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三章 閃きジーニアス

第114話 閉幕プロローグ

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「――そうか、報告ありがとう六波羅君」

 アリアンロッドの最上階、六波羅は理事長の隣に座っていた。
 更にその隣では、二人の会話に飽きたエイナが涎を垂らしながら眠っている。

「ネームレスと、彼女の使っていたという特殊な武装……とても興味が湧いたよ」
「そうか。俺は少しはアンタが知っていると思ったんだがなァ」

 ジルニアス学術院でのネームレスとの戦闘の詳細を、六波羅は理事長に説明していた。
 が、返ってきた反応は期待に反している。

「期待に応えられなくて悪いね。けれど、うん……ネームレスか」

 理事長は、長く深く息を吐く。
 それから、天井に映るダンジョンコアの輝きを見つめた。

「これから厄災が始まろうという時期に、これ以上のイレギュラーはいらないんだけどな」
「ははっ、俺は歓迎だぜ? ネームレスもまあ、少しは楽しめた。使い手がカスだが、持ってる得物が上等だ。もう一度や二度は遊んでも良いなァ。なあ、理事長さんよォ」

 六波羅の言葉に、理事長は困ったような笑みを浮かべる。
 彼の言葉は暗に「ネームレスを殺す依頼を寄越せ」と言っているのだ。

 変な所で律義な彼は、やはりどこか猟犬を想像させる。

「……君は相変わらずだね。けれど、今回は素直に依頼を出すわけにはいかないな。銀の黄昏の監視も一旦中止だ。後任には既にタタリ君を指名している」
「あァ!? なんでだ理事長。まだ教授もッ、博士ともッ殺り合ってねェぞ!」

 怒りから立ち上がった六波羅が理事長を睨みつける。
 が、怒鳴られた当の本人は涼しい顔をして、言った。

「だって、そろそろ君の学園が領地戦やるだろう? 私としては学生らしく学校のイベントに参加してほしいんだ」
「……マジで言ってんのかよ」

 六波羅は怒りを通して呆れた様子でソファに座り込む。

「騎双学園の今後を決める戦争……いや、処刑だ。イベントなもんかよ」
「そうかな? 私は良いと思ったが」

 理事長は本気でそう思っているのか、六波羅の反応を見て首を傾げた。

(あーあ、これだから頭のイカれた奴は困る)

 六波羅は内心でため息をつく。
 理事長にとっては、数ある学園のよくあるイベントにしか見えていないようだ。

 例え、四大校の一つである騎双学園が、他の三大校を敵に回した戦争だとしても。
 彼にとっては何も変わらない。

 これ以上この件について話しても意味はないと、六波羅は話を変えることにした。
 話題転換といっても、単なる文句ではあるのだが。

「ってかよォ……報告するだけだってのに半日も待たせるとは、随分とお役所仕事になったもんだなァ?」
「それに関しては本当に申し訳ない。だが、代わりに昼食と夕食は提供しただろう?」
「ああ。やっぱりアリアンロッドの飯はうめえな。タダ飯だから、よりうめぇ」

 六波羅は素直に頷く。
 この辺りが、理事長として彼を好ましく思っている部分であった。
 
 彼は程よく単純で、根が善人だ。
 だからこそ、こうやって信頼して話すことができる。

「私が遅れたのは理由があってね。……鏡界に僅かに揺らぎが発生したんだ」

 今までの六波羅の纏っていた空気が一気に切り替わった。

「……とうとう来たか」
「ああ。星木の学園は今も問題なく稼働している。ガーデナー君からの報告も特に問題はない。そう、私達の想定通りだ。想定通りに厄災が来る」

 理事長の言葉に、六波羅は獰猛な笑みを浮かべながら言う。

「待ちくたびれた。全部、アイツがあっちで狩りつくしたかと思ったぜ」
「それが出来れば良いんだけれどね。何せほら、彼女も一応は人だからさ」

 そう言って、ここにはいない誰かを思い浮かべて理事長は微笑む。
 対して六波羅は鼻を鳴らした。

「フン、どうでもいいな」
「その割には、楽しそうだね」


 理事長の指摘を敢えて無視して、六波羅は立ち上がった。

「事情は分かった。それなら、銀の黄昏を相手にしている暇はねえな」

 六波羅は眠ったままのエイナを見て、少し悩んだ結果そっと小脇に抱える。
 そして理事長に獰猛な笑みを浮かべた。

「こっちに来る天使はよォ、全部俺が殺していいんだろォ?」
「……正確にはSランクにその資格があるという話なんだが」
「早い者勝ちだろ。そんじゃ、俺はもう行くぜ」

 返事を待たずに六波羅はその場を後にした。
 彼に抱えられたエイナは気持ちよさそうに眠ったままである。

「……そう、予定通りだ。今は」

 その言葉は、まるで誰かに言い聞かせているようであった。








 新しい朝が来た。
 希望の朝である。

 そして、美少女の朝でもある。
 太陽は美少女のいる方角から昇り、美少女のいる方角へと沈む。
 その世界の理に漏れず、ミユメちゃんの背後には日が昇り始めていた。

 でっけえでっけえ日の出である。

「――ルカさん、お姉ちゃんの事をよろしくお願いするっす」
「はい、責任をもって守ります」

 ルカちゃんの言葉に、ミユメちゃんはまたぺこりと頭を下げた。
 そして頭を上げてニッと笑う。

「必ず、いつか帰ってくるっす。今度は色々なことを自分の眼で見て、学んで。そしてお姉ちゃんと、もう一度会うっす」
「はい。私も微力ながら力を貸します。きっと、コニエもそう言うでしょう」

 付き物が晴れたかのように清々しい顔で、ルカちゃんはそう言った。
 うーん、原作と違うキャラになってる……まあいいか!
 美少女が明るい表情をしてるならそれに勝るものはないだろ。

「それと……ケイ君、本当にすみませんでした。体は痛みますか? 一応、鎮圧用で殺傷能力はないものを使ったのですが」
「大丈夫ですよ。だから気にしないでください」

 生徒会室で気絶したフリをした俺は、無事に美少女の皆様方に回収してもらった。
 目覚めたときに美少女に囲まれていたあの光景は、恐らく神話の一ページか何かなのだろう。

 その時から、ルカちゃんは隙あらばこうして俺に申し訳なさそうに謝罪をしているのである。
 こっちこそ毎回勝手に暴れて研究増やしてごめんね……。

 双星形態が追加されたからそれもごめん。マジごめん。

『人間如きがソルシエラを解明できると思うな! 普通に解析されるソルシエラとかみっともないだろ、謎を一つ解き明かすたびに新たな謎を三個増やしてやるからねぇ^^』

 どういう敵対心?
 止めてあげなよ、ルカちゃんがかわいそうでしょ。

「それにしても、こんなに早くから出発してしまうとは。本当にもう行ってしまうのですね、ミユメ」

 ミユメちゃんは頷く。
 その背中には、リュックが一つ。

「私、今すっごくワクワクしてるっす。これから、きっと色んな学びがある様な気がして。……それに、はやくミズヒさんにこれを渡さないと」

 ぱちんと指を鳴らすミユメちゃん。
 すると、虚空から二丁拳銃が現れた。

 より赤くなったその武装は、間違いなくSランクのためのダイブギアである。

「真理の魔眼で作り上げたコレ、気に入ってくれるといいっすけど」

 気に入るとかそういう次元の話なの?

 あれ、実際に作ろうと思ったらいくら掛かるのだろうか。
 俺には怖くて想像もできない。

「さて、コニエ先輩が目覚める前に行くっすよ」
「ミユメちゃん、もう少し待ってもいいんだよ?」
「いえ。……コニエ先輩って、こういうお別れが滅茶苦茶苦手らしいんすよ」

 ミユメちゃんの言葉に、ルカちゃんが頷く。

「そうですね。前に、自分の研究チームの先輩が卒業したときは、ボロボロ泣きながらしがみついてました」

 何それすっごく見たい。
 コニエちゃんにしがみつかれたーい!

『……まだ思想の範囲だからセーフか』

 司法が俺を見張ってやがる。

「それじゃっ、ルカさん行ってきます!」
「はい、いつでも戻ってきて良いですからね」

 元気いっぱいなミユメちゃんは、手を振る。
 ルカちゃんは穏やかな表情で手を振り返してきた。

 そうして美少女に見送られて、俺達はジルニアス学術院を後にした。

「トアちゃん、ミロク先輩には連絡したんだよね?」
「うん、一人増えるって言ったら喜んでたよ」

 でしょうね。
 普通の生徒でも嬉しいのに、それを超えた天才美少女だもん。

 俺も嬉しいよ。
 そして、隙を見てTSマシンを作ってもらおうねぇ^^

『まだ言ってる……』

何はともあれ、全てはハッピーエンドだった。









 一晩経ってシエルは寝不足だった。
 デモンズギアは一日二日寝ない程度では疲労すら感じない。
 
 しかし、半分が人であるために限界は存在している。

(う……こんな事なら、一週間連続徹夜でゲームなんてするんじゃなかった……。この眠気は、流石に堪えます故)

 シエルの唯一の誤算は、連続徹夜ゲームパーティーの後に姉に半ば拉致された事だろう。
 さらに無理矢理仮契約をさせられて疲労も二倍増し。

 ヘッドセットとギフトカードが貰えなければ怒っていたところである。

「んぅ……」
「あれ、ナナちゃんはまだおねむですか?」

 生徒会室のソファに座るシエルの背後、シエルの髪を結んでいるミロクは首を傾げる。
 一日一回は触れて適合率を上げるという目的の元、ミロクはこうしてシエルの髪を必ず毎朝結んでいた。
 ちなみに髪型は、ミロクのその日の気分で決まる。
 
 今日は、ふんわり纏めたツインテールのようだ。

「……いえ、眠くないです。デモンズギアです故」

 シエルは、ミロクの問いに咄嗟にそう答えた。
 デモンズギア随一の演算能力が、ここで寝不足を露呈すればゲームを没収されるという答えを導き出したのである。

「そうですか。夜更かししてゲームなんて事があったらどうしようかと思いました、ええ本当に」
「ひえ」

 シエルは身震いした。
 今の彼女にとってゲーム没収は何よりも怖ろしい事だ。

「さて、出来ましたよ。新しく生徒を出迎えるのですから、ナナちゃんもきちんとした恰好をしないといけませんからね」
「誰か来るのですか?」

 欠伸を噛み殺しながら、シエルは問う。
 十中八九ミユメであろうと推測しながらも、彼女は無知を装った。

 するとミロクは嬉しそうに指を三本立てる。

「ついさっき、トアちゃんからの連絡もありまして……なんと、三人もこの学園に来ちゃいます! 」
「三人? そうですか、それは随分と多いですね」

(私がいない間にミロクが引き入れたのでしょうか)

 その二人が、自分とそこそこ関りがあることを今のシエルは知らない。
 彼女の頭にあるのは、まだ受け取っていないログインボーナスと昨晩やり損ねたレイドボスの事だけである。

(ギフトカード……何に使いましょう。現ピックアップを凸するべきか……それとも次のピックアップに温存するべきか……)

 フェクトム総合学園の一日は、こうして始まったのであった。
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