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二章 蒼星の少女

第71話 勝利と幻想

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 綺羅螺きららクラムには夢がある。
 それは、目の間にいるこの少女を。
 少女だったものを■■事だ。

「お、お前ら、自分が何をしようとしているのかわかっているのか!」

 騎双学園のどこか。
 随分と昔に破棄された実験施設の一つに、プロフェッサーは転がされた。
 転移後、すぐに投げ捨てられた彼女は髪を搔きむしりながら絶えず喚き続けている。
 その姿を見て、クラムは心底不愉快そうだ。

「殺していいんですよね」
「ええ、構わないわ。けれど、その前に」

 ソルシエラの鎌が地面を一度、叩く。
 すると、その場所を起点に青紫色の魔法陣が広がり、実験施設の床全体を覆った。
 






 何をしたのか聞こうとしたクラムだったが、すぐに止めてプロフェッサーへと向き直る。
 今は、一分一秒が惜しい。

「や、やめろ! 私を殺せば、それは人類全体を殺すことになるんだぞ!」
「うるさいなぁ」

 プロフェッサーの戯言を、一蹴する。
 クラムの足元では、気が付けば複数の蛙が鳴いていた。

「ねえ、私の顔に見覚えはある?」
「あ? 待て、思い出す……あ、そうだ! 前に殺した生徒の妹だろう! な?」
「……お前、その子以外にも酷い事沢山してるんだね。はぁ……もういい」

 プロフェッサーにとっては、有象無象である。
 それさえわかれば、後は躊躇はない。

「ぶっ殺す。そして、ヒカリの尊厳を返してもらう」
 
 人吞み蛙が、弾かれたように跳ねてプロフェッサーへと向かっていく。
 一体一体がチタン合金を軽々破るほどの威力を誇る自律型の爆弾。
 文字通りの一撃必殺が、群れを成して迫っていった。

「ひっ、来るなァ!」

 プロフェッサーは半狂乱で、今の体が持つ能力を展開する。
 かつて光翼と呼ばれていたそれは、魔力由来の高熱の翼である。
 が、今は見る影もなく骨格だけを残して広がるそれは、まるで蜘蛛の脚のように見えた。

「わたっ、私は生きなければならない! それが人類の為なのだぁ!」

 光翼が伸びて人吞み蛙を貫いていく。
 が、全てに対応できるわけもなく気が付けば、足元にまで迫っていた人吞み蛙の一匹が爆発した。

「ぎゃっ」

 死なない程度の爆発が、プロフェッサーを吹き飛ばす。
 壁に叩きつけられ、明滅する意識の中で蛙の鳴き声と共に、クラムの声が聞えた。

「すぐには殺さない。プロフェッサー、お前に生きていることを後悔させて、懺悔をさせて殺す」
「こ、この体はお前の知り合いのものではないのか!? この、人殺しがぁ!」
「お前が言えたことじゃないでしょ」

 槍のように向かってくる光翼、その数8。
 クラムは、その軌道を前に慣れた様子で8機の人吞み蛙を召喚すると、それぞれ光翼の前で爆破させた。
 指向性を持った爆風が、壁となり、全ての攻撃を防ぐ。

 髪一つ焦がすことなく、クラムは爆炎の中から姿を現すと人吞み蛙をプロフェッサーへと投げる。
 すかさず光翼がそれを貫き、二人の間で爆発した。

 同時に、クラムは駆け出す。
 その足裏には人吞み蛙がそれぞれ張り付いていた。

「まーちゃんズ」

 足元で爆発が起きる。
 変幻自在の爆風が、真っすぐにクラムの体を押し出し爆炎を突き抜けて一気にプロフェッサーの前へと到達した。

「なっ!?」
「まーちゃんズ」

 光翼を動かそうとしたプロフェッサーの背後で爆発が起きる。
 爆風がプロフェッサーの背中を押し、さらに距離が縮まった。

 クラムはプロフェッサーの首を掴み、そのまま地面に押し倒す。

「あ、がぁ」

 光翼が拘束を解こうと暴れるが、間もなく生み出された大量の人吞み蛙によって全て押さえつけられた。
 
「無理に拘束を解こうとするな。私の爆発は自在。お前だけを殺すなど造作もない」
「っ、ひひっ、いいのか。私を殺しても、何も救われないぞ」
「黙れ」
「ぎ、ぃ……!」

 首に指が食い込む。
 クラムは一切、手を緩めることなく呪いを吐き出すように言った。

「ヒカリに謝れ。お前が使っていい身体じゃないんだよ」
「っが」
「謝れ」
「や、やめ」
「謝れ」

 僅かに呼吸が出来るだけの力加減で、クラムは壊れたレコードのように同じ言葉を吐き出す。
 プロフェッサーはクラムの手をどけようと藻掻く。
 が、それでも謝罪の言葉を口にする様子はなかった。
 
 怖ろしいまでの自分本位。
 その態度に、クラムがさらに力を込めようとしたその時だった。
 
「――ああ、そう、か。これか……!」

 合点がいったような言葉。
 それは他の誰でもない、クラムに押さえつけられたプロフェッサーの口から発せられていた。

 まるで自分の立場を理解していないその姿に、クラムはさらに力を込める。

「お前、自分が今どういう立場かわかっているのか?」
「……っ、ク、ラムやめてくだ、さい」
「私の名を、お前が呼ぶな……!」

 クラムの奥底からどす黒い感情が溢れていく。
 これ以上は時間の無駄だ。コレは謝罪などしないだろう。
 さっさと殺すべき人類の汚点である。

 そう考えて、さらに人吞み蛙を召喚しようとしたその時だった。

「――私で、す。ヒカリです……!」
「なっ」

 思わず首を絞める手が止まる。
 が、クラムは疑ったまま睨みつけた。

「猿芝居はやめろ」
「本当です、クラム。私ですよ」

 掠れた声で、ソレは笑う。
 そして、記憶の奥底にあった笑顔をクラムに見せた。

「一緒に、星の海を見に行こうって約束したじゃないですか」
「――ぁ」

 それが引金だった。
 ヒカリとクラムの間に交わされた約束。
 彼女達しか知らない、知る訳がない過去。
 
 それを認識した瞬間、クラムは目の前のソレをヒカリという少女であると認識した。

 首にかけた手が離れる。
 依然として、クラムに押さえつけられている状態ではあるが、この瞬間に形勢は逆転した。

「はは」

 乾いた笑い。
 同時に、光翼が突き出されてクラムへと迫る。

「っ!?」

 反応が遅れた主を守るように、人吞み蛙が飛び出して爆発した。
 爆風によって押し出された体が光翼の一撃を避けて後方へと飛ぶ。

 クラムはなんとか空中で体勢を整えて、着地。
 そして、爆炎の中を憎々し気に見つめた。

 本来であれば、あの爆発で死んでいる。
 それでもクラムはプロフェッサーが死んでいないと確信があった。

(見てしまった)

 理由はそれだけ。
 それだけが、プロフェッサーを生かしてしまう。

(あの子の影を、見てしまった)
 
 人吞み蛙の爆発は、その全てがクラムによって管理されている。
 故に、クラムは爆発に巻き込まれても傷つかないし、自在に扱えるのだ。

 そして今はその能力が、何よりも足かせになっていた。

「どうしたんですか、クラム」

 プロフェッサーが悠然と立ち上がる。
 そして、ニッコリと笑った。
 あの日と変わらない、陽だまりのような笑顔。

「や、やめろ。お前がそんな風に笑うな」
「クラム、ずっと会いたかったです! 私、あの日貴女と喧嘩してからずっと謝りたくて――」
「やめろ!」

 怒りが、人吞み蛙を爆発させる。
 プロフェッサーへと向かって無数の人吞み蛙が飛び込んで爆発していく。
 
 が、その爆発は一度もその体を焼くことは無い。

「髪、染めたんですね。私と同じ色なんて……とっても嬉しいです!」
「うるさい、や、やだ……やめろ」
「ねえ、私が居なくてもきちんと朝は起きてますか? ご飯もきちんと食べないと!」

 過去が、言葉が、鋭利な形でクラムの心を抉っていく。
 アレは偽物であると思おうにも、心のどこかで信じてしまっていた。
 それは都合の良い夢であり、あり得ない物語。

 友達が、今も生きているという荒唐無稽な物語だ。

「喋るな、お願いだから……」
「どうしたんですか、クラム。そんな顔をして。いっつも言っているじゃないですか、笑顔が大切だって」

 それはいつか聞いた言葉だった。

「貴女は美人さんなんですから、もっと愛想よくすれば友達も出来ますよー!」
「黙れぇ!」

 クラムの足元で、爆発が起きる。
 爆風に押し出されたクラムは、拳を握りしめて少女へと振りかぶった。

「クラム、私を殴るんですか……?」
「っ」

 無意識の内に人吞み蛙が生み出され、真横で爆発する。
 横合いからの爆風で、クラムは少女に届く寸前で地面に転がり落ちた。

「っ、ああ」
「クラム大丈夫ですか!?」

 その少女は慌てて駆けよる。
 そして、心配そうな顔のまま、その心臓を光翼で突き刺した。

「……ぁ」

 高熱の翼が心臓を焼きつぶす。
 人肉の焼ける音と共にクラムは何度か痙攣すると、やがて一度大きく震えた。
 そしてそれが、彼女の最期であった。

「……はは。やった」

 彼女の死を確認して、プロフェッサーは拳を握る。
 そして、高らかに笑った。

「ははははは! 流石は私だぁ! 英雄に敵などいないんだよぉ!」

 逆境に打ち勝つからこその英雄。
 数十人殺した程度で脚を止めないのが英雄。

 プロフェッサーはそんな英雄の素質を持っていた。
 
 ――そう、この世界では。





「はーい、ストップストップ。
「……あ?」

 空間に、亀裂が入る。
 地面に転がっていた筈のクラムが、当然のように口を開いていた。

「な、何が起きている」

 世界が、軋み、悲鳴を上げている。
 プロフェッサーは当てもなく駆け出そうとしたその瞬間。

「本当につまらない夢」

 吐き捨てる言葉。
 それは、ガラスが割れる様に呆気なく、夢から覚めるように一瞬だった。
 世界が本来の姿を取り戻す。
 そこには、心臓が焼け死んだクラムの姿はない。
 
 あるのは、銀の鎖で椅子に縛り上げられた自分と、それを前に楽し気に笑うソルシエラの姿だった。

「……は?」
「楽しい夢は見れたようね。こっちも貴方の解析は終わったわよ」

 手のひらの魔法陣を遊びながら、ソルシエラは蠱惑的な笑みを浮かべる。

「な、何が起きて」
「幻覚ってやつらしいですよ?」

 背後で、声が聞こえた。
 振り向こうとするが、鎖が身じろぎすら許さない。

「私を殺して、楽しそうでしたね。……私がヒカリとテメエを見間違えるわけがないだろ」

 後ろからそっと手を回して、クラムは囁く。
 
「今から、貴方を殺すわ」
「あ、ぁあ! ……ぁぁあ!」

 目の前にあるのは根源的な恐怖。
 死をもたらす大鎌が、月光に冷たく反射してプロフェッサーの恐怖に歪んだ顔を映し出している。
 
 プロフェッサーはこの時、初めて自分の終わりを悟った。
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