86 / 236
三章 閃きジーニアス
第85話 寵愛イミテイション
しおりを挟む
アリアンロッドの最上階、ダンジョンコアの輝きを星のように観測できるその部屋に六波羅はエイナと共にいた。
六波羅は相変わらずガラの悪さを前面に押し出し、エイナはどこか居心地が悪そうにしている。
「やあ、よく来てくれたね」
そんな二人を見て、理事長は適当な席に座るように促す。
彼等が座ったのを確認してから、理事長は天井を見上げたまま口を開いた。
「借金の返済は順調かな? 今回は、結構笑えない額みたいだけど」
「問題ねェよ。既に半分は返した」
「流石はSランクだね。優秀だ」
子供を褒めている教師のそれと変わりない様子で理事長は言う。
彼の態度が気に食わなかったのか、六波羅はわざとらしく鼻を鳴らした。
「ふん、よく言うぜ。ンで、残った半分の借金をどうにかできる仕事をくれるってんだろ?」
「流石話が早い」
「何度目だと思ってやがる」
これは、六波羅と理事長の間ではよくあるやり取りであった。
六波羅は必ず任務において結果を出す。
が、その過程で様々な物を滅茶苦茶にする事が多々あった。
その度に、彼はこうしてより危険で学園都市の深淵に近い任務を請け負って来たのである。
「まあ、今回はそんなに難しい任務じゃない。……君には退屈すぎるくらいか」
「ネズミ捕りの次はなんだ」
「――教授と博士が本格的に動き出した。プロフェッサーという抑止力がいなくなったからだろう」
「……へェ」
六波羅はこの場所に来て初めて笑みを浮かべた。
「君には、彼等を監視してもらいたい。銀の黄昏の活動は黙認しているが、完全な自由を許しているわけではない。人類のために働いてもらわなくては」
「おいおい、仲良しじゃなかったのかよ。アンタら」
「世界を救うという意味ではそうだね。同志とも言えるだろう。だが、彼らと私とでは救済に対する解釈が違う。だから、同時に敵対者でもあるんだ」
ダンジョンコアの輝きを掴むように手を伸ばしながら、理事長は言う。
「もしもの時は、君に殺してほしいんだ彼等を」
「俺でいいのか?」
「勿論。君は根が善人だからね。リュウコ君では人殺しに耐えられないし、タタリ君は人格が破綻している。他にも様々問題があってね……君とユキヒラ君で悩んだんだが」
理事長は六波羅を一瞥する。
「過去に、講師を殺した君が適任だと思ったんだ」
「……っ」
講師、という名前が出た瞬間にエイナがびくっと体を震わせる。
体の奥底から湧き上がってくる震えと黒々とした感情は、過去にその体と心に刻み込まれた負の遺産であった。
助けを乞うように六波羅を見ようとしたその瞬間、その頭に手が乗せられ乱雑に撫でられる。
すると、先ほどまでの不快な感覚は何処かへと霧散していった。
「……リーダー」
六波羅はエイナを見ることなく理事長へと言葉を続ける。
「あんなクズ死んで当然だろ。俺としてはアイツに講師の名をくれてやったテメエらも許してねェんだが」
「ソレに関しては私の落ち度だ。特にエイナ君には苦しい思いをさせてしまったね」
「いえ、……大丈夫、です」
エイナは何かを思い出したのか、六波羅の服を無意識の内に掴んだ。
六波羅はそれを見て、何も言わずに再び理事長へと目を向ける。
「やってくれるかな?」
「……借金チャラになんだろォ? 断る理由がねェ」
「ありがとう、六波羅君。ああ、先ほどは教授と博士の二人と言ったが、基本的には教授を監視してほしい」
「まあ、アイツが一番厄介そうだからな」
「それもあるが……」
理事長は含みを持たせるように言い淀み、それから言葉を続けた。
「実は、博士が今は誰なのかわかっていないんだ」
「おいおい、もう監視の目から逃れてんじゃねえか」
「いやぁ、博士は凄いね。リンカーネイションシステムの独自解釈には目を見張るものがある。まさか、同時存在を可能とするシステムに流用するとは」
感心してる場合かよ、と六波羅は内心で突っ込みを入れた。
「何せ、彼女は特性が特性だから。普遍的であり、それでいて何処にもいない。多い時で同時に十人は存在する。叩くなら、彼女の上司である教授がいいだろう」
「まあ、わかりやすいボスがいるってのはこっちとしてもありがてェ話だ。……ちなみになんだが、博士がいる場所自体は変わらねェのか?」
理事長は静かに肯定した。
「ああ――ジルニアス学術院だ」
■
幽霊騒ぎを解決することになった美少女助手です!
頑張ります!
『楽しみだねぇ』
明らかにスピンオフのストーリーだが、こうなってしまっては仕方がない。
ミユメちゃんがいつ来てもいいようにストーリーラインはきちんと整えておくのが良いだろう。
いつでも待ってるからね、ミユメちゃん!
と、いう事で。
「それじゃ、この大天才カノン様のラボにようこそー!」
俺達はカノンちゃんのラボに来ていた。
幽霊騒ぎは夜なので、それまでここで時間を潰してよいらしい。
ここが美少女のラボか、テンション上がってきたな。
「ミロクちゃんからもお泊りの許可貰ったよ」
「連絡ありがとうトアちゃん」
ミロク先輩にはジルニアス学術院に泊る事を伝えて貰ったが、トアちゃんの反応を見るにすんなりといったようだ。
良かった良かった。
それにしても、このラボ……。
「綺麗だね」
「うん。きちんと片付いてる……!」
先程まで、近未来ゴミ屋敷のような場所にいたため片付いている場所に来るとソレだけで驚きだった。
ジルニアス学術院って部屋の片づけ出来ないのがデフォルトじゃなかったんだ。
「え、なにその二人の反応。もしかして、私もルカみたいに片づけ出来ないと思われてたの!?」
「……いや、まさかぁ。ねぇ?」
「う、うん。あ、あははは」
「どっちも嘘が下手すぎる!?」
何故嘘だとわかったのだ。
俺のポーカーフェイスの上から見破ったというのか。
『目、泳ぎまくってたよ』
そんなぁ。
「さあさあ、こっちに来て座ってよ。今、コーヒー入れるからさ。あ、砂糖は欲しい?」
「一つください」
「俺はブラックで」
ミステリアス美少女が砂糖入りのコーヒー飲むわけないだろ!
ブラックコーヒーか、お紅茶わよ!
「よっし、任せてね! 私、コーヒー淹れるの上手いんだ! これは温度が重要なんだよ!」
そう言って、カノンちゃんはラボの奥へと消えていく。
俺達は、二人で白いソファに座った。
それにしても綺麗な部屋だ。
あのミユメちゃんの姉とは思えない程に整理整頓がなされている。
ラボというよりは、丁寧に掃除がされたあとの病室のような印象を持つ。
窓の外に観るためだけの小さな庭園があったり、消毒用アルコールの匂いがするのもそう思った要因の一つだろうか。
まるで病院の待合室のようだった。
「はい、お待たせ!」
十分程して、カノンちゃんは二つのマグカップを持ってやってきた。
淹れたてであることを証明するようにそこからは湯気がゆらゆらと立ち昇っている。
「でさ、君達ってミユメちゃんのお友達なんだよね? 是非、お話を聞かせてよ!」
マグカップをガラス製のテーブルに置くなり、カノンちゃんは目を輝かせてそう言った。
これはアレだ、親が我が子の友達とかにするムーブと同じだ。
「友達といってもまだ一日そこらなので話せることはあまりないですよ?」
「いいんだよ! いや、むしろそれがいい。あの子が外界で作った初めての友達なんだ。これ程に興味深い事があるかな! ないよね!」
こちらに断る選択肢はないらしい。
まあ、最初から断る気などありはしないのだが。
「ミユメちゃん、いい子でしょ? 少しだけ知識欲に傾倒するきらいがあるけど、それもまた人間らしくて可愛いよね!」
「そ、そうですね」
あ、違うわこれ。妹自慢に巻き込まれたわ。
気が付いた時にはすでに、カノンちゃんの舌は絶好調だった。
「ジルニアス学術院だとさ、似たようなお友達だけで少しだけミユメちゃんには足りていないかなって思ってた所なんだ。ねねっ、ミユメちゃんが誰かの為にダイブギアを作るって今回が初めてなんだよ?」
それってとっても素敵な事でしょ? と、カノンちゃんは続ける。
妹が自ら選択したことが嬉しいのだろうか。
「ちなみにどっちのダイブギアを作るのかな? やっぱり、ケイ君の? あの子ったらもうアプローチ仕掛けてるとか……!? やるねぇ!」
「あ、いえ。俺達の先輩のダイブギアです。照上ミズヒって聞いたことないですか?」
俺の言葉に、カノンちゃんは申し訳なさそうに首を横に振る。
どうやら、興味のない事には余程無関心らしい。
新たなSランクとなれば話題にもなるはずなのだが、カノンちゃんは知らないようだった。
「最近、Sランクになったんですよ。それで、まだSランク用のダイブギアがないから作ってくれるって」
「……Sランクのダイブギアを、あの子が?」
「は、はい」
僅かな沈黙が流れる。
「…………おかしいなぁ、あの子はまだそんなものは作れない筈なんだけど」
一瞬、本当に僅かな間だけカノンちゃんが無表情になったように見えた。
それは映像が無理矢理差し替えられたかのようで、目を凝らそうと思った次の瞬間には表情はニコニコとした笑顔に戻っている。
「ねっ、ネームレスが与えたものだと、言っていました」
トアちゃんが遠慮気味に目を合わせずに言った。
すると、カノンちゃんはトアちゃんを数秒見た後「そっかぁ!」と声を上げる。
「ミユメちゃんが会ったっていう部外者か。……うん、本当に余計な事をしてくれたね。素人が脳に直接干渉とか、ミユメちゃんが壊れたらどうするんだよ、そいつ」
「ひえっ」
突然の変わりように、トアちゃんが怯えた声を上げる。
それに気が付いたカノンちゃんは、はっとしてバツが悪そうに笑った。
「あー、あはは……ごめん。ビックリさせちゃったかな。ルカにもシスコンって言われててさ。ミユメちゃんの事となると、少しだけ、ね?」
うーん、やっぱりジルニアス学術院って変人しか入れない?
でも妹思いの姉ならそれは素晴らしい美少女だから、尊敬の念が絶えることは無い。
これが姉という属性を持つ者の輝き……!
「ミユメちゃんの事が大好きなんですね」
「うん。だって、私たちはたった二人の家族だからね。お父さんもお母さんも私達が小さい時に死んだし、ミユメちゃんは大切な妹だよ」
そう言ってカノンちゃんは笑う。
自分のマグカップに砂糖を無数に投げ入れて、くるくるとマドラーで規則的な速さで回し始めた。
その機械的な動作が妙に目を惹く。
「ずっと一緒にいるって約束した家族だから。あの子にはきちんと育って欲しいんだ」
まるで目の前にミユメちゃん本人がいるかのように優しい眼で、カノンちゃんはふっと微笑む。
「――本当に、あの子にお友達が出来て良かった」
姉として、家族としての愛の言葉。
何の変哲もない言葉だった。
しかし。
「っ!?」
「え、ケイ君どうしたの急に立ち上がって」
気が付けば、俺は立ち上がっていた。
いや、正確にはソルシエラになろうとしていたのだ。
無意識下の防衛本能が、俺の身体を動かしたのである。
『どうしたんだい?』
「あれ、どうしたのかなケイ君」
カノンちゃんはこてんと首を傾げる。
その姿は間違いなく美少女のものだった。
先程感じた身の毛がよだつ感覚はもうどこにもない。
俺は誤魔化すために、わざとらしく照れて言った。
「い、いやぁ。トイレに行こうと思って」
「あ、それならラボの奥を左に曲がるとあるよー」
「ありがとうございます」
俺は返事をしてラボの奥、トイレへと進む。
『相棒、何があった』
見間違いだろうか。
俺には確かにカノンちゃんの美少女の輝きが一瞬消えたように見えたのだ。
六波羅は相変わらずガラの悪さを前面に押し出し、エイナはどこか居心地が悪そうにしている。
「やあ、よく来てくれたね」
そんな二人を見て、理事長は適当な席に座るように促す。
彼等が座ったのを確認してから、理事長は天井を見上げたまま口を開いた。
「借金の返済は順調かな? 今回は、結構笑えない額みたいだけど」
「問題ねェよ。既に半分は返した」
「流石はSランクだね。優秀だ」
子供を褒めている教師のそれと変わりない様子で理事長は言う。
彼の態度が気に食わなかったのか、六波羅はわざとらしく鼻を鳴らした。
「ふん、よく言うぜ。ンで、残った半分の借金をどうにかできる仕事をくれるってんだろ?」
「流石話が早い」
「何度目だと思ってやがる」
これは、六波羅と理事長の間ではよくあるやり取りであった。
六波羅は必ず任務において結果を出す。
が、その過程で様々な物を滅茶苦茶にする事が多々あった。
その度に、彼はこうしてより危険で学園都市の深淵に近い任務を請け負って来たのである。
「まあ、今回はそんなに難しい任務じゃない。……君には退屈すぎるくらいか」
「ネズミ捕りの次はなんだ」
「――教授と博士が本格的に動き出した。プロフェッサーという抑止力がいなくなったからだろう」
「……へェ」
六波羅はこの場所に来て初めて笑みを浮かべた。
「君には、彼等を監視してもらいたい。銀の黄昏の活動は黙認しているが、完全な自由を許しているわけではない。人類のために働いてもらわなくては」
「おいおい、仲良しじゃなかったのかよ。アンタら」
「世界を救うという意味ではそうだね。同志とも言えるだろう。だが、彼らと私とでは救済に対する解釈が違う。だから、同時に敵対者でもあるんだ」
ダンジョンコアの輝きを掴むように手を伸ばしながら、理事長は言う。
「もしもの時は、君に殺してほしいんだ彼等を」
「俺でいいのか?」
「勿論。君は根が善人だからね。リュウコ君では人殺しに耐えられないし、タタリ君は人格が破綻している。他にも様々問題があってね……君とユキヒラ君で悩んだんだが」
理事長は六波羅を一瞥する。
「過去に、講師を殺した君が適任だと思ったんだ」
「……っ」
講師、という名前が出た瞬間にエイナがびくっと体を震わせる。
体の奥底から湧き上がってくる震えと黒々とした感情は、過去にその体と心に刻み込まれた負の遺産であった。
助けを乞うように六波羅を見ようとしたその瞬間、その頭に手が乗せられ乱雑に撫でられる。
すると、先ほどまでの不快な感覚は何処かへと霧散していった。
「……リーダー」
六波羅はエイナを見ることなく理事長へと言葉を続ける。
「あんなクズ死んで当然だろ。俺としてはアイツに講師の名をくれてやったテメエらも許してねェんだが」
「ソレに関しては私の落ち度だ。特にエイナ君には苦しい思いをさせてしまったね」
「いえ、……大丈夫、です」
エイナは何かを思い出したのか、六波羅の服を無意識の内に掴んだ。
六波羅はそれを見て、何も言わずに再び理事長へと目を向ける。
「やってくれるかな?」
「……借金チャラになんだろォ? 断る理由がねェ」
「ありがとう、六波羅君。ああ、先ほどは教授と博士の二人と言ったが、基本的には教授を監視してほしい」
「まあ、アイツが一番厄介そうだからな」
「それもあるが……」
理事長は含みを持たせるように言い淀み、それから言葉を続けた。
「実は、博士が今は誰なのかわかっていないんだ」
「おいおい、もう監視の目から逃れてんじゃねえか」
「いやぁ、博士は凄いね。リンカーネイションシステムの独自解釈には目を見張るものがある。まさか、同時存在を可能とするシステムに流用するとは」
感心してる場合かよ、と六波羅は内心で突っ込みを入れた。
「何せ、彼女は特性が特性だから。普遍的であり、それでいて何処にもいない。多い時で同時に十人は存在する。叩くなら、彼女の上司である教授がいいだろう」
「まあ、わかりやすいボスがいるってのはこっちとしてもありがてェ話だ。……ちなみになんだが、博士がいる場所自体は変わらねェのか?」
理事長は静かに肯定した。
「ああ――ジルニアス学術院だ」
■
幽霊騒ぎを解決することになった美少女助手です!
頑張ります!
『楽しみだねぇ』
明らかにスピンオフのストーリーだが、こうなってしまっては仕方がない。
ミユメちゃんがいつ来てもいいようにストーリーラインはきちんと整えておくのが良いだろう。
いつでも待ってるからね、ミユメちゃん!
と、いう事で。
「それじゃ、この大天才カノン様のラボにようこそー!」
俺達はカノンちゃんのラボに来ていた。
幽霊騒ぎは夜なので、それまでここで時間を潰してよいらしい。
ここが美少女のラボか、テンション上がってきたな。
「ミロクちゃんからもお泊りの許可貰ったよ」
「連絡ありがとうトアちゃん」
ミロク先輩にはジルニアス学術院に泊る事を伝えて貰ったが、トアちゃんの反応を見るにすんなりといったようだ。
良かった良かった。
それにしても、このラボ……。
「綺麗だね」
「うん。きちんと片付いてる……!」
先程まで、近未来ゴミ屋敷のような場所にいたため片付いている場所に来るとソレだけで驚きだった。
ジルニアス学術院って部屋の片づけ出来ないのがデフォルトじゃなかったんだ。
「え、なにその二人の反応。もしかして、私もルカみたいに片づけ出来ないと思われてたの!?」
「……いや、まさかぁ。ねぇ?」
「う、うん。あ、あははは」
「どっちも嘘が下手すぎる!?」
何故嘘だとわかったのだ。
俺のポーカーフェイスの上から見破ったというのか。
『目、泳ぎまくってたよ』
そんなぁ。
「さあさあ、こっちに来て座ってよ。今、コーヒー入れるからさ。あ、砂糖は欲しい?」
「一つください」
「俺はブラックで」
ミステリアス美少女が砂糖入りのコーヒー飲むわけないだろ!
ブラックコーヒーか、お紅茶わよ!
「よっし、任せてね! 私、コーヒー淹れるの上手いんだ! これは温度が重要なんだよ!」
そう言って、カノンちゃんはラボの奥へと消えていく。
俺達は、二人で白いソファに座った。
それにしても綺麗な部屋だ。
あのミユメちゃんの姉とは思えない程に整理整頓がなされている。
ラボというよりは、丁寧に掃除がされたあとの病室のような印象を持つ。
窓の外に観るためだけの小さな庭園があったり、消毒用アルコールの匂いがするのもそう思った要因の一つだろうか。
まるで病院の待合室のようだった。
「はい、お待たせ!」
十分程して、カノンちゃんは二つのマグカップを持ってやってきた。
淹れたてであることを証明するようにそこからは湯気がゆらゆらと立ち昇っている。
「でさ、君達ってミユメちゃんのお友達なんだよね? 是非、お話を聞かせてよ!」
マグカップをガラス製のテーブルに置くなり、カノンちゃんは目を輝かせてそう言った。
これはアレだ、親が我が子の友達とかにするムーブと同じだ。
「友達といってもまだ一日そこらなので話せることはあまりないですよ?」
「いいんだよ! いや、むしろそれがいい。あの子が外界で作った初めての友達なんだ。これ程に興味深い事があるかな! ないよね!」
こちらに断る選択肢はないらしい。
まあ、最初から断る気などありはしないのだが。
「ミユメちゃん、いい子でしょ? 少しだけ知識欲に傾倒するきらいがあるけど、それもまた人間らしくて可愛いよね!」
「そ、そうですね」
あ、違うわこれ。妹自慢に巻き込まれたわ。
気が付いた時にはすでに、カノンちゃんの舌は絶好調だった。
「ジルニアス学術院だとさ、似たようなお友達だけで少しだけミユメちゃんには足りていないかなって思ってた所なんだ。ねねっ、ミユメちゃんが誰かの為にダイブギアを作るって今回が初めてなんだよ?」
それってとっても素敵な事でしょ? と、カノンちゃんは続ける。
妹が自ら選択したことが嬉しいのだろうか。
「ちなみにどっちのダイブギアを作るのかな? やっぱり、ケイ君の? あの子ったらもうアプローチ仕掛けてるとか……!? やるねぇ!」
「あ、いえ。俺達の先輩のダイブギアです。照上ミズヒって聞いたことないですか?」
俺の言葉に、カノンちゃんは申し訳なさそうに首を横に振る。
どうやら、興味のない事には余程無関心らしい。
新たなSランクとなれば話題にもなるはずなのだが、カノンちゃんは知らないようだった。
「最近、Sランクになったんですよ。それで、まだSランク用のダイブギアがないから作ってくれるって」
「……Sランクのダイブギアを、あの子が?」
「は、はい」
僅かな沈黙が流れる。
「…………おかしいなぁ、あの子はまだそんなものは作れない筈なんだけど」
一瞬、本当に僅かな間だけカノンちゃんが無表情になったように見えた。
それは映像が無理矢理差し替えられたかのようで、目を凝らそうと思った次の瞬間には表情はニコニコとした笑顔に戻っている。
「ねっ、ネームレスが与えたものだと、言っていました」
トアちゃんが遠慮気味に目を合わせずに言った。
すると、カノンちゃんはトアちゃんを数秒見た後「そっかぁ!」と声を上げる。
「ミユメちゃんが会ったっていう部外者か。……うん、本当に余計な事をしてくれたね。素人が脳に直接干渉とか、ミユメちゃんが壊れたらどうするんだよ、そいつ」
「ひえっ」
突然の変わりように、トアちゃんが怯えた声を上げる。
それに気が付いたカノンちゃんは、はっとしてバツが悪そうに笑った。
「あー、あはは……ごめん。ビックリさせちゃったかな。ルカにもシスコンって言われててさ。ミユメちゃんの事となると、少しだけ、ね?」
うーん、やっぱりジルニアス学術院って変人しか入れない?
でも妹思いの姉ならそれは素晴らしい美少女だから、尊敬の念が絶えることは無い。
これが姉という属性を持つ者の輝き……!
「ミユメちゃんの事が大好きなんですね」
「うん。だって、私たちはたった二人の家族だからね。お父さんもお母さんも私達が小さい時に死んだし、ミユメちゃんは大切な妹だよ」
そう言ってカノンちゃんは笑う。
自分のマグカップに砂糖を無数に投げ入れて、くるくるとマドラーで規則的な速さで回し始めた。
その機械的な動作が妙に目を惹く。
「ずっと一緒にいるって約束した家族だから。あの子にはきちんと育って欲しいんだ」
まるで目の前にミユメちゃん本人がいるかのように優しい眼で、カノンちゃんはふっと微笑む。
「――本当に、あの子にお友達が出来て良かった」
姉として、家族としての愛の言葉。
何の変哲もない言葉だった。
しかし。
「っ!?」
「え、ケイ君どうしたの急に立ち上がって」
気が付けば、俺は立ち上がっていた。
いや、正確にはソルシエラになろうとしていたのだ。
無意識下の防衛本能が、俺の身体を動かしたのである。
『どうしたんだい?』
「あれ、どうしたのかなケイ君」
カノンちゃんはこてんと首を傾げる。
その姿は間違いなく美少女のものだった。
先程感じた身の毛がよだつ感覚はもうどこにもない。
俺は誤魔化すために、わざとらしく照れて言った。
「い、いやぁ。トイレに行こうと思って」
「あ、それならラボの奥を左に曲がるとあるよー」
「ありがとうございます」
俺は返事をしてラボの奥、トイレへと進む。
『相棒、何があった』
見間違いだろうか。
俺には確かにカノンちゃんの美少女の輝きが一瞬消えたように見えたのだ。
25
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう
果 一
ファンタジー
目立つことが大嫌いな男子高校生、篠村暁斗の通う学校には、アイドルがいる。
名前は芹なずな。学校一美人で現役アイドル、さらに有名ダンジョン配信者という勝ち組人生を送っている女の子だ。
日夜、ぼんやりと空を眺めるだけの暁斗とは縁のない存在。
ところが、ある日暁斗がダンジョンの下層でひっそりとモンスター狩りをしていると、SSクラスモンスターのワイバーンに襲われている小規模パーティに遭遇する。
この期に及んで「目立ちたくないから」と見捨てるわけにもいかず、暁斗は隠していた実力を解放して、ワイバーンを一撃粉砕してしまう。
しかし、近くに倒れていたアイドル配信者の芹なずなに目撃されていて――
しかも、その一部始終は生放送されていて――!?
《ワイバーン一撃で倒すとか異次元過ぎw》
《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》
SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!?
暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する!
※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。
※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる