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三章 閃きジーニアス

第106話 継承アベンジャー

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 深夢計画に使用されるラボは、カノンが博士としての権力と才能を存分に発揮して造られた。そのため、学院でも知る者が少ない秘匿された場所である。

 この場所をカノン以外に知るのは、学会により情報を得た他の博士と、賛同者のコニエそして――。

「来たんだ、ルカ」

 ルカの持つパスは、未だに有効であった。
 それが意味することは、カノンの中でルカはまだ障害ではないという事である。

 カノンはルカを一瞥すると手元のコンソールを再び操作し始める。
 笑顔を浮かべてはいるが、どこか焦っているようだ。

「いやぁ、ソルシエラにはまいったね。あんなの出してくるとかさ。学会はもうお手上げです。しょんぼり」
「――GM04、ルルイカ」

 ルカの傍で、機械仕掛けのイルカが跳ねる。
 出す必要のないタイミングでのルルイカの召喚に、カノンは首を傾げる。 
 そして、手を止めて振り返った。

「……ルカ、どうしたの? 今はその子は必要ないよ」

 きょとんとした顔のカノンを見て、ルカは拳を握って生唾を飲み込む。
 そして、絞り出すように言った。

「カノン、もう止めましょう。私達は、一度過去に向き合う必要があります」

 表情を変えずに、カノンは口を開く。

「へぇ――そっち側に行くんだ」

 友との決裂というには短すぎるやりとり。
 そこに悲嘆も悲壮もなく、まるで事実を確認するかのような口振りである。

 しかしこの瞬間、ルカは確かにカノンの敵対者となった。

「コニエにほだされたか。それとも、ソルシエラと接触して何かが変わったか。いずれにせよ、邪魔者は排除しないとね――等分された死」

 カノンは、椅子に腰を下ろす。
 そして、指先をタクトのように振るって蝶を展開していく。

「殺しはしないよ。今まで付き合ってくれた礼にね。でも、私を裏切ったことを死ぬほど後悔するくらいには痛い思いをして貰おうかな」
「……私が止めます」
「あははっ、おいでよ臆病者」

 迎え入れる様に、蝶が黒い波となり広がっていく。
 その中央、まるで誘っているかのようにカノンへの道が続いていた。

 真正面に進む以外の選択肢が消えるが、それはルカには想定内である。

(やはりルルイカの機動力を奪ってきましたか。けれど)

 ルカは拡張領域から口元を覆う機械仕掛けのマスクを取り出し装着した。

「ルルイカ」

 名を呼ばれた機械仕掛けのイルカが、ルカの前に現れる。
 するとルカは、ルルイカの上に飛び乗った。

 バイクに乗る様な体勢で跨ったルカの操作により、ルルイカはカノンへと進んでいく。

「いいよね、ルカのはそうやって乗れてさ。私のは乗れないんだー。まあ、こんなのは出来るけど」

 向かってくるルカを見ても、カノンは無邪気な笑顔のまま等分された死マストダイを操作する。
 そして、ルカの進行方向に蝶を集めてギロチンを作り上げた。

 魔力を吸収する性質を持つ等分された死が集まって完成したそれは、間違いなく一撃必殺。
 しかし、ルカは止まるどころか加速した。

「潜航開始」

 ギロチンが堕ちる瞬間、主を乗せてある程度進んだルルイカは軽く飛び跳ねるとそのまま床の中へとルカごと潜った。

 まるで本当に水に潜ったかのように床には波紋が広がり、ギロチンは床にぶつかり蝶へと戻る。

 その光景を見て、カノンは感心したように声を上げた。

「成程ね。ルルイカのダンジョン空間の生成能力を改良したんだ。人も一緒に潜れるとか、移動や諜報には向いているかもね。それ」

 ジルニアス学術院では当たり前となった局所的なダンジョン空間の展開。
 そこにルルイカなどの特殊な自律武装を格納する技術を、ルカはさらに自己流に改造、運用していた。

(この技術は、私のオリジナル。コニエもカノンも知りません!)

 ダンジョン主のいないダンジョン空間は、端から常に崩壊を続けていた。
 白と黒で構成された出来損ないのオブジェばかりの世界を泳ぐルルイカの背びれに掴まり、さらなる武器を準備する。

 相手は遥か格上の存在である博士。
 であるならば、当然自分の力だけでは足りない。

「――あ、後ろか」

 飛び出したルルイカを、カノンは見ることもなく感知する。
 等分された死に接続した今の彼女に、死角は存在しない。

「っ、ルルイカ!」

 ルルイカの腹部がスライドし、中から魔導合金を用いた特殊な小型ミサイルが三発放たれる。
 当然、室内で使う事を想定されていない強力なミサイルではあるが、カノンは等分された死を操作し壁を作り上げて完全に防御。

 爆風に髪を揺らしながら、指先をルカへと向けてにっこり笑った。

「ばーん」

 背後に控えていた無数の等分された死が、マシンガンのように放たれる。

「くっ」

 ルカは再び地面へと急速潜航し、等分された死を回避した。
 消えたルカを見て、カノンは「めんどくさーい」と投げやりな感想を吐き出す。

 そう、彼女にとってこれは面倒臭いで済む話だ。
 敗北はあり得ない。

「それはあくまでダンジョン空間を生成しているだけ。だから、君の隠れている場所は必ず魔力深度に異常が発生するんだよねー。そこにぴったり反対の魔力波をぶつけてあげれば――」

 等分された死がある地点に集まり羽ばたく。
 それは、共鳴による魔力波の増幅だ。

 千を超える自律武装の完全なマニュアル操作と、ルルイカの生成したダンジョン空間の数値を完全に理解するという常軌を逸したカノンの才。
 これにより、等分された死はルルイカのダンジョン空間と完全に正反対の魔力の波を作りだしていた。

 今までとは違う一糸乱れぬ羽ばたきにより、床の一部が異様に波打ち始める。
 そして間もなく、ルルイカがまるで悲鳴ともとれる甲高い泣き声と共に飛び出してきた。

「駄目だよ、私の前でそんな事しちゃ。ダンジョン空間を潰すことなんて簡単なんだから」
「……ルルイカ!」

 ルカは一睨みすると、再び潜航する。
 そして、今までよりも早く滅茶苦茶な機動で床、壁、天井を問わず泳ぎ回った。

 その光景を見て、カノンは呆れたようにため息をつく。

「それだけー? いや、普通の相手ならそれで十分なのか。本来なら絶対に干渉できない空間だもんね。でもさ……GMシリーズは私も手伝ったじゃん。覚えてないの?」

 部屋は既に等分された死によって埋め尽くされている。
 黒い波となった等分された死は、再び羽ばたきを一つにした。

「貴女を倒す為の戦闘パターンは全て頭に入っているよ。勿論、他のGMシリーズも。だから、生徒会総出でも私は倒せないよ。ヒショウ会長もまあ……うん、なんとかなるでしょ。馬鹿だし」

 カノンはそう言って、余裕そうにインスタントコーヒーを口に含む。
 これは初めから彼女にとっては戦いではない。
 言うなれば、躾に近いだろう。

 それほどまでに、両者の間には絶対的な差があるのだ。

「あ、そこか」
「っ!?」

 等分された死が、カノンの示した場所に集まり羽ばたいた。
 すると間もなく、壁に潜んでいたルルイカが、ダンジョン空間の崩壊に伴い押し出される。
 床に転がったルルイカとルカを見て、カノンはトドメを刺すことなく笑った。

「大丈夫? 今、顔から落ちなかった? ルカは顔は良いんだからさ、気をつけなよ。って言っても、自分の容姿に興味ないんだっけ? 少しは女の子らしくしなってー」

 それはいつもの談笑と変わらない。
 違うのは、目の前のソレがつい先程までは友だったという事だけだ。

「それじゃあそろそろ捕まえよっかな。どうせ、ミユメちゃんもルカのラボにいるんでしょ? あの子も回収して……いや、ソルシエラへの対処が先か。うーん、難しいな。どうしよう」

 ブツブツと呟くその眼には、ルカの姿は映っていない。
 彼女が手を下すまでもなく、等分された死がルカを拘束する。

 筈だった。

「……ん?」

 ルカを拘束するために向かった等分された死が、弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。
 床から現れた巨大な尾の様なものに、辺り一帯の個体全てが打ち払われたのだ。
 
 カノンは堕ちた等分された死を見て、それからルカを見て首を傾げる。

「今の、何?」

 ルカは答えない。
 ゆっくりと立ち上がったルカは、言葉の代わりに左腕に取り付けたダイブギアを見せつけた。

 普段彼女が付けているものとは違う。
 しかし、カノンにはそれが誰の物かすぐに分かった。

「コニエのダイブギアか」
「私が使えるようになるまで、多少手間取りましたがこれでようやく準備が整いました。まさか、私がただ逃げ回っているだけだとでも思ったのですか?」
「……あはは、凄いなぁ。私を騙したんだ。うん、やるね」

 カノンは、手を叩く。
 しかし、その眼は今までとは違い一切笑っていなかった。
 
 一つの背びれと、一つの巨大な影が旋回している。
 その中心のルカを見て、カノンは初めて興味をもった。

「何をしたの?」
「簡単な事。コニエのダイブギアと私のダイブギアを同時に使用しているだけです」
「んー、答えになってないなぁ」

 カノンは困ったように頭を掻く。
 そんな事は見ればわかる。

 分からないのは。

「それ、人の脳には無理な処理なんだけどなー」

 それを可能としているルカ自身である。

「だったら解明して見てくださいよ、博士。私よりも、頭がいいのでしょう?」
「あははっ、うん! じゃあ、さっさと倒して、解明してみよっか!」

 カノンの昂った声に、等分された死が色を変える。
 燃えるような真っ赤な羽に変化した等分された死は、今までとは比べ物にならない速度でルカへと襲い掛かった。

「力を貸してください、ロロン」

 応えるように、機械仕掛けの鰐が吠え床より現れる。
 通常の自律武装よりも分厚い装甲は、弾丸となった等分された死からルカを守った。

「やっぱり固いねロロンは。対私用に色々とカスタムしてるし、コニエってばホント面倒臭い。やっぱりあそこで不意打ちして正解だったよ。その子は、コニエ以外には100%のスペックでは操れないでしょ」

 カノンの眼から見ても、ロロンという自律武装は規格外であった。
 コニエの感覚で「とりあえず強いモン」を全て搭載した結果、彼女以外には操れる者がいないモンスターマシンと化していたのである。

「どうせ、ダイブギアの同時使用もからくりがある。いつまでその無茶がもつか実験してあげるよ!」
「結構です。貴女に付き合っている時間はありませんから。早く、ミユメとコニエの元に帰らないと」

 ルカは、ロロンの上に飛び乗る。
 そして、背に手を伸ばした。

「剣々鰐々、お借りします」

 ロロンに搭載された巨大な大剣。
 それを引き抜いたルカは肩に担ぐ。

 が、その足元はふらついて安定していない。
 武器を持ち慣れていないという事もあるのだろう。

 随分と不格好なその姿にカノンは思わず吹き出した。

「ぷっ、あははっ! 無理だよ、そんなのルカには使えないってー! ダサいなぁ。武器を使うの、慣れてないでしょー?」

 笑うカノンを、ルカは否定しなかった。

(そうですね、確かに私にはこの大剣を振り回すことはできない。けれど――これはそもそも武器としての運用を想定されていない)

 大剣を何とか構えて、ルカはロロンより飛び降りる。
 そして、床へと思いきり突き刺した。
 瞬間、大剣の機構が作動しパーツが変化と拡張を繰り返す。

 やがて大剣は、地面に突き刺さった一本のアンテナへと変化していた。

「ん、何それ? どういう――っ!?」

 視界の端で等分された死が一匹、地面に堕ちる。
 その光景にカノンは見覚えがあった。

「――ソルシエラと同じか! 等分された死を無力化する為だけの武装!」

 翡翠の大鎌とアプローチこそ違うが、コニエの出した解はソルシエラと同一であった。

 剣々鰐々とは即ち、辺り一帯に存在する等分された死同士の通信を妨害し、行動を不能にするジャミング装置である。

「ここからが本番ですよ。ルルイカ、ロロン!」

 ルルイカの背に乗り、ロロンと共に加速する。
 本来であれば防ぐはずの等分された死は、混乱し、散り散りに飛び、あるいは地面に堕ちていった。

「っ、うざったいなぁ!」

 咄嗟にいくつかの集団に対してのみ接続を取り戻したカノンは、ルカを迎撃する。
 が、今までの軍勢に遠く及ばないそれらをロロンが先行し噛み砕いた。

「ああもう、今日は厄日だよ!」

 先程までとは立場が逆転していた。
 カノンは立ち上がると、自分の近くの等分された死を何とか操作し壁を作り上げる。
 迎撃を捨てた強固な守りだ。

(他人のダイブギアの操作に、等分された死のジャミング。どっちも、長続きする力じゃない) 

 カノンは、焦りながらも勝機が自分にあるということは理解していた。
 随分な無理をルカがしているということは予想できる。

 後は、彼女が倒れるのを待つだけだ。

(守ってれば、大丈夫。この戦いは、私の勝ちだよ)

 壁の向こうで、カノンはほくそ笑む。
 例えロロンとルルイカでも等分された死の壁を完全に破ることはできない。
 破壊された端から、新たな等分された死が補充されるからだ。

 ジャミングにより、普段の何十倍もその機能は低下しているが、それでも充分に防げる攻撃である。

 しかしそれは、ルカがカノンを倒すことを目的としている場合であった。

「……え?」

 壁を作り上げたカノンを、ルカは減速せずに通り過ぎる。
 そして、壁際のコンソールに近づくと自身のダイブギアを接続した。

「っ、まさか!?」

 カノンは、ルカの目的を理解して叫んだ。

「お前ッ、ミユメちゃんのデータを盗む気か!」
「これでミユメを完成させます。一人の人間として」
「駄目だよ! 正しい手順を踏まないと、アレはユメちゃんじゃなくなっちゃう!」

 ルカの目的。
 それは、ミユメの肉体構築に必要な最後のデータを盗み出すことであった。

 データロイドに適量ずつ付与されていた人間として必要な情報。
 その源を、根こそぎ奪ったのである。

「ルルイカ!」

 接続に使用したコードを強引に抜き取ったルカは、ルルイカに命令しすぐに反転。
 そして、扉へと急いだ。

「逃がさない! ふざけるなよ、それは私の大事なデータなんだ!」

 等分された死が、ルカの後を追う。
 次第にジャミングの効力が切れ、カノンの操る等分された死の数は元に戻りつつあった。

(私では、せいぜい数秒が限界ですね。でも、だからこそ不意を突くことができた)

 全てはこの瞬間のため。
 ルカは最初から、カノンを倒せるなどと考えていなかった。

(真正面からでは負けてしまう。だから、これが私なりの抵抗ですよ、カノン……!)

「っ、あと少し……!」

 出口まで加速するルルイカ。
 その背後に迫っていた等分された死を、ロロンが身を挺して防ぐ。

 大顎でかみ砕き、尾で打ち払い、等分された死に飲み込まれたロロンは、それでも数秒を確かに稼いだ。

(ありがとうございます。必ず、これを持ち帰りますから……!)

 今のカノンは、このラボを出る事は出来ない。
 それはミユメの居場所を知りつつも動いていない事が証明していた。

 ソルシエラという絶対的な存在が、カノンを唯一の安全圏である自分のラボに閉じ込めていたのである。

「あと、すこ、し――っ」

 くらりと、眩暈がした。
 ダイブギアの同時使用に、脳が限界を迎えたのだ。
 
 ルルイカの背に、ぽたりと落ちたそれを見て、ルカは自分が鼻血を出している事に気が付いた。

「ぁ」

 一度気が付いてしまえば、瓦解は早い。

「ぅ、ぁ……」

 朦朧としてきた意識を保とうとするが、既に精神論でどうにかなる範囲を超えていた。
 一瞬、ルカの意識が途切れる。

 それによりオートモードへと切り替わったルルイカが、なんとか等分された死の回避を試みるが、完全な演算能力のみでの読み合いになった場合、軍配が上がるのは等分された死であった。

「……っ」

 ルルイカが、咄嗟に主を背から投げ出す。
 床に転がったルカの前でルルイカもまた、等分された死の中へと飲み込まれた。

「ぁっ、る、るいか」

 相棒が消え、絶望から気が飛びそうになった自分に鞭を打ち、ルカは床を這って移動を開始する。
 が、逃げ切れる訳が無かった。

「あは、捕まえた」

 背後から聞こえた陽気な声。
 
 ルカにはわかった。

 見るまでもない。 
 自分を見下ろすように、カノンが立っているのだ。

「駄目だよ、そんな事をしちゃ。コニエみたいに殺したくなっちゃう」

 そう言って、カノンはルカの前に屈む。

「返して? そしたら、許してあげる」
「……」
「かえせ」

 笑顔は変わらない。
 しかし、周囲を取り囲む等分された死が、カノンの感情を示していた。

 ルカは、カノンを見上げて精いっぱいに睨みつける。

「嫌です。そんなに欲しいなら、私を殺せばいい。それで貴女は、本当に一人になる」
「何言ってるの? ……ずっと前から、私は一人だよ」

 カノンはそう言って、片手を軽く上げる。
 周囲にいた等分された死は、互いに合わさって、いくつもの小さな槍となった。

「じゃあね、ルカ。今までありがとう」

 あっさりと手を振り下ろすカノンの表情に後悔はない。

(ミユメ、コニエ……私は……)

 自分へと向かってくる無数の槍。
 訪れる死を前に、ルカは顔を伏せた。

「――顔をあげなさい。抗うと決めたのでしょう?」

 轟雷。
 辺り一帯が、翡翠の雷により焼き尽くされる。

 ルカを囲んでいた槍も、出口を塞いでいた等分された死も、敗北も死も何もかもが力づくで薙ぎ払われていく。

「っ、まさかここが!? 早く……早く殺さないと!」

 それが誰の攻撃かを理解したカノンは、癇癪を起こした子供のように叫びながら解体用のメスを取り出すと、ルカへと振り下ろした。

 その瞬間、二人の間に雷が落ちる。

 地面を揺らすほどの轟音。
 瞬く閃光と火花の中心、伸ばされた手がカノンの腕を受け止めた。

「不格好ね。貴女も武器を使うのは慣れていないのかしら?」
「ソルシエラ……!」
「良い夜ね、博士」

 ソルシエラは微笑む。
 そして、カノンの腹部へと小型の魔法陣を展開した。
 片腕を抑えられた状態で逃げることができないカノンの腹部へと距離がない状態で、収束砲撃が放たれる。

「っ、がぁっ!?」

 等分された死を使役する暇すら与えずに砲撃が直撃したカノンは、壁に叩きつけられた。
 無理矢理に肺の空気が押し出され、体のきしむ音がやけに響く。

 探索者といえど、これだけまともに喰らってしまえばすぐに行動は出来ない。

(こ、殺される……!)

 カノンは呼吸を整えながら必死に立ち上がろうしている。
 それを見て、ソルシエラは呟いた。

「そんなに怯えないで頂戴。私は、貴女を殺すつもりはないわ。もう、興味は失せたもの」

 ソルシエラとルカの周りに転移魔法陣が展開される。
 
「裁きは相応しいものが下す。それまで部屋の隅で丸まって懺悔でもしている事ね」
「ふ、ざけるなぁ!」

 何とか等分された死を動かし、ソルシエラへと放つが既にそこには誰もいなかった。

 カノンは立ち上がろうとしたが、膝が震えて再び床にへたり込む。
 そして壁を殴ると、そのまま膝を抱えて蹲った。 

「っ、くそ……くそくそくそくそ! なんで皆邪魔するのっ……!?」
 
 少女の泣き声が部屋に木霊する。
 そこにいたのは、博士でも天才でもない。
 ただ一人の子供だった。
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