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六章 星詠みの杖の優美なる日常

第175話 クラムの献身的な愛

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  目の前に至高の夢が存在する時、人は手を伸ばす。

 それは当然のことで、言ってしまえばわざわざ表現するまでもない事であった。

 翼があり、空がある。
 だから鳥は飛ぶのだ。

 であれば、そこに夢があり、手を伸ばせば届くのであれば躊躇する必要があるだろうか。




 ――あるんだろうなぁ……。

「け、ケイ大丈夫? ほら、私おかゆ作ってきたよ……!」
「……けほっ」

 ベッドで半ば絶望に打ちひしがれていた俺だったが、朝の八時に来客があった。
 この場に絶対来て欲しいが、来ては駄目な人物。

 そう、綺羅螺クラムちゃんである。

「クラム、私フェクトムの共有グループに送ったわよね? 体調を崩したから、今日は部屋で寝ていると」
「うん。だから来たよ」

 正気か?
 目が据わってるんだけど。

「朝ご飯まだでしょ?」
「リンゴを食べたわ」

 そう言って、俺は空になった皿を指さす。
 すると、クラムはそれをジッと見つめて言った。

「それだけじゃあ駄目だよ。ほら、少しでいいから食べて。かつおだしからこだわって作ったおかゆだよ」
「……無駄に手間をかけたわね」

 おかゆってかつおだしが介入する余地あるの?
 あれってただの柔らかい米じゃねえのかよ。

 というか――。

「はい、あーん」

 うわああああああ!
 善意が殺しにきてるぅ!

「っ」
「どうしたの? あ、もしかして猫舌だった? ……もう、しょうがないなぁ。私が冷ましてあげるよ」

 そう言って、クラムちゃんはおかゆを一掬いして息を吹きかけ始めた。

 違う、そうじゃない。
 別に熱くて戸惑ったわけじゃない。

 問題なのは、美少女が美少女にあーんをして貰うこの状況なのだ。
 普段はミステリアスな美少女が体調を崩した時に見せるほんの少しの弱さ、それに応える献身的なクラムちゃん。

 何て素晴らしいんだ……! ブラボー!
 これは映像に残して後世に伝えるべき代物だ。

 美少女が美少女を看病する光景は、あまりにも美しくとても尊い。
 俺がこの光景を劇場で見ていたら、涙を流しながら惜しみない拍手を送っていただろう。

 それだけの価値がここには――。

「っ、げほっげほっ……うっ」
「大丈夫!? もしかして、私が思っている以上に具合が悪いんじゃないの!? 早く病院に――」
「それだけは駄目」
「え?」

 どうすんだよ、診断結果「ASMRに負けた」だったら。
 恥ずかしくてお天道様に顔向けできねえよ。

 医者も首傾げるわこんなの。

「……もしかして、0号が悪さをしているの?」
「……違うわ」
「そうなんでしょ! ねえ、私には隠さないでよ! 私には弱音を吐いても「ふふっ、落ち着きなさい」……ごめん」

 違うって言ってるじゃん。
 クラムちゃんってそうやって思い込むところあるわよね。
 良くないわよそういうところ。

 0号が出来る事なんて、ソルシエラの体を蝕むことくらいなんだから。
 ……じゃあ勘違いしても仕方ないな! ヨシ!

 けれど、今は0号不在なのでここで0号のせいにするのは得策ではない。
 折角だしこの機会に0号味方化フラグを立てておこう。

 このまま化物路線でいくと、いつか星詠みの杖君死んじゃうしね。
 それだけは絶対に駄目だから。

「あの子は……0号は何も悪いことはしていない。むしろ、あの子のおかげで私はこうして生きているの」
「……そうなの?」
「ええ、そうよ」

 俺はそう言ってクラムちゃんの頭を撫でる。
 美少女だから無罪! 美少女だから無罪!
 へへっ、所詮司法なんてこの程度だぜぇ!

 でもなんて言おうかしら。
 なんかカッコいい嘘……うーん、天使と戦ったことにでもしておくか。

「数日前、天使と戦ったの。けれど、殺しきれなかった」
「……っ!?」

 俺の言葉にクラムちゃんが息をのむ。
 はは、嘘だって。
 ジョークジョーク。ミステリアスジョーク!

「天使って……まさか、あの時戦ったやつと同じ!?」
「そう。世界に滅びを齎す天使。追いつめたのだけれど、流石に厄災と言われるだけはあるわね。……逃がしてしまった」

 俺は悲し気に目を伏せる。
 
 この時の美少女ポイント!
 ギリギリ見える位置で拳を握って、シーツを少し掴むんだ!
 そうすると、本当に後悔しているように見えるぞ!

「……ケイ」
「奴の毒に蝕まれた体は、今は使い物にならない。だから、今はあの子に託すしかないわ」
「……それが0号なんだね」
「そうよ。0号は私からの魔力の供給さえあれば、戦うことができる。高密度の情報体であるあの体には天使の毒は効かない。だから今回ばかりはあの子が戦うのが最適解なの(説明口調)」

 あとで星詠みの杖君と口裏合わせなきゃ……。

 しかしまあ、これで納得してくれただろう。
 同時に理解したはずだ、0号が天使と戦ってくれていると。

「0号はね、まだ人を理解しきれていないのよ。あの子はずっと薄暗い研究所の中で独りだった。星を見上げることすら叶わなかった」

 俺は無意味にダイブギアを撫でる。
 それから、頬を緩めた。

「全て、あの子なりの愛情表現なの。だから、私は受け入れる。0号の全てを契約者として」
「……その結果、傷ついているんだよ? ケイはそれでいいの?」
 
 クラムちゃんが辛そうな顔でそう言ってきた。
 
 美少女に辛そうな顔をさせたので、当然さらに体調が悪くなる。
 うっ、頭がクラクラする……。

 が、ミステリアススマイルを作れるだけの余裕はあるぞ!

「それが私の望みだから」
「……っ」

 あ、ヤバイ。
 脳が熱い。
 体がなんか燃えるように熱いんだけど。
 ミズヒ先輩来た? ミズヒ先輩に体内燃やされた?

「――なら、私も一緒に傷つく。貴女が地獄の底に堕ちるというなら、私も一緒に堕ちるから」

 怖い事を言いながら、クラムちゃんは俺に抱き着いてきた。
 こ、これはスチル……! 駄目だ、どれだけ思考を逸らそうとも俺の美少女脳が勝手に美少女需要を見出し、作り出してしまう……!

「っ、げほっ、げほっぁ……ぅ」
「ケイ! しっかりして!」

 クラムちゃんが必死に俺の名前を呼ぶ。
 が、俺は既に頭がぐわんぐわんしている。

 星詠みの杖君、すまない。
 
 すまないついでに、おかゆ喰ってもいいっすかね。
 こうなっちゃったからには……ね?

「私は、大丈夫よ」
「でも……」
「それより、それ。食べさせてくれるんでしょう? 貴女、料理上手だものね。楽しみだわ」
「っ、そうだよ。私、ヒカリに教わって上手くなったんだ。ケイに喜んで欲しいから」

 これ以上美少女ポイントを加算しては駄目だクラムちゃん!
 俺の体が爆発してしまうぞ!

 そうなれば爆心地から半径一万キロ圏内に美少女粒子がばらまかれてしまう!

 大人しくあーん、だけしていてくれ!

「それじゃあ、頂こうかしら」
「う、うん。……あ、あーん」
「――ッ!?」

 今までのぐいぐい来る姿勢から一転。
 ほんのり頬を染めて、若干の上目遣いをしながらクラムちゃんはおかゆを一口差し出してきた。

 その瞬間、俺の心臓は一度止まった。

「――――――」

 天使ですら殺せなかった俺に突然の死が訪れる。

 しかし、それは終わりを意味していなかった。
 体内を駆ける美少女粒子が即座に活性化し心臓を動かしはじめたのである。
 俺の美少女に対する愛が肉体に作用し、己の体を再び死の淵から引き上げたのだ。

 それは、星が輝くが如き真の命の光。
 美少女のあーんを前に死ぬことはできないという俺の意思が起こした奇跡であった。

「ど、どうかな。美味しい?」
「ええ、死んでしまうほどに美味しいわ」
「そ、そっか……うん、よかった」

 俺もよかった。
 生きててよかった。

 そしてなんと甘美なる一口であったか。
 クラムちゃんにより「あーん」されたおかゆは三ツ星を遥かに凌駕する美味しさであった。

 うん、体も順応してきたしこれならクラムちゃんに看病してもらっても数回死ぬだけで済みそうだ!

「じゃ、じゃあ二口目」
「ふふっ、貴女が緊張してどうするのよ。ほら、リラックスなさい」

 体調は滅茶苦茶悪いけど、何とかなりそうだ。
 ここで他の美少女とか入ってきたら流石にやばいけどね。

 あの世とこの世の反復横跳び始めちゃうからさ。

「ケイ、口開けて」

 クラムちゃんはスプーンを片手にそう言った。
 それに合わせて、俺が口を開けたその時である。

「――ケイ、風邪だって聞いたから来たよ。開けていい? 開けるね(早口)」

 爆速早口が聞こえたかと思えば、次の瞬間には扉が開いた。
 そして入ってくる誰かの気配。

 見れば、それは眼がキマっているリンカちゃんであった。
 なんで?????

「私、看病、得意。だから、任せて……!」

 血走った目でそう告げるリンカちゃんを見て、隣から小さな舌打ちが聞こえる。

「……わざわざ来てくれたんだ。でも大丈夫だよ。ケイは私が看病してるから」
「いやいやいや、一人じゃ大変でしょ。手伝ってやるって言ってんの」
「へぇ……」
「あはは」

 リンカちゃんとクラムちゃんはお互いに笑みを浮かべて見つめ合っている。
 仲が良いな、ヨシ!

 しかしまいったな……まさかリンカちゃんまで来てくれるとは……。
 なんだか凄いことになっちゃったぞ。

 これは、さらに何度か死ぬことになりそうだ。
 もってくれよ俺の身体ッ……!

「けほっ……ふふっ、二人とも楽しそうね」

 俺は覚悟を決める。
 この戦い、俺は勝たなければならない。

 ここからが、オーバーミステリアス看病タイムだッ! 


 
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