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五章 決めるぜ! ミステリアスムーブ!

第163話 クローマ大決戦! 学者vsリュウコvsソルシエラ!

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 理事会が所有しているソルシエラの情報は意外にも少ない。
 エイナにより教えられた星詠み本来の役割り以外の情報は何も持ち合わせていなかった。

 精々が、少女であるという事と干渉に関する異能を所有している事。
 さらに言えば、これがソルシエラ本人の能力なのか、星詠みの杖の機能としてそれが備わっていたのかすら、理事会にとっては定かではない。

 これは、ソルシエラの正体を知るSランク二人が各々の個人的な都合で情報を提供しなかった事が原因である。

 故に、リュウコにとってのソルシエラとは遠い世界の災害のようなものだった。

 自分は関わることもないし、戦うことなど論外。
 相手の事をきちんと調べて、対応できる龍をピックアップして準備を整えて戦うのがリュウコである。

 正体不明の相手を調べることなどできる訳が無い。
 
(さ、最悪だ……。状況が雪だるま式に最悪になっていく……。やっぱ最初にユキヒラさんにも連絡をしておくべきだった。笑顔が胡散臭いとか言ってる状況じゃなかった……! あとトアちゃんにお願いしてミズヒちゃんも呼んでもらうべきだったぁ!)
 
 リュウコにはわかる。
 現状が、あまりにも最悪であると。

 バルティウスを暴れさせる事が出来ないフィールド、時間停止により誰も助けには来ない。
 そして、目的不明のソルシエラの乱入。

 どれ一つとっても大問題のそれが、徒党を組んで押し寄せてきたのだ。

「争いたくはないな、貴様とは。だが」

 表面上だけ強キャラの笑みを浮かべるリュウコとは違い、学者はすぐに行動を始めていた。

 地面を氷が這い、ソルシエラへと向かっていく。
 まずは小手調べのつもりなのだろう。

「排除しなければならない障害だ、貴様はッ! ひれ伏せ! Sランクの権能の前に!」
「……はぁ、拙い」

 ソルシエラは学者を見ることすらせずに、紅茶を一口飲んだ。
 優雅な所作は、自身に死が迫っているとは一切感じさせない。

 事実、ソルシエラ本人は何もしなかった。

 彼女の目の前に障壁が現れ、氷を防ぐ。
 そよ風一つ起こす事無く攻撃を受け止めたソルシエラは、何事もなかったかのようにティータイムを楽しんでいる。

 と、そこで二人は気が付いた。

「……星空、だと」
「え、いつの間に夜に!?」

 ソルシエラに気を取られ気が付くのが遅れたが、空は青空でも雪を降らせる暗雲でもなくなっている。

 支配しているのは無数の星。
 そして、それらを統べる女王こそが――
 
「ふふっ、そんなに驚いてどうしたの?」

 星詠みであるソルシエラであった。

「これは……干渉されたのか、クローマのコアが! やはり掌握されたのか、この小娘一人にッ!」

(えっ、クローマの学区を構築してるダンジョンコアを掌握したの? こんな相手どう転んでも勝てなくない?)

 それがどれだけ異常なことか、リュウコは知っている。
 が、知っていたところで何もできなかった。

「貴女、ずっと煩いわね。私のティータイムを邪魔しないでくれるかしら」
「ッ、舐めるなァ!」
 
 学者が指を鳴らす。
 その瞬間、ソルシエラの周囲を吹雪が渦巻き氷の剣がいくつも突き刺さる。

 それら一つ一つが事象を凍結させる絶対停止の力を持った攻撃だ。
 レイ本人もよく使用する必殺の攻撃が、ソルシエラを捉える。

「あっ」
「はははは! 甘く見ていたな、私を! 驕りを見せたな、ソルシエラ!」

 ソルシエラの姿があっという間に見えなくなる。
 こうなれば最後、抜け出す術はない。

 筈だった。

「――ひとつ、聞かせて貰えるかしら」

 吹雪の中から澄んだ声が聞こえる。
 学者の攻撃に対して何も反応を示すことなく、まるで世間話のように軽い調子だ。

「貴女は、敵? それとも良き隣人?」

 ソルシエラを覆っていた絶対停止の力が、予兆すらなく消えていく。
 そこには、先程までとまったく変わらないソルシエラの姿があった。

 強いて言うなら、小さなタルトが一切れ無くなっているぐらいだろうか。

(攻撃を仕掛けられても、動じないなんて……!)

 リュウコには既に戦う意思はなかった。
 彼女はこんなものを見せられて戦うような戦闘狂ではない。

「なっ……違うのか、格が。許されるものではないぞ、そんな無茶苦茶はァ!」
「答えなさい」
「ッ」

 なんてことのない言葉。
 ソルシエラは、ティーカップを片手に問い掛ける。

「敵か、隣人か」
「くだらないなァ、問答など! 決まっているだろう、敵にッ!」
「そう」

 ソルシエラは、その時初めて学者を見た。
 蒼い眼の中には、幾何学模様が浮かび上がっている。

(魔眼!? そんなの私聞いてないんだけど!)

「魔眼だと!? 贅沢者がァ!」

 学者は再び異能を使用するために構える。
 そして、そのまま姿を消した。

 辺りがしんと静まり返る。

「……え? え、え?」

 リュウコは意味が分からず辺りを見渡した。
 時間は相も変わらず停止したままだ。

 満天の星空の下、学者だけが姿を消していた。

「な、なんで……あ!」

 リュウコの見つけたものは、地面に刻まれた転移魔法陣である。
 これにより、学者はどこかへと移動させられたのだろう。

「さて、貴女はどうするの?」
「……っ」

 ソルシエラは、変わらず椅子に座ったままリュウコの方を見ようとすらしない。

(今なら不意打ちでいける……? いやいや無理無理、バルティウスを全力で使役してもでしょ)

 戦う前から、既に格付けは済んでいた。
 バルティウスは変わらず警戒しているが、それでもソルシエラに襲い掛かることは無い。

 本能で、自分よりも強い存在だと理解しているのだ。

「答えなさい。敵か、良き隣人か」
「私は……」

 リュウコは口を開き、止まる。
 彼女の視界には、レイと彼女を抱きしめているトアの姿があった。

「私達は、貴女の良き隣人です。なので、出来ればその……見逃がしてくれると……あ、あはは」
「……見逃がす?」
「あっ、只とは言いません! 私Sランクなのでお金持ってますよ! あ、あと美味しい紅茶とかもあります! パックで手軽に、けど美味しいやつ! 勿論お菓子も!」

 リュウコは既に命乞いフェーズへと突入していた。

「お願いします! あの学者とかいうおばさん以外は全員巻き込まれただけなんです! 見逃がしてください!」

 彼女にSランクのプライドなど存在しない。
 だからこそ、彼女は彼女なりの最善策をとろうとしていた。

 そんなリュウコの姿を見て、ソルシエラは微笑む。

「……ふふっ、顔を上げなさい」
「は、はい」

 微笑むソルシエラと目が合った。
 どこか冷たい印象を持つその笑みに、リュウコは愛想笑いで返す。

(わ、笑ってるなら大丈夫だよね? 許してくれたよね……)

 自分にそう言い聞かせるリュウコ。
 その足元に描かれる、転移魔法陣。

「え、えええ!? なんでぇ!」
「ふふ、せっかくの舞台だもの。観客は多い方が良いでしょう?」
「舞台ってなに!? 知らないぃ! というか、せめて他の人たちは見逃がし――」

 リュウコの姿が消える。
 辺りを静寂が再び支配する。

「さて」

 紅茶を飲み干したソルシエラは、新たに転移魔法陣を生み出した。
 一つや二つではない。

 ブレスレットを付けた人間全員の足元に、転移魔法陣が描かれる。
 それは、観光区を超えクローマ全体にまで及んでいた。

「そろそろ私も行きましょうか」

 ソルシエラは、そう言うと多くの人々に続いて姿を消す。
 
 この瞬間、記録には残らずとも確かにクローマ音楽院から五十万人以上が同時に姿を消した。
 停止した世界故、それは世間に知られるものではない。
 人の消えた都市は、まるで死を迎えた様に静寂に包まれる。

 その中、影が一つだけ降り立った。

「あっぶなー。転移させられる所だったぁ」

 黒い外套の少女は、軽い調子でそう言う。
 そして、ソルシエラが今までいた椅子とテーブルに近づくと、お茶菓子を一つ口に放り込んだ。

「……よし、私も行こうかな」

 そう言って彼女はよく似た転移魔法陣を使用すると、その場から姿を消した。














 転移した先でリュウコを待っていたのは死でも、恐ろしいものでもなかった。
 クローマ音楽院の生徒であれば見覚えのあるそれは。

「……え、劇場?」

 間もなく舞台が始まるのだろうか。
 辺りは暗い。

 が、その劇場がとてつもない広さであることはすぐに分かった。

 すり鉢状に作られた巨大な劇場は、クローマ音楽院でも類を見ない程だ。
 席は全て人で埋まっており、全員がじっと舞台を見つめている。

 人々は、まるで人形のように微動だにしない。

「こ、ここどこ? バルティウスは?」

 フカフカの椅子に座ったリュウコは、キョロキョロと辺りを見渡して。

「静かに」
「ひぇ」

 隣にいるソルシエラに小さな悲鳴を上げた。

 ソルシエラは始まりを待つかのように、降ろされた幕を見つめている。
 
「足元。バルティウスはそこよ」
「え、あ、本当だ」

 見れば、銀色粘体に戻ったバルティウスがリュウコの足元で蠢いていた。

(……ん? これってもしかしてバルティウスに干渉出来るってコト?)

 リュウコは恐る恐るもう一度ソルシエラを見る。
 美しい横顔は、今はただただ恐ろしいだけだ。

「……人の顔をそんなにジロジロ見て、マナーがなってないわね」
「あっ、ごめんなさい」
「別にいいわ。許してあげる。今の私は気分が良いの」

 ソルシエラは口元に薄く笑みを作った。
 どうやら、機嫌は本当に良いらしい。

「ほら、始まったわよ」

 開演のブザーが鳴り、幕が上がる。

 全てのライトが、ステージ上のただ一人を照らしだした。
 
「……え?」

 ステージに立つその人物を見て、リュウコは困惑した声を上げる。

「――学者?」

 そこにいたのは、つい先程まで殺し合いを繰り広げていた悪党の姿だった。
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