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三章 閃きジーニアス
第107話 切札デリバリー
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乾ききって喉が張り付く不快感でミユメは目を覚ました。
見覚えのある天井に、鼻をつくアルコールの匂い。
耳になじみのある機械音は、まるで子守唄のようだった。
「……私は」
ふと、右手に違和感を覚えた。
温かい何かに包まれる感覚。
眼で追っていくと、トアが手を握っているようだ。
「良くなれ~……どうしよう、このままだったら。う、ううん、大丈夫……そうだよね! 大丈夫、大丈夫!」
目覚めたミユメに気が付いていないのか、手を握ったままブツブツと呟いている。
「あの……」
「ふえっ!? え? あ……」
トアと目が合う。
目をぱちくりさせたトアはそれから、手を握ったまましなしなとその場に崩れ落ちた。
「良かったぁ……ちゃんと目覚めてくれて……。もう私、目覚めなかったらどうしようかと思った……」
そう言って安堵の笑みを浮かべるトアを見て、ミユメは笑顔で返そうとしたが、とある事を思い出しその手を振りほどいた。
「みっ、ミユメちゃん?」
「――私に近づかないで欲しいっす」
それだけを、何とか伝えることができた。
目覚めるまで傍にいてくれたトアを拒絶することは、酷く苦しい。
自分がどうしようもなく嫌いになってしまう。
けれども、そうせざるを得ないのだ。
何故なら。
「私は怪物っす。きっと、今度またあの姿になったら、トアちゃんも襲っちゃう。きっと食べちゃう……」
「……覚えているの?」
ミユメは小さく頷いた。
「あの時、私は皆を食べようとした。美味しそうだと思ってしまった」
思い出しただけでも身の毛のよだつ感覚だった。
友人を、ただの美味しそうな食事だとしか思えなかったのである。
自分と対等に接してくれた友達。
だからこそ、より食べたくなってしまった。
そんな感情を抱く自分は、もはや人ではない。
「トアちゃん、今までありがとうございました。楽しかったっす。それと、コニエ先輩の事も、どうかお願いします」
「ミユメちゃん、待って!」
起き上がり、ベッドから抜け出したミユメの手を、トアは再び掴む。
「離してください! 私は、ここにいちゃいけない存在っす! ここにいたら、また皆を食べちゃう!」
「大丈夫、大丈夫だから! きっと、ケイ君とルカさんがどうにかしてくれるって――」
「ただの模造品に、そこまでする価値があるっすか?」
「……え?」
ミユメは、自嘲気味に笑う。
そして自分の手を天井にかざして、見つめた。
「ユメって子のコピーなんでしょう?」
「……聞いていたの?」
「半端に目覚めていたみたいで、夢みたいな記憶っすけどね。……ああ、夢と言っても悪夢か」
ミユメは、カノンによって作り上げられた頑強な肉体を持っている。
意識の覚醒は常人よりも早いだろう。
それが、今は最悪のタイミングで機能したようだった。
「私は、ミユメとして望まれて生まれてきたわけじゃない。私を私のまま見てくれる人なんて……いないじゃないっすか」
カノンの愛は嘘だった。
コニエの面倒見の良さは罪悪感からだった。
ルカの思いやりは全員に良い顔をしたいからだった。
全員がミユメを中心として、誰もミユメを見ていなかった。
それがどうしようもない事実である。
ミユメの世界は、嘘で塗り固められていたのだ。
「私は独りぼっちだった。怪物だから」
そう言ってトアの手を振りほどく。
ミユメの言葉に困惑しているのか、力のこもっていない手はすんなりと離れた。
それをミユメはトアも諦めたのだと納得して歩き出す。
しかし。
「ミユメちゃん……それは違うよ」
数歩進んだところで抱きしめられて、ミユメは足を止めていた。
背後からミユメを抱きしめるトアの腕は、今度はそう簡単に振りほどけそうもない。
「私とケイ君はどうだった? 貴女を模造品として見てた? ユメっていう人の代わりだと思って接していた?」
「……それは、二人が良い人だからっすよ。お人好しだから、巻き込まれた。それだけっす」
「それでも」
ミユメを抱きしめる力が強くなる。
それはまるで、トアの気持ちの程を伝えているように思えた。
「ただ巻き込まれただけだとしても、ミユメちゃんを救いたいと思うのは駄目な事なのかな?」
ミユメの心に、トアの言葉が溶け込んでいく。
少しでも気を抜けば、泣きながらその優しさに甘えてしまいそうな自分が、さらに嫌になる。
「……私はミユメちゃんを大切な友達だと思っているよ。今までも、これからも。ずっと」
「怪物には、勿体ない言葉っすね」
「怪物じゃない! ミユメちゃんは優しくて頭が良くて元気な私の友達だよ!」
トアは、ミユメの背に頭を付けたまま今までのどんな言葉よりも優しく紡ぐ。
「……一緒にフェクトムに行こう? あそこなら、貴女をユメとして見る人はいないよ」
「でも、私と一緒にいると迷惑がかかるっす。いつ襲い掛かってしまうかわからない」
ミユメの言葉に、トアは自信満々に答える。
「私達を馬鹿にしないで。例えミユメちゃんがまたああなっても止める。こう見えても、私もケイ君も、ミロクちゃんもミズヒちゃんも強いんだよ? だから、大丈夫」
それは騎双学園を相手取ったという経験から来る言葉だった。
事実、トアはフェクトム総合学園のメンバーが揃えば何者にも負けないと心の底から信じている。
トアの言葉に、ミユメは何かを言いかけて止めた。
そして言葉を飲み込み、新たに答える。
「……怪物すら受け入れるなんて、随分とおかしな学園なんすね。その好意だけで、私はきっと大丈夫っす」
「ミユメちゃん……」
それはどこまでも優しい拒絶だった。
トアはそれを聞いて絶望したような声を上げる。
彼女の善意の否定。
これ以上、ここにいると自分が許せなくなりそうだった。
「ありがとうございました」
ミユメはトアの腕をそっと振りほどく。
「じゃあね、トアちゃん」
振り返って一礼。
そうして、ミユメは最後にめいっぱいに笑顔を作って見せると、部屋を後にした。
「私……なにか間違ったの……?」
吐き出された言葉は、答えを得ることなく溶けて消える。
トアは、ただ呆然とミユメの出ていった扉を見る事しか出来ない。
自分のありったけでは、何も変える事は出来なかったのだ。
そうしてどれくらい経っただろうか。
長い間そうしていたようにも思えるし、僅かな時間だった気もする。
トアが正気を取り戻したのは、扉が開きルカが入ってきたからだった。
「ルカさん!」
見るからにボロボロで、激しい戦闘があったのだと理解した。
駆け寄り素人目で傷の具合を見るが、それでも随分と酷いとわかる。
「カノンさんと戦ったんですね」
「――そうよ」
トアの言葉に答えたのは、ルカではなくその後ろの少女だった。
傷ついたルカに注目していて気が付かなかったが、ルカの背後にはソルシエラが立っている。
その姿を見て、トアは動揺したように一歩後ろに下がった。
「そっ、ソルシエラ!? ど、どうしてここに……!」
「この子を連れてきてあげたのよ。感謝の言葉の一つくらいは欲しいわね」
そう言ってソルシエラは部屋を見渡すと首を傾げた。
「あの那滝ケイとかいう男はどこに行ったのかしら。ここまでこの子を運んだ礼に紅茶でも淹れさせようと思ったのだけれど」
遠慮なしに部屋に入ったソルシエラは、ため息をついてソファに腰をおろす。
「……ケイは、私が生徒会室で気絶させました」
「えぇ!? なっ、なんでですか!? ケイ君、大丈夫なんですか!」
「大丈夫です。ほんの少し眠っていて貰っただけですから。あの人まで私の個人的な戦いに巻き込むわけにはいかなかったので」
ルカなりの優しさだったのだと知ったトアは安堵する。
が、そんなルカを見てソルシエラは呆れた様子だった。
「まずは自分の身を守れるようになってから周囲の心配をしなさいな。誰かを守れるのは強者の特権よ」
パチンと、ソルシエラが指を鳴らす。
するとルカの体の至る所に魔法陣が展開された。
肉体の再生能力を飛躍的に向上させる魔法式の刻まれたソルシエラオリジナルの魔法である。
「っ、これは……!」
「少し大人しくしていなさい。もう貴女の戦いは終わったのだから」
「そうですね。確かに、私は目的を果たしました」
そう言って、ルカは拡張領域から一つのメモリーチップを取り出した。
これこそ、ルカが自身の命を賭けてでも手に入れる必要があった物である。
「これに、ミユメの肉体を完成させるデータがあります。これがあれば、ミユメはもう飢餓状態にならない。人として生きることができます」
ルカに出来るたった一つのやり方。
それが、ミユメをカノンの計画よりも早く完成させる事だった。
ようやく生み出した僅かな希望を胸に、ルカはミユメのいたベッドを見る。
が、そこには既に誰もいない。
「……ミユメは、どこに行ったのですか」
ルカの問いに、トアは俯きながら答える。
その声は今にも泣きそうだった。
「ごめんなさい、私じゃ止められなくって……!」
「っ!」
ルカは踵を返し、今来た道を戻ろうとする。
が、既に限界を迎えた肉体と脳がそれを許さない。
「くっ……体が」
「ルカさん!」
倒れたルカを抱え起こしたトアは、再び頭を下げる。
そんなトアの姿を見て責めることなど出来る訳が無い。
一歩、遅かったのだとルカは理解した。
ルカは届かないと分かっていても言葉を吐き出す。
「ごめんなさい……ミユメ。私がもっと早く決意していれば、もっと早くにコニエの話に乗っていれば……!」
泣くルカとそんな彼女を抱きしめるトアを見て、ソルシエラは一人呆れた表情のままため息をついた。
「――二人でそんなに辛気臭い顔をして、嫌になるわ。泣くだけなら、後からいくらでも出来るでしょう?」
ルカの手に握られていたメモリーチップをソルシエラが奪い取る。
そして興味深そうに観察して言った。
「人体構築のデータ……およそ生命の禁忌とも言えるこの技術の結晶は興味深いわね」
メモリーチップが虚空に消える。
彼女の拡張領域へと収納されたのだろう。
「何をするのですか……!? それはミユメの……!」
「私と、取引をしましょう?」
ソルシエラは妖しい笑みを浮かべてそう言った。
彼女の背後の窓には星々が輝いている。
「このデータは、来たるべき厄災に有用だわ。だから、このデータのコピーを貰おうかしら。代わりに、あの人工生命にこれを届けてあげる」
「本当ですか?」
「これは契約よ。どうするのかしら」
トアはルカに答えを委ねる様に視線を向ける。
ルカは、僅かに逡巡したようだが頷いた。
「わかりました。けれど、一つ訂正があります」
「あら、何かしら」
首を傾げるソルシエラに、ルカは真っすぐな目で答えた。
「あの子は人工生命なんて名前じゃありません。 空無ミユメです、私の大切な後輩なんです……!」
ソルシエラは、その言葉を聞いて僅かに微笑む。
「そ、興味ないわね」
転移魔法陣が展開される。
そして次の瞬間には姿を消した。
「……ミユメ」
今のルカには、星に祈ることしか出来なかった。
見覚えのある天井に、鼻をつくアルコールの匂い。
耳になじみのある機械音は、まるで子守唄のようだった。
「……私は」
ふと、右手に違和感を覚えた。
温かい何かに包まれる感覚。
眼で追っていくと、トアが手を握っているようだ。
「良くなれ~……どうしよう、このままだったら。う、ううん、大丈夫……そうだよね! 大丈夫、大丈夫!」
目覚めたミユメに気が付いていないのか、手を握ったままブツブツと呟いている。
「あの……」
「ふえっ!? え? あ……」
トアと目が合う。
目をぱちくりさせたトアはそれから、手を握ったまましなしなとその場に崩れ落ちた。
「良かったぁ……ちゃんと目覚めてくれて……。もう私、目覚めなかったらどうしようかと思った……」
そう言って安堵の笑みを浮かべるトアを見て、ミユメは笑顔で返そうとしたが、とある事を思い出しその手を振りほどいた。
「みっ、ミユメちゃん?」
「――私に近づかないで欲しいっす」
それだけを、何とか伝えることができた。
目覚めるまで傍にいてくれたトアを拒絶することは、酷く苦しい。
自分がどうしようもなく嫌いになってしまう。
けれども、そうせざるを得ないのだ。
何故なら。
「私は怪物っす。きっと、今度またあの姿になったら、トアちゃんも襲っちゃう。きっと食べちゃう……」
「……覚えているの?」
ミユメは小さく頷いた。
「あの時、私は皆を食べようとした。美味しそうだと思ってしまった」
思い出しただけでも身の毛のよだつ感覚だった。
友人を、ただの美味しそうな食事だとしか思えなかったのである。
自分と対等に接してくれた友達。
だからこそ、より食べたくなってしまった。
そんな感情を抱く自分は、もはや人ではない。
「トアちゃん、今までありがとうございました。楽しかったっす。それと、コニエ先輩の事も、どうかお願いします」
「ミユメちゃん、待って!」
起き上がり、ベッドから抜け出したミユメの手を、トアは再び掴む。
「離してください! 私は、ここにいちゃいけない存在っす! ここにいたら、また皆を食べちゃう!」
「大丈夫、大丈夫だから! きっと、ケイ君とルカさんがどうにかしてくれるって――」
「ただの模造品に、そこまでする価値があるっすか?」
「……え?」
ミユメは、自嘲気味に笑う。
そして自分の手を天井にかざして、見つめた。
「ユメって子のコピーなんでしょう?」
「……聞いていたの?」
「半端に目覚めていたみたいで、夢みたいな記憶っすけどね。……ああ、夢と言っても悪夢か」
ミユメは、カノンによって作り上げられた頑強な肉体を持っている。
意識の覚醒は常人よりも早いだろう。
それが、今は最悪のタイミングで機能したようだった。
「私は、ミユメとして望まれて生まれてきたわけじゃない。私を私のまま見てくれる人なんて……いないじゃないっすか」
カノンの愛は嘘だった。
コニエの面倒見の良さは罪悪感からだった。
ルカの思いやりは全員に良い顔をしたいからだった。
全員がミユメを中心として、誰もミユメを見ていなかった。
それがどうしようもない事実である。
ミユメの世界は、嘘で塗り固められていたのだ。
「私は独りぼっちだった。怪物だから」
そう言ってトアの手を振りほどく。
ミユメの言葉に困惑しているのか、力のこもっていない手はすんなりと離れた。
それをミユメはトアも諦めたのだと納得して歩き出す。
しかし。
「ミユメちゃん……それは違うよ」
数歩進んだところで抱きしめられて、ミユメは足を止めていた。
背後からミユメを抱きしめるトアの腕は、今度はそう簡単に振りほどけそうもない。
「私とケイ君はどうだった? 貴女を模造品として見てた? ユメっていう人の代わりだと思って接していた?」
「……それは、二人が良い人だからっすよ。お人好しだから、巻き込まれた。それだけっす」
「それでも」
ミユメを抱きしめる力が強くなる。
それはまるで、トアの気持ちの程を伝えているように思えた。
「ただ巻き込まれただけだとしても、ミユメちゃんを救いたいと思うのは駄目な事なのかな?」
ミユメの心に、トアの言葉が溶け込んでいく。
少しでも気を抜けば、泣きながらその優しさに甘えてしまいそうな自分が、さらに嫌になる。
「……私はミユメちゃんを大切な友達だと思っているよ。今までも、これからも。ずっと」
「怪物には、勿体ない言葉っすね」
「怪物じゃない! ミユメちゃんは優しくて頭が良くて元気な私の友達だよ!」
トアは、ミユメの背に頭を付けたまま今までのどんな言葉よりも優しく紡ぐ。
「……一緒にフェクトムに行こう? あそこなら、貴女をユメとして見る人はいないよ」
「でも、私と一緒にいると迷惑がかかるっす。いつ襲い掛かってしまうかわからない」
ミユメの言葉に、トアは自信満々に答える。
「私達を馬鹿にしないで。例えミユメちゃんがまたああなっても止める。こう見えても、私もケイ君も、ミロクちゃんもミズヒちゃんも強いんだよ? だから、大丈夫」
それは騎双学園を相手取ったという経験から来る言葉だった。
事実、トアはフェクトム総合学園のメンバーが揃えば何者にも負けないと心の底から信じている。
トアの言葉に、ミユメは何かを言いかけて止めた。
そして言葉を飲み込み、新たに答える。
「……怪物すら受け入れるなんて、随分とおかしな学園なんすね。その好意だけで、私はきっと大丈夫っす」
「ミユメちゃん……」
それはどこまでも優しい拒絶だった。
トアはそれを聞いて絶望したような声を上げる。
彼女の善意の否定。
これ以上、ここにいると自分が許せなくなりそうだった。
「ありがとうございました」
ミユメはトアの腕をそっと振りほどく。
「じゃあね、トアちゃん」
振り返って一礼。
そうして、ミユメは最後にめいっぱいに笑顔を作って見せると、部屋を後にした。
「私……なにか間違ったの……?」
吐き出された言葉は、答えを得ることなく溶けて消える。
トアは、ただ呆然とミユメの出ていった扉を見る事しか出来ない。
自分のありったけでは、何も変える事は出来なかったのだ。
そうしてどれくらい経っただろうか。
長い間そうしていたようにも思えるし、僅かな時間だった気もする。
トアが正気を取り戻したのは、扉が開きルカが入ってきたからだった。
「ルカさん!」
見るからにボロボロで、激しい戦闘があったのだと理解した。
駆け寄り素人目で傷の具合を見るが、それでも随分と酷いとわかる。
「カノンさんと戦ったんですね」
「――そうよ」
トアの言葉に答えたのは、ルカではなくその後ろの少女だった。
傷ついたルカに注目していて気が付かなかったが、ルカの背後にはソルシエラが立っている。
その姿を見て、トアは動揺したように一歩後ろに下がった。
「そっ、ソルシエラ!? ど、どうしてここに……!」
「この子を連れてきてあげたのよ。感謝の言葉の一つくらいは欲しいわね」
そう言ってソルシエラは部屋を見渡すと首を傾げた。
「あの那滝ケイとかいう男はどこに行ったのかしら。ここまでこの子を運んだ礼に紅茶でも淹れさせようと思ったのだけれど」
遠慮なしに部屋に入ったソルシエラは、ため息をついてソファに腰をおろす。
「……ケイは、私が生徒会室で気絶させました」
「えぇ!? なっ、なんでですか!? ケイ君、大丈夫なんですか!」
「大丈夫です。ほんの少し眠っていて貰っただけですから。あの人まで私の個人的な戦いに巻き込むわけにはいかなかったので」
ルカなりの優しさだったのだと知ったトアは安堵する。
が、そんなルカを見てソルシエラは呆れた様子だった。
「まずは自分の身を守れるようになってから周囲の心配をしなさいな。誰かを守れるのは強者の特権よ」
パチンと、ソルシエラが指を鳴らす。
するとルカの体の至る所に魔法陣が展開された。
肉体の再生能力を飛躍的に向上させる魔法式の刻まれたソルシエラオリジナルの魔法である。
「っ、これは……!」
「少し大人しくしていなさい。もう貴女の戦いは終わったのだから」
「そうですね。確かに、私は目的を果たしました」
そう言って、ルカは拡張領域から一つのメモリーチップを取り出した。
これこそ、ルカが自身の命を賭けてでも手に入れる必要があった物である。
「これに、ミユメの肉体を完成させるデータがあります。これがあれば、ミユメはもう飢餓状態にならない。人として生きることができます」
ルカに出来るたった一つのやり方。
それが、ミユメをカノンの計画よりも早く完成させる事だった。
ようやく生み出した僅かな希望を胸に、ルカはミユメのいたベッドを見る。
が、そこには既に誰もいない。
「……ミユメは、どこに行ったのですか」
ルカの問いに、トアは俯きながら答える。
その声は今にも泣きそうだった。
「ごめんなさい、私じゃ止められなくって……!」
「っ!」
ルカは踵を返し、今来た道を戻ろうとする。
が、既に限界を迎えた肉体と脳がそれを許さない。
「くっ……体が」
「ルカさん!」
倒れたルカを抱え起こしたトアは、再び頭を下げる。
そんなトアの姿を見て責めることなど出来る訳が無い。
一歩、遅かったのだとルカは理解した。
ルカは届かないと分かっていても言葉を吐き出す。
「ごめんなさい……ミユメ。私がもっと早く決意していれば、もっと早くにコニエの話に乗っていれば……!」
泣くルカとそんな彼女を抱きしめるトアを見て、ソルシエラは一人呆れた表情のままため息をついた。
「――二人でそんなに辛気臭い顔をして、嫌になるわ。泣くだけなら、後からいくらでも出来るでしょう?」
ルカの手に握られていたメモリーチップをソルシエラが奪い取る。
そして興味深そうに観察して言った。
「人体構築のデータ……およそ生命の禁忌とも言えるこの技術の結晶は興味深いわね」
メモリーチップが虚空に消える。
彼女の拡張領域へと収納されたのだろう。
「何をするのですか……!? それはミユメの……!」
「私と、取引をしましょう?」
ソルシエラは妖しい笑みを浮かべてそう言った。
彼女の背後の窓には星々が輝いている。
「このデータは、来たるべき厄災に有用だわ。だから、このデータのコピーを貰おうかしら。代わりに、あの人工生命にこれを届けてあげる」
「本当ですか?」
「これは契約よ。どうするのかしら」
トアはルカに答えを委ねる様に視線を向ける。
ルカは、僅かに逡巡したようだが頷いた。
「わかりました。けれど、一つ訂正があります」
「あら、何かしら」
首を傾げるソルシエラに、ルカは真っすぐな目で答えた。
「あの子は人工生命なんて名前じゃありません。 空無ミユメです、私の大切な後輩なんです……!」
ソルシエラは、その言葉を聞いて僅かに微笑む。
「そ、興味ないわね」
転移魔法陣が展開される。
そして次の瞬間には姿を消した。
「……ミユメ」
今のルカには、星に祈ることしか出来なかった。
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