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四章 騎双学園決戦

第142話 彼女

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 曰く、それは見たことのある能力をいくつも扱う。
 曰く、それは正体を明かすことなく暗躍している。
 曰く、それはソルシエラに異常に執着している。

 曰く曰く曰く曰く――それは、敵である。

「マーちゃんズ!」

 クラムの判断は早かった。

 天使が全て殺された事により、敵はただ一人となる。
 ネームレス、未だにその影すら掴めない異能力者。

 探索者という枠組みにおいても異常な彼女は、まさにそう称する他ないだろう。

「爆ぜろバーカ!」

 人吞み蛙がネームレスへと飛び込んでいき次々と爆発していく。
 探索者一人には過剰なまでの爆発が、ネームレスを襲う。

「馬鹿は酷いなぁ……敵って認定したらクラムちゃんって口が悪くなるところあるよね」

 が、爆発の中から悠然とした足取りで彼女は姿を現した。

「知った風な口きくな! アンタが私のソルシエラ虐めたってのはもう聞いてんのよ!」
「別に貴女のではないわよ」

 後ろから聞こえた言葉を無視してクラムはさらに人吞み蛙を生み出す。
 そして、ネームレスを指さした。

「「いけ、マーちゃんズ」」

 声が目の前の少女と重なる。
 その事実に驚いた次の瞬間には、ネームレスの周囲には蛙が大量に召喚されていた。

「蛙の合唱団だね。なんて」
「っ……誰に許可得てパクってんだぁ!」

 叫びと共に人吞み蛙が飛び出す。
 同時に、向こうの人吞み蛙も飛び出した。

 蛙同士が空中でぶつかり合い、いくつもの爆発が起きる。
 その中を突き進んで、クラムはネームレスへと肉薄した。

「一発殴らせろ」
「うわっ、怖いねぇ」

 足裏に召喚した人吞み蛙を爆破させての高速移動。
 直線的ではあるが、その動きについて来れるものは少ない。

(まさかこんな事に特訓の成果を見せる事になるとは思わなかったけど!)

 それは、照上ミズヒというSランクとの地獄の模擬戦の中でクラムが会得した戦い方の一つ。
 四肢に張り付いた人吞み蛙が任意のタイミングで爆発し、攻撃が不規則に加速する彼女だけの徒手空拳である。

「その剣が力の源なんでしょ! それさえ奪えばこっちのものだっての!」
「ちょっとちょっと! 怖いなぁ、そんな必死な目で」

 クラムが放った拳が爆発で加速しネームレスへと向かう。
 しかし、それは空を切るばかりで当たる事が無い。

「っ、なんで」
「もう沢山見たからねぇ。そんな驚かれても困るよ」

 軽いステップで攻撃を回避しながら、ネームレスは笑う。
 まるで踊っているかのような華麗なステップは、クラムを余計に苛立たせた。

「この……っ!」
「あっははははは。はい、ここでAct4」
「っ!?」

 突然、右脚に痛みが走る。
 そして次の瞬間にはクラムは地面に倒れ伏していた。

「右脚の腱を斬っちゃった。これでもう動けないね。あーあ」
「っ、マーちゃんズ!」

 ネームレスの背後に生み出された人吞み蛙が爆発する。

 が、それは彼女の背中から生えた黒い翼により全てが防がれた。

「これがAct2。どうかな、結構私にも似合ってると思うんだけど」
「お前それは……っ!」

 色こそ違えど、クラムがそれを見紛うはずもない。

「ヒカリの能力だろッ!」
「せーかい。わかってるねぇ」

 ネームレスはやる気のない拍手をして黒い翼を用いてクラムを弾き飛ばした。

「ぐぁっ!?」

 地面を転がるクラムを放って、ネームレスはソルシエラを見る。
 そして、ソルシエラの姿を観察して頭を下げた。

「ごめん、こればっかりは私が悪いね」
「……どういう事かしら」

 ソルシエラは既に立ち上がり、得物を構えている。
 が、その姿にいつもの気迫もなくネームレスも警戒する様子はない。

 今この瞬間ですら衰弱していっていることは、誰の目に見ても明らかだった。

「今、立ってるのも辛いでしょ」
「……ふふ、貴女に心配される様じゃ私もまだまだね」

 不敵に笑うソルシエラ。
 が、その首に巻き付いた茨が脈動するたびに、僅かだが苦悶の声を上げてしまっている。

「逃げて、ソルシエラ!」
「貴女をおいて逃げるわけにはいかないでしょう?」
 
 ソルシエラはクラムの言葉に笑みと共にそう返す。
 
「あー、もう辛いんだから無理しない方が良いって」
「別に私は……っぁっ!?」

 突然、ソルシエラは両ひざをつき崩れ落ちる。
 地面に倒れ伏した彼女の顔には、直線状の罅がいくつも走っていた。

「っ、ソルシエラぁ! だめ、早く逃げて!」

 その姿を見てクラムが悲鳴を上げる。
 そして自分の右脚に人吞み蛙を抱き着かせると、無理矢理立ち上がりソルシエラへ向けて吹き飛んだ。

 地面を何度も転がりながらも、クラムはソルシエラの前までたどり着き庇うように片膝をつく。

 その光景を見て、ネームレスはため息をついた。

「はぁ……あのさクラムちゃんさぁ」

 ネームレスは呆れた様子でクラムを指さす。
 そして吐き捨てるように言った。

「なんで、彼女面してんの?」
「……は?」

 意味の分からない言葉にクラムが停止する。
 声に出してはいないが、ソルシエラの頭の中も疑問で満たされていた。

「大切な人を守るムーブ……それしていいの君じゃないから、マジで」

 ネームレスは苛立ちを隠せない様子でそう言うと、黒い鎖でクラムを縛り上げその場に拘束する。
 それからソルシエラの前に移動して、顔を覗き込むように屈んだ。

「んー、侵食が凄いなぁ。……ねえ、アレを無効化したでしょ?」
「うぅっ……な、んのこ、とかしらね……」

 苦しみに呻きながらソルシエラはそう呟く。
 そんな彼女の姿にネームレスは呆れながら手のひらに魔法陣を展開した。

「トランスアンカー……って言えば、わかるかな?」

 ソルシエラの体が光に包まれる。
 すると、今までの苦しみが嘘かのようにソルシエラの表情が和らいでいった。

「どう? 楽になったでしょ」
「これ、は……」

 ソルシエラは、そのまま意識を手放したようだった。
 目を閉じ、地面に顔がつきかけた所をネームレスは受け止めて瓦礫に体を預けさせる。

「トランスアンカーは、性別を変える玩具じゃない。対象を理想の状態に固定する。これが本当の使い方だよ。ミユメちゃんのは、アレンジというか私達が昔考案した遊び方というか……」

 どこか懐かしそうにそういうと、ネームレスは立ち上がった。
 そして、意識を失ったソルシエラに言う。

「今回はあれでトランスアンカーが機能したと思った私の落ち度だよ、ごめん。だから、手を貸してあげた」
「アンタ、なんなんだよ! ってかこの鎖外せよ!」
「もう、怖いなぁ。私が何か教えて欲しいの?」

 ネームレスは意地悪そうに笑みを浮かべる。
 そして、もう一度ソルシエラに顔を寄せると、そのまま唇を近付け――。

「んむっ!?」
「……っぷはぁ! うーん、骨身に沁みるね!」

 突然の事に、クラムは目を白黒させたまま動きを止める。
 ソルシエラ本人は幸いにも気絶したままのようで、何か反応を見せることは無かった。

 唇が若干濡れたソルシエラを見て、ネームレスは立ちあがって満足そうに頷いた。
 その光景を拘束されたまま見せられていたクラムが、正気を保っていられるわけがない。

「あああああああ!? ちょっと何してんだお前ェ! 殺す! マーちゃんズ! 行けェ!」
「Act1」

 飛びかかった蛙が全て灰になっていく。
 ネームレスにとって、人吞み蛙など脅威ですらなかった。

「殺す! 必ず殺す!」
「五月蠅いなぁ。あのさ、なんか勘違いしてるみたいだから言うけどさ……ソルシエラは私の彼女なの」

 その声に続いて、クラムも叫んだ。

「私の彼女だァ!」
「言ってることが分からないかなぁ? 私の彼女だっての。私こそが相応しい! 私だけがこの子を理解してあげられる」

 当の本人を放って言い合った二人は、面白くなさそうに鼻を鳴らすと同時に顔を逸らした。

「精々彼女を気取ってればいいよ。君なんかには荷が重いだろうけどね」
「は? 私はソルシエラをべっ、ベッドに押し倒した事があるけどね!」
「……は?」

 ネームレスの声のトーンが数段下がる。
 今までとは違い、本気で怒っているようだった。

 辺りの空気が一転して重くなる。

 両者がにらみ合い、そしてもう一度戦い始めそうになったその時だった。

「っ……うぅ……」

 ソルシエラの呻く声がタイミングよく二人の耳に届く。
 クラムは正気を取り戻すと、吐き捨てるように言った。

「本当はアンタを爆破してやりたいけど、今はソルシエラが優先だから」
「……んー、そうだね。私じゃこの子を連れ帰るのは無理そうだし、任せるよクラムちゃん」
「馴れ馴れしく呼ぶな。友達でもなんでもないだろ」
「……はは、そうだね」

 ネームレスは踵を返し、転移魔法陣を展開した。

 そして振り返ることなく手をヒラヒラと振る。

「また会おうね、サブヒロインちゃん」
「マーちゃんズ」

 蛙が飛び掛かる。
 が、ネームレスは既に転移魔法の向こう側へと移動していた。

 対象がいなくなった蛙が辺りを探し回り飛び跳ねているのを見ながら、クラムは拳を握る。
 既に拘束は解けていた。

「ファーストキス……! 奪われ……くそっ……!」

 それは、彼女の人生でも指折りに悔しい出来事だった。

「ごめん、ケイ。私がもっとしっかりしていれば……」

 気を失ったままのソルシエラの髪を撫でてクラムは謝罪する。
 その言葉にソルシエラが答える事はない。

 それもその筈、何故なら彼女は。




(はわわわわわわ! キスされちゃった><)
(はわわわわわわ! ネムソル見ちゃった><)

 過去類を見ないほどに大慌てなのだから。


 
 
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