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三章 閃きジーニアス

第101話 光翼シャイニー

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 やることがなくなってしまったミユメは途方にくれていた。
 適当なベンチに座り、手元のタブレット端末を触りながら時間を潰している。

「暇っすね……」
「そうだね」

 その隣では、ケイから傍にいる様にと頼まれたトアがぼけーっと空を眺めていた。

「授業とか、いいの?」
「全ての課程は終了してるっす。後は、卒業の為の論文と成果となる発明品だけっすね。まあ、お姉ちゃんとかルカさんから別で課題を出されたりはするんすけど」
「そ、そうなんだ」

 さらりとそう言ってのける辺りは天才なのだろう。
 トアはミユメを見て少し羨ましそうにしていた。

 ミユメの方はと言うと、相も変わらず暇そうである。

「トアちゃんは、どうなんすか」
「え?」
「授業とか、いいんすか?」
「あー、うち授業ないんだ。先生を雇うお金がなくて」
「えぇ……」

 様々な感想が込められた「えぇ」に、トアはハッとした。

(ここでフェクトム総合学園に悪い印象をもたれたら、来てくれなくなっちゃうかも!)

 寮と校舎はボロボロ。
 自治区は収入源がなく、オマケに生徒数も今は四人とデモンズギアが一機。
 授業もまともに行われず基本は自習かダンジョン救援。

 ミロクに言わせれば自由な校風の完成系であり、ミズヒに言わせればすぐに現場で活躍出来る実戦重視の学園だ。

 字面にすると、その恐ろしさがわかるだろう。
 ここに入るのは、余程の事情があるか学費0円に釣られた間抜けだけである。
 
 それをよく知るトアは慌てて取り繕い始めた。

「でっ、でも、これからだから! ミズヒちゃんはSランクだし! ミロクちゃんもケイ君もいるし! ナナちゃんはその……えっと、さ、触らなければ無害だし!」
「触らなければ」
「そう! 触らなければ……!」

 現状、触れるのは明らかにやばめの薬物を投与した時のミロクだけである。

「借金だって、踏み倒……返済したし。本当にここからなんだよ。フェクトム総合学園、すっごくいい所! うん!」
「そ、そうっすか」

 いつの間にか、顔を寄せるまでにヒートアップしたトアは何度も力強く頷く。
 
「今なら、一人一つ以上の部屋を持てるし、教室も使い放題だよ!」
「へぇー、実験に良さそうっすね」
「でしょでしょ?」

 ミロクが許すかどうかは別である、という事をトアはあえて伏せた。

「だからさ、もしもの時はウチに来るといいよ。うん」
「いいんすかね、そんなに何度もお邪魔になって。迷惑かけるかもしれないっす」
「迷惑じゃないよ。大丈夫、全然問題ないから!」

 隙あらば勧誘するフェクトムの魂は、無事に先輩二人からトアへと受け継がれている様だ。
 そんなトアの姿に若干引きつつも、ミユメは楽し気にトアの話を聞く。

 なんてことのない時間だが、思えばミユメにとって同年代と話すというのは珍しく貴重な時間であった。

(友達って、こういう感じなんすねー)

 中々に悪くない気分である。

「もっと、聞かせてくださいっす。トアちゃんのフェクトムの話、聞いてて面白いっす」
「本当!? じゃ、じゃあ――」

 そうしてさらにフェクトムの素晴らしく完璧なプレゼンを続けようとしたその時だった。

 トアの声をかき消す程に大きな何かが崩れる音が背後から聞こえる。
 同時に、小さく「ぐえっ」という悲鳴に似た何か。

「「え?」」

 ベンチに座ったまま背後を見れば、そこには段ボールの山とそこから生えた手があった。




 ■



 
「ありがとうございます! 助かりました!」

 段ボールの山から救出された少女は、そう言って二人に勢いよく頭を下げた。
 二人よりも背丈の低い少女は、積み重なった段ボールと比較するとさらに小さく見える。

「えっと、大丈夫っすか」
「はい、大丈夫です。ほら、こんなに元気ですから」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねる少女は、確かに動作の通りに元気そうだ。
 彼女の動きに合わせて揺れる金髪が陽に煌めく様子も相まって、まるで無邪気な妖精のようにも見える。

「いやー、一時はどうなるかと思いました。うんうん」

 頷いた少女は、ミユメとトアを交互に見て、そして突然「あー!」と声を上げた。
 そして、トアを指さすと彼女が反応するよりも先に手を握ってブンブンと振る。

「貴女っ、あの人ですよね! 私が私じゃない時に戦ってくれた人!」
「え?」

 ミユメが首を傾げる。
 
「えっと……そうだ! 仲間を背後から撃った人です! メッチャ凄い収束砲撃で!」

 バッとミユメはトアを見る。
 トアは、青い顔で静かに首を横に振っていた。

「え、えと、その……何か誤解をしてないかな?」
「してないですよ。私、見てましたから。貴女の砲撃で、赤い髪の人がぶわぁーってなって、強くなりました!」
「……あ。ああ! 騎双学園での話かな?」

 少女は嬉しそうに「ですです!」と頷く。
 それから、もう一度綺麗に礼をした。

「あの時は、お世話になりました! 結果的に、私まで助かりましたから!」
「……トアちゃん、この人は?」
 
 ミユメの言葉に、トアが答えるよりも早く少女が声を上げる。

「私は八束やつかヒカリっていいます! 前まで騎双学園で自警団をやっていました! 初めまして!!!!!」
「あ、どうも。空無ミユメっす」
「ミユメちゃん!」
「あ、はい」
「いい名前ですね!!」
「……ありがとうっす! ヒカリちゃんもいい名前っすよ!」
「ありがとうございます! 嬉しいです!」

 次第に声量が上がっていく二人を交互に見ながら、トアは自分だけ乗り遅れたことに気が付いた。
 物怖じしないミユメと、生粋の元気娘であるヒカリは余程のシナジーがあるようで、あっという間に仲良くなっている。
 トアだけが、謎の敗北感と疎外感に打ちひしがれていた。

「あ、あの私は月宮トアっていいます」
「はい! トアちゃんこれからよろしくお願いします!」
「あ、ああ、うん」

 勢いに押されて、とりあえず返事をする。
 この手の人間が今まで周りに居なかったため、トアのコミュニケーション手札の中に対元気娘用のカードは無かった。

「……あれ、私の事を覚えていない感じですか?」
「え? あ、えーっと」

 困惑して、答えに窮しているトアを見て、ヒカリは一歩近づく。
 そして、頭をわしゃわしゃと掻きむしって髪を乱して、言った。

「……ふむ、ではこれなら思い出すかな? と言っても、君とこの私が出会ったのはほんの僅かな時間だったが」

 ヒカリの纏っていた溌溂とした雰囲気が霧散し、ギラギラとした老練な雰囲気が彼女を包む。
 癖なのか、首筋に指先を当てて掻くようになぞっていた。

「ひ、ヒカリちゃん。その、様子がおかしいっすけど……」
「えーと……プロフェッサー?」

 困惑するミユメと、首を傾げるトアを前に、ヒカリはまたパッと表情を明るくすると頷いた。

「ですです! どうですか? 似てないですか? というか、トアちゃん意外と驚きませんねー」
「そうかな? 本人を見たことあるなら、違いすぎて驚かないかも。ヒカリちゃん、可愛いし」
「うーん……クラムにやった時は滅茶苦茶慌てて、泣きそうになったのに……」
「え、それ笑えないジョークって事っすよね?」
「それはそれはマジギレするくらいには騙せたのに……」
「それもう絶対やっちゃ駄目だからね?」

 ヒカリは素直に頷いた。
 なお、理解したのかは分からない。

 とりあえず、この話題に触れるのは余りよろしくないとトアは、話題を変えることにした。
 
「それで、ヒカリちゃんはどうしてこんな馬鹿みたいな量の段ボールを?」

 それは高さ5メートルはある段ボールの山だ。
 どうやら、ヒカリはそれを今まで一人で運んでいたらしい。

「実は、私は昨日まで入院してまして。今朝退院したのですが、せっかくならお礼がしたいと思いこの学院を彷徨っていたのです。しかし探せど探せど何処にもルカさんはいない。なので手当たり次第に人助けをして、少しでも恩を返すことにしました!!!!」
「そ、そうなんだ……」
「ルカさんの所で治療してたんすか?」
「はい! あの人凄いですね! 死人一歩手前と言われた私を完全に治したんですから!」

 彼女の言葉は、なによりもその行動が証明していた。
 むしろ、元気すぎるくらいである。

「流石ルカさんっすねー」
「私、めっちゃ馬鹿なのであんな感じでめっちゃ頭いい人はめっちゃ尊敬します! そして、ここはそんなめっちゃ頭いい人たちの学び舎。なので、私はこうして肉体労働で恩返しをしているわけです」

 そう言って、ヒカリは段ボールをポンポンと叩く。

「段ボールの中身ってなにかな?」
「レポートらしいですよ。なんでも、今はジルニアス学術院全体のサーバーが同時にハッキングされたり、各研究施設やラボに誰かが侵入したりと、色々と大変なんだとか。万が一にも大切なレポートが飛ぶと発狂してしまうという事で、今は皆さん紙とペンでレポートを書き上げているらしいです。私もアナログなので、親近感湧きますね!」
「へぇー。……え、ジルニアス学術院がハッキング!?」
「はい!!! めっちゃヤバイって言ってました!」
「あははは、無理っすよ! 毎分変化する暗号アルゴリズムに、聖遺物であるラプラスの時計を用いた鉄壁のセキュリティ。あれを突破できる存在なんて、いないですって!」

 ジルニアス学術院は自他ともに認める電脳戦のプロフェッショナルでもある。
 ダンジョンという存在を研究する都合上機密情報が多くなりがちな彼等、他の学園よりも抜きんでたセキュリティプログラムを組むのは当然のことだった。

 そんな無敵の要塞を破れるものなど存在しない。

「そうなんですか。じゃあ、それよりもめっちゃ頭いい人がハッキングしてるんですね!」
「めっちゃ頭いいで済むのかな……」
「うーん、私は専門外だから行っても助けになれなさそうっすね。ニコさんがいれば、対処も出来たのかもしれませんが、今は皆でソルシエラを追いかけていますし……」
「え? ソルシエラですか? なら――あ」

 ヒカリは途中で何かを思い出したのか、口を閉じる。
 そして、自分をビンタした。

「「ヒカリちゃん!?」」
「すみません。クラムからのお願いを忘れるところでした。私はソルシエラについて何も知りません。ただそれだけを知っています!」
「無知の知って奴っすね」
「はい!」

 ヒカリはそう言うと、段ボールを三つ積み重ねてヒョイと持ち上げた。

「そろそろ私は行きます! このレポートをラボに届けなければいけませんので!」
「一人で運んでいるの?」
「はい!」

 トアの問いに、ヒカリはニッコリ笑って答える。
 その彼女の背後には大量の段ボールがまだ積み重なっていた。

「今までどうやって運んでいたんすか」
「ふっふっふー、よくぞ聞いてくれました! お見せしましょう、私の真の姿を……光翼、解放!」

 ヒカリの背中から四対の光の翼が生み出される。
 光を翼の形に切り取ったようなそれを見て、ミユメは興味深そうに近寄った。

「こっ、これって全部魔力っすか!? え、すご! 高出力の魔力に、この形状にとどめていられる精密な魔力操作……うん、能力によるものだとしても全てが高水準。凄い、余程の高ランクとお見受けしたっす!」
「まだDです! 色々あって、まるで何も得られませんでした!」

 ヒカリは自信満々にそう答える。
 その事情をある程度理解したトアは言葉に詰まり、ミユメは首を傾げる。

「しかし、私はさらに新たな力を手に入れました。二種のモードチェンジも実装され、私がAランクになるのも時間の問題でしょう!」
「凄いっすね!」
「はい! 私は凄いです! なので、これで段ボールを持っていました!」

 ヒカリは翼を巨大な手のように扱い、その場にあった全ての段ボールを持ち上げる。
 そして、得意げに頷いて見せた。

「どうですか、これで私は人間トラックです!」
「すご……」

 ミユメが段ボールを見上げながら、呟く。
 意外にも光翼は、運搬にマッチした能力のようだ。

「確かにこれなら運べるね。……ヒカリちゃん?」

 声を掛けてみれば、ヒカリの様子がおかしい。
 どこかうつらうつらとした様子で、先程までの元気な声もぱったりと聞こえなくなってしまった。

「あふぅ……」

 力の抜けるような声と共に、光翼が消える。

「「えっ」」

 声を上げる事しかできない二人の前で、ヒカリは再び段ボールの山に埋もれた。











「すみません! 一度ならず二度までも!」

 段ボールを持ったまま、ヒカリは元気に頭を下げる。

「無理は禁物っすよ?」
「はい! お手伝い感謝です!」
「まあ、私達も暇だったしね……」

 三人は仲良く段ボールを運んでいた。
 ミユメは探索者としてはそれなりに、ヒカリは今度は無理のない範囲で光翼を展開して。
 そして、トアは。

「トアちゃん、それ重くないっすか?」
「え? そんな事ないと思うけどな……」

 一番積み重なった段ボールを持っていた。
 全体が縛られてある程度持ちやすくなっているとは言え、その量はもはやちょっとした歩く塔である。

「アルテミスの衝撃に比べたら別になんてことないよ」
「そうなんすかね……まあ、本人が言うなら……」

 自分が何かおかしなことを言ったのかと首を傾げるトアを、ヒカリは憧れの眼差しで見つめる。

「凄い……! いずれは私も最強フォームを手に入れて、あんな感じで強くなりたいです!」
「随分とフィジカルに寄った強さを目指すっすね……と、ここじゃないっすか?」

 ミユメは目的のラボまで来ると、顎でその場所を指した。

「あ、本当ですね!」

 それから、崩れないようにとその場に降ろしていく。 全てを降ろし終えた後、ヒカリはニッコリと笑った。

「ありがとうございました。おかげで、助かりました」
「これで終わりっすか? 良かったら、まだ付き合うっすけど」
「いえ、おしまいです。……あのこれは御内密にお願いしたいのですが」

 そう言って、ヒカリは本人的には小さな声で二人に告げる。

「私、幼馴染に内緒でこんなことしてるんです。なので、バレたらたぶんメッチャ怒られます。怖いです。だから、もしも私の事を訊かれても内緒でお願いします!」
「あ、うん」
「わかったっす」

 その言葉を聞いて安心したのか、ヒカリはサムズアップをして頷いた。

「では、私はレポートをこのラボの生徒さんに引き渡して終わりにしますから、皆さんも今日一日を楽しんでください! それじゃあ!」

 ヒカリは手を振って、ラボの中へと入っていく。

 それと同時に、段ボールの中から一匹の蛙が飛び出した。

「え、蛙?」
「あっ」

 蛙は、真っすぐにヒカリの後を追っていく。
 やがて一人と一匹はラボの中へと消えていった。

「なんで蛙が……? しかも、ダイブギア製の自律武装タイプ……?」
「な、なんだろうねー」

 トアは、誤魔化すように笑う。

「これからなにしよっか?」
「……うーん。なにすると言ってもジルニアス学術院がまさかのハッキング受けてる最中っすからね。また、ベンチに戻ってぼーっとするしかないんじゃないっすか」
「なら途中で見かけたキッチンカーに寄ってもいい? 美味しそうなクレープがあったんだ」
「いいっすよ」

 ミユメが快諾すると、トアはぱぁっと表情を明るくした。
 
「それじゃあ行こっか」
「はいっす」

 足取り軽やかなトアの後を追って、ミユメは歩き出す。
 
(今日は楽しい一日になりそうっすねー)

 そんな予感が、彼女の足取りも軽くした。
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