かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない~現代ダンジョンのある学園都市で、俺はミステリアス美少女ムーブを繰り返す~

不破ふわり

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五章 決めるぜ! ミステリアスムーブ!

第165話 負けるな! Sランクの意地、今こそ見せる時!

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万雷の拍手が、劇場に響き渡る。

(な、なんなのこれ~!)

 リュウコはただ一人、その空間で正気だった。
 Sランクであるが故か、それとも隣に座る少女――ソルシエラのおかげか。

 周りの人々は、舞台を楽しみにしている様子だ。
 その顔に貼り付けられた笑みも一定間隔の気味の悪い拍手も、まるで出来の悪い映画の一コマのようである。

 明らかに、異常な空間だった。

(バルティウスは何故か龍位継承出来ないし……暴れるにしては周りに人が多すぎる)

 先程まではまだやりようはあった。
 ある程度の自由があり、リュウコの介入する余地があった。

 けれど、今は違う。
 Sランクである彼女は、しかしここではただの観客にしか過ぎなかった。

「――く、来るなァ!」

 叫び声が響く。
 見れば、学者が叫び腕を必死に振り回していた。

 それはまるで何かを振り払おうとしている様な、対峙する何かから逃げようとしている様な惨めな姿。
 今まで敵対していたリュウコですら、思わず顔を顰めてしまうほどに醜悪な態度であった。

「なんだ貴様は! 近寄るな私にッ! この学者にッ!」

 学者はなおもステージ上を一人で必死に動き回っている。
 
 そう、一人だ。

「さ、逆らうなァ! わ、私は貴様らよりも優れているのだ! 確実にィ!」

 学者は虚空に指をさして、泣き叫ぶ。
 そして、何度も必死に指を鳴らしていた。

 それは、彼女が異能を使用する際の合図である。
 氷凰堂レイと同様の異能を手にした筈の学者。

 だが、何も起こることは無く学者の荒い呼吸と引き攣ったような声だけが聞こえてくる。

「わ、私は……私はぁ!」

 学者は虚空を前に、目を見開く。
 何もない筈の空間。

 しかし、学者はその場にへたり込むと、腕を必死に振りながら後ろへと下がっていく。

「く、くるな、や、やめてく、れ」

 既に涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃによごれ、今までの知的で傲慢な姿は見る影もない。

(こ、これは……流石に……)

 リュウコはやや引き気味に隣の少女を見た。

 この状況はソルシエラによって引き起こされたものである。
 ならば当然、今の学者の有様もソルシエラが関係している筈だ。

 と、そこでリュウコは思い出した。

『――敵か、良き隣人か』

 あの問いへの返答を最後に、学者はステージ上へと転移させられている。

 ならば、もしもあの時自分が敵を選んでいたとしたら、どうなっていたのだろうか。

(……こ、こわぁ)

 リュウコは想像をかき消すように頭を振った。

(やっぱSランクって私以外は頭おかしい奴しかいないわ。うん。もしかしたら女の子同士仲良くできるかもって思ったけど、駄目だ。ソルシエラめっちゃ怖いわ)

 敵を選ばなかった自分を褒めつつ、今後ソルシエラにはどれだけの報酬を積まれようとも関わらない事を固く胸に誓った。

 今もなおステージ上で哀れに逃げ惑っている学者を見ると尚更である。

「私達の力は、あのような俗物に踏み荒らされるべきではないわ。そうは思わない?」
「エッ!? あ、ソウデスネ!」

 突然、怪物ソルシエラから話しかけられてリュウコは声を上擦らせながら答えた。
 背筋をピンと伸ばし、顔は汗でびっしょりである。

「異能とは、その人が歩んできた人生、そして意思そのもの。唯一無二たる輝きは、誰であろうとも侵すべきではないわ。星の輝きを奪おうなんて、無粋だとは思わない?」
「……オッシャルトオリデス」

(だーめだ。ソルシエラの機嫌が良いのか悪いのかわからない。今はとにかくイエスマンになるしかないわ)

 リュウコはソルシエラの言葉に耳を傾けながら、ステージ上でのたうち回る学者を見る。
 ソルシエラと目を合わせるよりも何倍もマシであった。

「禁忌を侵して、許しを請うでもなく傲慢な態度。あんまり醜いから、ああやって可愛がって上げたくなってしまったわ」
「……ハイ」
「ふふっ、本当に愚かで可愛い……」

(ひ、ひえぇぇ! ソルシエラが怖いよぉ……絶対に私生活もめっちゃ怖いってぇ。奴隷とか何人も用意して世話させてるんだぁ。気に入らないことをしたら、その奴隷をお仕置き部屋につれていくんだぁ!)

 リュウコの中でのソルシエラは、恐ろしい存在として固定されていた。
 何故か、学者と同じだけのトラウマを植え付けられている。

「……ああ、そう言えばあのクローンの事だけど」

 思い出したかのようにソルシエラは口を開く。
 リュウコは変わらず彼女の方を見れない。

「あれ、理事会に渡す予定なのかしら」
「そ、そうです」
「そう」

 再び、辺りに学者の悲鳴だけが響く。
 その中、リュウコはソルシエラの方を見て恐る恐る聞いた。

「あ、あのもしかして貴女も狙っているのですか?」
「まさか。あれに価値なんてないわ。言ったでしょう、禁忌だと。侵してはならない領域だと。その中で生み出された命……果たしてどう処理するのが正解かしらね」

 ソルシエラは口元を歪めてそう言った。

 今までの彼女の言動から、リュウコはすぐに一つの答えにたどり着く。
 あるいは、そう思考が誘導されていたのだろうか。

「……殺すんですか? あの子を」
「もしもそうだと言ったら?」
「止めます」

 迷いなくリュウコはそう言った。
 その眼には、変わらず恐怖が色濃く残っている。

 敵の陣地で、絶対的に不利な状況。
 確実に自分よりも格上な怪物。

 しかし、そんなものは関係なかった。

「勝てるとでも?」
「やるからにはその気で。……けれどまあ、ぶっちゃけ勝てなくてもいいです。渡雷リュウコは最後まで良い人であった。誰も見捨てることなく、真っ当な人間であった。そう胸を張って言えれば、私はそれでいいです」

 リュウコの根底にあるのは「自分を好きでいられるか」であった。

 それが自分だけで完結するなら、彼女は即座に降伏するだろう。
 靴も舐めるし泥水だって半泣きで啜る。

 が、もしも自分以外の誰かが被害者になるのであれば、リュウコは全力で抗う。
 何故なら、見捨てたというレッテルを張られる事が死ぬよりも嫌な事だから。

(誰かのために死ぬ……うん、これはカッコいいぞぉ)
 
 多少歪ではあるが、その自分中心の精神性は意外なことに六波羅と似ている。
 だからこそ、彼女はいざというとき彼と似た選択をとるのだ。

 ソルシエラと戦うという選択を。

(戦ったら負ける。……けど、少なくとも私は最後まで人のために戦ったかっこいい人で終わる。なら、

 傍から見れば理解できない感情のプロセスを踏んで、リュウコは覚悟を完了していた。

 そんな彼女を見て、ソルシエラふっと頬を緩める。
 今までの恐ろしい笑顔とは違い、どこか優しい笑顔だった。

(あっ、ビジュが良い……)

「冗談よ。貴女と戦う気はないわ。今のところはね。……けれど、一つ忠告してあげる」
 
 ソルシエラは言葉を続ける。

「あのクローン、渡せば殺処分でしょうね。理事会にとっては不要な存在でしょうから」
「……え?」
「何もおかしいことではないでしょう? Sランクと同じ力を使う兵器。そんな物をわざわざ置いておく意味はない。リスクの方が高いのよ」

 リュウコは反論しようとして、口を閉ざす。
 
 クローンとして生み出されたSランクのリスクは理解している。
 彼女を解剖すれば、Sランク量産のヒントが見つかるかもしれない。

 そうなれば、多くの組織が理事会と敵対してでもレイを狙うだろう。

 そして、そんなリスクをわざわざ負ってでも助ける程、理事会がお人好し組織ではない事をリュウコは理解していた。

「……じゃあ、どうすれば」
「そんな事、知らないわよ。後は自分で考えなさいな」

 そう言うと、ソルシエラは立ち上がる。
 すると、それに合わせて全ての人間が立ち上がり笑顔で一斉に拍手を学者へと送った。
 割れんばかりの拍手の音に劇場が揺れる。
 その拍手を一身に受ける学者は、辺りをしきりに見渡し叫び声を上げた。

「あ、ああああああ! やめろ! 見るな私をッ! やめろやめろやめろやめろやめろ――」

 学者は、頭を掻きむしり、何度も転び壁にぶつかりながら、ステージから走り去っていった。

 何度も転びあざだらけになった顔も、乱れた髪も、何もかもが最初に見た学者の姿とは違う。
 あれは、既に学者ではなくなっていた。

「じゃあ、私はもう行くわ。舞台で見事に演じきった彼女に、最後に褒美を上げないと」

(絶対に最悪なご褒美だ……。「楽しんだし、後は殺してやろう」ってニュアンスだもん)

 リュウコは顔を青くして頷く。

「それじゃあ、後はお願い。あの扉の先に本物の氷凰堂レイもいるから」
「え?」

 ソルシエラと目が合う。
 彼女の蒼い瞳の中には幾何学的な模様が浮かび上がっていた。

「なっ、魔眼――」
「またいつか」

 閃光に、一瞬目を瞑る。
 そして次に開けたその時には、目の前にいたはずのソルシエラは何処かへと姿を消していた。

 拍手を送っていた筈の観客達の姿も見えない。
 それどころか、アレだけ広かったはずの劇場は小さなものへと様変わりしている。

「え、えぇ……」

 困惑しながら、リュウコは辺りを見渡す。
 すると、前の席に見慣れた青い髪を見つけた。

 慌てて駆け寄ったリュウコは、安堵のため息と共に笑みを浮かべる。

「まだ寝てるし」

 禁忌と呼ばれた少女は変わらず眠っている。
 その顔は、まるで幸せな夢を見ているかのようであった。
 
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