178 / 236
六章 星詠みの杖の優美なる日常
第174話 リンカと親愛なる友人達
しおりを挟む吾切リンカはうんざりしていた。
夏の日差しは、まだ昼前だというのに唸ってしまうほどに暑く、コンクリートジャングルでは尚更だ。
御景学園の自治区は多く存在し、避暑地なども存在している。
が、今彼女がいる場所は違った。
立ち並ぶ多くの建造物は全てが医療施設。
塔花救護学校の次に規模の大きいそこは、ダンジョンコアを一つ丸々使用した医療区であった。
(くっそ暑い……もう空もダンジョンで覆っちゃえばいいのに)
憎たらしいほどに輝いている太陽を見て、リンカは忌々し気に顔を顰める。
そして、彼女がうんざりしているのは後ろの二人も原因であった。
「――本当に、大丈夫? まだ辛いなら、僕がおんぶするけど」
「大丈夫よ。まったく心配性ね。今まで軽い運動くらいしかできなかったんだから、これ以上体が鈍ったら困るでしょう?」
「それは、そうだけど……」
「まあ、その気遣いは嬉しいわ……ありがとう」
「ミハヤ……」
背後、親し気に会話するトウラクとミハヤ。
彼等が、リンカのイライラを加速させていた。
(なんで、病院出てからずっとイチャコラしてんだあの二人はぁ! こっちの身にもなってみやがれってんだ! ルトラちゃんだって、気まずそうに――いや、なんか楽しそうなんだけど)
チラリとルトラを見てみれば、ミハヤとトウラクに手を引かれて笑顔である。
その姿は、完全に仲良し家族でしかなかった。
(くっ……羨ましい……! 私も、私だって……!)
リンカの脳内に浮かぶのは、白いワンピースを着て微笑む蒼銀の髪の少女。
呪縛から解放され、等身大の少女の笑顔をこちらに向ける彼女は、無邪気に手を振っている。
夏の暑さが見せた幻だった。
「確か、今は六波羅っていう人と訓練しているのよね? 今日もこの後訓練するの?」
「いや、今日は休みだよ。どうしても、その……君と一緒に過ごしたくて」
「……ばか、やけに積極的じゃない」
(なんで昼間っからこんなにイチャつけんだ。っていうか、トウラクが想像以上に成長しすぎたんだけど! 六波羅さんやり過ぎだってー!)
トウラクの技量は既に完璧と言って差支えないものである。
彼は既に、人が到達する限界にいた。
故に、六波羅が提案した訓練の殆どが、精神を鍛える類。
トウラクという人間をさらに高みへと至らせるために必要な最後のピースが彼自身の心の強さであると理解していたのだ。
(メンタルの不調が原因だとはわかってたけど、けど……なんでこんなに完璧に仕上げちゃうのさ……てか、あの人なに? 人相悪いけど、昨日の訓練とかレモンの蜂蜜漬け持参してたし。頻繁にご飯奢ってくれるし。良い人? 良い人なの?)
結果として、六波羅との訓練は大成功であった。
その中でも成果が大きかったもの、それは――ソルシエラに対する向き合い方である。
「……ミハヤ、僕はソルシエラを、ケイ君を助けたいと思っていた。けど、それは違ったんだ」
突然、そうトウラクが言葉をこぼす。
彼の表情からミハヤは、今までのやたらと回る口が彼なりに緊張をほぐそうとした結果だとすぐに理解した。
不器用ながらも、自分の考えを告げようとするトウラクを彼女は静かに待つ。
彼の緊張が伝わったのか、ルトラがさらに強くミハヤの手を握った。
「僕は、彼女の隣に立ちたい。あの子を守るんじゃなくて、あの子と一緒に戦いたい。だから、力を貸してほしいんだ」
「……そっか。それが、アンタの答えなんだ」
トウラクは頷く。
「僕はずっとケイ君を助けるべき弱い存在として見てしまっていた。無意識のうちに見下していたんだ……六波羅さんに指摘されるまでは気が付かなかったよ」
自嘲気味に笑うトウラク。
だが、次に彼が顔を上げた時には、その表情はさっぱりとしたものになっていた。
「だから、もうあの子は助けない。助けるんじゃなくて、一緒に戦いたい。そして、それは僕だけじゃなくて、皆がいいんだ。皆であの子の隣に立ちたいんだ」
トウラクの言葉を静かに聞いていたミハヤは「……そうだね」と静かに答える。
そして、いたずらっ子のように笑った。
「あっちが嫌だって言っても、無理矢理にでも隣に立ってやろう。そして、一人で悲劇のヒロイン気取るなって言ってやるんだから!」
「そ、そこまで言うつもりはないんだけど」
今まで静観していたルトラはこの時初めて口を開いた。
「私は言う。ついでに、姉さんも煽る」
「ルトラだけ方向性違くない? ねえ、別に戦う訳じゃないよ?」
「私達の有用性を示すために一度ソルシエラと本気で戦うべき。トウラク、今の私達ならアレで斬れる。絶対に」
力強く頷くルトラを見て、トウラクは苦笑いをした。
そんな二人を見て、ミハヤは首を傾げる。
「アレって何?」
「私達の最終形態。星斬を超えた星斬」
「と言っても、まだ一分も維持できないけどね」
「ふーん……私も早く戦線に復帰しないと。アンタ達に置いていかれちゃうわ」
ミハヤは楽し気にそう言った。
それから、手を繋いだまま駆け出す。
ミハヤに手を引かれたルトラが釣られて走り出し、それにさらに引っ張られたトウラクも慌てて後を追う。
ミハヤの向かうその先には、一人少し先を行くリンカの姿があった。
「当然、アンタも一緒に戦ってくれるのよね?」
そう言って、ミハヤはリンカの肩に手を回す。
突然の事に驚いたリンカは、肩を一度震わせてミハヤ達を見る。
期待の籠った彼女達の瞳を見て、リンカは力の抜けた笑顔を浮かべた。
(イチャイチャしておけばいいのに、そうやって私まで輪に入れようとして……)
そう思いつつも、リンカはまんざらでもなさそうに言った。
「任せてよ。むしろ、貴方達の出番ないかもねー」
「へえ、随分と強気じゃない」
「ま、潜ってきた修羅場の数が違いますから。ね?」
「むぅ……私がいない間に三人とも成長しすぎじゃない? ちょっと疎外感感じるわね。私も六波羅っていう人にトレーニングお願いしようかしら」
「止めた方が良いと思うよ」
「うんうん」
リンカは冷静にそう言うと、トウラクが隣で頷く。
ミハヤと六波羅の二人を見ているリンカとトウラクだからこそわかる。
この二人は、あまりにも気が合い過ぎるのだ。
(二人でずっと訓練してそう……そしてそれに巻き込まれそう)
ミハヤが元気になった事は喜ばしい。
が、そのおかげで、非戦闘員である自分まで稽古をつけられる気がしてならないのだ。
(ま、そうなったら私は理由をつけて逃げますけどね。ごめん、トウラク。二人の相手は君にしてもらう事になる)
トウラクに対して脳内で合掌する。
その時、リンカのダイブギアから通知音が響いた。
誰かからメッセ―ジが届いたらしい。
「あ、ちょっとごめんねー」
断りをいれて、リンカはさっとその場から離れる。
開いてみれば、それは好敵手からのメッセージであった。
(クラムか……)
彼女とは、連絡先を交換して以降意外にもやり取りをすることが多い。
その大半がソルシエラに関するマウント合戦ではあるが、険悪な仲ではない事だけは確かだ。
(この子とも協力する日が来るんだろうな)
0号と戦うには人数が足りない。
だから、手を取り合う必要があった。
いつか本気で戦うことになるとしても、その時だけは力を合わせる必要がある。
(案外、いいコンビになれたりして)
いつの日か来るであろう決戦を想像しながら、リンカはふっと微笑む。
(話してみれば案外悪い奴じゃないしね。今度、普通にランチでも誘おうかな)
そんな事を思いながら、メッセージを開いた。
『イェーイWWWWW 自称協力者のリンカちゃん見てるー? 今から君の大事なソルシエラの事、看病してヨシヨシしちゃいまーすWWWWW おかゆ、あーんで食べさせちゃいまーす!WWWWWWW』
その言葉と共に、おかゆをお盆に乗せたクラムの写真が送られてくる。
流石は元配信者。
完璧な構図で、自分がもっとも可愛くなるように映していた。
背後には、ソルシエラの自室であろう扉。
つまり、これからクラムは看病という名の抜け駆けをしようとしているらしい。
「――は?」
普段の彼女からは考えられない低い声。
銀の黄昏で培った冷静な思考など、怒りの炎で既に焼却されきっていた。
「リンカ、どうしたの?」
彼女の変化を感じ取ったトウラクが近づいてくる。
リンカは、振り返ると完璧な笑顔を貼り付けて言った。
「私、ちょっと用事できちゃった」
キレたリンカが使い捨て転移魔法装置(五百万円)を使用しフェクトムに行くまで、あと二秒。
33
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう
果 一
ファンタジー
目立つことが大嫌いな男子高校生、篠村暁斗の通う学校には、アイドルがいる。
名前は芹なずな。学校一美人で現役アイドル、さらに有名ダンジョン配信者という勝ち組人生を送っている女の子だ。
日夜、ぼんやりと空を眺めるだけの暁斗とは縁のない存在。
ところが、ある日暁斗がダンジョンの下層でひっそりとモンスター狩りをしていると、SSクラスモンスターのワイバーンに襲われている小規模パーティに遭遇する。
この期に及んで「目立ちたくないから」と見捨てるわけにもいかず、暁斗は隠していた実力を解放して、ワイバーンを一撃粉砕してしまう。
しかし、近くに倒れていたアイドル配信者の芹なずなに目撃されていて――
しかも、その一部始終は生放送されていて――!?
《ワイバーン一撃で倒すとか異次元過ぎw》
《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》
SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!?
暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する!
※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。
※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる