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三章 閃きジーニアス

第85話 寵愛イミテイション

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 アリアンロッドの最上階、ダンジョンコアの輝きを星のように観測できるその部屋に六波羅はエイナと共にいた。
 六波羅は相変わらずガラの悪さを前面に押し出し、エイナはどこか居心地が悪そうにしている。

「やあ、よく来てくれたね」

 そんな二人を見て、理事長は適当な席に座るように促す。
 彼等が座ったのを確認してから、理事長は天井を見上げたまま口を開いた。

「借金の返済は順調かな? 今回は、結構笑えない額みたいだけど」
「問題ねェよ。既に半分は返した」
「流石はSランクだね。優秀だ」

 子供を褒めている教師のそれと変わりない様子で理事長は言う。
 彼の態度が気に食わなかったのか、六波羅はわざとらしく鼻を鳴らした。

「ふん、よく言うぜ。ンで、残った半分の借金をどうにかできる仕事をくれるってんだろ?」
「流石話が早い」
「何度目だと思ってやがる」

 これは、六波羅と理事長の間ではよくあるやり取りであった。
 六波羅は必ず任務において結果を出す。
 が、その過程で様々な物を滅茶苦茶にする事が多々あった。
 その度に、彼はこうしてより危険で学園都市の深淵に近い任務を請け負って来たのである。

「まあ、今回はそんなに難しい任務じゃない。……君には退屈すぎるくらいか」
「ネズミ捕りの次はなんだ」
「――教授と博士が本格的に動き出した。プロフェッサーという抑止力がいなくなったからだろう」
「……へェ」

 六波羅はこの場所に来て初めて笑みを浮かべた。

「君には、彼等を監視してもらいたい。銀の黄昏の活動は黙認しているが、完全な自由を許しているわけではない。人類のために働いてもらわなくては」
「おいおい、仲良しじゃなかったのかよ。アンタら」
「世界を救うという意味ではそうだね。同志とも言えるだろう。だが、彼らと私とでは救済に対する解釈が違う。だから、同時に敵対者でもあるんだ」

 ダンジョンコアの輝きを掴むように手を伸ばしながら、理事長は言う。

「もしもの時は、君に殺してほしいんだ彼等を」
「俺でいいのか?」
「勿論。君は根が善人だからね。リュウコ君では人殺しに耐えられないし、タタリ君は人格が破綻している。他にも様々問題があってね……君とユキヒラ君で悩んだんだが」

 理事長は六波羅を一瞥する。

「過去に、を殺した君が適任だと思ったんだ」
「……っ」

 講師、という名前が出た瞬間にエイナがびくっと体を震わせる。
 体の奥底から湧き上がってくる震えと黒々とした感情は、過去にその体と心に刻み込まれた負の遺産であった。
 助けを乞うように六波羅を見ようとしたその瞬間、その頭に手が乗せられ乱雑に撫でられる。
 
 すると、先ほどまでの不快な感覚は何処かへと霧散していった。

「……リーダー」

 六波羅はエイナを見ることなく理事長へと言葉を続ける。
 
「あんなクズ死んで当然だろ。俺としてはアイツに講師の名をくれてやったテメエらも許してねェんだが」
「ソレに関しては私の落ち度だ。特にエイナ君には苦しい思いをさせてしまったね」
「いえ、……大丈夫、です」

 エイナは何かを思い出したのか、六波羅の服を無意識の内に掴んだ。
 六波羅はそれを見て、何も言わずに再び理事長へと目を向ける。

「やってくれるかな?」
「……借金チャラになんだろォ? 断る理由がねェ」
「ありがとう、六波羅君。ああ、先ほどは教授と博士の二人と言ったが、基本的には教授を監視してほしい」
「まあ、アイツが一番厄介そうだからな」
「それもあるが……」

 理事長は含みを持たせるように言い淀み、それから言葉を続けた。

「実は、博士がわかっていないんだ」
「おいおい、もう監視の目から逃れてんじゃねえか」
「いやぁ、博士は凄いね。リンカーネイションシステムの独自解釈には目を見張るものがある。まさか、同時存在を可能とするシステムに流用するとは」

 感心してる場合かよ、と六波羅は内心で突っ込みを入れた。

「何せ、彼女は特性が特性だから。普遍的であり、それでいて何処にもいない。多い時で同時に十人は存在する。叩くなら、彼女の上司である教授がいいだろう」
「まあ、わかりやすいボスがいるってのはこっちとしてもありがてェ話だ。……ちなみになんだが、博士がいる場所自体は変わらねェのか?」

 理事長は静かに肯定した。

「ああ――ジルニアス学術院だ」






 幽霊騒ぎを解決することになった美少女助手です!
 頑張ります!

『楽しみだねぇ』

 明らかにスピンオフのストーリーだが、こうなってしまっては仕方がない。
 ミユメちゃんがいつ来てもいいようにストーリーラインはきちんと整えておくのが良いだろう。

 いつでも待ってるからね、ミユメちゃん!

 と、いう事で。

「それじゃ、この大天才カノン様のラボにようこそー!」

 俺達はカノンちゃんのラボに来ていた。
 幽霊騒ぎは夜なので、それまでここで時間を潰してよいらしい。

 ここが美少女のラボか、テンション上がってきたな。

「ミロクちゃんからもお泊りの許可貰ったよ」
「連絡ありがとうトアちゃん」

 ミロク先輩にはジルニアス学術院に泊る事を伝えて貰ったが、トアちゃんの反応を見るにすんなりといったようだ。
 良かった良かった。

 それにしても、このラボ……。

「綺麗だね」
「うん。きちんと片付いてる……!」

 先程まで、近未来ゴミ屋敷のような場所にいたため片付いている場所に来るとソレだけで驚きだった。
 ジルニアス学術院って部屋の片づけ出来ないのがデフォルトじゃなかったんだ。

「え、なにその二人の反応。もしかして、私もルカみたいに片づけ出来ないと思われてたの!?」
「……いや、まさかぁ。ねぇ?」
「う、うん。あ、あははは」
「どっちも嘘が下手すぎる!?」

 何故嘘だとわかったのだ。
 俺のポーカーフェイスの上から見破ったというのか。

『目、泳ぎまくってたよ』

 そんなぁ。

「さあさあ、こっちに来て座ってよ。今、コーヒー入れるからさ。あ、砂糖は欲しい?」
「一つください」
「俺はブラックで」

 ミステリアス美少女が砂糖入りのコーヒー飲むわけないだろ!
 ブラックコーヒーか、お紅茶わよ!

「よっし、任せてね! 私、コーヒー淹れるの上手いんだ! これは温度が重要なんだよ!」

 そう言って、カノンちゃんはラボの奥へと消えていく。
 俺達は、二人で白いソファに座った。

 それにしても綺麗な部屋だ。
 あのミユメちゃんの姉とは思えない程に整理整頓がなされている。

 ラボというよりは、丁寧に掃除がされたあとの病室のような印象を持つ。
 窓の外に観るためだけの小さな庭園があったり、消毒用アルコールの匂いがするのもそう思った要因の一つだろうか。

 まるで病院の待合室のようだった。

「はい、お待たせ!」

 十分程して、カノンちゃんは二つのマグカップを持ってやってきた。
 淹れたてであることを証明するようにそこからは湯気がゆらゆらと立ち昇っている。

「でさ、君達ってミユメちゃんのお友達なんだよね? 是非、お話を聞かせてよ!」

 マグカップをガラス製のテーブルに置くなり、カノンちゃんは目を輝かせてそう言った。
 これはアレだ、親が我が子の友達とかにするムーブと同じだ。

「友達といってもまだ一日そこらなので話せることはあまりないですよ?」
「いいんだよ! いや、むしろそれがいい。あの子が外界で作った初めての友達なんだ。これ程に興味深い事があるかな! ないよね!」

 こちらに断る選択肢はないらしい。
 まあ、最初から断る気などありはしないのだが。
 
「ミユメちゃん、いい子でしょ? 少しだけ知識欲に傾倒するきらいがあるけど、それもまた人間らしくて可愛いよね!」
「そ、そうですね」

 あ、違うわこれ。妹自慢に巻き込まれたわ。

 気が付いた時にはすでに、カノンちゃんの舌は絶好調だった。

「ジルニアス学術院だとさ、似たようなお友達だけで少しだけミユメちゃんには足りていないかなって思ってた所なんだ。ねねっ、ミユメちゃんが誰かの為にダイブギアを作るって今回が初めてなんだよ?」

 それってとっても素敵な事でしょ? と、カノンちゃんは続ける。
 妹が自ら選択したことが嬉しいのだろうか。

「ちなみにどっちのダイブギアを作るのかな? やっぱり、ケイ君の? あの子ったらもうアプローチ仕掛けてるとか……!? やるねぇ!」
「あ、いえ。俺達の先輩のダイブギアです。照上ミズヒって聞いたことないですか?」

 俺の言葉に、カノンちゃんは申し訳なさそうに首を横に振る。
 どうやら、興味のない事には余程無関心らしい。
 新たなSランクとなれば話題にもなるはずなのだが、カノンちゃんは知らないようだった。

「最近、Sランクになったんですよ。それで、まだSランク用のダイブギアがないから作ってくれるって」
「……Sランクのダイブギアを、あの子が?」
「は、はい」

 僅かな沈黙が流れる。

「…………おかしいなぁ、あの子はまだそんなものは作れない筈なんだけど」

 一瞬、本当に僅かな間だけカノンちゃんが無表情になったように見えた。
 それは映像が無理矢理差し替えられたかのようで、目を凝らそうと思った次の瞬間には表情はニコニコとした笑顔に戻っている。

「ねっ、ネームレスが与えたものだと、言っていました」

 トアちゃんが遠慮気味に目を合わせずに言った。
 すると、カノンちゃんはトアちゃんを数秒見た後「そっかぁ!」と声を上げる。

「ミユメちゃんが会ったっていう部外者か。……うん、本当に余計な事をしてくれたね。素人が脳に直接干渉とか、ミユメちゃんが壊れたらどうするんだよ、そいつ」
「ひえっ」

 突然の変わりように、トアちゃんが怯えた声を上げる。
 それに気が付いたカノンちゃんは、はっとしてバツが悪そうに笑った。

「あー、あはは……ごめん。ビックリさせちゃったかな。ルカにもシスコンって言われててさ。ミユメちゃんの事となると、少しだけ、ね?」

 うーん、やっぱりジルニアス学術院って変人しか入れない?

 でも妹思いの姉ならそれは素晴らしい美少女だから、尊敬の念が絶えることは無い。
 これが姉という属性を持つ者の輝き……!
 
「ミユメちゃんの事が大好きなんですね」
「うん。だって、私たちはたった二人の家族だからね。お父さんもお母さんも私達が小さい時に死んだし、ミユメちゃんは大切な妹だよ」

 そう言ってカノンちゃんは笑う。
 
 自分のマグカップに砂糖を無数に投げ入れて、くるくるとマドラーで規則的な速さで回し始めた。
 その機械的な動作が妙に目を惹く。

「ずっと一緒にいるって約束した家族だから。あの子にはきちんと育って欲しいんだ」

 まるで目の前にミユメちゃん本人がいるかのように優しい眼で、カノンちゃんはふっと微笑む。

「――本当に、あの子にお友達が出来て良かった」

 姉として、家族としての愛の言葉。
 何の変哲もない言葉だった。
 しかし。

「っ!?」
「え、ケイ君どうしたの急に立ち上がって」

 気が付けば、俺は立ち上がっていた。
 いや、正確にはソルシエラになろうとしていたのだ。

 無意識下の防衛本能が、俺の身体を動かしたのである。

『どうしたんだい?』

「あれ、どうしたのかなケイ君」

 カノンちゃんはこてんと首を傾げる。
 その姿は間違いなく美少女のものだった。
 先程感じた身の毛がよだつ感覚はもうどこにもない。

 俺は誤魔化すために、わざとらしく照れて言った。

「い、いやぁ。トイレに行こうと思って」
「あ、それならラボの奥を左に曲がるとあるよー」
「ありがとうございます」

 俺は返事をしてラボの奥、トイレへと進む。

『相棒、何があった』

 見間違いだろうか。

 俺には確かにカノンちゃんの美少女の輝きが一瞬消えたように見えたのだ。
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