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三章 閃きジーニアス

第112話 双星ソルシエラ

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 空無ミユメは考える。
 果たして、この場でどう動くべきか。

 自分を庇うように現れたソルシエラ、相対するネームレスと博士。
 少しでも自分に出来ることがあるのではないか。

 そう考え、思考を止めない。
 しかし、目の前の光景はそんな彼女の意思を嘲笑っているかのようだった。

「意味わかんないなぁっ。それ、知らないんだけど!」

 ネームレスが叫び、黒い焔を放つ。
 概念を焼却する強力無比な一撃。

 それを前に、二人は大鎌を軽く振るっただけだった。

 ただそれだけ。
 魔力障壁の展開も、回避もしない。
 流麗な動作から放たれる一撃が、黒い焔を霧散させた。

「ふふっ、可愛い声で鳴くじゃない。そっちの貴女の方が素敵よ?」
「随分と意地悪なことを言うねぇ。彼女が本当に泣いてしまったらどうするんだい?」

 ソルシエラの隣で、親し気に顔を寄せて覗き込むもう一人のソルシエラ。
 瓜二つの少女達を見て、ネームレスは心底面倒臭そうに言った。

「そっちの子は0号か。……面倒臭いなぁ」
「深夢計画をソルシエラが嗅ぎまわっていたというのは知っていましたが……まさかこの為だったとは」

 博士は、納得し頷く。
 その言葉でミユメも気が付いた。

 赤い眼をしたソルシエラによく似た少女。
 その肉体がデータロイドで構築されているのである。

 本来無関係であるソルシエラがカノンに接触した理由。
 それはこのためだったのだろう。

「ふむ、ネタ晴らしをする前にそうやって答えを奪うのは感心しないねぇ。この私が、マスターと共に戦える最高の舞台なんだ。邪魔はしないでくれ」

 0号はそう言って、ソルシエラにピッタリと体を寄せると愛おしそうに髪を指で梳かす。

「ああ、愛しのマスター。君が望むことなら、私が全て現実にしてみせよう。障害となるものは悉くを殺してやるさ。どうか、私に命じてくれよ」
「はぁ……相変わらずね、0号」

 ソルシエラは0号に冷たい眼を向けて、呆れた様子で息を吐く。
 これが、彼女達の当たり前なのだろう。

「っ、見せつけてくれちゃって。……0号がこんなだというのは聞いていたけど、実際に見ると中々腹が立つね」
「おや、嫉妬かな? 醜いねぇ、マスターは私の物だというのに」

 そう言って0号は恍惚な笑みと共に、掬い取った銀髪に唇を落とした。
 瞬間、ネームレスは叫び声を上げて黒い焔をまき散らす。

「やめて! ソルシエラは私の物なの!」
「別にどちらの物でもないのだけれど」

 冷静にそう答えたソルシエラは、焔を前に動かない。
 代わりに、0号は砲撃陣を展開して焔を迎撃する。
 閃光となって突き進む収束砲撃は、焔を真正面から受け止め辺りに爆発を引き起こした。

「おや、少しはしゃぎすぎてしまったかな?」
「やりすぎよ、まったく」
「あっはははははは! たまにはこういう派手なのも悪くないだろう?」

 0号はそう言って微笑むと、ソルシエラの顎をそっと持ち上げる。
 そんな仕草を至極面倒そうにしながらソルシエラは軽く手で払った。

「遊んでいないで、行くわよ」

 それだけ言うと、翡翠の大鎌を構えて駆け出した。
 駆ける背中を見て、大げさに肩を竦めた0号はその場に転移魔法陣を展開して姿を消す。

「せっかくのお披露目なのだから、少しは粘ってみなさいな」

 爆発により巻き起こった煙を翡翠の雷撃が引き裂き、ソルシエラがネームレスの前に姿を現わす。
 思惑など何も存在しない怖ろしいまでの正面突破。

 普段の彼女からは考えられない行動にネームレスは面食らったが、すぐにエクスギアを使用する。

「Act4!」

 斬撃が、攻撃的な防御として機能する。
 迫るソルシエラに対して置かれた斬撃という盾。

 しかし、ソルシエラはそれを見ても笑みを浮かべるだけで足を止めない。

(何か仕掛けてくるっ!)

 ネームレスが気が付き、さらに収束砲撃の魔法陣を展開。
 その頭上、黒い羽がひらりと舞った。 

「0号」
「ああ、分かっているとも」

 ネームレスの真上。
 転移した0号が、収束を終えた状態の大鎌を構えている。

 それも、本来の砲撃型ではない。
 刃に魔力を込めた、一点突破の瞬間最大火力。

「名付けるなら、収束斬撃だろうか」

 他人事のような口調で、0号は無慈悲にネームレスへと大鎌を振り下ろした。
 まるで地に星が堕ちるような銀の軌跡を描き、防御の穴となっていた頭上から来た鎌が直撃する。

「っ、ぁああ!」

 寸前で回避を試みたネームレスの背が、斜めに大きく切り裂かれる。
 吹き出す血を浴びながら、0号は無機質な瞳でネームレスを見つめさらに大鎌を繰り出す。

「やはり弱い人間は醜いねえ。これだけで悲鳴を上げてしまう」
「っ、舐めるなぁ!」

 振り向き、ネームレスが砲撃を放つ。
 0号はそれを見て華麗なステップで砲撃を避けると、再び転移魔法陣で何処かへと消えていった。
 彼女のいた辺りに舞う黒い羽を見て、怒りに息を吐きだすネームレスはハッとして振り返る。

 が、もう遅い。

「私が好きなのでしょう? 駄目よ、目を離したら」
「まさかっ」

 ソルシエラは斬撃の盾を前に、銃口をネームレスへと向けていた。

 近距離故に選択肢に存在していなかった、ソルシエラの大鎌を用いた収束砲撃。
 不意をつくにしても、近づくことは大きなリスクを負う。

 が、そのリスクが今や無いに等しかった。

「――おっと逃げないでくれ。せっかく私のマスターが君に砲撃を贈ろうというのだ。全身で存分に味わいたまえ」

 どこからか聞こえた声。
 同時に、ネームレスの周りに無数の魔法陣が展開され銀色の鎖が巻き付く。

 縛り上げられ、目の前には収束を終えたソルシエラの姿。

「星の輝きを知りなさい」
「っ――」

 引金が引かれる。
 斬撃により僅かに砲撃が削られるが、その程度で星が堕ちる訳がない。

「ぎぁっ!?」

 鎖で縛られたネームレスは、砲撃により吹き飛ばされる事すら許されない。
 0号の言葉の通り、ネームレスは全身で砲撃を受ける事となった。

(気を抜けば、意識が持って行かれる――)

 鎖が砲撃によって破壊されるまで高密度の魔力に晒されたネームレスは、砲撃が終わると同時にその場に崩れ落ちる。
 それでも形を保っているのは、ソルシエラがその攻撃に殺意を込めていないからに他ならない。

(ソルシエラは今まで通り手加減をしている。けれど、隣のアイツは違う……!)

 ソルシエラの傍に現れた0号を見上げて、ネームレスは顔を顰める。
 博愛により、ソルシエラは真にネームレスを殺すことも危害を加えることもできない。

 全てが手加減の上であり、いわば茶番だ。
 けれど、その茶番を本気で仕上げる存在が隣にいる。

 血まみれで笑う0号。
 その血は、ネームレスの背中を殺す気で切り裂いた故であった。

「っ、Act1」

 背中を黒い焔が包み、傷を癒し始める。
 それから間もなく、鋭い痛みが体を襲った。

「誰の許可を得て回復しようとしている?」
「ぎあっ!?」

 気が付けば、その傷口を0号が踏みつけながら見下ろしていた。
 口元を歪ませて、0号は傷口を抉るように足を動かす。

「君はッ、私のッ、マスターをッ、随分と愚弄してくれたじゃないかッ! あっはははははははは! あの子を虐めていいのは私だけだ! 私だけがあの子を傷つけ、傷つけられる権利があるッ! 部外者が立ち入っていい領域じゃないんだよッ! 私達の世界にッ、入ってくるなァ!」
「ぐっ、ああ……狂ってる……!」
「…………ふむ、君にそう言われると心外だねぇ」

 今までの激情が嘘かのように0号は、無表情でそう言う。
 ソルシエラはその光景を見て、呆れた様子で声を掛けた。

「早く次に行くわよ。踊れない相手に興味はないわ」
「それもそうだねぇ」 

 0号はにっこり笑うと、ネームレスから足を離してソルシエラの後を追従する。
 ネームレスは、心の底から安堵した。

(助かった……! ソルシエラの博愛が機能したんだ。私が死ぬ光景を、ソルシエラは見逃がせない。だから、生かされた)

 しかし、それは裏を返せばソルシエラの意識外ならば。
 瞬間の出来事であれば、0号による虐殺が可能であることを意味する。

「は、やく。治さないと。……ごめんね」

 小さな声で誰かに謝罪をするネームレスの体を焔が包んでいく。
 ネームレスの視線の先では、博士と二人が対峙していた。






 博士はネームレスがやられる瞬間を見ていた。
 否、初めから終わりまでを見ていた。

 ただ、それだけだった。

「……勝てない」

 解析は、博士の得意とするところである。
 故に、博士はネームレスを狙った二人の攻撃の隙をつこうとしていた。

 それこそが、大きな間違いだった。
 彼女達には隙というものが存在しなかったのである。

「さて、次は貴女ね。名前を教えてくれるかしら」
「……博士、ゼロツー」
「駄目ね。私は貴女の名前を聞いているというのに」
「自己紹介すらまともにできないとは、博士は教養が無いらしい」

 血まみれの0号は笑う。
 その姿が死を直感させて、博士は無意識の内に体を動かしていた。

「等分された死っ!」

 勝てないと分かった上で、そうしなければいけないと本能が叫んでいる。
 理論も理屈もない。

 博士は、ただ目の前の存在を恐れていたのだ。
 
「またそれか。学会はもう少しバリエーションを増やしたまえよ」

 そう言って、0号が駆け出す。
 同時にソルシエラが砲撃を放った。

 翡翠の雷撃を纏った砲撃が、次々と等分された死の機能を停止していく。
 堕ちていく蝶の中を歪んだ笑みと共に駆けていく0号に、博士はがむしゃらに等分された死を召喚する。

 が、次の瞬間には機能を失っていくそれを見て博士は己の敗北を理性と本能の両方で悟った。

「――あっ」
「あははははは! マスターを博愛などとくだらない言葉で形容した罰だ」

 大鎌が振り下ろされる。
 脳天から切り裂く一撃。

 眼前に迫った、漆黒の殺意を前に――。

「Act4!」

 博士の前に出現したネームレスが攻撃を受け止める。
 そして、続けざまに焔を0号へと放つ。
 
「お前がいるからっ! ソルシエラは戦うんだっ! お前っ――お前らデモンズギアさえいなければっ!」
「っと、これでは手負いの獣だ」

 たん、と宙返りをした0号。
 その空いたスペースを、銀の砲撃が通り抜ける。

 博士は等分された死で魔力吸収を、ネームレスは焔で防御を展開した。

(ソルシエラの収束砲撃!? いつの間に……!)

 回避の隙すら攻撃に転用する一糸乱れぬ阿吽の呼吸。
 これこそが、博士が手を出せない理由であった。

 歪でありながらも、だからこそ噛み合った共依存ともいうべき戦闘形態。
 互いが互いの存在を前提として組み上げられた戦闘論理は、容易に崩すことはできない。

(そして何よりも怖ろしいのは――)

 砲撃が終わり、視界が晴れる。
 そこには、背中を合わせて立つソルシエラと0号の姿があった。

「さて、そろそろ閉幕と行きましょう」
「グランドフィナーレだ。私達に祈りと感謝を捧げると良い」

 ソルシエラが右手を、0号が左手を博士とネームレスの前に向ける。
 展開されるは、一つの魔法陣。
 現人類では解析など不可能な、文字通りの魔法。

 世界の理にすら干渉する魔法式が構築されていく。

 膨大な魔力が部屋中にあふれ、ただそれだけで部屋中にひびが入り軋みを上げる。

(そうだ、これだ。これが本当に怖ろしい……!)

 博士は観察の果てに理解していた。
 なぜネームレスがここまで一方的に敗北したのか。

 完璧なコンビネーションがあったとて、そう易々と負ける存在ではない。
 では、その敗北は何によってもたらされたものなのか。

(ソルシエラと0号の共鳴状態、それこそがこの形態の真髄っ! 彼女らは、魔力を供給し合い力を高め、常に互いを強化し続けている……!)

 それはソルシエラと0号だからこそ。
 二人で一人の彼女達《ソルシエラ》であるからこその唯一無二の魔法だった。

「ふふっ、その絶望した顔、いいわ。美しい」
「ああ、その恐怖した顔が見たかった。とても気分が良い」

 互いの魔力が喰い合い絡み合い溶け合い、より強大な魔力へと昇華していく。

 その砲撃に引金などいらない。
 そんな合図がなくとも、お互いに理解しているからだ。

「「双星《そうせい》の輝きを知るがいい」」
 
 音はなかった。
 初めにあったのは輝きで、それだけが博士に観測できる全てだった。
 
「これが……探求の果て……」

 気が付けば、博士は手を広げて砲撃を受け止めようとしていた。
 その意識は学会に接続され、他の博士たちによる会議が今もなお盛んにおこなわれている。
 予測や仮説は様々だが、例外なく全ての博士が昂っていた。

「もっと、私達を満たしてくださいソルシエラァ!」

 感情に背を押され、駆け出そうとした博士の襟が掴まれる。
 見れば、ネームレスが必死な顔をしていた。

「馬鹿じゃないの!? 死んだら駄目だって、誰がエクスギアを完成させるの! 逃げるんだよ早く!」

 エクスギアを用いたネームレスが焔と斬撃を同時に放つ。
 そして、駄目押しと言わんばかりに収束砲撃を五発放ち、銀の光へとぶつけた。

(能力の同時使用ッ、流石にこれは脳が焼き切れそうだ……!)

 未完成のエクスギアから火花が散り、使用者であるネームレス自身もひどい頭痛と体中を鋭い痛みに襲われる。
 
 そうして土壇場で無茶を押し通した攻撃が、全て僅かな拮抗で光の中に消えた。
 が、それは確かに刹那の時間を稼いだ。

「掴まって!」

 ネームレスは博士に手を伸ばす。
 博士がその手を取ると、ネームレスは転移魔法陣を起動し――。







「――ふむ、逃げたか」

 赤く融解した大穴を見ながら、0号はそう断じた。
 ソルシエラはその言葉を聞いて微笑む。

「結局、逃がしてしまったわね」
「君がわざとそうしたのだろう。本当にお人好しで健気な子だ……どうだい、これから私と一曲」

 そう言って、0号がソルシエラへと大鎌を向ける。
 うっとりとして熱に浮かされたような顔の彼女を見て、ソルシエラはため息を吐くと翡翠の大鎌を構えた。
 その顔には、薄く笑みが浮かんでいる。

「ふふっ、貴女なら私を満たしてくれるのかしら」

 両者が武器を構え、駆け出そうとしたその時だった。

「――ま、待って欲しいっす!」

 二人の間に、ミユメが割って入る。
 既に真理の魔眼の使用限界がきてただの少女になった彼女は、手をわたわたと振りながら叫んだ。

「ここで二人が戦うのは意味が分からないっすよぉ! っていうか、なんでソルシエラが二人になったんすか! 双子だったんすか!?」

 ミユメの仕草と言葉に戦う気をなくしたのか、0号は大鎌を放り投げる。
 そして、つまらなそうに口を開いた。

「無粋だねえ。まったく、君のせいで時間切れだ」
「え?」
「それじゃあ、マスター。また遊んでくれたまえ」
「ええ。気が向いたらね」

 光の粒子と成って消える0号を一瞥したソルシエラは興味なさげにそれだけ告げる。
 冷たい態度に、しかし0号は最後まで満足そうだった

「……はぁ」

 ミユメはその場にへたり込む。
 今度こそ終わったのだと理解した途端、体から力がぬけた。

 そんなミユメへと近づいたソルシエラは、頭を撫でてふっと微笑む。

「お疲れ様。少しは、良い顔するようになったじゃない」
「……え、そう、っすかね」

 今まで常識外の戦いを繰り広げていた存在に素直に褒められて、畏怖と感謝と安堵とその他諸々が混ざり合う。
 ミユメはただ疲れた笑みを浮かべながら、とりあえずピースサインを作った。
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