガキに大人の怖さを教えてやれ!」

 男の言葉を聞いて、構成員達が一斉に動き出す。
 無数に射出される氷に、地を這う冷気、0号を包む吹雪など、全てがSランク相当だ。

 が、0号はそれを前にしても動かなかった。
 
 相対しているのは借り物の力とは言え、大量のSランク。
 しかし。

(うーん、所詮はこの程度か)

 0号はその場に立ったまま攻撃を受け続けていた。
 彼女に触れる直前に、全ての氷が干渉を受け無力化される。

 が、構成員達はその事に気が付かずに絶え間なく攻撃を仕掛けていた。

(代理演算はどうしているのだろうか。これだけ大量の人間が能力を使用しているという事は天使が負荷を肩代わりしているのかもしれないねぇ)

 まったりとそんな事を考えた0号は、とりあえず全員を殺そうと考えた。
 そして動き出したその時だ。

「……っ!?」

 がくりと体から力が抜ける。
 思わずその場に片膝を付いた0号を見て、男は声を上げた。

「見ろ! 所詮はただのガキだ! 一人で何でも出来ると調子づくからそうなるんだ!」
「別に、お前たちの能力が効いているわけではないのだが」

 0号はそう言って、立ち上がる。

 が、その表情は怪訝そうであった。

(……急に魔力の供給量が減った。これはどういう事だ。今まで送られてきていた馬鹿みたいな魔力は何処へ?)

 0号は、魔力を元にこの世界に現れている。
 故に、その大元に異常があればすぐに異変が生じた。

 が、それすらも0号にとっては想定の範囲内である。

(こういう時のための監視カメラなんだねぇ^^)

 氷の攻撃を軽く捌きながら、0号は監視カメラの映像を展開した。
 部屋に設置された五つのカメラが映し出す映像。

 それは、0号にとって衝撃的なものだった。

「……は?」

 映像の中に映るのは、予想通り看病に来た厄介ファン達。
 ネームレスがいるのは予想外だが、まだ許容範囲内である。

 それよりも0号の脳を揺さぶったのは――幼女になった主の姿であった。

(な、なんだこの……なんだ?)

 リンカにおんぶをされてきゃっきゃと無邪気に笑う姿を見て、0号はすぐに映像を巻き戻す。

 そして、始まりがネームレスのトランスアンカーによるものだと理解した。
 同時に、自分の体に起こった不調の原因も。

(トランスアンカーによる大量の魔力消費か。成程、こういった使い方もあるんだねぇ)

 0号は素直にネームレスの行動を賞賛した。
 それから、彼女が始めたのは――。

(少しだけ、映像を見てみよう^^)

 目の前に敵がいるとしても、それは幼女になった主を見ない理由にはならない。
 が、0号はすぐにそれを後悔することになった。

(な、なんだこれ――か、可愛いがッ過ぎるぞッ! えっ、こんなに可愛いのか!? もう抱きしめてあげたいんだがぁ!?)

 今まで0号を構築していた美少女観の外の存在。
 それは、性癖と呼ぶにはあまりにも犯罪的で、そして魅力的であった。

 何よりも彼女の心を掴んで離さないのは、普段のソルシエラとのギャップである。
 
(ミステリアス美少女が、幼女の時は無邪気……そういうのもあるのか。それに、少し汗ばんだ相棒の姿……あまりにもエッチすぎる。こういう場合は、厳密にはロリではないからお触りOKなのだろうか)

 0号はデモンズギアとしての演算能力を駆使して、ロリコンとしての形を構築していく。
 怪物はこの日、さらに上位の怪物ロリコンへと至った。

(こうしてはいられない。早く、こいつらを殺して続きを見なければ)

 0号は、この日初めて本気を出すことにした。
 と言っても、一振りで全て事足りたのだが。

「……え?」

 男を除いた全ての人間の首が落ちる。
 血が噴き出し、辺りを真っ赤に染めていった。

「な、何をした貴様!」
「座標を指定し、全員の首の内側から収束砲撃を放っただけだが? これはまだあの子には出来ない技だから、あとで教えてあげないとねぇ^^」

 0号は、見開かれ血走った目で、ゆっくりと男に近づいていく。
 男はダイブギアを構えるが、既に凍結の能力は効果を失っていた。

「な、何故だ! 何故、能力が使えない!?」
「そんな玩具、触れずとも壊せるさ。脆いねぇ、大人の作る道具は」

 0号は一歩、また一歩と男へ向かいながら恍惚とした表情で言った。

「子供も、良いものだよ。純真無垢ゆえに、至れる領域があるからねぇ。……君も、そう思うだろう?」

 背後、0号の声が聞こえる。
 男の視界からは0号が消え去り、羽だけが舞っていた。

 咄嗟に振り返ろうとした男は、首に凄まじい痛みを覚え、動きを止める。

「が、ぁ、……ま、待て。情報ならいくらでも提供する……!」
「直接識るから君は死んでも構わないよ」

 そう言って、0号は男の脳へと干渉を始めた。
 今回は今までとは違い、脳の更に奥へと干渉を進める。

 その過程で男は息絶えたが、どうでも良い事だった。

「これだけの能力を大量に肩代わりするならば、天使しかいないだろう」

 0号が探るのは、男の能力使用の負荷の行先であった。

 不可視の回路を辿り、やがて0号の脳裏にとあるビルが映し出される。
 そして、巨大なモニターの中を泳ぐ亀の姿。

「見つけた」
 
 0号は笑みを浮かべる。
 そして、男の首から手を引き抜き地面へと放り投げた。

「……ふむ、相棒の体調も良くなったし、敵も案外大したことは無いな」

 そう考えた0号は、男の座っていた椅子に腰を下ろす。
 そして死んだ男の死体を足置き台にして、仮想ウィンドウを展開した。

 そこに映し出されるのは幼い相棒の姿。

「少しだけ、見ていこうねぇ^^」

 明らかに時間の無駄であり、優先順位は低い選択。
 
 欲望に負け、行動するその姿はあまりにも人間的なことに0号は気が付いていない。


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