上 下
170 / 236
五章 決めるぜ! ミステリアスムーブ!

第167話 終幕! 世界は今日も廻っている!

しおりを挟む

 リュウコが何とか地下劇場から脱出した時には、辺りは既に夕陽で染まっていた。

「……や、やっと出れたぁ」

 複雑な道は、今までの戦いで疲労困憊のリュウコにとっては随分と長い物のように思える。
 そんな主を慰めるように、真っ白な龍となったバルティウスは主に擦り寄った。

 その背には容姿のよく似た二人の少女。
 青い髪や顔だちなどがよく似ている彼女達は、年の離れた姉妹にも見える。

「目覚めたら面倒くさいなぁ。眠らせとくか……? そういう逸話のストックあったっけ?」

 リュウコはぶつぶつ呟きながら、歩みを進める。
 すると、彼女へと声が掛けられた。

「あ、リュウコちゃーん! ケイちゃん、こっちにいたよ!」
「ん? ……あ、二人ともぉ!」

 見れば、トアとケイがリュウコを見て手を振っていた。
 リュウコは知り合いに出会えた喜びから、最後の力を振り絞って駆け寄る。

「よがっだー! 皆いぎでるー!」
「うわっ、だ、大丈夫!?」
「大丈夫……うん。私、今回すんごく頑張ったよね……!」
「そうだね。うん、リュウコちゃんは凄く頑張ってたと思う」

 ケイの言葉に、リュウコは感極まって抱き着く。
 そして、そのまま胸の中で号泣し始めた。

「うわーん! 素直に褒めてくれる人好きぃ! 他の人たちは全然褒めてくれないんだよ!? 前なんて「あ? てめェなら出来て当然だろ」とか「褒める程の事じゃないですねー」とかさぁ! キリカちゃんは既読無視だしぃ!」
「つ、辛かったねー」

 ケイはなんとか笑顔を保ちながらリュウコの頭を撫でる。
 その姿を見て、トアは一瞬ムッとしたが次の瞬間には笑顔で言った。

「私も褒めてあげるよー。おいでー」
「う、うわああああん! 二人とも好きぃ! フェクトムあったかいよぉ! 私もフェクトムに行くぅ!」
「学園間のバランスが崩壊するから駄目だよ」

 トアは意外にも冷静にそう答えた。
 リュウコは聞こえていなかったのか、ずっと胸の中で泣きじゃくっている。

「怖い人ばっかりだったよ今日はぁ! 学者とかぁ、ソルシエラとかぁ! なんで怖い人ばっかり来るの……? どこにでもいる普通の女子高生には荷が重いよぉ!」
「「どこにでもいる……?」」

 学者の野望を打ち砕き、ソルシエラと相対しても生還した。
 字面だけで言えば英雄である彼女は、もはや「どこにでもいる」の肩書きは謙遜の域を超えている。

 が、それでも彼女は、賞賛されない。
 なぜならば、助けられた人々が全員洗脳状態であり、誰も今回の事を覚えていないからだ。

 学者という悪党の事も、Sランクのクローンを巡った戦いも、大衆は知らない。

「うぅ……褒めてぇ」
「偉い偉い。いっぱい頑張ったね。すごく偉いよー」
「仮に頑張ってなかったら偉くないの?」
「え?」

 リュウコは顔を上げて、半泣きでそう問い掛ける。

 彼女が滅多に褒められない理由。
 それは他のSランクしか知らないことだが、褒めたら褒めたで面倒な事になると知っているからだった。

「普段の頑張ってない私は偉くない凡骨のカスって事?」
「……う、ううん。普段のリュウコちゃんも偉いよー!」
「うわあああん! トアちゃん大好きー!」

 再び胸に顔をうずめてリュウコは叫ぶ。
 トアは若干呆れた表情を浮かべていた。

 が、頭を撫でる手は止めず、「偉い偉い」と言い続ける。
 ケイは、そんな彼女達を微笑ましいものを見る目で見つめていた。

「…………トアちゃんの方が、ケイちゃんよりフカフカしてるんだね」
「リュウコちゃん?」
「ヒェッ」

 頭上から聞えてきた底冷えする程に恐ろしいトアの声にリュウコは謝罪しながら飛びのく。

「ご、ごめん! でも、ああやって抱き着いたら比べちゃうじゃん!?」
「別に怒ってはないけど、急にそういう事言うの止めてね。その……恥ずかしいから」
「う、うん。言わない、比べない! ケイちゃんもごめん!」
「いや私は別に……」

 特に気にしていないケイは、表情一つ変えずにそう言った。
 が、トアはすかさずケイの手を握ると何度もうなずく。
 
「大丈夫だよケイちゃん。ケイちゃんのも大きさはまあアレだけど形は綺麗だから! 魅力あるから!」

 いらないフォローであった。

「……トアちゃんやっぱり見た事あるんだ」
「勿論!」
「ないけど? というか「やっぱり」って何? 私がいない間に何を話したの?」
「「……」」
「ねえ、なんで目を逸らすの? 二人とも? ねえったら」

 ケイの問い掛けに二人は答えることはない。
 リュウコはケイの耳へと目をやって、フッと微笑んだ。

「その笑みはなに?」
「…………あ、良かったら夕飯も一緒にどうかな? というか、氷凰堂レイ本人が目覚めるまでは一緒にいてくれると助かるんだけど」

 バルティウスの背の上で、未だにレイは眠っている。
 リュウコとしては氷凰堂レイを二人も同時に相手したくはなかった。

「うん、いいよ。……あ、夕飯はヘルシーなのがいいな。お肉というよりもサラダとか」
「食べ過ぎたからねー。いいよ、付いて来て。美味しい店を紹介するよ!」
「ねえ、なんで笑ったの? 二人は何を話してたの? ねえったら――」

 少女たちは、年相応の笑みを浮かべながら夕陽に染まった街を歩く。
 龍を引き連れているが、それもこの都市ではそう珍しくはない光景だった。






 



「――あ、ケイとトアあっちでご飯食べてくるんだ」

 クラムは送られてきたメッセージを見て、声を上げた。
 訓練ルームの端に設置されたベンチを贅沢に使い、仰向けに寝そべる彼女は明らかに退屈を持て余していた。

「……ケイからのメッセージ?」
「そうだけど、何か?」

 クラムは、近くに座っているリンカを見て、勝ち誇った顔をした。

「別に普通じゃない? 同じ学園なんだし、ねぇ?」
「……チッ」
「あれ、何か気に障ることしちゃった? ……なーんて嘘嘘。冗談だって」

 クラムは起き上がり、ヘラヘラと笑う。
 対してリンカは、明らかに不機嫌そうだった。

「別に気にしてないけど? 連絡先なんて少しハッキングしてやればわかるし」
「選択肢がナチュラル犯罪過ぎる……じゃなくてー、ほら連絡先あげるよ」

 クラムの言葉に、リンカは弾かれたように顔を上げた。
 信じられないものを見たとでも言わんばかりにその表情は驚きに染まっている。

「な、何が目的?」
「別に? 今日だって、突然押しかけてこうしてデモンズギアの特訓に混ぜて貰ってるでしょ。そのお礼も兼ねてだよ。それに――」

 クラムは真剣な眼差しと共に言った。

「0号を相手にするなら味方は多い方が良いでしょ」
「……それもそうだね。ありがたく貰っておこうかな」

 リンカとクラムは互いにソルシエラを奪い合うライバルと認識していた。
 が、今は争っている場合ではないと理解している。

 呉越同舟。
 二人はどちらとも、使えるものは何でも使うタイプの人間であった。

「じゃあ、こっちもケイの写真を……」
「え!? いつの間にそんなものを!?」
「ふっふっふ、企業秘密です」

 差し出された写真には、プライベートなケイの姿が映っている。
 クラムはこの時初めて心の底からリンカへと感謝をした。

「あ、ありがとう……! じゃあ、こっちもあの子の性感帯がわかったら教えるね」
「え? …………え?」
「帰ったらエッチ探知ッチを見つけないと」
「エッチ探……え、なに?」
「うちのメカニックは優秀なのがいるんだよ」

 クラムの渾身のどや顔を前にリンカは思う。

(とんでもない変態メカニックがいるんだなフェクトムって)

 本人の知らないところでミユメの評価がだだ下がりであった。

「二人で楽しそうになに話してるんですかぁ? 混ぜてくださいよぉ!」
「あ、エイナ」
「げっ、エイナ」

 ひょっこり顔を出したエイナを見て、二人はそれぞれ違う反応を示す。
 特にクラムの反応は露骨に嫌そうであった。

 が、エイナはそういう相手とわざと親しくする嫌がらせも大好きなので気にせず絡みに行く。
 近くに六波羅がいるため、安心して相手を馬鹿にできるのも理由の一つだろう。

「そんな嫌そうな顔しないでくださいよぉ! じょ・う・か・ちゃ・ん? ねぇ」
「くっ……コイツ……!」
「おつ浄化ー! ってやってくださいよ。ねえ、あれ好きなんすよぉ、へへっ」

 顔をみるみる赤く染めていくクラムを見て、エイナはデモンズギアの演算能力を全力で使用してさらに煽る。

「髪の毛ももっと露骨に染めてましたよねぇ? キャピキャピぶりっ子配信者の貴女はどこにいったんですかぁ?」
「……チッ」
「クラム……」
「む、昔の話だから! もうしてないから!」
 クラムは必死にそう答える。
 リンカの目は玩具を見つけたように輝いていた。

 これはマズいと思ったクラムはすかさず話題を変える。

「というか、エイナは執行官の所に戻りなよ! ほら、怒られるよ?」
「もう今日は終わりらしいですぅ。まあ、トウラクが限界ですからねぇ。それに、あっちの人も何か掴めたようで」

 そう言って、エイナは部屋の中心へと目をやる。




「――よォし、終わりだ。今日はもう戦わねェ。飯食うぞ飯」

 六波羅は汗一つかいた様子はなく、涼し気な顔だった。
 彼の目の前では、トウラクが大の字で倒れている。
 
「大丈夫? トウラク。はい、お水」
「ありがとう、ルトラ」

 ルトラから水を貰い、トウラクは貪るように飲み干す。
 六波羅とは対照的に彼は全身汗まみれで息が上がっていた。

 が、その顔はどこか晴々としている。

「今日の感覚は忘れんな。教えたイメージトレーニング欠かすんじゃねェぞ」
「はい、ありがとうございます」

 六波羅は何も言わずに片手を上げて返事をする。
 そして。

「それで……お前も掴めたか? 生徒会長さんよォ」

 六波羅が声を掛けた先には、ミロクがいた。

 珍しくフェクトムのトレーニングウェアを身に纏った彼女もまた、トウラクのように滝のような汗を流している。
 ミロクには六波羅の問いが聞こえなかったのか、答えない。

 彼女の傍では、シエルとミユメが心配そうに彼女の顔を覗き込んでいた。

「ミロクさん、大丈夫っすか?」
「体に不調があれば教えてください。無理は禁物です故」

 手のひらを見つめたまま、ミロクは目を見開いている。

「これが、デモンズギアの力……」

 呟く彼女の手のひらで、小さく翡翠色の稲妻が走った。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

令和の俺と昭和の私

廣瀬純一
ファンタジー
令和の男子と昭和の女子の体が入れ替わる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう

果 一
ファンタジー
目立つことが大嫌いな男子高校生、篠村暁斗の通う学校には、アイドルがいる。 名前は芹なずな。学校一美人で現役アイドル、さらに有名ダンジョン配信者という勝ち組人生を送っている女の子だ。 日夜、ぼんやりと空を眺めるだけの暁斗とは縁のない存在。 ところが、ある日暁斗がダンジョンの下層でひっそりとモンスター狩りをしていると、SSクラスモンスターのワイバーンに襲われている小規模パーティに遭遇する。 この期に及んで「目立ちたくないから」と見捨てるわけにもいかず、暁斗は隠していた実力を解放して、ワイバーンを一撃粉砕してしまう。 しかし、近くに倒れていたアイドル配信者の芹なずなに目撃されていて―― しかも、その一部始終は生放送されていて――!? 《ワイバーン一撃で倒すとか異次元過ぎw》 《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》 SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!? 暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する! ※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。 ※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...