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五章 決めるぜ! ミステリアスムーブ!
第167話 終幕! 世界は今日も廻っている!
しおりを挟むリュウコが何とか地下劇場から脱出した時には、辺りは既に夕陽で染まっていた。
「……や、やっと出れたぁ」
複雑な道は、今までの戦いで疲労困憊のリュウコにとっては随分と長い物のように思える。
そんな主を慰めるように、真っ白な龍となったバルティウスは主に擦り寄った。
その背には容姿のよく似た二人の少女。
青い髪や顔だちなどがよく似ている彼女達は、年の離れた姉妹にも見える。
「目覚めたら面倒くさいなぁ。眠らせとくか……? そういう逸話のストックあったっけ?」
リュウコはぶつぶつ呟きながら、歩みを進める。
すると、彼女へと声が掛けられた。
「あ、リュウコちゃーん! ケイちゃん、こっちにいたよ!」
「ん? ……あ、二人ともぉ!」
見れば、トアとケイがリュウコを見て手を振っていた。
リュウコは知り合いに出会えた喜びから、最後の力を振り絞って駆け寄る。
「よがっだー! 皆いぎでるー!」
「うわっ、だ、大丈夫!?」
「大丈夫……うん。私、今回すんごく頑張ったよね……!」
「そうだね。うん、リュウコちゃんは凄く頑張ってたと思う」
ケイの言葉に、リュウコは感極まって抱き着く。
そして、そのまま胸の中で号泣し始めた。
「うわーん! 素直に褒めてくれる人好きぃ! 他の人たちは全然褒めてくれないんだよ!? 前なんて「あ? てめェなら出来て当然だろ」とか「褒める程の事じゃないですねー」とかさぁ! キリカちゃんは既読無視だしぃ!」
「つ、辛かったねー」
ケイはなんとか笑顔を保ちながらリュウコの頭を撫でる。
その姿を見て、トアは一瞬ムッとしたが次の瞬間には笑顔で言った。
「私も褒めてあげるよー。おいでー」
「う、うわああああん! 二人とも好きぃ! フェクトムあったかいよぉ! 私もフェクトムに行くぅ!」
「学園間のバランスが崩壊するから駄目だよ」
トアは意外にも冷静にそう答えた。
リュウコは聞こえていなかったのか、ずっと胸の中で泣きじゃくっている。
「怖い人ばっかりだったよ今日はぁ! 学者とかぁ、ソルシエラとかぁ! なんで怖い人ばっかり来るの……? どこにでもいる普通の女子高生には荷が重いよぉ!」
「「どこにでもいる……?」」
学者の野望を打ち砕き、ソルシエラと相対しても生還した。
字面だけで言えば英雄である彼女は、もはや「どこにでもいる」の肩書きは謙遜の域を超えている。
が、それでも彼女は、賞賛されない。
なぜならば、助けられた人々が全員洗脳状態であり、誰も今回の事を覚えていないからだ。
学者という悪党の事も、Sランクのクローンを巡った戦いも、大衆は知らない。
「うぅ……褒めてぇ」
「偉い偉い。いっぱい頑張ったね。すごく偉いよー」
「仮に頑張ってなかったら偉くないの?」
「え?」
リュウコは顔を上げて、半泣きでそう問い掛ける。
彼女が滅多に褒められない理由。
それは他のSランクしか知らないことだが、褒めたら褒めたで面倒な事になると知っているからだった。
「普段の頑張ってない私は偉くない凡骨のカスって事?」
「……う、ううん。普段のリュウコちゃんも偉いよー!」
「うわあああん! トアちゃん大好きー!」
再び胸に顔をうずめてリュウコは叫ぶ。
トアは若干呆れた表情を浮かべていた。
が、頭を撫でる手は止めず、「偉い偉い」と言い続ける。
ケイは、そんな彼女達を微笑ましいものを見る目で見つめていた。
「…………トアちゃんの方が、ケイちゃんよりフカフカしてるんだね」
「リュウコちゃん?」
「ヒェッ」
頭上から聞えてきた底冷えする程に恐ろしいトアの声にリュウコは謝罪しながら飛びのく。
「ご、ごめん! でも、ああやって抱き着いたら比べちゃうじゃん!?」
「別に怒ってはないけど、急にそういう事言うの止めてね。その……恥ずかしいから」
「う、うん。言わない、比べない! ケイちゃんもごめん!」
「いや私は別に……」
特に気にしていないケイは、表情一つ変えずにそう言った。
が、トアはすかさずケイの手を握ると何度もうなずく。
「大丈夫だよケイちゃん。ケイちゃんのも大きさはまあアレだけど形は綺麗だから! 魅力あるから!」
いらないフォローであった。
「……トアちゃんやっぱり見た事あるんだ」
「勿論!」
「ないけど? というか「やっぱり」って何? 私がいない間に何を話したの?」
「「……」」
「ねえ、なんで目を逸らすの? 二人とも? ねえったら」
ケイの問い掛けに二人は答えることはない。
リュウコはケイの耳へと目をやって、フッと微笑んだ。
「その笑みはなに?」
「…………あ、良かったら夕飯も一緒にどうかな? というか、氷凰堂レイ本人が目覚めるまでは一緒にいてくれると助かるんだけど」
バルティウスの背の上で、未だにレイは眠っている。
リュウコとしては氷凰堂レイを二人も同時に相手したくはなかった。
「うん、いいよ。……あ、夕飯はヘルシーなのがいいな。お肉というよりもサラダとか」
「食べ過ぎたからねー。いいよ、付いて来て。美味しい店を紹介するよ!」
「ねえ、なんで笑ったの? 二人は何を話してたの? ねえったら――」
少女たちは、年相応の笑みを浮かべながら夕陽に染まった街を歩く。
龍を引き連れているが、それもこの都市ではそう珍しくはない光景だった。
■
「――あ、ケイとトアあっちでご飯食べてくるんだ」
クラムは送られてきたメッセージを見て、声を上げた。
訓練ルームの端に設置されたベンチを贅沢に使い、仰向けに寝そべる彼女は明らかに退屈を持て余していた。
「……ケイからのメッセージ?」
「そうだけど、何か?」
クラムは、近くに座っているリンカを見て、勝ち誇った顔をした。
「別に普通じゃない? 同じ学園なんだし、ねぇ?」
「……チッ」
「あれ、何か気に障ることしちゃった? ……なーんて嘘嘘。冗談だって」
クラムは起き上がり、ヘラヘラと笑う。
対してリンカは、明らかに不機嫌そうだった。
「別に気にしてないけど? 連絡先なんて少しハッキングしてやればわかるし」
「選択肢がナチュラル犯罪過ぎる……じゃなくてー、ほら連絡先あげるよ」
クラムの言葉に、リンカは弾かれたように顔を上げた。
信じられないものを見たとでも言わんばかりにその表情は驚きに染まっている。
「な、何が目的?」
「別に? 今日だって、突然押しかけてこうしてデモンズギアの特訓に混ぜて貰ってるでしょ。そのお礼も兼ねてだよ。それに――」
クラムは真剣な眼差しと共に言った。
「0号を相手にするなら味方は多い方が良いでしょ」
「……それもそうだね。ありがたく貰っておこうかな」
リンカとクラムは互いにソルシエラを奪い合うライバルと認識していた。
が、今は争っている場合ではないと理解している。
呉越同舟。
二人はどちらとも、使えるものは何でも使うタイプの人間であった。
「じゃあ、こっちもケイの写真を……」
「え!? いつの間にそんなものを!?」
「ふっふっふ、企業秘密です」
差し出された写真には、プライベートなケイの姿が映っている。
クラムはこの時初めて心の底からリンカへと感謝をした。
「あ、ありがとう……! じゃあ、こっちもあの子の性感帯がわかったら教えるね」
「え? …………え?」
「帰ったらエッチ探知ッチを見つけないと」
「エッチ探……え、なに?」
「うちのメカニックは優秀なのがいるんだよ」
クラムの渾身のどや顔を前にリンカは思う。
(とんでもない変態メカニックがいるんだなフェクトムって)
本人の知らないところでミユメの評価がだだ下がりであった。
「二人で楽しそうになに話してるんですかぁ? 混ぜてくださいよぉ!」
「あ、エイナ」
「げっ、エイナ」
ひょっこり顔を出したエイナを見て、二人はそれぞれ違う反応を示す。
特にクラムの反応は露骨に嫌そうであった。
が、エイナはそういう相手とわざと親しくする嫌がらせも大好きなので気にせず絡みに行く。
近くに六波羅がいるため、安心して相手を馬鹿にできるのも理由の一つだろう。
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよぉ! じょ・う・か・ちゃ・ん? ねぇ」
「くっ……コイツ……!」
「おつ浄化ー! ってやってくださいよ。ねえ、あれ好きなんすよぉ、へへっ」
顔をみるみる赤く染めていくクラムを見て、エイナはデモンズギアの演算能力を全力で使用してさらに煽る。
「髪の毛ももっと露骨に染めてましたよねぇ? キャピキャピぶりっ子配信者の貴女はどこにいったんですかぁ?」
「……チッ」
「クラム……」
「む、昔の話だから! もうしてないから!」
クラムは必死にそう答える。
リンカの目は玩具を見つけたように輝いていた。
これはマズいと思ったクラムはすかさず話題を変える。
「というか、エイナは執行官の所に戻りなよ! ほら、怒られるよ?」
「もう今日は終わりらしいですぅ。まあ、トウラクが限界ですからねぇ。それに、あっちの人も何か掴めたようで」
そう言って、エイナは部屋の中心へと目をやる。
「――よォし、終わりだ。今日はもう戦わねェ。飯食うぞ飯」
六波羅は汗一つかいた様子はなく、涼し気な顔だった。
彼の目の前では、トウラクが大の字で倒れている。
「大丈夫? トウラク。はい、お水」
「ありがとう、ルトラ」
ルトラから水を貰い、トウラクは貪るように飲み干す。
六波羅とは対照的に彼は全身汗まみれで息が上がっていた。
が、その顔はどこか晴々としている。
「今日の感覚は忘れんな。教えたイメージトレーニング欠かすんじゃねェぞ」
「はい、ありがとうございます」
六波羅は何も言わずに片手を上げて返事をする。
そして。
「それで……お前も掴めたか? 生徒会長さんよォ」
六波羅が声を掛けた先には、ミロクがいた。
珍しくフェクトムのトレーニングウェアを身に纏った彼女もまた、トウラクのように滝のような汗を流している。
ミロクには六波羅の問いが聞こえなかったのか、答えない。
彼女の傍では、シエルとミユメが心配そうに彼女の顔を覗き込んでいた。
「ミロクさん、大丈夫っすか?」
「体に不調があれば教えてください。無理は禁物です故」
手のひらを見つめたまま、ミロクは目を見開いている。
「これが、デモンズギアの力……」
呟く彼女の手のひらで、小さく翡翠色の稲妻が走った。
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