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四章 騎双学園決戦

第144話 決着

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照上ミズヒにとって、この領地戦は実に肩透かしなものであった。
 天使というイレギュラーも、騎双学園の風紀委員会も、終わってみれば実にあっけない。

 故に、彼女はどこか不満げに領地戦終了のブザーを聞いていた。

 騎双学園の展開したダンジョンのコアは、既にミズヒの手の中にある。
 攻防と呼べるほどの戦いもなく、ミズヒはコアの掌握を終えていた。

「……これで終わりか。Sランクと戦える可能性があると聞いていたのだが」

 多くの天使を焼き払い、風紀委員会の殆どを一人で相手取り、なおも無敗。
 単騎による完全制圧。
 これこそ、Sランクたる所以である。

 尤も、正確にはミズヒに追従していた二人の仲間が居たので完全な単騎ではないのだが。

「あー! 終わりですね! 私達の勝ちですか!」
「ぜぇっ、ぜぇっ……こひゅっ」

 元気に飛び跳ねる疲れ知らずのヒカリと、重砲を支えに青い顔で呼吸を整えているトア。
 二人もまた、領地戦で重要なダンジョン攻略組の生徒であった。

「きゅっ、急に走らないで……」
「まったくだらしないな。戦っている際中も何度か姿が見えなくなったし……体力を付けたほうが良いんじゃないか?」
「どうして狙撃手に前衛と同じフィジカルを求めるの……?」

 ぷるぷると震えるトアの肩を掴んで、ミズヒは「今度、一緒に走ろうか」と至極真面目に、そしていい笑顔で言った。

「ひ、ひええええ」
「あ、私も一緒に走りたいです! ……それで、勝ったチームがお酒を掛け合うやつはどこでやるんですか!」
「私達は未成年だからそんなものはないぞ」
「そんなぁ!?」

 トアとヒカリはそれぞれ違う理由で項垂れる。
 その姿を見て、ミズヒは少しだけ今後のフェクトム総合学園が心配になった。

 何はともあれ、領地戦の終わりである。









 銀の黄昏の本拠地は、見るも無残な姿で荒れ果てていた。
 至る場所が凍てつき、破壊され、辺りには瓦礫が散らばっている。

 まるで巨大な嵐が過ぎ去った後の様な凄惨な光景のその中心。
 教授はそれすらも楽しむような笑みを浮かべで紅茶を一口飲んだ。

「うん、美味い。博士、中々にこの茶葉は当たりだよ」
「そうか。……ああ、いや僕は遠慮しておく」

 博士は教授の方を見ることなくそう言った。
 その反応も慣れたものなのか、教授はあっさりと引くと再び紅茶を飲む。

「良かったのか、天使を一体理事会側に渡すことになったが」

 作業の手を止めることなく、博士は問い掛ける。
 
「別に構わないよ。大量に天使を生み出せるのは中々に面白いが、あれは所詮雑兵。Sランクには遠く及ばない。それどころか、Aランクや手負いのソルシエラすら仕留められなかったじゃないか」

 領地戦を、教授は観戦していた。
 何か得るものを期待して見ていた訳ではない。
 
 この戦いは、徹頭徹尾教授の想定内で終わっていた。

「ジョー君は見事に敗北、領地戦は御景学園の勝利。天使にも危なげなく勝ってみせた。……うん、中々にこの世界の人間も強くて素晴らしい」

 まるでショーでも見ていたかのように、教授はそう評した。
 
 彼にとって、これは前座に過ぎない。
 本当の彼の狙いは別にある。

 教授は、自分の目の前に転がる巨大な白亜の蛇を眺めて紅茶を飲み干した。

「本命の熾天使セラフィムもこうして捕獲できた。あのソルシエラと言えども、流石に智天使すら囮に使ったとは見抜けなかったか」

 ソルシエラの動向は予測済みだった。
 正義の名の元に孤独に戦う彼女は、間違いなく智天使を狩りに来る。
 彼女はそうせざるを得ない、そう読んでいたのだ。

「滅びの六天使すら計画に使うとは、ネームレスは凄いね。若い子の発想力が羨ましい」
「僕は反対だったけどな。せっかくの智天使がソルシエラの手に渡ってしまった。しかも、かの天使の根本にあるのは死だ。その原理を解剖すれば、あるいは完全に死を克服できるかもしれない」

 博士は口をとがらせてそう言った。
 どうやら彼はまだ納得しきれていないようである。

「はっはっはっは、まあそのおかげで熾天使が手に入ったんだ。理事長を出し抜くのは骨が折れたが、上手くいった。後は、トリムを目覚めさせるだけなのだが……」

 教授はそう言って博士へと目を向ける。
 彼は、玉座の前に傅くようにしていくつものコンソールを展開し操作していた。

 玉座には無数に配線が伸び、その中心には凍てついた少女が眠っている。

氷凰堂ひょうおうどうレイは殺したんだ。能力も解除されるはずだったんだけど……どういう訳か凍り付いたままだ」
「成程」

 頭をガシガシと掻く博士を見て、教授は納得したように声を上げる。
 そして、席を立ち歩き出した。

 向かった先には、壁に貼り付けにされた氷凰堂レイの姿。
 衣服はボロボロで、体の至る所から血が流れ、肉が裂けている。

 彼女の痛々しい姿が、その場で起きた戦闘の激しさを物語っていた。

「ふーむ」

 教授はレイを見つめる。
 そして、頷いた後にその心臓部へと躊躇なく手を突き刺した。

「――ぁがっ!?」
「あ、やっぱり生きてたか。しぶといね、流石Sランク」

 教授は柔和な笑みと共に、心臓をそのまま引きずり出す。
 そして、レイが行動するよりも早く手のひらに魔法陣を展開した。

「潔く死にたまえ」

 即席とは思えない濃度の魔力が込められた収束砲撃が放たれる。
 それは無防備なレイの全身をあっという間に飲み込んだ。

「これでどうかな。彼女が死んだし、能力も解除されたと思うんだが」

 焼け焦げて歪に縮み始めたレイの死骸をちらりと見て、博士は顔を顰める。
 それからコンソールを数度触って、ばつが悪そうに言った。

「クリアした。……すまない、あれだけしてまだ死んでいないとは思わなかった」
「いいんだ。天才故に、見逃がすこともあるだろう。かくいう私も冗談のつもりだったのだがね。いやはや、Sランクというのは恐ろしいな」

 教授はそう言って、レイの死骸を抱きかかえると転移魔法陣を展開した。

「それをどうするつもりだ」
「お片付けだよ。これからトリムが目覚めるなら、汚いものは残しておきたくない。天使の棲み処がまだ閉じていないからね、ここに捨てようかと」
「ネームレスの真似か……。僕は死体まで有効活用したいのだが。せっかくだし、Sランクのクローンでも作ってみたい」

 暗に死体をよこせと言っている博士を見て、教授は仕方がなさそうに笑う。

「はっはっはっは、その探求心はトリムに向けてやってくれ。今、Sランクのクローンなどと言う些事に寄り道されては困る」

 そう言って教授はレイの死骸を転移魔法陣の向こうへと放り投げた。
 それから、ハンカチを取り出し手を丹念に拭く。

「それに、Sランクのクローン実験はが既に行っている。彼女に任せよう」
「あの博士崩れか……僕は好きじゃないな。アイツには品が無い」

 博士は鼻を鳴らすと、黙って作業を続行した。
 その姿を見て、教授は手持ち無沙汰になり再び席に着き紅茶を淹れる。

「ネームレスは今日は祝勝会だろうし……おいぼれは寂しく一人でティーパーティーでもするか」
「その暇があるなら、この場所の掃除でもしてくれ。辺り一帯滅茶苦茶だ」
「では、この一杯を飲み終えてから」

 優雅な動作で、教授は紅茶を飲む。
 彼がこの一杯を飲み干すのには、まだまだ時間がかかりそうだ。










 教授が放り投げた氷凰堂レイの死骸は、赤い世界の中を落下していく。

 彼女は、誰かに受け止められることもなくそのまま堕ちていき、地面へと鈍い音を立てながらぶつかった。
 その瞬間、彼女の体はバラバラに砕け散る。

 一人の少女が完全な死を迎える。
 決して取り返しのつかない、完璧な死。

 そして、それこそがその聖遺物起動の条件でもあった。

 拡張領域からひとりでに飛び出してきた宝石が、レイだった物の中心へと落ちる。
 そして宝石は次第に輝きを増していき――。

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