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三章 閃きジーニアス

第104話 決意トレイター

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 カノンを退けミユメを一時的に無力化した後、ケイ達は病室に訪れていた。
 
 ルカが所有するその病室は、ジルニアス学術院でも最高峰の治療を受けられると評判の特別なラボでもある。
 ミユメとコニエの二人が運ばれたのは、当然のことだった。

「そこのベッドにコニエとミユメを寝かせてください。幸いにも、患者は今朝退院しましたから」

 丁度空いたベッドに二人を寝かせる。
 片や死んだように微動だにせず、片や悪夢にうなされるように。

 その光景を見て、ルカは誰にも気が付かれないようにため息を吐く。

(こうなったのは、私が決断できなかったせい)

 全員に対して平等に好意的に接していたと言えば聞こえは良いが、その実カノンが壊れたことを認められずに都合の良い世界を妄信していただけだ。
 その事実は、なによりルカ本人が一番知っていた。

「コニエ……ミユメ……」

 眠る二人を見て、ルカは泣きそうになるのをグッと堪えて、行動を開始する。
 ミユメに対しては飢餓を抑えるための投薬、コニエはデータロイドとなった体の検査。

 常人であれば、一つの処置でも手一杯なその両方をルカは同時並行してこなしていく。
 トアはそれを、ケイと共に見ていた。

 椅子に座り、ベッドのミユメを眺めながら口を開く。

「来てくれてよかった。ケイ君がいなかったら、きっと……」
「ソルシエラのおかげだよ。俺が情報を集めていたら、たまたま彼女に出会ってね」

 そう言って、ケイはその時の事を思い出すように遠い眼をする。
 
「最初は驚いたよ。でも、彼女は協力してくれたんだ。どうやら、彼女も魔眼を追っているらしくて」
「そうなんだ……ソルシエラが。あの人には、助けられてばっかりだね」
「ああ、そうだな。正体すら分からない孤高のSランク……一体何者なんだ」

 彼の言葉に答えられる者はこの場にはいない。

「俺も多くの事を調べてきたよ。ミユメちゃんの事も、ミユメちゃんが持つ魔眼の事も」

 ルカの手が一瞬止まる。
 が、次の瞬間には動き出し「話してみてください」と言った。

「間違っている箇所は私が訂正します。だから、話してみてください。貴方の調べた真実を」

 ケイは頷くと、説明を開始した。

「事の発端は、十年前の本土での事件。まだエイピスによるダンジョンの制御が完全でなかった時代に、小型のダンジョンが小さな街に生まれたことがきっかけだ」

 そう言って、ケイは一つのウィンドウをトアに向けてスライドする。
 そこには、倒壊した家屋と、一部が丸く抉り取られた山が映っていた。

「当時の探索者が派遣され、三日後には攻略した。けれど、既に犠牲者が出ていた。それが、空無ユメだ」
「……そうですね。直後はまだ息がありましたが、魔法由来の毒に侵され死は目前でした」
「学園都市にいるから忘れがちだが、ここの最先端の技術はあくまでまだ実験段階。本土で実用化されたものは少ない。突出した医療技術もそうだ」

 ダンジョンという異次元の理や、力、物質を扱う以上はそれがどれだけの恩恵を与えようとも慎重にならざるを得ない。
 人がダンジョンと共生するには、目先の欲にとらわれない絶対的な理性が必要だった。

 例えそれが、一人の少女の死を受け入れる事になろうとも。

「結局、空無ユメを治療できる程の医療が本土に渡ったのは、それから何年もあとの話だ。そして、この話はここからだ」

 ケイは語り部の様に、トアにそう告げる。

「ジルニアス学術院が三年前に攻略したAランクダンジョンの聖遺物。その一つである理の魔眼は、物体の構造を解析、再現する機能があることが分かった」
「言葉よりも工程は複雑ですけれどね。だけど、カノンはそこに希望を見出した。いや、希望が現れるまで、ずっと待っていた」

 隣にいたルカだからこそ、わかる。
 狂気とも言える異常な執念だけが、カノンを生かし、天才と呼ばれる領域に押し上げたのだ。

「理の魔眼により、空無ユメの肉体を再現。そして最後には完全に本人と同一にする。こうして、ユメという少女を事実上蘇らせようとしていたんだ」

 ケイの展開する幾つもの資料に、トアは眼を回し、ルカは素直に感心した。
 ただ一人の青年が、ここまで僅か一日で調べ上げたのであれば大したものである。

「随分と、多くの情報を集めたのですね」
「ソルシエラがいましたから。……実は、半分以上は彼女が知っていることを教えてもらっただけなんです。俺だけでは、きっとここまで知ることは出来なかった」

 視線を落とし、ケイは言葉を続ける。

深夢みゆめ計画。ソルシエラはそう言っていました。データロイドという仮想の生体情報を持つ存在を理の魔眼に与え、徐々に本物の肉体へと昇華させていく。そういう計画だと」

 ルカは振り向くことなく頷く。

「その通りです。ミユメの空腹は、生体情報を得るためのプログラムのような物。定期的にデータロイドを与えていけば、やがて本物のユメになるはずでした。……そう、誰も傷つかない筈だった」

 だから、ルカとコニエは賛同したのだ。
 誰も傷つかず、そして不幸にならない。
 そんな幸せな前提条件の元に死者が蘇るのであれば、それはどんなに素晴らしい事だろうか。

「きっと、初めから間違っていたんです。カノンは、ずっとユメの幻だけを追って生きていた。私が隣にいることができたのは、たまたま障害にならなかったから。仮にユメと私のどちらかを選ぶ事があれば、カノンは間違いなくユメを選ぶでしょう」

 カノンは理性的である。
 そもそも、その条件が間違っていたのだ。

 最初から空無カノンという少女はただ一人だけを見ていた。
 
(誰もそれに気がつかなかったから)

 いつしか、少女の願いは呪いへとなり果てた。
 アレは、夢の残骸であり欲望のままに動く怪物。

 ルカの信条とする理性の獣の対極に位置する存在だ。

「殆ど合っています。訂正箇所はありませんね。……貴方の探求心も素晴らしいですが、やはり怖ろしいのはソルシエラですか」
「ソルシエラは、まるで全てを知っているかのようでした」

 ケイは固い表情のまま、そう告げる。
 ソルシエラの情報収集能力は、ルカどころか、博士であるカノンの想像すら超えていたようだ。

 その時、ルカの中に疑問が浮かぶ。

「……何故、ソルシエラがこの計画を調べる必要があったのでしょうか?」
「え?」
「これは、言ってしまえば、徹頭徹尾個人のための実験です。そこに、彼女の介在する余地は……」

 曰く、魔眼を調べていた。

(アレだけの力をもっていても、魔眼を調べるという事は……対抗、あるいはその力そのものが必要だった?)

 理の魔眼は、魔眼にカテゴライズされる聖遺物の中でも高ランクの魔眼である。
 それを調べるという事は、彼女もまた魔眼に対して強い関心を擁いているという事に他ならない。

(ソルシエラは、何と戦う事を想定してそれだけの準備を……?)

 考えれば考える程に、ソルシエラの目的が分からなくなっていく。
 と、そこまで考えて、ルカはミユメの呻く声で意識を切り換えた。

「ミユメっ!」
「っ、ぁ……うぅ」

 こちらの声が聞えているのかも分からない。
 が、先程よりも表情が和らいでいる辺り、薬は効いているようだ。
 ルカは安堵の息を吐き、ミユメの額の汗を拭く。

 そして、眠るミユメとコニエを見て決意した。

「ルカさん?」

 立ち上がり、ベッドから離れたルカを見て、トアが首を傾げる。
 出口の前に立ったルカは、振り返る事無く言った。

「……ミユメに与える薬が無くなりました。生徒会室に予備がありますのでとってきます」
「一人で大丈夫ですか? またあの人が襲い掛かってくるかもしれないですし、俺も一緒に行きますよ」
「……そうですか。では、一緒に行きましょう」

 ケイは立ち上がると「二人を見ていてね」とトアに告げてルカの後を追う。
 
「え? 私一人……? え、え?」

 一人、ポツンと残されたトアは、二人が出ていった扉を見つめながら呆然としていた。
 が、間もなくハッとしたようにベッドに近づくとミユメとコニエの手を握る。
 
「よ、良くなれ~!」

 彼女なりの精いっぱいだ。







 カノンがいつ襲い掛かってくるか分からない現状、ケイとルカは警戒しながら生徒会室へと向かった。
 薄暗い無人の生徒会室は、その乱れ様もありまるで捨てられた倉庫のようだ。

「ここにあるんですか?」
「はい。もう少し奥ですね。確か、あの辺りにあった筈……」

 ルカは明かりをつけてそう言うと奥へと進んでいく。
 その後を追ったケイは、それを見てすぐ足を止めた。

 自分が最初にルカと話した場所は、どうやらまだ片付いていた方らしい。
 生徒会室にラボも併設されているとかろうじて気が付いたのは、壁を這う無数の配線とモニター、そして作りかけの何かがあったからだ。

 それらが無ければ、ケイはその場所を完全に廃材置き場と認識していただろう。

「……え、この中から探すんですか?」
「はい。あ、そっちをお願いします。青いケースが目印です。こんなサイズの」

 そう言って、ルカは指で小さな四角型に空をなぞる。
 一瞬、途方もない仕事に気が飛びそうになったケイは、しかし真面目に頷いた。




「ん-、ないですね。ここに置いたと思ったのですが」

 探し始めてすぐ、ルカはそう言って首を傾げていた。
 
「本当にあるんですよね」
「勿論です。大事な物置き場№27に置いていたんですから」

 それだけの数の置き場所があるなら、それはもはや整理ではない。
 そう思ったケイだが、言いたい気持ちをグッと堪える。

「早く見つけて、ミユメちゃんの所に戻りましょう」
「そうですね。……ありがとうございます、ミユメの為にここまで」
「いえ、そんな礼なんて。彼女は、既に俺の大切な友人ですから」

 お互いに背を向けてごそごそとしながら会話をする。
 薬は見つかりそうにない。

「……貴方達は、ミユメを自分の学園に連れていこうとしていたのですよね」
「はい。コニエ先輩から、頼まれました」
「そうですか」

 ルカは少しの間黙る。
 辺りには、部屋を漁る音だけが響いた。

「……ミユメの事、よろしくお願いしますね」
 
 不意に、ルカはそう言った。
 ケイは、振り返る事なく答える。

「いいんですか?」
「はい。私も、いい加減迷うのは止めにすることにしました」
「……そうですか。わかり――っ!?」

 突然、ケイの首筋に衝撃が走る。
 そしてそのまま機材の山へと倒れ込んだ。

 その背後、ルカは手に持っていた棒状の物を適当な場所に放り投げた。
 いつか、生徒会の誰かが作った対探索者用の強力なスタンガンもどきである。

「騙す形ですみません。けれど、こうでもしないと貴方達まで付いて来てしまうでしょうから」
 
 生徒会室に薬など存在しない。
 初めから、ケイを無力化する為の嘘だったのだ。

 ケイが気を失っている事を確認したルカは、静かに頭を下げる。

「……すみません。でも、必ず全て終わらせますから。それが、私の責務です」

 普段、自分が仮眠をとる時に使うソファにケイを寝かせて、ルカは決意と共に生徒会室を後にした。
 
 足音が遠ざかり、生徒会室に静寂が訪れる。
 それから数秒の後。

「――案外、首がビリビリしたな」

 ケイはむくりと起き上がる。
 そして興味深そうに首に触れ、それから立ち上がった。

「よし、俺も――いえ、私も行こうかしら」

 声に応えるように展開される転移魔法陣。
 ソルシエラはその中へと足を踏みいれ、姿を消す。

 生徒会室は、本当の静寂に包まれた。
 
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