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三章 閃きジーニアス
第92話 虚像コミットメント
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転移した俺は、すぐに用意された部屋に閉じこもった。
戸締り、ヨシ!
「……ふぅ」
流石浄化ちゃんだぜ、俺達が知らねえことを色々知っていやがった!
『優秀だねぇ。それにしても、魔眼が幽霊の正体だったとは』
思わず知っている感じ出しちゃったけど、普通に驚きだね。
俺の事も助けてくれたし、やっぱり美少女ってのは器がデケェなぁ。
いつか、この恩は返さないとね!
『そうだねぇ。それにしても、彼女の協力を断るとは予想外だった。あの人吞み蛙は数という点で等分された死に対して真っ向から勝負ができる。爆発という攻撃手段も有効だろう。頭も回るし、申し分ない筈だ』
その言葉は正しい。
確かに、彼女がいれば俺は博士をフルボッコに出来るだろう。
彼女が攻撃すれば、俺が直接美少女に危害を加える事もない。
が、それではだめなんだ。
それでは、ソルシエラの都合で倒してもらったことになってしまう。
俺が、俺達がミステリアス美少女である限り、大体の事はソルシエラのみで解決しなければならない。
俺はミステリアス美少女なのだ。
仲間を使って相手を倒す悪の女幹部で無ければ、仲間と一緒に悪を滅ぼすヒロインでもない。
その中立。
時に敵に、時に味方になる自己を中心とした存在。
それこそが、このソルシエラなのだ。
誰かの能力を利用して勝つのは良いだろう。
ミステリアス美少女はその場のどんな力も上手く使えるアピールができる。
誰かの背を押すのも悪くない。
気まぐれに正義が重なった瞬間のミステリアス美少女は頼もしく見える。
けれど、一緒に肩を並べて戦うのは駄目だよ……。
仮にあったらそれはもう最終回か、すっげえヤバイ緊急時だよ。
『なら浄化ちゃんを上手く使えば良かっただろう。君なら、上手く浄化ちゃんだけを博士の方に誘導できたはずだ。そもそも彼女は君の助けになるのに乗り気だっただろう』
一番駄目だよ。
そもそも、美少女は危険な目に遭わないのが一番なんだからさ。
それがその子にとって必要なら仕方がないけれど、今回はマジで無関係だからね。
ミステリアス美少女ムーブの為に、無関係な美少女を巻き込めるわけがない。
星詠みの杖君、冷静に考えてくれ。
ソルシエラは、誰かを傷つけるための存在じゃないんだ。
『……すまない、どうやら私も中々に動揺しているようだ。ソルシエラが完封されるとは思っていなかったからねぇ』
大丈夫だよ。
俺達は二人でソルシエラなんだから、片方がおかしいときは頭をぶん殴って元に戻そう。
『そうだねぇ。じゃあ、早速いいかな?』
よっしゃ! 来い!
『君さ、浄化ちゃんの唇に触れていなかったかい?』
……星詠みの杖君、アレは必要な事だった。
そっちの方がミステリアス美少女だったから。
『君、今は男だよね?』
ごめんて。
『ミステリアス美少女として駄目駄目だったから、アレでミステリアス美少女エネルギーを無理矢理補給していなかったかい?』
……流石相棒だぜ! なんでもお見通しって訳だな!
『反省しろ』
ウィッス……サーセン……。
ソルシエラの敗北により、俺達は互いにおかしくなっている様だった。
スピンオフなんて微塵も知らねえし、しょうがないと言えばしょうがないのだが、もう二度とこういう事は無いようにしたい。
フェクトム総合学園のごたごたは上手く立ちまわってたじゃないのぉ。
あの頃を思いだすわよ!
『ああ、そう言えば一応月宮トアの無事を確認しておいた方が良いんじゃないかな。博士に人質にされたらそれこそ緊急事態だ』
確かにそうだわ。
トアちゃんとか、絶好の人質じゃねえか。
俺は扉を開けて、大急ぎでトアちゃんの部屋へと向かう。
すると扉の前には、既に誰かの人影があった。
「……っ、トアちゃん!」
マズい、博士が来たのか!?
『いや、アレは……』
大急ぎで近づいた俺は、その人影の顔を確認する。
暗がりでぼんやりとした輪郭だが、それは間違いなくミユメちゃんであった。
なんだぁ、美少女同士の真夜中の密会かぁ。
……え、いつの間にミユ×トアが!?
『トア×ミユの可能性もあるねぇ』
「ミユメちゃん……?」
俺に名を呼ばれてようやく存在に気が付いたのか、ミユメちゃんはハッとして俺を見た。
「ああ、ケイ……どうしてここに?」
「それはこっちの台詞でもあるんだけど」
「え? 私は……あれ? どうして来たんすかね?」
首を傾げるミユメちゃん。
その時、彼女のお腹が可愛らしく音を立てた。
お互いに顔を見合わせて数秒硬直する。
ミユメちゃんは、恥ずかしそうに頭を掻いて「あはは……」と笑った。
「検査ばっかりで、何も食べていなかったからっすかね。あ、あはは」
「そ、そうなんだ。なら、あー……今から一緒に食べたりとか、する?」
「いいんすか!?」
俺は頷く。
美少女と飯が食えるなら、二度の夜食くらいこなしてやらぁ!
「わあ、嬉しいっす。こんな真夜中に食べるなんて、特別な感じがしてワクワクするっすね!」
ミユメちゃんは嬉しそうにそう言った。
「せっかくだから、トアちゃんも誘うっすよ!」
そう言って、ミユメちゃんは扉をノックする。
間もなく、貸してもらったパジャマとナイトキャップを装備したトアちゃんが、半分寝ている状態で姿を現した。
きゃわわ!
「あれぇ、んあ……どうしたの二人で」
「今からご飯食べるっすよ!」
トアちゃんは眠たげな目を俺に向ける。
その眼は「コイツさっきも食ってなかった?」という疑問が存分に込められていた。
「どうっすか、一緒に」
「えぇ……また、たべるのぉ」
ふにゃふにゃとそう返すトアちゃんを見て、俺はやんわりと強制でないことを伝える。
「あーいや、トアちゃんは無理しなくていいよ」
「んぅ……たべる」
眠そうに目を擦りながらも、トアちゃんはしっかりとそう言った。
もしかして、トアちゃんって結構食いしん坊?
■
人呑み蛙の爆発により薄ら煙に包まれた研究室で、カノンはソルシエラの消えた場所を見つめてため息をついた。
「はぁ、逃げられちゃったなー。うーん、面倒くさいね」
理論上、完璧な筈だった。
昼に正体を突き止め、それからプランを練って用意も万全。
それでも彼女が捕まらなかったのは、ソルシエラが自分を上回る存在だったからだろうか。
「……いや、それはないね。うん」
カノンは可能性を考えて無理矢理に否定する。
ソルシエラが逃げおおせた爆破は第三者によるものだった。
完全なイレギュラー。
ソルシエラも予想をしていなかったはずだ。
『――あら、時間みたいね』
「なら、あの言葉はなに……?」
ソルシエラは自身にタイムリミットを設けていた。
博士である自分に遭遇する可能性を初めから予期していたのだろうか。
はたして何を探っていたのだろう。
魔眼について調べていたのだろうか。
いや、そもそも。
「ソルシエラが魔眼を持っているなんて聞いていない」
アレは間違いなく未知の魔法式であった。
学会にも存在しない完全なオリジナル。
そんな彼女が何をしに、ここまで来たのか。
「あの子は、魔眼の在処を知っていた。であるならば――」
前提として、ソルシエラは魔眼を知っている。
昼間の彼女の行動から、それが口からの出まかせでない事は分かった。
魔眼の在処を知り、それが何の魔眼であるかも知っている。
ならば、わざわざこの研究室に来た意味とは。
そこまで考えて、カノンは思考を止めた。
突然力づくで開いた扉の音に、止めざるを得なかったのだ。
「うるさいなぁ。それ、一応は電子ロックのある自動ドアなんだけどー」
椅子をくるりと回して、カノンは口をとがらせる。
その先には、肩で息をする目がキマった同級生がいた。
「ぜぇっ、ぜぇっ……げごっ、そ、そるし、そるしえら反応っ、うおぇっ」
「ルカちゃんったらー、殆ど寝ていないのにそんなに走ったら心臓爆発しちゃうよ? ほら、座って座って」
カノンは立ち上がると、椅子に座るように促す。
ルカは言葉になっていない礼を呼吸ととに吐き出しながら、椅子に深く体を預けた。
「…………ふぅ」
「大丈夫?」
「走りながら、三度程失神しました」
「やめなって」
「それを見越して、失神すると魔力が流れる『バチバチ! モーニング君』を作っていたから大丈夫です」
「だから、やめなって」
博士というよりも、普通の常識的観点からの制止だった。
「ソルシエラの魔力の反応がありました。魔力深度としては弱いですが、この波形だと転移でしょうか」
ウィンドウを指先でスライドして、ルカはカノンへと見せる。
カノンはそれを見て、頷いた。
「うん。そうだね。というか、さっきまでここにいたしね」
「本当ですか! ……うっ、また眩暈が――ぎゃっ!?」
「あ、バチバチした」
椅子でがくりと項垂れた筈のルカが強制的に起き上がる。
その眼は、パッチリというよりはギラギラと見開かれていた。
「ソルシエラがここに来たんですね」
「うん。はい、これデータ」
「えっ……いいんですか」
「別に解析とか解明は興味ないしねー」
カノンは僅かな戦闘の間に入手した情報をルカに渡した。
既に学会では既存の情報のみで構成されたそれは、しかしルカにとっては値千金である。
「おぉ……! 持つべきものは友人ですね……!」
「ジルニアス学術院の大天才だからねー。天才は友達も大切にするものだよ、ふはは」
(ソルシエラが魔眼持っているって情報は言わない方がいいよねー。これ以上新しい要素ぶち込まれたら、ルカちゃん未知への興味と解析時間の追加で情緒壊れてマジ泣きしそうだし)
カノンは、単純にルカの事を考えて魔眼の情報は伏せた。
「ソルシエラはね、私の研究に興味があったみたいでねー。私とたまたま鉢合わせになったから、軽く戦ったんだ。逃げられたけど」
「ほ、本当ですか! ぜひ、戦った感想を――」
唐突に、カノンはルカの口を抑える。
それから、何かを考える様に少しの間唸った後に笑顔を浮かべた。
「とりあえず、寝ない? 私からさらにソルシエラの情報を仕入れたくば、今夜はしっかり寝る事。これが条件!」
ルカは不満そうにしながらも頷く。
「よーし、じゃ寝ようか。んじゃ、また朝に」
カノンは満足そうにして背伸びをしてからそう言った。
何も陰鬱さを感じさせないその背中を見て、ルカは安心したように呟く。
「……ソルシエラは、カノンの実験を阻止したわけじゃないんですね」
「んー、大丈夫だよ」
カノンは振り返って、ニッコリ笑うとピースサインを作った。
「妹には、手出しさせないから」
戸締り、ヨシ!
「……ふぅ」
流石浄化ちゃんだぜ、俺達が知らねえことを色々知っていやがった!
『優秀だねぇ。それにしても、魔眼が幽霊の正体だったとは』
思わず知っている感じ出しちゃったけど、普通に驚きだね。
俺の事も助けてくれたし、やっぱり美少女ってのは器がデケェなぁ。
いつか、この恩は返さないとね!
『そうだねぇ。それにしても、彼女の協力を断るとは予想外だった。あの人吞み蛙は数という点で等分された死に対して真っ向から勝負ができる。爆発という攻撃手段も有効だろう。頭も回るし、申し分ない筈だ』
その言葉は正しい。
確かに、彼女がいれば俺は博士をフルボッコに出来るだろう。
彼女が攻撃すれば、俺が直接美少女に危害を加える事もない。
が、それではだめなんだ。
それでは、ソルシエラの都合で倒してもらったことになってしまう。
俺が、俺達がミステリアス美少女である限り、大体の事はソルシエラのみで解決しなければならない。
俺はミステリアス美少女なのだ。
仲間を使って相手を倒す悪の女幹部で無ければ、仲間と一緒に悪を滅ぼすヒロインでもない。
その中立。
時に敵に、時に味方になる自己を中心とした存在。
それこそが、このソルシエラなのだ。
誰かの能力を利用して勝つのは良いだろう。
ミステリアス美少女はその場のどんな力も上手く使えるアピールができる。
誰かの背を押すのも悪くない。
気まぐれに正義が重なった瞬間のミステリアス美少女は頼もしく見える。
けれど、一緒に肩を並べて戦うのは駄目だよ……。
仮にあったらそれはもう最終回か、すっげえヤバイ緊急時だよ。
『なら浄化ちゃんを上手く使えば良かっただろう。君なら、上手く浄化ちゃんだけを博士の方に誘導できたはずだ。そもそも彼女は君の助けになるのに乗り気だっただろう』
一番駄目だよ。
そもそも、美少女は危険な目に遭わないのが一番なんだからさ。
それがその子にとって必要なら仕方がないけれど、今回はマジで無関係だからね。
ミステリアス美少女ムーブの為に、無関係な美少女を巻き込めるわけがない。
星詠みの杖君、冷静に考えてくれ。
ソルシエラは、誰かを傷つけるための存在じゃないんだ。
『……すまない、どうやら私も中々に動揺しているようだ。ソルシエラが完封されるとは思っていなかったからねぇ』
大丈夫だよ。
俺達は二人でソルシエラなんだから、片方がおかしいときは頭をぶん殴って元に戻そう。
『そうだねぇ。じゃあ、早速いいかな?』
よっしゃ! 来い!
『君さ、浄化ちゃんの唇に触れていなかったかい?』
……星詠みの杖君、アレは必要な事だった。
そっちの方がミステリアス美少女だったから。
『君、今は男だよね?』
ごめんて。
『ミステリアス美少女として駄目駄目だったから、アレでミステリアス美少女エネルギーを無理矢理補給していなかったかい?』
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ウィッス……サーセン……。
ソルシエラの敗北により、俺達は互いにおかしくなっている様だった。
スピンオフなんて微塵も知らねえし、しょうがないと言えばしょうがないのだが、もう二度とこういう事は無いようにしたい。
フェクトム総合学園のごたごたは上手く立ちまわってたじゃないのぉ。
あの頃を思いだすわよ!
『ああ、そう言えば一応月宮トアの無事を確認しておいた方が良いんじゃないかな。博士に人質にされたらそれこそ緊急事態だ』
確かにそうだわ。
トアちゃんとか、絶好の人質じゃねえか。
俺は扉を開けて、大急ぎでトアちゃんの部屋へと向かう。
すると扉の前には、既に誰かの人影があった。
「……っ、トアちゃん!」
マズい、博士が来たのか!?
『いや、アレは……』
大急ぎで近づいた俺は、その人影の顔を確認する。
暗がりでぼんやりとした輪郭だが、それは間違いなくミユメちゃんであった。
なんだぁ、美少女同士の真夜中の密会かぁ。
……え、いつの間にミユ×トアが!?
『トア×ミユの可能性もあるねぇ』
「ミユメちゃん……?」
俺に名を呼ばれてようやく存在に気が付いたのか、ミユメちゃんはハッとして俺を見た。
「ああ、ケイ……どうしてここに?」
「それはこっちの台詞でもあるんだけど」
「え? 私は……あれ? どうして来たんすかね?」
首を傾げるミユメちゃん。
その時、彼女のお腹が可愛らしく音を立てた。
お互いに顔を見合わせて数秒硬直する。
ミユメちゃんは、恥ずかしそうに頭を掻いて「あはは……」と笑った。
「検査ばっかりで、何も食べていなかったからっすかね。あ、あはは」
「そ、そうなんだ。なら、あー……今から一緒に食べたりとか、する?」
「いいんすか!?」
俺は頷く。
美少女と飯が食えるなら、二度の夜食くらいこなしてやらぁ!
「わあ、嬉しいっす。こんな真夜中に食べるなんて、特別な感じがしてワクワクするっすね!」
ミユメちゃんは嬉しそうにそう言った。
「せっかくだから、トアちゃんも誘うっすよ!」
そう言って、ミユメちゃんは扉をノックする。
間もなく、貸してもらったパジャマとナイトキャップを装備したトアちゃんが、半分寝ている状態で姿を現した。
きゃわわ!
「あれぇ、んあ……どうしたの二人で」
「今からご飯食べるっすよ!」
トアちゃんは眠たげな目を俺に向ける。
その眼は「コイツさっきも食ってなかった?」という疑問が存分に込められていた。
「どうっすか、一緒に」
「えぇ……また、たべるのぉ」
ふにゃふにゃとそう返すトアちゃんを見て、俺はやんわりと強制でないことを伝える。
「あーいや、トアちゃんは無理しなくていいよ」
「んぅ……たべる」
眠そうに目を擦りながらも、トアちゃんはしっかりとそう言った。
もしかして、トアちゃんって結構食いしん坊?
■
人呑み蛙の爆発により薄ら煙に包まれた研究室で、カノンはソルシエラの消えた場所を見つめてため息をついた。
「はぁ、逃げられちゃったなー。うーん、面倒くさいね」
理論上、完璧な筈だった。
昼に正体を突き止め、それからプランを練って用意も万全。
それでも彼女が捕まらなかったのは、ソルシエラが自分を上回る存在だったからだろうか。
「……いや、それはないね。うん」
カノンは可能性を考えて無理矢理に否定する。
ソルシエラが逃げおおせた爆破は第三者によるものだった。
完全なイレギュラー。
ソルシエラも予想をしていなかったはずだ。
『――あら、時間みたいね』
「なら、あの言葉はなに……?」
ソルシエラは自身にタイムリミットを設けていた。
博士である自分に遭遇する可能性を初めから予期していたのだろうか。
はたして何を探っていたのだろう。
魔眼について調べていたのだろうか。
いや、そもそも。
「ソルシエラが魔眼を持っているなんて聞いていない」
アレは間違いなく未知の魔法式であった。
学会にも存在しない完全なオリジナル。
そんな彼女が何をしに、ここまで来たのか。
「あの子は、魔眼の在処を知っていた。であるならば――」
前提として、ソルシエラは魔眼を知っている。
昼間の彼女の行動から、それが口からの出まかせでない事は分かった。
魔眼の在処を知り、それが何の魔眼であるかも知っている。
ならば、わざわざこの研究室に来た意味とは。
そこまで考えて、カノンは思考を止めた。
突然力づくで開いた扉の音に、止めざるを得なかったのだ。
「うるさいなぁ。それ、一応は電子ロックのある自動ドアなんだけどー」
椅子をくるりと回して、カノンは口をとがらせる。
その先には、肩で息をする目がキマった同級生がいた。
「ぜぇっ、ぜぇっ……げごっ、そ、そるし、そるしえら反応っ、うおぇっ」
「ルカちゃんったらー、殆ど寝ていないのにそんなに走ったら心臓爆発しちゃうよ? ほら、座って座って」
カノンは立ち上がると、椅子に座るように促す。
ルカは言葉になっていない礼を呼吸ととに吐き出しながら、椅子に深く体を預けた。
「…………ふぅ」
「大丈夫?」
「走りながら、三度程失神しました」
「やめなって」
「それを見越して、失神すると魔力が流れる『バチバチ! モーニング君』を作っていたから大丈夫です」
「だから、やめなって」
博士というよりも、普通の常識的観点からの制止だった。
「ソルシエラの魔力の反応がありました。魔力深度としては弱いですが、この波形だと転移でしょうか」
ウィンドウを指先でスライドして、ルカはカノンへと見せる。
カノンはそれを見て、頷いた。
「うん。そうだね。というか、さっきまでここにいたしね」
「本当ですか! ……うっ、また眩暈が――ぎゃっ!?」
「あ、バチバチした」
椅子でがくりと項垂れた筈のルカが強制的に起き上がる。
その眼は、パッチリというよりはギラギラと見開かれていた。
「ソルシエラがここに来たんですね」
「うん。はい、これデータ」
「えっ……いいんですか」
「別に解析とか解明は興味ないしねー」
カノンは僅かな戦闘の間に入手した情報をルカに渡した。
既に学会では既存の情報のみで構成されたそれは、しかしルカにとっては値千金である。
「おぉ……! 持つべきものは友人ですね……!」
「ジルニアス学術院の大天才だからねー。天才は友達も大切にするものだよ、ふはは」
(ソルシエラが魔眼持っているって情報は言わない方がいいよねー。これ以上新しい要素ぶち込まれたら、ルカちゃん未知への興味と解析時間の追加で情緒壊れてマジ泣きしそうだし)
カノンは、単純にルカの事を考えて魔眼の情報は伏せた。
「ソルシエラはね、私の研究に興味があったみたいでねー。私とたまたま鉢合わせになったから、軽く戦ったんだ。逃げられたけど」
「ほ、本当ですか! ぜひ、戦った感想を――」
唐突に、カノンはルカの口を抑える。
それから、何かを考える様に少しの間唸った後に笑顔を浮かべた。
「とりあえず、寝ない? 私からさらにソルシエラの情報を仕入れたくば、今夜はしっかり寝る事。これが条件!」
ルカは不満そうにしながらも頷く。
「よーし、じゃ寝ようか。んじゃ、また朝に」
カノンは満足そうにして背伸びをしてからそう言った。
何も陰鬱さを感じさせないその背中を見て、ルカは安心したように呟く。
「……ソルシエラは、カノンの実験を阻止したわけじゃないんですね」
「んー、大丈夫だよ」
カノンは振り返って、ニッコリ笑うとピースサインを作った。
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