109 / 255
三章 閃きジーニアス
第108話 覚醒モディフィケーション
しおりを挟む
ミユメは、カノンの本当のラボを知らない。
表向きのラボは何度も足を運んでいる彼女だが、一度も深夢計画の神域でもあるラボに通されることは無かった。
が、それはミユメがラボに向かえない事と同義ではない。
「……こっち」
蓄積した情報と、中途半端ではあるが覚醒した理の魔眼による解析能力がカノンのラボにいたる道を示していた。
夜の校舎はミユメの足音だけが響いている。
(私が……私が終わらせるっす)
覚悟は出来ている。
姉を倒すその目的のためだけに、ミユメの足は前へと進む。
もう後戻りはできない。
「……お腹、減ってきたっすね」
投薬から時間が経過していないにも関わらず、ミユメの体は捕食を訴えている。
肉体が完成に近く、最後のピースを欲しているのだ。
理の魔眼による解析能力を使っているという事もあるのだろう。
人として生きる為に必要なエネルギーよりも多くのエネルギーを消費している今のミユメが空腹状態に陥るのは当然だった。
「お姉ちゃんを倒さなきゃ。そして、私も……」
空腹をごまかすようにお腹を抑えながら、ふらふらとミユメは進む。
一歩進むごとに、彼女の中の理性が失われ獣へと変化していく。
カノンの元へとたどり着いたころには既に自分が自分ではなくなっているだろうという確信があった。
「はぁっ、はぁっ――」
呼吸を整え、思考を回す。
理性で本能を押さえつけて進む事だけに集中。
そうして自ら破滅へと進むその先に、彼女はいた。
「……貴女は」
月明かりの下、大鎌を抱きかかえるように身を寄せて壁に背を預ける銀色の髪の少女。
割れた窓ガラスの向こうから入り込んだ夜風が、髪を僅かに揺らしている。
「――ソルシエラ」
「いい夜ね、怪物さん」
ソルシエラは、ミユメを見ることもなくそう言った。
手の中では水晶のような物質で作られた一輪の花を弄んでいる。
花を愛おしそうに、しかし嗤うように眺めたソルシエラはミユメが言葉を口にするよりも早く言った。
「この花は、貴女の眼にはどう見えるかしら」
「……魔力を結晶化させた物っす」
「無粋ね。研究者としては100点でも、人としては赤点。これは、花よ。私がそう望んだのだから」
ソルシエラの手の中で花が急速に萎れていく。
結晶により作られているはずの偽物の花。
しかし、それはまるで命があるかのように生の栄華からその終わりである死までを晒して見せた。
枯れ果てた花を、ソルシエラは愛おし気に手の中で握り潰して、それから初めてミユメを見る。
「貴女は怪物? それとも人?」
「私は怪物っすよ」
「ふふっ。そう、貴女はそれを望むのね」
「何がおかしいっすか」
ソルシエラはミユメを指さす。
「怪物にしては、随分と可愛らしいもの。そんな今にも泣きそうな怪物、誰が怖がるのかしら」
「……っ、うるさい! 用がないなら、ほっといて欲しいっす!」
ミユメがソルシエラの前を通り過ぎようとしたその時、目の前に漆黒の大鎌が突き出され行く手を阻んだ。
「……どういうつもりっすか」
「私は貴女が怪物でも人でもどうでも良いのだけれど」
大鎌を気だるげに構えるソルシエラ。
「貴女が人であって欲しいという願いを、託されてしまったのよね。ふふっ、自分の理想を誰かに押し付けるなんて、とっても愚かで純粋な願いだと思わない?」
ミユメの脳裏に、見知った顔が思い浮かぶ。
が、それを振り払うように叫んだ。
「もういいでしょ、私の事は! あの時助けてくれたことは感謝するっす。でも、だからこそ、ここからは私の番っす。私の手で、お姉ちゃんを殺す。そして」
「貴女も死ぬ。でしょう?」
ソルシエラはミユメの心を読んだかのようにそう告げた。
ミユメの覚悟、決意、それらを全て読み取った上で、ソルシエラは笑い告げる。
「くだらないわね。徹頭徹尾、自分勝手な弱者の思考」
「……なんだと? 私が、自分勝手?」
「伸ばされた手を振り払って、怪物を気取って堕ちていく。弱いから、伸ばされた手を握る自信がないのでしょう?」
「黙れェ!」
それが引金だった。
ミユメという少女の心は、既に踏み荒らされ、我慢の限界だった。
怒りが後押しをして、ミユメは自ら飢餓状態へと陥る。
残った僅かな理性を総動員して、ミユメは自身の体に装甲を纏った。
不揃いの鱗に、トカゲのような頭部。
出来損ないの龍とでも言うべき怪物へと変化を遂げる。
「邪魔をするなら、倒すっすよ……」
「ここまで来ても殺すのは姉と自分だけなのね」
それは敵意ではあっても殺意ではなかった。
ソルシエラはその事に呆れながらもう一本の大鎌を取り出す。
翡翠の大鎌と漆黒の大鎌の二振りを構えて、挑発するように言った。
「私を殺す覚悟も持てないのに、吠え方だけは一人前ね」
「っ、ソルシエラァ!」
ミユメの腕が、ソルシエラに振り下ろされる。
が、ソルシエラはミユメの爪が当たった箇所から散るように黒い羽に変化して辺りに散っていく。
「不格好なステップ。それでは誰も踊ってくれないわ」
とん、とミユメの背中に誰かがもたれかかる感覚。
そこには、ミユメの攻撃を躱したソルシエラの姿があった。
「っ、ふざけるなッ!」
振り向きざまにミユメは爪を横薙ぎに振るう。
が、跳躍したソルシエラはその腕の先に立ち、大げさに首を横に振った。
「やる気あるのかしら。それじゃあ私を倒すどころか、大好きなお姉ちゃんを殺すことなんて出来ないでしょうに」
「黙れ黙れ黙れ! 私の邪魔をするな!」
怒りは、咆哮へと変化した。
音の波に魔力を乗せた不可視の攻撃が、ソルシエラへと迫る。
しかし、見えない筈のそれをソルシエラは確かに大鎌で一刀両断した。
ソルシエラの左右の窓だけが粉々に砕け散り、辺りに星の光を乱反射して堕ちていく。
まるで小さな星々の中心にソルシエラがいるかのような光景。
彼女の片目には、幾何学模様の魔法陣が浮かび上がっていた。
「……っ、魔眼」
「貴女とお揃いよ? 少しは喜んで欲しいのだけれど」
そう言いつつも、ソルシエラのその口元は歪んでいた。
能力、発動条件、その一切が不明の魔眼を見てミユメは内心で顔を顰める。
(理の魔眼でも解析できない……!? 目の前に魔眼がある筈なのに、何度解析しても、結果は変わらない。ソルシエラは魔眼を持っていないという答えが導き出されるッ……!)
理の魔眼は、万物を解析することが可能な神の目である。
その神の目を用いても正体が分からないのなら、それはどれ程の高位の魔眼なのだろうか。
そして、その魔眼を得るためにどれだけの代償を支払ったのだろうか。
「あら、震えているじゃない。怯えているの?」
「っ」
ソルシエラに指摘されて、ミユメは自分が震えている事に気が付いた。
飢餓状態により本能が前面に押し出されている今、ミユメは理屈ではなく生物としての生存本能で、怯えている。
この時点で既に、勝敗は決していた。
「それでも、ここで諦めるわけにはいかないっす!」
ミユメは折れることなくソルシエラへと駆け出す。
そして、加減を忘れて全力で爪を振り下ろした。
人を超えた怪物による全力の一撃。
ソルシエラはその攻撃を見ることもなく、ミユメの目を見ていた。
「ふふっ、単調ね。直情的で、熱烈。嫌いじゃないわ」
ソルシエラの眼が、淡い光を放つ。
彼女の持つ正体不明の魔眼が発動したのだ。
(っ、何か来るっ)
警戒したその時、ミユメの視界を眩い光が覆う。
「っ」
目を潰すには充分な光によってやみくもに振り折ろされた腕には、空を切る感触だけが伝わってくる。
そして、何かが首に触れる感覚。
「私はここよ?」
ぼやける視界に、ソルシエラの姿が映る。
ソルシエラは、涼しい顔でミユメの懐に潜り込んでいた。
その白く細い手は、ミユメの首へと伸ばされている。
干渉の能力を持つ彼女に触れられることがどれだけ怖ろしい事か理解しているミユメは咄嗟に離れようとしたが、遅かった。
ソルシエラを中心に、床に魔法陣が広がっていく。
「チェックメイト」
次の瞬間には、体から力が抜けていく感覚があった。
それが飢餓状態の強制解除だと気が付いた時にはもう遅い。
抵抗する間もなく、ミユメは無理矢理人の形へと戻されていた。
「っ」
ただの少女となったミユメは裸のまま床にへたり込む。
もはや、彼女に出来る事は何もない。
「邪魔しないでよぉ……。せっかく、覚悟が決まったのに……死んでも良いって、思えたのに」
子供のように泣きじゃくり、ミユメは蹲った。
まるで現実から目を背ける様に、ミユメは言葉を絞り出す。
「私が私でいる事を否定しないで……」
ソルシエラは、そんな彼女の姿を見ることは無かった。
見るに値しないとでも言いたげに、ソルシエラは星空を眺めながら問い掛ける。
「貴女は、それでいいのかしら」
「……そうしなきゃいけないっす。これが私の役割りだから」
その言葉に、ソルシエラはため息をつく。
「違う。そうじゃないでしょう?」
ソルシエラの蒼い眼が、ミユメを捉える。
ジッと彼女の眼だけを見つめるソルシエラの姿は、ミユメに何かを期待しているかのようだった。
「私が聞いているのは貴女がどうしたいのか。理想を、夢を聞いているの」
「そんなもの、今更もっても辛いだけじゃないっすか!」
静かに首を横に振ったソルシエラは、ミユメの前に片膝をつき頬を撫でる。
そして、ふっと微笑んだ。
「どんな現実が待ち受けていようとも、それは希望を持たない理由にはならないわ。星を見なさい。星はこの闇の中でも誇らし気に輝いている。その先に待っているのが自身の消滅だとしても、その輝きを損なうことは無い。その輝きこそ、人が希望と呼ぶ物よ」
ソルシエラはミユメを見つめている。
まるで、彼女が立ち上がると分かっているかのように。
「もう一度聞く。空無ミユメ、貴女の望みはなにかしら」
その問いに、ミユメは正確な解を持ち合わせていない。
今まで信じてきたものが全て偽りだった彼女には、世界が闇に包まれたように見えているのだろう。
そんな世界で何を信じればいいのか、まだ分からない。
それでも、一つの星が進むべき道を教えていた。
「私は――――」
ミユメの口から出たそれは、あまりにも自分勝手な理想論。
何も知らない、何者でもない少女の初めての願いだった。
荒唐無稽な夢物語。
しかし、ソルシエラはそれを嘲笑うことは無い。
「そう。存外、マシな答えが出せるじゃない」
そう言って頭を撫でると、ソルシエラは立ち上がり背を向けた。
「もう大丈夫そうね。後は、相応しいドレスコードで」
ミユメとソルシエラの両者の間に魔法陣が展開され、制服が落ちてくる。
普段、ミユメが来ているジルニアス学術院のものではない。
それは、フェクトム総合学園の女子生徒用の制服だった。
「姉と向き合うのだから、服装くらいはきちんとしなさいな」
「……ありがとうございました」
頭を下げるミユメを一瞥することなく、ソルシエラはその場から姿を消す。
辺りに再び静寂が訪れ、ミユメを孤独にした。
が、その眼は先程とは違う。
爛々と燃え盛る星のような、強い輝きを持っていた。
■
はい、死刑ですね。
『君、流石に美少女を突然裸にするのは駄目だよ』
言い訳はないです。
死にましょうね。
あ、目を抉り出してからの方が良いですか?
極力見ないようにしたんですけどね。
やっぱり最初はこの眼孔に自身の臓物でも詰めるところから始めましょうか。
『自分に対する罰なのにそこまでするんだねぇ。もはや引いているよ』
だって、全裸になるとは思わなかったんだもん。
でも思えばそうだよね。だって、前に戦った時もそうだったんだもんね。
二度ですよ。二度もミユメちゃんの裸を見てしまった。
『だが、そうしなければ彼女の肉体を完成させることは出来なかっただろう。あの装甲を纏ったままでは生体構築データを流し込めなかったのだから』
そうだけど……そうだけどぉ!
わかっていても、罪は罪じゃん……!
罪悪感から、ちょっとだけ理の魔眼にバフ掛けちゃったもん。
すまねえカノンちゃん。
たぶん、今のミユメちゃんべらぼうに強いわ。
『姉上、那滝ケイ、どうしたのですか。二人だけで、何か話しているのですか?』
ナナちゃんには俺達が無言に見えていたのだろう。
ごめんね、ナナちゃん。
「何でもない。さて、こちらも動くとしましょうか」
『この生体データ……双星形態のクオリティアップに使えるねぇ。良い誤算だ。シエル、魔法式の構築を手伝ってくれたまえ』
『はい、姉上』
姉妹仲良く魔法をねりねりし始めたので、俺は黙って移動を開始する。
よーし、次は特等席でミユメちゃんとカノンちゃんの戦いを見ちゃうぞー^^
その後、この目を潰す。
『頼むからシエルに悪い影響を与える行動は控えてほしいねぇ』
表向きのラボは何度も足を運んでいる彼女だが、一度も深夢計画の神域でもあるラボに通されることは無かった。
が、それはミユメがラボに向かえない事と同義ではない。
「……こっち」
蓄積した情報と、中途半端ではあるが覚醒した理の魔眼による解析能力がカノンのラボにいたる道を示していた。
夜の校舎はミユメの足音だけが響いている。
(私が……私が終わらせるっす)
覚悟は出来ている。
姉を倒すその目的のためだけに、ミユメの足は前へと進む。
もう後戻りはできない。
「……お腹、減ってきたっすね」
投薬から時間が経過していないにも関わらず、ミユメの体は捕食を訴えている。
肉体が完成に近く、最後のピースを欲しているのだ。
理の魔眼による解析能力を使っているという事もあるのだろう。
人として生きる為に必要なエネルギーよりも多くのエネルギーを消費している今のミユメが空腹状態に陥るのは当然だった。
「お姉ちゃんを倒さなきゃ。そして、私も……」
空腹をごまかすようにお腹を抑えながら、ふらふらとミユメは進む。
一歩進むごとに、彼女の中の理性が失われ獣へと変化していく。
カノンの元へとたどり着いたころには既に自分が自分ではなくなっているだろうという確信があった。
「はぁっ、はぁっ――」
呼吸を整え、思考を回す。
理性で本能を押さえつけて進む事だけに集中。
そうして自ら破滅へと進むその先に、彼女はいた。
「……貴女は」
月明かりの下、大鎌を抱きかかえるように身を寄せて壁に背を預ける銀色の髪の少女。
割れた窓ガラスの向こうから入り込んだ夜風が、髪を僅かに揺らしている。
「――ソルシエラ」
「いい夜ね、怪物さん」
ソルシエラは、ミユメを見ることもなくそう言った。
手の中では水晶のような物質で作られた一輪の花を弄んでいる。
花を愛おしそうに、しかし嗤うように眺めたソルシエラはミユメが言葉を口にするよりも早く言った。
「この花は、貴女の眼にはどう見えるかしら」
「……魔力を結晶化させた物っす」
「無粋ね。研究者としては100点でも、人としては赤点。これは、花よ。私がそう望んだのだから」
ソルシエラの手の中で花が急速に萎れていく。
結晶により作られているはずの偽物の花。
しかし、それはまるで命があるかのように生の栄華からその終わりである死までを晒して見せた。
枯れ果てた花を、ソルシエラは愛おし気に手の中で握り潰して、それから初めてミユメを見る。
「貴女は怪物? それとも人?」
「私は怪物っすよ」
「ふふっ。そう、貴女はそれを望むのね」
「何がおかしいっすか」
ソルシエラはミユメを指さす。
「怪物にしては、随分と可愛らしいもの。そんな今にも泣きそうな怪物、誰が怖がるのかしら」
「……っ、うるさい! 用がないなら、ほっといて欲しいっす!」
ミユメがソルシエラの前を通り過ぎようとしたその時、目の前に漆黒の大鎌が突き出され行く手を阻んだ。
「……どういうつもりっすか」
「私は貴女が怪物でも人でもどうでも良いのだけれど」
大鎌を気だるげに構えるソルシエラ。
「貴女が人であって欲しいという願いを、託されてしまったのよね。ふふっ、自分の理想を誰かに押し付けるなんて、とっても愚かで純粋な願いだと思わない?」
ミユメの脳裏に、見知った顔が思い浮かぶ。
が、それを振り払うように叫んだ。
「もういいでしょ、私の事は! あの時助けてくれたことは感謝するっす。でも、だからこそ、ここからは私の番っす。私の手で、お姉ちゃんを殺す。そして」
「貴女も死ぬ。でしょう?」
ソルシエラはミユメの心を読んだかのようにそう告げた。
ミユメの覚悟、決意、それらを全て読み取った上で、ソルシエラは笑い告げる。
「くだらないわね。徹頭徹尾、自分勝手な弱者の思考」
「……なんだと? 私が、自分勝手?」
「伸ばされた手を振り払って、怪物を気取って堕ちていく。弱いから、伸ばされた手を握る自信がないのでしょう?」
「黙れェ!」
それが引金だった。
ミユメという少女の心は、既に踏み荒らされ、我慢の限界だった。
怒りが後押しをして、ミユメは自ら飢餓状態へと陥る。
残った僅かな理性を総動員して、ミユメは自身の体に装甲を纏った。
不揃いの鱗に、トカゲのような頭部。
出来損ないの龍とでも言うべき怪物へと変化を遂げる。
「邪魔をするなら、倒すっすよ……」
「ここまで来ても殺すのは姉と自分だけなのね」
それは敵意ではあっても殺意ではなかった。
ソルシエラはその事に呆れながらもう一本の大鎌を取り出す。
翡翠の大鎌と漆黒の大鎌の二振りを構えて、挑発するように言った。
「私を殺す覚悟も持てないのに、吠え方だけは一人前ね」
「っ、ソルシエラァ!」
ミユメの腕が、ソルシエラに振り下ろされる。
が、ソルシエラはミユメの爪が当たった箇所から散るように黒い羽に変化して辺りに散っていく。
「不格好なステップ。それでは誰も踊ってくれないわ」
とん、とミユメの背中に誰かがもたれかかる感覚。
そこには、ミユメの攻撃を躱したソルシエラの姿があった。
「っ、ふざけるなッ!」
振り向きざまにミユメは爪を横薙ぎに振るう。
が、跳躍したソルシエラはその腕の先に立ち、大げさに首を横に振った。
「やる気あるのかしら。それじゃあ私を倒すどころか、大好きなお姉ちゃんを殺すことなんて出来ないでしょうに」
「黙れ黙れ黙れ! 私の邪魔をするな!」
怒りは、咆哮へと変化した。
音の波に魔力を乗せた不可視の攻撃が、ソルシエラへと迫る。
しかし、見えない筈のそれをソルシエラは確かに大鎌で一刀両断した。
ソルシエラの左右の窓だけが粉々に砕け散り、辺りに星の光を乱反射して堕ちていく。
まるで小さな星々の中心にソルシエラがいるかのような光景。
彼女の片目には、幾何学模様の魔法陣が浮かび上がっていた。
「……っ、魔眼」
「貴女とお揃いよ? 少しは喜んで欲しいのだけれど」
そう言いつつも、ソルシエラのその口元は歪んでいた。
能力、発動条件、その一切が不明の魔眼を見てミユメは内心で顔を顰める。
(理の魔眼でも解析できない……!? 目の前に魔眼がある筈なのに、何度解析しても、結果は変わらない。ソルシエラは魔眼を持っていないという答えが導き出されるッ……!)
理の魔眼は、万物を解析することが可能な神の目である。
その神の目を用いても正体が分からないのなら、それはどれ程の高位の魔眼なのだろうか。
そして、その魔眼を得るためにどれだけの代償を支払ったのだろうか。
「あら、震えているじゃない。怯えているの?」
「っ」
ソルシエラに指摘されて、ミユメは自分が震えている事に気が付いた。
飢餓状態により本能が前面に押し出されている今、ミユメは理屈ではなく生物としての生存本能で、怯えている。
この時点で既に、勝敗は決していた。
「それでも、ここで諦めるわけにはいかないっす!」
ミユメは折れることなくソルシエラへと駆け出す。
そして、加減を忘れて全力で爪を振り下ろした。
人を超えた怪物による全力の一撃。
ソルシエラはその攻撃を見ることもなく、ミユメの目を見ていた。
「ふふっ、単調ね。直情的で、熱烈。嫌いじゃないわ」
ソルシエラの眼が、淡い光を放つ。
彼女の持つ正体不明の魔眼が発動したのだ。
(っ、何か来るっ)
警戒したその時、ミユメの視界を眩い光が覆う。
「っ」
目を潰すには充分な光によってやみくもに振り折ろされた腕には、空を切る感触だけが伝わってくる。
そして、何かが首に触れる感覚。
「私はここよ?」
ぼやける視界に、ソルシエラの姿が映る。
ソルシエラは、涼しい顔でミユメの懐に潜り込んでいた。
その白く細い手は、ミユメの首へと伸ばされている。
干渉の能力を持つ彼女に触れられることがどれだけ怖ろしい事か理解しているミユメは咄嗟に離れようとしたが、遅かった。
ソルシエラを中心に、床に魔法陣が広がっていく。
「チェックメイト」
次の瞬間には、体から力が抜けていく感覚があった。
それが飢餓状態の強制解除だと気が付いた時にはもう遅い。
抵抗する間もなく、ミユメは無理矢理人の形へと戻されていた。
「っ」
ただの少女となったミユメは裸のまま床にへたり込む。
もはや、彼女に出来る事は何もない。
「邪魔しないでよぉ……。せっかく、覚悟が決まったのに……死んでも良いって、思えたのに」
子供のように泣きじゃくり、ミユメは蹲った。
まるで現実から目を背ける様に、ミユメは言葉を絞り出す。
「私が私でいる事を否定しないで……」
ソルシエラは、そんな彼女の姿を見ることは無かった。
見るに値しないとでも言いたげに、ソルシエラは星空を眺めながら問い掛ける。
「貴女は、それでいいのかしら」
「……そうしなきゃいけないっす。これが私の役割りだから」
その言葉に、ソルシエラはため息をつく。
「違う。そうじゃないでしょう?」
ソルシエラの蒼い眼が、ミユメを捉える。
ジッと彼女の眼だけを見つめるソルシエラの姿は、ミユメに何かを期待しているかのようだった。
「私が聞いているのは貴女がどうしたいのか。理想を、夢を聞いているの」
「そんなもの、今更もっても辛いだけじゃないっすか!」
静かに首を横に振ったソルシエラは、ミユメの前に片膝をつき頬を撫でる。
そして、ふっと微笑んだ。
「どんな現実が待ち受けていようとも、それは希望を持たない理由にはならないわ。星を見なさい。星はこの闇の中でも誇らし気に輝いている。その先に待っているのが自身の消滅だとしても、その輝きを損なうことは無い。その輝きこそ、人が希望と呼ぶ物よ」
ソルシエラはミユメを見つめている。
まるで、彼女が立ち上がると分かっているかのように。
「もう一度聞く。空無ミユメ、貴女の望みはなにかしら」
その問いに、ミユメは正確な解を持ち合わせていない。
今まで信じてきたものが全て偽りだった彼女には、世界が闇に包まれたように見えているのだろう。
そんな世界で何を信じればいいのか、まだ分からない。
それでも、一つの星が進むべき道を教えていた。
「私は――――」
ミユメの口から出たそれは、あまりにも自分勝手な理想論。
何も知らない、何者でもない少女の初めての願いだった。
荒唐無稽な夢物語。
しかし、ソルシエラはそれを嘲笑うことは無い。
「そう。存外、マシな答えが出せるじゃない」
そう言って頭を撫でると、ソルシエラは立ち上がり背を向けた。
「もう大丈夫そうね。後は、相応しいドレスコードで」
ミユメとソルシエラの両者の間に魔法陣が展開され、制服が落ちてくる。
普段、ミユメが来ているジルニアス学術院のものではない。
それは、フェクトム総合学園の女子生徒用の制服だった。
「姉と向き合うのだから、服装くらいはきちんとしなさいな」
「……ありがとうございました」
頭を下げるミユメを一瞥することなく、ソルシエラはその場から姿を消す。
辺りに再び静寂が訪れ、ミユメを孤独にした。
が、その眼は先程とは違う。
爛々と燃え盛る星のような、強い輝きを持っていた。
■
はい、死刑ですね。
『君、流石に美少女を突然裸にするのは駄目だよ』
言い訳はないです。
死にましょうね。
あ、目を抉り出してからの方が良いですか?
極力見ないようにしたんですけどね。
やっぱり最初はこの眼孔に自身の臓物でも詰めるところから始めましょうか。
『自分に対する罰なのにそこまでするんだねぇ。もはや引いているよ』
だって、全裸になるとは思わなかったんだもん。
でも思えばそうだよね。だって、前に戦った時もそうだったんだもんね。
二度ですよ。二度もミユメちゃんの裸を見てしまった。
『だが、そうしなければ彼女の肉体を完成させることは出来なかっただろう。あの装甲を纏ったままでは生体構築データを流し込めなかったのだから』
そうだけど……そうだけどぉ!
わかっていても、罪は罪じゃん……!
罪悪感から、ちょっとだけ理の魔眼にバフ掛けちゃったもん。
すまねえカノンちゃん。
たぶん、今のミユメちゃんべらぼうに強いわ。
『姉上、那滝ケイ、どうしたのですか。二人だけで、何か話しているのですか?』
ナナちゃんには俺達が無言に見えていたのだろう。
ごめんね、ナナちゃん。
「何でもない。さて、こちらも動くとしましょうか」
『この生体データ……双星形態のクオリティアップに使えるねぇ。良い誤算だ。シエル、魔法式の構築を手伝ってくれたまえ』
『はい、姉上』
姉妹仲良く魔法をねりねりし始めたので、俺は黙って移動を開始する。
よーし、次は特等席でミユメちゃんとカノンちゃんの戦いを見ちゃうぞー^^
その後、この目を潰す。
『頼むからシエルに悪い影響を与える行動は控えてほしいねぇ』
25
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!


Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた
久野真一
青春
最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、
幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。
堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。
猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。
百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。
そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。
男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。
とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。
そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から
「修二は私と恋人になりたい?」
なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。
百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。
「なれたらいいと思ってる」
少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。
食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。
恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。
そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。
夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと
新婚生活も満喫中。
これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、
新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる