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三章 閃きジーニアス
第78話 考察ラブコメディ
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ミズヒ達が空無ミユメと接触して少し経った頃、フェクトム総合学園では歴史的瞬間を迎えようとしていた。
「――はい、じゃあこれで手続きは終了。お疲れさまでした」
フェクトム総合学園、生徒会室。
ミロクとトアと向かい合う形で座っていたリンカは、署名を見て頷く。
それは、フェクトム総合学園の生徒会長として蒼星ミロクが記した名であり、これから先、御景学園の姉妹校として運営する旨に同意した証だった。
こと、交渉ごとにおいては銀の黄昏時代に得た技術により、リンカの右に出る者はいない。
彼女が、生徒会長の代理として選出されたのは当然のことと言えるだろう。
「やっぱり優秀な人相手だと、楽でいいですね。想定よりも三十分早く終わった。ね、ミハヤ」
「そうね。これで、他校もそう簡単にデモンズギアを理由に侵略は出来ないわ」
ミロクの傍で、黙ったまま座り目を瞑るデモンズギア――シエルを見ながら、ミハヤは言う。
「それに、フェクトム総合学園には御景学園の支援企業がいくつか斡旋される筈よ。この学園も今よりもっと綺麗になるはず」
ボロボロの校舎に、荒れ果てた庭園。
むしろ、良く今までもったものだとミハヤは内心で驚く。
(支援企業もなしに運営するなんて……いや、そうなるようにして生かされていたのか)
フェクトム総合学園に存在する様々な綻びは、騎双学園による搾取の痕でもあった。
学園の主な収入源となる観光区は当然のように存在せず、居住区も寮のみ。
およそ学園とは呼べないほどに衰退してたフェクトム総合学園は、まさに生ける屍といって良いだろう。
(これは……ケイがあんなに必死になって助けようとするのも納得ね)
何の関係もないミハヤですら、同情し自分に出来る事をしたいと思うほどだ。
フェクトム総合学園と深い関りがあるであろうケイならば、その思いはより強いだろう。
何故自分がフェクトム総合学園との契約に立ち会う役に選ばれたのかは理解できていないが、それでもフェクトム総合学園の現状を知れる良い機会にはなった。
(あと、問題は……)
ミハヤは、何の気なしにトアと目を合わせる。
が、トアはすぐに「ひぃっ」と言って目を逸らしてしまった。
(月宮トアだったかしら。あー、最悪のファーストコンタクトだったものね)
ミハヤは内心で頭を抱える。
彼女とは三度目だ。
二度目は騎双学園でケイ達を助けた時。
そして一度目は、ダンジョンで助けてくれたケイに八つ当たりをした時である。
決して良いとは言えない第一印象だろう、という推測は出来ていた。
付け加えて言えば、少しだけ怯えてすらいる。
最初に出会った時、ケイを庇ったのは余程勇気を振り絞ったのだろう。
ミロクにピタリとくっついて隣から離れない今の彼女が本来の姿なのだ。
「あ、あの」
「ひえっ……は、はい!」
「私たち、同じ一年生同士でしょ。仲良くしましょう?」
そう言って、ミハヤはニッコリ笑う。
トアはその笑顔を見て、おずおずと頷いた。
二人のやり取りを見ていたリンカはミロクと目を合わせて肩をすくめる。
それから「あー、それとですね」と軽い調子でトアとミロクに言った。
「私、ケイの事が誰よりも好きなんで。超々愛しているんで、よろしくお願いしますね」
「「えっ…………え!?」」
場の空気が一変した。
厳かながらも、平穏だったはずの生徒会室が、どういうわけか鉄火場と同じだけの熱量と鋭さを感じる地獄へと変化する。
ほのぼのとした風景は、互いの腹の探り合いが横行する場へと成り下がったのだ。
「…………それは、どういう事でしょうか」
「別に? 私はこれと言って可笑しな事は言ってないでしょう。年頃の男女なんですから、色恋沙汰くらい」
「いえ、そういう事では無くて……どうして、そっ、それを私達に言うのか」
ミロクは数少ない貴重な紅茶を一気に飲み干して言った。
その顔は、貼り付けた笑顔がいっぱいである。
それを見て、トアはすかさず立ち上がった。
「こっ、こここ紅茶淹れてくるね!」
返事も聞かずに、トアは生徒会室を飛び出していった。
敵前逃亡。
一人脱落である。
リンカ達を放置するわけにもいかず、ミロクは強制的に相手をすることになった。
「これから姉妹校になるじゃないですか。そっちにケイがいるし、私と色々とできるようにいい感じに? 融通を? 利かせてくれたらって思って?」
「……ちょっと、リンカそれは今は関係ないでしょ。個人的な事はまた別日に――」
「クローマ音楽院定期ライブチケットカップル席。トウラクの好きなバンドも出演するし、当日彼に予定がない事は確認済み」
「三十分だけ許すわ」
哀れ、ミハヤ陥落。
リンカがミハヤを選んだ理由。
それは、彼女が余りにも御しやすいからだった。
聡明だが、真っすぐで情に流されやすい彼女は、リンカにとってやりやすい相手の一人でもある。
ちなみに二人目はトウラクだが、彼がこの場にいるとさらに話がややこしくなるので除外された経緯があった。
「さて、お目付け役の許可も頂いた所で……ケイと私のラブコメを応援してくれますか?」
「それはまた別の日にゆっくりとお話しましょう。ええ……それはもうゆっくりと」
ミロクは大きく息を一度吐くと、今までよりも冷静にそう言った。
どう見ても目が据わっているし、覚悟を決めているのだがリンカは動じずに「ケイとはただの先輩後輩の関係なんですよね?」と馴れ馴れしく聞いた。
「そ、そうですよ。可愛い後輩として、ケイ君には信頼を置いてます。あと、後々に彼には生徒会長になって貰わないと」
「さらっととんでもない情報出てきたわね」
次代の生徒会長が判明したことに驚きながら、ミハヤはチケットを大事そうにダイブギアの拡張領域にしまい込んだ。
「そうですか。彼に男性としての魅力を感じないと? ほら、彼ってカッコいいでしょう?」
「……ま、まあ、それは……その、そうです、ね」
しどろもどろになったミロクの隣で、シエルがカッと目を見開く。
「ミロクは動揺しています故。少しだけ、手心を加えて頂きたく」
「ナナちゃん、余計なことは言わない」
「はい」
再びスッと目を閉じるシエル。
どう見ても主従関係が出来ているのに、これで契約していないというから驚きだ。
「私は別に、ケイ君にそういう感情は持ち合わせていませんから。……絶対に!」
それを見て、リンカはいたずらっ子のような笑みを浮かべると、頭を下げた。
「いやぁ、すみません。冗談です冗談」
「え?」
「は? リンカ、あんたなに言ってんの?」
「だって、なんかミハヤとトアちゃんの所が空気がちょっと見てられないというか、じれってー感じだったから起爆剤として? 空気を変えようかなって」
「0か100しかないのかアンタは」
ミハヤはやや強めに突っ込む。
それを素直に受け止めて、リンカは人懐っこい笑みで再びミロクに謝罪をした。
「すみませんでした。実はケイとはそういうのじゃないので安心してくださいね」
「そ、そうですか。うん……まあ別に、なんでもいいですけど」
明らかに扉の前で聞いてたであろうタイミングで、トアが生徒会室に戻ってくる。
紅茶を淹れてくると言ったのに、その手には何もなかった。
「よ、よかったぁ」
「トアちゃん、紅茶は?」
「……あっ」
「うちのリンカがすみませんでした! この子、たまに人心掌握しようとして大事故起こすんです!」
「それ交渉役には不適格では?」
ミロクの至極真っ当な問いに、ミハヤは同意することしかできない。
が、その姿を見て、トアのミハヤに対する印象が変化したのも事実だった。
(さて)
安心してソファに深く体を預ける二人とミハヤを見て、リンカは思考の海に潜る。
かき乱すだけかき乱したこの空間で、彼女だけが冷静に場を俯瞰して見ていた。
(前生徒会長の桜庭ラッカは、理事会により全ての情報が最高機密レベルの管理をしてあった。名前を知るだけでも随分と時間がかかった。だから、ソルシエラ側から切り崩そうと思ったけれど)
リンカの狙い。
それは、フェクトム総合学園にソルシエラの正体を知る者がいるのかを探ることだった。
(もしもいるのであれば、協力者の可能性が高い。ソルシエラ本人は無理でも、協力者から情報を聞き出すことができるかもしれない)
ソルシエラに協力者がいる可能性は高い。
行動の規模が常に組織単位である彼女が、一人であると考える方が不自然だ。
(一番怪しいと思ったのは蒼星ミロクなんだけど、完全に那滝ケイを男として認識してるんだよねー)
リンカの言葉に対する、視線、声の上擦り、僅かな手の動きなど、それはケイを男として認識しているからこそ出てしまった無意識な答えである。
(もしもケイが女だと知っているなら、私がケイを男と認識していると言った時点で反応を変える)
ケイに対して、二人は好意を持っている。
これを大前提として、リンカはわざと二人に優越感を与える隙を見せた。
自分だけが、ケイが女だと知ってソルシエラだと理解しているという優越感と、バレてはいけないという緊張感。
それらが浮き彫りになるように仕向けたのだ。
(僅かな変化でも見逃がさないつもりだったけど……うん、蒼星ミロクはシロだ)
この人普通にケイが好きなだけだ、とすぐに除外する。
そして。
(まあ、たぶんこっちもシロだよね)
途中で逃げ出したトアを見て、リンカはそう判断する。
あまりにも、反応が初心な乙女すぎた。
が、しかしまたどこか歪である、とリンカは評する。
(この子は臆病なのは知っている。けど、それでは説明できないほどに感情が読めない。途中からわからなくなった)
リンカのそれは、異能ではなく技能である。
経験と知識を元に答えを導き出すのが彼女のスタイルなのだが、それがある時点を境にまったく通用しなくなった。
(上手く隠しているとかじゃない。単純に、滅茶苦茶だ。いくつもの糸が絡まっているみたいな、そんな感じ)
リンカの脳裏に、重なった二枚の絵が思い浮かんだ。
透かして見ている今、表の絵がどんな色でどんな線なのかはっきりとしない、そんなイメージを持つ。
(滅茶苦茶ビビりなだけか、それとも私相手にブラフをはれるペテン師か)
念には念を入れる。
トアを狙い撃ちして、さらに接触しようとしたその時だった。
「――これ以上は、こちらも動きます故」
和気あいあいとした生徒会室で、シエルがぽつりとそう言った。
その目は、リンカをじっと見つめている。
言葉以上に、警告をしていた。
(……流石に演算特化型が傍にいるのに入り込み過ぎたかな。うん、今日はもういいや)
知られている、そう理解したリンカはすぐに思考を人懐っこい吾切リンカへと切り換えた。
深追いをして、険悪な仲になってしまっては意味がない。
「あー、すみません。やっぱり、デモンズギアでも退屈なのは耐えられないですよね。紅茶、飲みます?」
「……では」
「あ、ちょっとナナちゃん。それ、お客様のやつですよ」
ミロクの言葉を無視して、シエルは紅茶を飲む。
一瞬垣間見えたデモンズギアとしての冷たさはそこにはもう存在していなかった。
「いいんですよ。別に私は。こうしてこの子が美味しく飲んでくれるなら」
「非常に美味です故。だた、私としてはもう少し糖分があっても良いかと」
味の好みは幼い見た目通りなのか、とミハヤとリンカは口に出す事無くそう思った。
もうこうなってしまえば先程のように思考する事もできない。
リンカは「あ、そうそう」とミロクを見た。
「近々、ジルニアス学術院に行ってもらうことになると思います。まだ、決定じゃないんですけど」
「えっ、ジルニアス学術院に行くの……?」
「騎双学園との戦争に向けて各方面に協定を結ぶ使者を送る事になってて、フェクトム総合学園には姉妹校としての実績作りとしてジルニアス学術院と御景学園の協定を結ぶ手伝いをしていただきたく」
「成程……こちらも断る理由はないですね。後々、ジルニアス学術院との繋がりもできそうですし」
先程とは打って変わって真面目な顔で、ミロクは頷く。
「はい。なので、こちらでジルニアス学術院の生徒会との話し合いの場を設けますので――」
そこまでリンカが言った時、突然ミロクのダイブギアが鳴った。
リンカはミロクを見て「どうぞ」と手で促す。
申し訳なさそうに頭を下げると、ミロクは席を立ち部屋の隅で通話を開始した。
「はい、なんですか? ……え? なんでです? いや、言っている意味が――」
通話時間は三分もなかっただろう。
ミロクは終始、疑問形のまま会話を終え、首を傾げたまま席に戻った。
「ミロクちゃん、どうしたの?」
「その」
ミロクは、三人を見て口を開く。
「ダンジョン奥地で、ジルニアス学術院から追放された稀代の天才を拾ったから、持って帰ると……」
「何言ってんのよ」
至極真っ当な反応だった。
「――はい、じゃあこれで手続きは終了。お疲れさまでした」
フェクトム総合学園、生徒会室。
ミロクとトアと向かい合う形で座っていたリンカは、署名を見て頷く。
それは、フェクトム総合学園の生徒会長として蒼星ミロクが記した名であり、これから先、御景学園の姉妹校として運営する旨に同意した証だった。
こと、交渉ごとにおいては銀の黄昏時代に得た技術により、リンカの右に出る者はいない。
彼女が、生徒会長の代理として選出されたのは当然のことと言えるだろう。
「やっぱり優秀な人相手だと、楽でいいですね。想定よりも三十分早く終わった。ね、ミハヤ」
「そうね。これで、他校もそう簡単にデモンズギアを理由に侵略は出来ないわ」
ミロクの傍で、黙ったまま座り目を瞑るデモンズギア――シエルを見ながら、ミハヤは言う。
「それに、フェクトム総合学園には御景学園の支援企業がいくつか斡旋される筈よ。この学園も今よりもっと綺麗になるはず」
ボロボロの校舎に、荒れ果てた庭園。
むしろ、良く今までもったものだとミハヤは内心で驚く。
(支援企業もなしに運営するなんて……いや、そうなるようにして生かされていたのか)
フェクトム総合学園に存在する様々な綻びは、騎双学園による搾取の痕でもあった。
学園の主な収入源となる観光区は当然のように存在せず、居住区も寮のみ。
およそ学園とは呼べないほどに衰退してたフェクトム総合学園は、まさに生ける屍といって良いだろう。
(これは……ケイがあんなに必死になって助けようとするのも納得ね)
何の関係もないミハヤですら、同情し自分に出来る事をしたいと思うほどだ。
フェクトム総合学園と深い関りがあるであろうケイならば、その思いはより強いだろう。
何故自分がフェクトム総合学園との契約に立ち会う役に選ばれたのかは理解できていないが、それでもフェクトム総合学園の現状を知れる良い機会にはなった。
(あと、問題は……)
ミハヤは、何の気なしにトアと目を合わせる。
が、トアはすぐに「ひぃっ」と言って目を逸らしてしまった。
(月宮トアだったかしら。あー、最悪のファーストコンタクトだったものね)
ミハヤは内心で頭を抱える。
彼女とは三度目だ。
二度目は騎双学園でケイ達を助けた時。
そして一度目は、ダンジョンで助けてくれたケイに八つ当たりをした時である。
決して良いとは言えない第一印象だろう、という推測は出来ていた。
付け加えて言えば、少しだけ怯えてすらいる。
最初に出会った時、ケイを庇ったのは余程勇気を振り絞ったのだろう。
ミロクにピタリとくっついて隣から離れない今の彼女が本来の姿なのだ。
「あ、あの」
「ひえっ……は、はい!」
「私たち、同じ一年生同士でしょ。仲良くしましょう?」
そう言って、ミハヤはニッコリ笑う。
トアはその笑顔を見て、おずおずと頷いた。
二人のやり取りを見ていたリンカはミロクと目を合わせて肩をすくめる。
それから「あー、それとですね」と軽い調子でトアとミロクに言った。
「私、ケイの事が誰よりも好きなんで。超々愛しているんで、よろしくお願いしますね」
「「えっ…………え!?」」
場の空気が一変した。
厳かながらも、平穏だったはずの生徒会室が、どういうわけか鉄火場と同じだけの熱量と鋭さを感じる地獄へと変化する。
ほのぼのとした風景は、互いの腹の探り合いが横行する場へと成り下がったのだ。
「…………それは、どういう事でしょうか」
「別に? 私はこれと言って可笑しな事は言ってないでしょう。年頃の男女なんですから、色恋沙汰くらい」
「いえ、そういう事では無くて……どうして、そっ、それを私達に言うのか」
ミロクは数少ない貴重な紅茶を一気に飲み干して言った。
その顔は、貼り付けた笑顔がいっぱいである。
それを見て、トアはすかさず立ち上がった。
「こっ、こここ紅茶淹れてくるね!」
返事も聞かずに、トアは生徒会室を飛び出していった。
敵前逃亡。
一人脱落である。
リンカ達を放置するわけにもいかず、ミロクは強制的に相手をすることになった。
「これから姉妹校になるじゃないですか。そっちにケイがいるし、私と色々とできるようにいい感じに? 融通を? 利かせてくれたらって思って?」
「……ちょっと、リンカそれは今は関係ないでしょ。個人的な事はまた別日に――」
「クローマ音楽院定期ライブチケットカップル席。トウラクの好きなバンドも出演するし、当日彼に予定がない事は確認済み」
「三十分だけ許すわ」
哀れ、ミハヤ陥落。
リンカがミハヤを選んだ理由。
それは、彼女が余りにも御しやすいからだった。
聡明だが、真っすぐで情に流されやすい彼女は、リンカにとってやりやすい相手の一人でもある。
ちなみに二人目はトウラクだが、彼がこの場にいるとさらに話がややこしくなるので除外された経緯があった。
「さて、お目付け役の許可も頂いた所で……ケイと私のラブコメを応援してくれますか?」
「それはまた別の日にゆっくりとお話しましょう。ええ……それはもうゆっくりと」
ミロクは大きく息を一度吐くと、今までよりも冷静にそう言った。
どう見ても目が据わっているし、覚悟を決めているのだがリンカは動じずに「ケイとはただの先輩後輩の関係なんですよね?」と馴れ馴れしく聞いた。
「そ、そうですよ。可愛い後輩として、ケイ君には信頼を置いてます。あと、後々に彼には生徒会長になって貰わないと」
「さらっととんでもない情報出てきたわね」
次代の生徒会長が判明したことに驚きながら、ミハヤはチケットを大事そうにダイブギアの拡張領域にしまい込んだ。
「そうですか。彼に男性としての魅力を感じないと? ほら、彼ってカッコいいでしょう?」
「……ま、まあ、それは……その、そうです、ね」
しどろもどろになったミロクの隣で、シエルがカッと目を見開く。
「ミロクは動揺しています故。少しだけ、手心を加えて頂きたく」
「ナナちゃん、余計なことは言わない」
「はい」
再びスッと目を閉じるシエル。
どう見ても主従関係が出来ているのに、これで契約していないというから驚きだ。
「私は別に、ケイ君にそういう感情は持ち合わせていませんから。……絶対に!」
それを見て、リンカはいたずらっ子のような笑みを浮かべると、頭を下げた。
「いやぁ、すみません。冗談です冗談」
「え?」
「は? リンカ、あんたなに言ってんの?」
「だって、なんかミハヤとトアちゃんの所が空気がちょっと見てられないというか、じれってー感じだったから起爆剤として? 空気を変えようかなって」
「0か100しかないのかアンタは」
ミハヤはやや強めに突っ込む。
それを素直に受け止めて、リンカは人懐っこい笑みで再びミロクに謝罪をした。
「すみませんでした。実はケイとはそういうのじゃないので安心してくださいね」
「そ、そうですか。うん……まあ別に、なんでもいいですけど」
明らかに扉の前で聞いてたであろうタイミングで、トアが生徒会室に戻ってくる。
紅茶を淹れてくると言ったのに、その手には何もなかった。
「よ、よかったぁ」
「トアちゃん、紅茶は?」
「……あっ」
「うちのリンカがすみませんでした! この子、たまに人心掌握しようとして大事故起こすんです!」
「それ交渉役には不適格では?」
ミロクの至極真っ当な問いに、ミハヤは同意することしかできない。
が、その姿を見て、トアのミハヤに対する印象が変化したのも事実だった。
(さて)
安心してソファに深く体を預ける二人とミハヤを見て、リンカは思考の海に潜る。
かき乱すだけかき乱したこの空間で、彼女だけが冷静に場を俯瞰して見ていた。
(前生徒会長の桜庭ラッカは、理事会により全ての情報が最高機密レベルの管理をしてあった。名前を知るだけでも随分と時間がかかった。だから、ソルシエラ側から切り崩そうと思ったけれど)
リンカの狙い。
それは、フェクトム総合学園にソルシエラの正体を知る者がいるのかを探ることだった。
(もしもいるのであれば、協力者の可能性が高い。ソルシエラ本人は無理でも、協力者から情報を聞き出すことができるかもしれない)
ソルシエラに協力者がいる可能性は高い。
行動の規模が常に組織単位である彼女が、一人であると考える方が不自然だ。
(一番怪しいと思ったのは蒼星ミロクなんだけど、完全に那滝ケイを男として認識してるんだよねー)
リンカの言葉に対する、視線、声の上擦り、僅かな手の動きなど、それはケイを男として認識しているからこそ出てしまった無意識な答えである。
(もしもケイが女だと知っているなら、私がケイを男と認識していると言った時点で反応を変える)
ケイに対して、二人は好意を持っている。
これを大前提として、リンカはわざと二人に優越感を与える隙を見せた。
自分だけが、ケイが女だと知ってソルシエラだと理解しているという優越感と、バレてはいけないという緊張感。
それらが浮き彫りになるように仕向けたのだ。
(僅かな変化でも見逃がさないつもりだったけど……うん、蒼星ミロクはシロだ)
この人普通にケイが好きなだけだ、とすぐに除外する。
そして。
(まあ、たぶんこっちもシロだよね)
途中で逃げ出したトアを見て、リンカはそう判断する。
あまりにも、反応が初心な乙女すぎた。
が、しかしまたどこか歪である、とリンカは評する。
(この子は臆病なのは知っている。けど、それでは説明できないほどに感情が読めない。途中からわからなくなった)
リンカのそれは、異能ではなく技能である。
経験と知識を元に答えを導き出すのが彼女のスタイルなのだが、それがある時点を境にまったく通用しなくなった。
(上手く隠しているとかじゃない。単純に、滅茶苦茶だ。いくつもの糸が絡まっているみたいな、そんな感じ)
リンカの脳裏に、重なった二枚の絵が思い浮かんだ。
透かして見ている今、表の絵がどんな色でどんな線なのかはっきりとしない、そんなイメージを持つ。
(滅茶苦茶ビビりなだけか、それとも私相手にブラフをはれるペテン師か)
念には念を入れる。
トアを狙い撃ちして、さらに接触しようとしたその時だった。
「――これ以上は、こちらも動きます故」
和気あいあいとした生徒会室で、シエルがぽつりとそう言った。
その目は、リンカをじっと見つめている。
言葉以上に、警告をしていた。
(……流石に演算特化型が傍にいるのに入り込み過ぎたかな。うん、今日はもういいや)
知られている、そう理解したリンカはすぐに思考を人懐っこい吾切リンカへと切り換えた。
深追いをして、険悪な仲になってしまっては意味がない。
「あー、すみません。やっぱり、デモンズギアでも退屈なのは耐えられないですよね。紅茶、飲みます?」
「……では」
「あ、ちょっとナナちゃん。それ、お客様のやつですよ」
ミロクの言葉を無視して、シエルは紅茶を飲む。
一瞬垣間見えたデモンズギアとしての冷たさはそこにはもう存在していなかった。
「いいんですよ。別に私は。こうしてこの子が美味しく飲んでくれるなら」
「非常に美味です故。だた、私としてはもう少し糖分があっても良いかと」
味の好みは幼い見た目通りなのか、とミハヤとリンカは口に出す事無くそう思った。
もうこうなってしまえば先程のように思考する事もできない。
リンカは「あ、そうそう」とミロクを見た。
「近々、ジルニアス学術院に行ってもらうことになると思います。まだ、決定じゃないんですけど」
「えっ、ジルニアス学術院に行くの……?」
「騎双学園との戦争に向けて各方面に協定を結ぶ使者を送る事になってて、フェクトム総合学園には姉妹校としての実績作りとしてジルニアス学術院と御景学園の協定を結ぶ手伝いをしていただきたく」
「成程……こちらも断る理由はないですね。後々、ジルニアス学術院との繋がりもできそうですし」
先程とは打って変わって真面目な顔で、ミロクは頷く。
「はい。なので、こちらでジルニアス学術院の生徒会との話し合いの場を設けますので――」
そこまでリンカが言った時、突然ミロクのダイブギアが鳴った。
リンカはミロクを見て「どうぞ」と手で促す。
申し訳なさそうに頭を下げると、ミロクは席を立ち部屋の隅で通話を開始した。
「はい、なんですか? ……え? なんでです? いや、言っている意味が――」
通話時間は三分もなかっただろう。
ミロクは終始、疑問形のまま会話を終え、首を傾げたまま席に戻った。
「ミロクちゃん、どうしたの?」
「その」
ミロクは、三人を見て口を開く。
「ダンジョン奥地で、ジルニアス学術院から追放された稀代の天才を拾ったから、持って帰ると……」
「何言ってんのよ」
至極真っ当な反応だった。
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すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
身体検査
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