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六章 星詠みの杖の優美なる日常

第177話 リンカとクラムの共同戦線

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 リンカとクラムは理解していた。
 
 ――これが、聖戦であることを。

「まあ客人は座ってなよ、後でたっぷり歓迎してあげるから」
「いやいや遠慮しないで。ケイは私にとっては大切な人だからさ。ねえ、看病は任せてよ」

 二人は笑顔のまま真正面をきって話を続ける。
 肝心のケイは高熱により、既にまともな思考ではなくなっていた。

 彼女の美少女IQは既に10を下回っており本能で動いている状態に近い。

(看病、される、美少女の、行動を……)

 生きるか死ぬかの瀬戸際で、死を克服(?)した彼女は完全に看病される側にモードを切り換えていた。

 少し苦しそうな呼吸のリズムも、潤んだ瞳も、どこか甘えるような表情も、ケイは本能のみで再現している。
 常に美少女であることを意識している彼女だからこそだ。
 その姿は、武を極めた達人に等しい。

「どちらでも、いいのだけれど、あまり騒がないで……」
「あ、ごめん」
「ケイ、大丈夫? 私、色々と聖遺物持ってるけど使う?」
「は? それズルじゃん」

 文句を言うクラムを他所に、リンカは拡張領域から聖遺物を取り出そうとした。
 が、ケイはそれを止める様に手を伸ばす。

「それは貴女のものでしょう? それに、これは天使による毒の様なものよ。並大抵の聖遺物では、太刀打ちできない」
「天使……!?」
 
 驚いた声を上げるリンカを見て、クラムは事情通のように胸をはって答える。

「この子は今天使の毒に侵されているの。今、0号がその天使を殺しに行っているところ」
「そ、そうなんだ……」

 リンカは内心で「じゃあ小競り合いをせずに真面目に看病するべきでは?」とふと思った。
 が、クラムの目を見ればその提案を出来る訳もない。

(あれは、捕食者の眼だ)

 銀の黄昏にいた彼女にはわかっていた。
 あの鋭い目は、獲物に狙いを定めている。

 おかゆがある辺り、看病もしようとしているようだが「あわよくば」が透けて見えた。

 が、リンカにはそれを非難する気など起きない。
 何故ならその気持ちが痛いほどにわかるからだ。

(なんか……今のケイってすごく、エッチかも……)

 リンカは悟られないようにケイの様子を窺う。
 ほんのりと朱に染まった頬に、体が火照っているのかパジャマの胸元が開かれている。
 ほんの少しだけ虚ろな目に僅かに空いた小さな口、何もかもがどう言う訳かそそるのだ。

(誘ってる……? 狙ってやってるって言われても納得するレベルだよこれー!)

 この場にトウラクを連れてこなくて良かったとリンカは心の底から思った。
 これから始まるのは看病という名の誘惑タイムである。

(いつもの強気な態度を崩さないようにしているけど、綻びがある。本当は辛いし、寝ていたいんだろうなぁ)

 普段とは打って変わって弱々しい彼女の姿に、リンカは心の奥底で薄暗い感情が膨れ上がっていくのを感じた。
 今の自分ならば、あのソルシエラに優位に立ち回ることができるのではないだろうか、そう考えてしまうのだ。

(っ!? そうか、だからクラムは私を呼んだんだ!)

 リンカは理解した。
 恋敵と言っても過言ではない自分を何故呼んだのか。

 その理由は、自分が理性を失わないようにするため。
 つまり、外付けの理性として自分をコントロールしてもらう為だったのだ。

 見れば、クラムがこちらに視線を向けている。
 リンカはケイに気が付かれないように頷いた。

 それを受けて、クラムも覚悟を決めたような顔をする。

(これから私達は、誘惑に打ち勝って!)
(ケイの看病を遂行する!)

 奇しくも、二人の心は一つであった。

「……まあ、そこまで言うなら、看病手伝わせてあげる」
「なんか偉そうだけど、まあいいや。ねえ、ケイは今何かしたい事とかある? ……あ、寝たいなら、正直に言ってね。病人に気を遣わせたくないから」

 看病とは言っても、恩の押し売りをしたいわけではない。
 ケイが一人になりたいというのなら、クラムを連れて出ていくまでである。

 リンカの提案を聞いたケイは、少し考える様に目を伏せた。
 そして、リンカを見上げて少し遠慮気味に口を開く。

「……たまにはこういう騒がしいのも悪くないわ。だから……貴女達さえ良ければここにいて」

 それは、普段の彼女であれば絶対に口にしない言葉であった。

「――ああ、成程。うん、わかったじゃあ」

 リンカは笑顔で頷く。
 そして。

「いったんキスしよっか」
「待て待て待て!」

 流れるような動作で一歩前に踏みだしたリンカを、クラムは慌てて止める。
 本気でキスをしに行っているリンカを人呑み蛙マーダーフロッグ達と一緒に止めたクラムは、そのまま彼女の首根っこを掴み部屋の端に移動した。

「なんでキスしようとしてんだよ馬鹿! アンタ誘った意味ないじゃん!」
「……ごめん」
「私はケイを本気で心配してんの。だから、この看病は健全に終わらせたいの! キスとか、そういうのはその……も、もっと雰囲気がいい場所でというか、私的にはケイから求めてくれた方が嬉しいんだけど」
「後半は知ったこっちゃないね。でも、健全な看病は了解だよ。うん、私はケイの為に来たんだから」

 二人は頷き合い、笑顔で振り返る。
 すると、そこにはベッドから抜け出しフラフラと何処かへ行こうとするケイの姿があった。

「ちょ、ケイ!?」
「ああっ、高熱の人間特有の謎の行動!」

 慌てて駆け寄る二人を見て、ケイはこてんと首を傾げる。

「どうしたのかしら二人とも」
「どうしたじゃないよ! 何しに行くの?」
「何かすることがあるなら私達が代わりにやるから!」

 必死に伝えると、ケイはのぼせ上がった表情のまま言った。

「汗をかいてしまったから、シャワーを浴びようと思って」
「命が惜しくないの?」
「ヤバいってこれ相当ヤバいって!」

 既に、ケイはいつもの聡明さを失っていた。
 
 彼女達は知る由もない事ではあるが、ケイの体調はこの短時間で凄まじいほどに悪化していた。
 その理由はただ一つ。

(リン×クラもあるいは……いや、ここにソルシエラもいれた三人組の需要……)

 そもそも美少女二人が看病に来ているという事実が、遅効性の毒のように効いてきたのだ。
 最適解は今すぐに二人が部屋を出ていくことなのだが、この美味しい状況を理性を失った美少女需要生産マシーンが逃がす訳もない。

 この場は既に、ケイの独壇場であった。

「ね、ねえ体温って測った?」
「まだ、だけど」
「あ、私体温計持ってきたよ。口の中に突っ込むタイプの」

 クラムはそう言って体温計を取り出す。
 そして体温計を構えたまま動きを止めた。

「どうしたのクラ――ぁ」

 視線の先には、口を開けたまま待つケイの姿。
 目を閉じて体温計が入るのを待っているその姿を見て、クラムの呼吸が次第に荒くなっていくのがわかった。

「クラム落ち着いて、マジで。ケイが相当ヤバイから、ここで私達まで狂ったら最悪ケイが死ぬ」
「わ、わかってる。じゃ、じゃあ入れるねー」

 クラムはケイの口に体温計を入れる。
 体温計を咥えたケイは、目を閉じたまま動かない。
 
(やばい……、今のケイ超可愛い……!)
(私は元銀の黄昏の諜報員。心は冷徹、機械のように。決して感情を表に出さず、任務を遂行するべき――)

 各々が悶絶する、恐ろしいほどに辛い数十秒であった。
 
「あ、もういいかな。取るよ」

 クラムは体温計をケイの口から引き抜く。
 体温計の先端は、彼女の唾液に濡れている。
 陽を受けてキラキラと輝くそれは、まるで至上の宝。

 何ものにも代えがたい星の輝きの様であった。

(間接キス……ケイと、間接キス……)

 体温計の先を見て、クラムは目を見開いたまま生唾を飲み込んでいた。
 そして無意識のまま体温計を口に運び――。

「さて何度かなー!」

 横から手を伸ばしたリンカに体温計を奪い取られた。
 ハッとして見れば、リンカは完全に感情を殺した目で先端をふき取りながら体温を確認している。

 その姿を見て、クラムは初めて彼女に感謝した。

(リンカがいてくれて良かった……! 私一人だったら既に五回はケイを襲ってる……!)

 今は、何よりも自分が恐ろしい。
 
「……え?」

 リンカは、体温の数値を確認して目を見開く。
 そして、信じられないような顔で言った。

「……よ、42℃」
「ヤバイじゃん!?」

 クラムはケイと体温計を交互に見る。
 当の本人は、ベッドの上にちょこんと座って首を傾げていた。

「……Sランクになると、これくらいの熱でもそんな感じなんだ」
「そんな訳ないでしょ! これヤバいって、病院にいかないと! てか天使なら理事会に報告してすぐにSランクに要請を――」
「待って」

 連絡を取ろうとしたリンカを見て、ケイは声を上げる。
 
「0号が、いるから大丈夫。あの子が必ず天使を殺してくれるわ……げほっ、げほっ!」
「っ、でもこのままじゃ……!」
「天使の毒は人間には有効よ。行っても被害者を増やすだけ。お願い……私の言う事を聞いて。ね?」

 今にも泣きそうな顔で、ケイはそう言った。
 普段と違って、余裕のない彼女は随分と表情を表に出している。

 そんなケイを見て、リンカは逡巡したが最後には苦虫を嚙み潰したような顔で頷いた。

「……わかった。でも、12時まで。それ以上は待てないよ。それ以降はこっちでも動き始めるから」
「ありがとう。……いつも、心配を掛けてごめんなさい」

 それはいつもなら絶対に聞かない言葉であった。

「っ、気にしないで!」
「そうだよ! だから、看病くらいはさせて。今だけは私達に甘えていいから」
「そう……わかったわ」

 クラムの言葉を聞いたケイは、ぽやっとした笑顔を作る。
 そして、口を開いた。

「じゃあ、体を拭いて貰おうかしら。シャワーが駄目でもそれくらいはいいでしょう?」
「「……は?」」
「駄目……かしら」

 悲し気に目を伏せるケイを見て、クラムとリンカは必死に首を横に振った。
 据え膳が目の前に現れたも同然の状況である。

「大丈夫! 拭くよ。ね、クラム!……クラム?」

 諜報員モードのリンカは笑顔で了承した。
 が、相方の様子がおかしい。

 見れば、いつの間にか手に何かを持っていた。

「ん?」

 クラムが手に持っていたのは、紫色のチョーカーらしきものであった。
 何やらハート型の鈴のようなものが付いているそれは、明らかに今出すべきものではない。

 それを両手でしっかり握りしめたクラムを見て、リンカは問い掛ける

「何それ」
「エッチ探知ッチ」

(やっばぁ、もう理性トんじゃってんだぁ!)

 そう判断してからのリンカの行動は迅速であった。

 クラムの腕を掴み、関節を固定し拘束するのに二秒。
 そのまま部屋から飛び出すのに一秒。

 それを見たケイの「あっ……」という悲しそうな声を振り切るのに体感一時間。

 僅か数秒で部屋を飛び出したリンカは、クラムを躊躇なくビンタしていた。

「……ハッ!?」
「本当に私がいてよかったね……」
「ありがとう、たすかった……マジで」

 心の底からの礼であった。

「で、それがエッチ探知ッチなんだ」
「うん。これを装着した相手を愛撫する。そうすると、装着者の感じる場所に触れた時この鈴がなるんだ」
「フェクトムどうなってんの? なんでこれを作ってんの?」

 エッチ探知ッチを見せて、至極真面目な顔で言うクラムを見てリンカはそう問わずにはいられなかった。

 クラムはただ一言「自慢のメカニックだよ」としか答えない。
 リンカの中で、フェクトムのメカニックは度し難い超変態へとランクアップした。

「とにかく、それはしまって。絶対に出さないで」
「で、でも体を拭くなんて……そんな……え、えええエッチじゃん!」
「それがケイの望みなんだから、やらなきゃいけないでしょ。しっかりして! アンタはケイの理解者なんでしょ!?」
「……ッ!」

 リンカの言葉に、クラムはハッと顔を上げる。

「本能に身を任せて襲ったら駄目。絶対に後悔する。きっとあの子はそれでも受け入れてしまう。けど、それじゃあ駄目だってわかるよね」
「……うん。ありがとう、もう大丈夫」
「いい目、できるじゃん」
「そっちこそ。じゃあ、行こうか」

 二人はフッと笑って拳をぶつけ合う。

 そして、扉を開けた。

「――あー、やっぱ魔力が多すぎるねー。これが天使の毒に過剰反応してるんだよ」
「……そう、なのね。ごほっごほっ」

 開けた扉の先、クラムとリンカは動きを止めた。
 そこにいたのは、既に上半身裸になったケイ。
 そして――その背をせっせと拭くネームレスの姿であった。

「ッ! まーちゃんズ!」 

 始めに動き出したのはクラムだった。
 召喚された大量の人呑み蛙が、ネームレスへと向かう。

 が、それは次の瞬間には塵一つ残さずに黒い焔で燃え尽きた。

「駄目だよ、ケイちゃんが具合悪いのに争っちゃ」
「……ネームレス、お前が言えた事か?」
「離れて、今すぐ」
 
 クラムとリンカの言葉を無視するように、ネームレスは体を丁寧に迅速に拭いていく。
 
 そして、どこかから取り出した新たなパジャマをケイに着せた。

「……ねえ、このパジャマ小さいのだけれど。ボタンも閉まらないし……」
「ああ、いいのいいの。すぐにしまるようになるから安心してね」

 ネームレスの言葉にケイは素直に頷く。

「ケイ、そいつネームレスだよ! 離れて!」
「っ、0号が不在の時に限って……!」

 未だに臨戦状態の二人を見て、ケイはようやくこの事態に気が付いた様だった。

「……ぁ、戦わ、ないと。――げほっ、うぅ」
「ああ、無茶しないで。0号もいないんだから、双星形態無しに私には勝てないよ。それに、今回は戦いに来たわけじゃない」

 ネームレスはそう言って、ケイから離れる。
 そして、何処からか白い椅子を取り出し座った。

「あなた達も一応座ったら?」
「っ、お前いい加減にし「この状況、私なら対応できるよ」……は?」

 今にも掴みかからん勢いのクラムに向けて、ネームレスはそう言った。
 彼女は椅子に座ったままケイを見つめて言葉を続ける。

「毒に侵されている……とは言っても、今回の場合はこの子の魔力量が多い事がここまで苦しんでしまう原因なんだよ。だから、それを取り除いてあげればいい」
「何か知ってるのかな? 良ければ教えてもらいたいんだけど」
「リンカ、アイツの言葉を信じるの?」
「今はそうするしかない。それに、大丈夫。嘘はついていない」

 リンカは言葉や動作の機微からおおよそ言葉の真偽をはかることが出来る。
 ネームレスは、嘘をついていない。それがリンカの答えだった。

「うん、流石リンカちゃん。それじゃ、教えちゃおうかな」

 ネームレスはそう言うと魔法陣を展開した。

「トランスアンカーは、ケイちゃんのために作られたと言っても過言ではない。その役割は、肉体の状態を固定すること。そうして星詠みの杖の浸食を防ぐのが主な目的なんだ」

 魔法陣がケイを包んでいく。
 当の本人は、既に抵抗するだけの気力もないのかただベッドでぐったりとしていた。

「ただ他にも使い方があってね、こうして魔力が多すぎるときにはガス抜きも出来る。指定した状態が、普段よりかけ離れていればそれだけ維持に魔力を消費するからね」

(まるで一度使ったかのような口振りだなぁ。それに、この会話のリズム……どこかで……)

 リンカは相手に悟られないように正体を探り始めていた。
 が、そんな彼女の思考を遮るようにネームレスはニッと笑って言う。

「だから、少しの間ケイには幼子になって貰おう。子供の形態は魔力の消費が激しいからね」
「「……は?」」

 二人の思考が完全にストップする。
 それだけ衝撃的な言葉であった。

 当然、ケイもまたベッドの上でそれを聞いている。

(……え、幼女……イベント……?)

 体とは裏腹に、魂はより一層輝き始めていた。
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