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四章 騎双学園決戦
第122話 火種
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ソルシエラが消えた場所を、トウラクは呆然と見つめていた。
「っ、私達何も出来なかった……!」
悔し気に呟くリンカに、トウラクは頷く。
(最後、ケイ君は震えていた)
0号に何かを囁かれたケイは、僅かに震えを見せていた。
彼女は、それでも気丈に振舞ってそれ以上は表情一つ変えずにその場から去っている。
まるで、そうあるべきだとでも言わんばかりに。
「ケイ君……!」
名を呼ぶことしかできない無力な自分が余計に嫌になる。
その時、トウラクの手の中で握られていた白い太刀が少女の姿へと戻った。
「トウラク、大丈夫?」
「大丈夫だよ……僕達は」
そう、トウラク達は何も問題ない。
この場で真に傷ついていたのは、ただ一人。
ソルシエラとして戦っている少女、那滝ケイだけである。
「泣いてた……。それに、私に近づくなって。近づくと死んじゃうからって」
リンカの言葉に、トウラクの心中にやり場のない怒りが湧き上がっていく。
何も出来なかったという事実が、余計に苛立ちを与えた。
「姉さんも、異常だった。あれほど人間を気に入った姿は見たことが無い。恐らくいつでもあの体を乗っ取れるけれど、あえてそうしていないんだと思う」
「……そうなんだ」
それは主であるはずのケイが、0号に実質的に支配されている事を示していた。
「いつも、あんな事をされてるのかな」
「……わからない」
想像もしたくない光景だ。
陰で孤独に戦い誰かを救う少女自身が、救われていない。
そんな陰鬱な世界を、トウラクは許せなかった。
「……行こう、リンカ。情報を手に入れたならもうここに用はない」
「トウラク?」
人の感情の機微に敏いリンカは、すぐにトウラクの異変に気が付いた。
普段の穏健な彼からは想像できない程に、怒りがあふれている。
「僕は、もっと強くならなきゃいけない。そして、あの子を救わなきゃ」
「……そうだね」
感情的な言葉に、しかしリンカは同意する。
なによりリンカ自身も、そう思っていたからだ。
「ルトラ、星斬形態ならどれだけアイツ相手に戦える」
「……わからない。けど、可能性は0じゃない」
「そっか。ありがとう」
それだけ言うと、トウラクは踵を返して歩き出した。
今、トウラクの脳裏には、かつてケイが言い放った言葉が木霊している。
『私を殺してって言ったら、貴方は殺してくれるの?』
それが彼女なりの救済だとしても。
唯一の救いの道だとしても。
(必ず、助ける……! 僕が、この手で……!)
その拳から血がにじみ出ていることに、彼は気が付かない。
■
とある日の夜、教授は一つの学区を訪れていた。
それは素行不良や様々な理由で学園を追放された者達が集まるはぐれ者たち、通称アラクネの住処である。
「久しぶりに来たが、ここは酷い」
背広の裕福そうな壮年の男はこの場所では浮いていた。
その場しのぎが重なった結果生み出された居住スペースや、どこかから盗んできた物が並ぶ露店。
かつてはビル街だったであろう場所は、いくつも手作りの住処が重なって子供が無作為に作り上げたオブジェのようである。
「出来損ないを一つの場所に集める……だったか、理事長も性格が悪い」
この学区は世間には公表されていないが、理事会で黙認している裏の学区である。
学園都市の発展の中で零れ落ちた者たちの受け皿として、あるいは都合の悪いものを押し込めるゴミ箱として、そこは機能していた。
まともに生きていれば、卒業するまで存在を知ることすらない生徒もいる。
そんな裏の世界に、いかにもな見た目の大人が足を踏み入れればどうなるか。
その答えが目の前にあった。
「――いるんだよね、平和ボケしたやつって」
教授の前に、一人の青年が現れる。
先程までは誰の気配もなかった辺り一帯に、気が付けば少年少女の姿があった。
ギラギラと飢えた獣の様な眼を向けるその姿は、教授を獲物としか思っていないようだ。
「悪いんだけどさ、おじさんが来るような場所じゃないんだよね。だから、あるもの全部置いていったら命までは獲らねえからさ」
目元まで隠した金髪の青年は、教授の足元にナイフを投擲した。
探索者であれば、アスファルトにナイフを刺すなど造作もない事である。
随分とわかりやすい脅迫だった。
「元気な子たちだ」
教授はナイフを拾い上げると、ハンカチを取り出して汚れをふき取っていく。
その片手間に、口を開いた。
「このエリアのリーダーに会いたいのだが」
「……もしかして、慈善事業か? 落ちこぼれ共にもチャンスをってやつ?」
「だとしたらどうするかね」
問い掛けた次の瞬間には、教授の肩にはナイフが刺さっていた。
それを見て、周囲からは笑い声や野次が飛ぶ。
「こうなる。今までも何人か来たけど、殺されるか身ぐるみはがされて逃げるかのどっちかだったなァ。おじさん、ここじゃあ外の常識は通用しないんだよ」
「その様だ」
ナイフを平気な顔で抜き取り、教授はそれすらも綺麗に拭き始める。
その姿を見て、青年は面白くなさそうな顔をすると背後の何かに合図を出した。
「とりあえず、人質にして金でも貰おうぜ」
「ははっ、そうだなァ!」
突如、教授の背後から大柄な青年が現れる。
その手には違法改造されたダイブギアより生み出された大剣が握られていた。
「足の一本くらいは失ってもいいだろ。お前らは多くを持ち過ぎだ」
教授は振り向かない。
それを恐怖と捉えたのか、背後の青年は口元を歪めて大剣を脚目掛て振るった。
が、その場に現れた漆黒の大鎌が大剣を受け止める。
「――ごめん教授。遅れちゃった」
「いいさ、君にも青春というものがあるだろう」
教授の横に現れた魔法陣から、黒い外套の少女が姿を現わす。
軽々と大剣を受け止めた少女は、青年が再び大剣を振り上げるよりも早く接近し蹴り飛ばした。
いくつもの壁を破壊しながら吹き飛んだ青年は、四つ目のビルでようやく止まったようだ。
青年は既に意識が無いのか、壁にめり込んだまま起き上がる気配はない。
「やり過ぎは良くないよ、ネームレス」
「いやぁ、こっちも鬱憤溜まっててさ。領地戦とかいう茶番に巻き込まれるし、周りも皆張りきっちゃって、全く困るね」
「その割には楽しそうだが」
「本当にそう見える?」
ネームレスは、肩をすくめる。
そして、視覚外から飛んできたナイフをなんてことのないように手に取るとお返しと言わんばかりに砲撃陣を展開した。
「落ちこぼれ共が、誰に喧嘩売ってると思ってるの?」
「っ、コイツ!」
「ばーん」
ソルシエラに撃ったものよりも低威力の砲撃。
しかし、それでも並みの探索者に防げるものではなかった。
落ちこぼれ共ともなれば当然である。
「……ぁっ」
「あ、やりすぎちゃった。ごめんね、こんなに弱いと思わなくってさ。今までずっと強い人とばっかり戦ってたから」
ネームレスは、そう言って青年に近づくと焼けただれた全身を焔で覆った。
傷という概念が焼却されていく光景を見て、隙を狙って追撃しようとしていた仲間たちが手を止める。
はぐれ者たちでもネームレスが、どれだけの強者かは理解できたようだ。
「よーし、教授お話を続けていいよ。途中でまた調子に乗ったら私が叩き潰すから」
「うーん。私は若い子同士なら穏便に話し合いで解決できると思って、君を誘ったのだがねぇ」
教授はそう言いながら、優しい微笑みと共に青年の前に屈む。
そして、綺麗になったナイフを青年に差し出して言った。
「御景学園と騎双学園、潰したくはないかい?」
「っ、私達何も出来なかった……!」
悔し気に呟くリンカに、トウラクは頷く。
(最後、ケイ君は震えていた)
0号に何かを囁かれたケイは、僅かに震えを見せていた。
彼女は、それでも気丈に振舞ってそれ以上は表情一つ変えずにその場から去っている。
まるで、そうあるべきだとでも言わんばかりに。
「ケイ君……!」
名を呼ぶことしかできない無力な自分が余計に嫌になる。
その時、トウラクの手の中で握られていた白い太刀が少女の姿へと戻った。
「トウラク、大丈夫?」
「大丈夫だよ……僕達は」
そう、トウラク達は何も問題ない。
この場で真に傷ついていたのは、ただ一人。
ソルシエラとして戦っている少女、那滝ケイだけである。
「泣いてた……。それに、私に近づくなって。近づくと死んじゃうからって」
リンカの言葉に、トウラクの心中にやり場のない怒りが湧き上がっていく。
何も出来なかったという事実が、余計に苛立ちを与えた。
「姉さんも、異常だった。あれほど人間を気に入った姿は見たことが無い。恐らくいつでもあの体を乗っ取れるけれど、あえてそうしていないんだと思う」
「……そうなんだ」
それは主であるはずのケイが、0号に実質的に支配されている事を示していた。
「いつも、あんな事をされてるのかな」
「……わからない」
想像もしたくない光景だ。
陰で孤独に戦い誰かを救う少女自身が、救われていない。
そんな陰鬱な世界を、トウラクは許せなかった。
「……行こう、リンカ。情報を手に入れたならもうここに用はない」
「トウラク?」
人の感情の機微に敏いリンカは、すぐにトウラクの異変に気が付いた。
普段の穏健な彼からは想像できない程に、怒りがあふれている。
「僕は、もっと強くならなきゃいけない。そして、あの子を救わなきゃ」
「……そうだね」
感情的な言葉に、しかしリンカは同意する。
なによりリンカ自身も、そう思っていたからだ。
「ルトラ、星斬形態ならどれだけアイツ相手に戦える」
「……わからない。けど、可能性は0じゃない」
「そっか。ありがとう」
それだけ言うと、トウラクは踵を返して歩き出した。
今、トウラクの脳裏には、かつてケイが言い放った言葉が木霊している。
『私を殺してって言ったら、貴方は殺してくれるの?』
それが彼女なりの救済だとしても。
唯一の救いの道だとしても。
(必ず、助ける……! 僕が、この手で……!)
その拳から血がにじみ出ていることに、彼は気が付かない。
■
とある日の夜、教授は一つの学区を訪れていた。
それは素行不良や様々な理由で学園を追放された者達が集まるはぐれ者たち、通称アラクネの住処である。
「久しぶりに来たが、ここは酷い」
背広の裕福そうな壮年の男はこの場所では浮いていた。
その場しのぎが重なった結果生み出された居住スペースや、どこかから盗んできた物が並ぶ露店。
かつてはビル街だったであろう場所は、いくつも手作りの住処が重なって子供が無作為に作り上げたオブジェのようである。
「出来損ないを一つの場所に集める……だったか、理事長も性格が悪い」
この学区は世間には公表されていないが、理事会で黙認している裏の学区である。
学園都市の発展の中で零れ落ちた者たちの受け皿として、あるいは都合の悪いものを押し込めるゴミ箱として、そこは機能していた。
まともに生きていれば、卒業するまで存在を知ることすらない生徒もいる。
そんな裏の世界に、いかにもな見た目の大人が足を踏み入れればどうなるか。
その答えが目の前にあった。
「――いるんだよね、平和ボケしたやつって」
教授の前に、一人の青年が現れる。
先程までは誰の気配もなかった辺り一帯に、気が付けば少年少女の姿があった。
ギラギラと飢えた獣の様な眼を向けるその姿は、教授を獲物としか思っていないようだ。
「悪いんだけどさ、おじさんが来るような場所じゃないんだよね。だから、あるもの全部置いていったら命までは獲らねえからさ」
目元まで隠した金髪の青年は、教授の足元にナイフを投擲した。
探索者であれば、アスファルトにナイフを刺すなど造作もない事である。
随分とわかりやすい脅迫だった。
「元気な子たちだ」
教授はナイフを拾い上げると、ハンカチを取り出して汚れをふき取っていく。
その片手間に、口を開いた。
「このエリアのリーダーに会いたいのだが」
「……もしかして、慈善事業か? 落ちこぼれ共にもチャンスをってやつ?」
「だとしたらどうするかね」
問い掛けた次の瞬間には、教授の肩にはナイフが刺さっていた。
それを見て、周囲からは笑い声や野次が飛ぶ。
「こうなる。今までも何人か来たけど、殺されるか身ぐるみはがされて逃げるかのどっちかだったなァ。おじさん、ここじゃあ外の常識は通用しないんだよ」
「その様だ」
ナイフを平気な顔で抜き取り、教授はそれすらも綺麗に拭き始める。
その姿を見て、青年は面白くなさそうな顔をすると背後の何かに合図を出した。
「とりあえず、人質にして金でも貰おうぜ」
「ははっ、そうだなァ!」
突如、教授の背後から大柄な青年が現れる。
その手には違法改造されたダイブギアより生み出された大剣が握られていた。
「足の一本くらいは失ってもいいだろ。お前らは多くを持ち過ぎだ」
教授は振り向かない。
それを恐怖と捉えたのか、背後の青年は口元を歪めて大剣を脚目掛て振るった。
が、その場に現れた漆黒の大鎌が大剣を受け止める。
「――ごめん教授。遅れちゃった」
「いいさ、君にも青春というものがあるだろう」
教授の横に現れた魔法陣から、黒い外套の少女が姿を現わす。
軽々と大剣を受け止めた少女は、青年が再び大剣を振り上げるよりも早く接近し蹴り飛ばした。
いくつもの壁を破壊しながら吹き飛んだ青年は、四つ目のビルでようやく止まったようだ。
青年は既に意識が無いのか、壁にめり込んだまま起き上がる気配はない。
「やり過ぎは良くないよ、ネームレス」
「いやぁ、こっちも鬱憤溜まっててさ。領地戦とかいう茶番に巻き込まれるし、周りも皆張りきっちゃって、全く困るね」
「その割には楽しそうだが」
「本当にそう見える?」
ネームレスは、肩をすくめる。
そして、視覚外から飛んできたナイフをなんてことのないように手に取るとお返しと言わんばかりに砲撃陣を展開した。
「落ちこぼれ共が、誰に喧嘩売ってると思ってるの?」
「っ、コイツ!」
「ばーん」
ソルシエラに撃ったものよりも低威力の砲撃。
しかし、それでも並みの探索者に防げるものではなかった。
落ちこぼれ共ともなれば当然である。
「……ぁっ」
「あ、やりすぎちゃった。ごめんね、こんなに弱いと思わなくってさ。今までずっと強い人とばっかり戦ってたから」
ネームレスは、そう言って青年に近づくと焼けただれた全身を焔で覆った。
傷という概念が焼却されていく光景を見て、隙を狙って追撃しようとしていた仲間たちが手を止める。
はぐれ者たちでもネームレスが、どれだけの強者かは理解できたようだ。
「よーし、教授お話を続けていいよ。途中でまた調子に乗ったら私が叩き潰すから」
「うーん。私は若い子同士なら穏便に話し合いで解決できると思って、君を誘ったのだがねぇ」
教授はそう言いながら、優しい微笑みと共に青年の前に屈む。
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