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三章 閃きジーニアス

第86話 幽霊キャプチャー

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 幽霊騒ぎとは、ジルニアス学術院で起きている怪事件だ。
 様々な憶測や噂が飛び交っているが、主な内容は二つ。

 一つは、幽霊は他の生徒を幽霊にする。
 もう一つは、幽霊は生徒を食らう。

「――つまり、食べて幽霊にするって事ですか?」
「別に幽霊がカニバリズムってわけじゃないよ。二つの噂が矛盾する形で同時に存在しているだけ」

 夜、ジルニアス学術院の校舎を歩く最中、俺の問いにカノンちゃんはそう言った。

 既に時刻は零時を回り、幽霊が出るという噂の時間帯になっている。
 普段は明るい印象を持つ白い廊下や大きな窓も、こうして暗闇の中で見ると少しだけ怖ろしいものに感じた。

 ……こういう場所でミステリアス美少女したら、なんか実験施設に潜入したっぽくて良さそうだね。
 よっしゃ、後で散歩しようぜ!

『盛り上がってきたねぇ。こういう時こそ、ゲーミングガスマスクを持ってくるべきだったんじゃないかな?』

 それは本当にそう。
 ジルニアス学術院にいるなら、サイバーミステリアス美少女でも良かったね。
 ぴっちりスーツでスタイリッシュ忍者アクション、みたいな。

『私はゴシックな野暮ったい衣装のソルシエラが好みだねぇ』

 今日も俺達は絶好調である。
 もしも幽霊が出てきても、ボコボコにしてやらぁ!
 仮に俺が負けてもミズヒ先輩呼ぶもんねー!

『かませ役Aかな?』

 自分、過去に踏み台の実績あります。
 かませ役は任せてほしいっす!

「あ、あのそれでどこまで行くんでしょうか」

 トアちゃんが不安そうにそう聞いた。
 幽霊が苦手なのか、その手にはすでに重砲がしっかりと抱えられている。

 前から思っていたけど、あのクソデカキャノンを持ちながら移動しているって、トアちゃんって力持ちなんじゃない?

『トアちゃんにお姫様抱っこされるソルシエラ概念!?』

 また変な電波受信してら。

「あー、今回はこの先にあるジルニアス学術院の第三棟だよ。そこで幽霊の目撃証言が多いんだよねー」

 カノンちゃんはウキウキとした様子で答える。その眼はキラキラと輝いていた。

 ……うーん、やっぱり気のせいかな。
 カノンちゃんはどう見ても美少女だ。

『もしかして、空無カノンの美少女の輝きが消えたというアレかい?』

 俺達は、昼間にカノンちゃんの様子がおかしかった事を思い出していた。
 表面上は何もおかしくは無いように見えるが、確かに美少女の輝きが一瞬だが消えたのだ。

『私としてはいい加減にその美少女の輝きってやつを教えてもらいたいね。どうにも、君のその口振りだと美少女の輝きというものを本当に観測しているように思える』

 しているよ。
 今だって、トアちゃんとカノンちゃんの美少女の輝きが見える。
 
 胸の奥で星のように輝くそれが、俺にはハッキリと見えていた。

『うーん、一定の魔力を目でとらえているのか……? いや、それにしては精度が異常だ。もっと根源的な――』

 こらこら、勝手に俺の体を考察しないでよ。
 美少女の輝きが見えるならそれでいいじゃない。

『良くないだろ』

 星詠みの杖君はたまに厳しい。

「さて、そろそろ第三棟の幽霊の目撃情報がある場所だけれど……」

 カノンちゃんはキョロキョロと探し回る。
 トアちゃんは俺の後ろをピッタリとくっついて来ていた。
 お願いだから、その状態での誤射はやめてほしい。いくらミステリアス美少女と言えども痛いのはごめんだ。

「い、いるかな? もう、収束開始した方が良いかな?」
「駄目だよトアちゃん。……いや、マジで」

 昼間の頼もしいトアちゃんはどこへ行ってしまったのか。まるで別人のようにビビり散らかしていた。

 くそ、こういう時にミステリアス美少女ならクールに百合の花を咲かせられるというのに。
 今の俺はしがない男子高校生。何も出来やしねえよ。

 そうして三人で歩いていると、唐突にトアちゃんが悲鳴を上げた。

「ひぇっ、でっ、でたぁ!? 出ないって言ったのにぃ!」

 誰も言ってないよ。
 というかどこ?

「……あれか」

 トアちゃんが指さす方向を見れば、確かにふらふらと歩く数人の生徒の姿があった。
 全員、まるで幽霊かのようにふらふらと移動しており、誰一人として声を発することなくただ擦るような足音だけが聞こえている。

「あれが幽霊かぁ! ……え、私には普通の生徒に見えるんだけど」
「それでも様子がおかしい事に変わりはないですよ。警戒しなきゃ「おーい! 幽霊達ー!」――あ、ちょっと!?」

 カノンちゃんはパタパタと駆けていく。
 俺は慌てて追いかけようとして、前に躓きかけた。

 見れば、俺の服の裾をがっちりと握ったトアちゃんが、重砲を抱き枕のように抱きしめながら首を横に振っている。

「ゆっゆゆゆ、れいだよ!? や、やだよぉ……!」
「そんなに苦手なのにどうして昼間は自信満々だったの?????」

 トアちゃんは目に涙をいっぱいにためて、「幽霊は出ないって聞いたからぁ」と言っていた。
 だから誰に聞いたのそれ。都合の良い言葉をどこかから拾ってきたでしょ。

「トアちゃん、怖いのはわかるけど、ここでカノンさんを一人で先に行かせるわけには行かないよ!」

 カノンちゃんは俺達を放って、ずんずんと奥へ進んでいく。
 幽霊との距離はもう、十メートル程にまで迫っていた。

「頑張ろう、ね?」
「う、うん……そうだね。いざとなったら、ね」

 いざとなったら何が起きるのか、わからないし聞くのが怖いので、俺はトアちゃんと一緒に急いでカノンちゃんを追った。

「カノンさん、大丈夫ですか!」
「ん? あー、大丈夫大丈夫」

 カノンちゃんは振り返って、ピースサインを作って見せる。
 それから、幽霊と思しき生徒たちへと向き直った。
 俺は生徒たちを見て、身構える。

 生徒たちは、皆一様に表情が死んでいるがその手にはしっかりとダイブギアより召喚した武器が握られているのだ。

 戦いは避けられないだろう。

「加勢します」
「え、いいよ」

 カノンちゃんは、まるで俺が可笑しなことを言ったかのように首を傾げた。
 
「これくらいは一人で片付けられるし。それに、君たちには私のお仕事の証人になって貰わなきゃねー。はい、このビデオカメラで撮影して」

 そう言って、カノンちゃんはビデオカメラを俺に放り投げて渡す。
 俺はそれを慌ててキャッチして、起動した。

「さ、撮影!?」
「そうそう。いつもはミユメちゃんに撮影と事件の解決お願いしてたんだけどさ、そうしたら生徒会から『で、お前は予算だけ貰って何をしてんの? まさか玩具造ってるだけじゃねえよな?』って圧かけられて。わくわく発明品だけじゃ卒業出来ないんだってー。世知辛いねー」

 カノンちゃんは「ねー」と幽霊に言う。そして誰も同意していないのに、ニッコリと笑った。

「それなのに、最初は俺達だけを現場に向かわせようと……?」
「適材適所ってやつだよ。まあ、ルカから釘を刺すようなメッセージ来たから止む無く来たんだけどね」

 肩を竦めたカノンちゃん。
 その隙だらけの彼女目がけて、一人の生徒が走り出していた。

 手に持っているのは、光を帯びた剣。
 魔力によって切れ味を増加させた強力な武器だろう。

「カノンさん!」
「大丈夫」

 カノンちゃんへと剣が勢いよく迫る。
 が、それはすぐにピタリと停止した。 剣の腹と先端に、何か無数にヒラヒラと舞うものがある。
 剣を受け止めて見せたそれは、俺達がよく知る存在だった。

「蝶……?」

 俺とトアちゃんどちらの声だったか。
 真夜中の校舎を楽し気に舞う無数の紫色の蝶。

 それは、空無カノンという花に導かれるように集まってきていた。

「――等分された死マストダイ。それがこの子たちの名前だよ。さあさあ、しっかり撮影しててね? 撮れてなかったは許さないから。……いや、マジで。私の研究予算的問題で」

 緊張感というものを、彼女は生まれつき持っていないのかもしれない。
 仮にも、正気を失った探索者を相手にしているという状況でも、自分本位に笑っていた。

「よっし、飲み込め」

 命令は簡潔。
 が、主の意図は充分に伝わったようだ。
 蝶はその動きを乱す事無く集まっていき巨大な波となって、生徒たちへと向かって行く。

 回避などという選択肢が取れない程に廊下いっぱいに広がった蝶は、そのまま生徒たちを飲み込んだ。

 楽し気に、緊張感すらなく、ただ一秒。
 
 その場から一度も動くことなく、カノンちゃんは生徒たちをただの一撃で倒して見せた。

「よっしゃ、幽霊に勝った! 撮れてる? ねえ、撮れてるー?」
「あ、はい。バッチリ映ってました」
「いぇいいぇい! ルカ、見てるー? これを君が見る頃には既に私は山のような予算を貰っている事でしょう。そして、その予算でミユメちゃんと一緒に食べ歩きをしている事でしょう」
「だから予算を出し渋られるのでは?」
「聞こえなーい」

 聞こえないならしょうがないな!

「さて、それじゃ、幽霊の正体を暴きますかー!」

 そう言ってカノンちゃんは蝶に埋もれた生徒たちへと向かっていく。
 こうなればもう幽霊とか関係ないな。

 というか、随分と呆気ないな。
 これが本当に幽霊なのか。

「ほら、二人もおいでよー。あ、ケイ君はカメラ回したままね」
「あ、はい。トアちゃん、行こう――え?」

 俺はトアちゃんへと振り向いて思わず声を上げた。

 途中から悲鳴も上げずに静かになったトアちゃん。
 彼女は、重砲を支えに既に気絶していたのだ。

「と、トアちゃん……」

『今度、お化け屋敷に連れていこうねぇ^^』

 この子がフェクトム総合学園で夜に滅多に出歩かない理由が、ようやく分かった気がした。
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