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二章 蒼星の少女
第69話 肩透かしと未来予知
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深夜の学園とゴスロリ衣装の少女の親和性はもはや語るまでもないだろう。
普通であればあり得ない組み合わせは、実際に目にするとそれだけで別世界に連れ出してくれたかのような気分にさせる。
そして今の俺は、その気分にさせる側の人間であった。
という訳で御景学園に到着である。
ダンジョンが昼夜問わずに出現する性質から、夜でもそれなりに生徒がいる。
中には、競争率の低い夜を狙って昼間は寝ている生徒もいる程だ。
最低限の出席で夜にダンジョンを攻略する様は、もはや探索者の鏡である。
「……ここは、変わらないわね」
俺は学園の屋上から点々と付いている明かりを見て、ふっと微笑む。
学園と言っても、校舎が無数に存在しているのでここだけでも一つの街のようだ。
『あー、もう満足したかい? 交渉するんだろう?』
もう少しやらせてよ。
高い所で意味深な発言をするミステリアス美少女がやりたいんだから。
『高い所好きだよねぇ。煙とお友達になれるんじゃないかな?』
なんか言っている星詠みの杖君を無視する。
もう少し、浸らせてくれ。
たまにはこういう静かなミステリアス美少女もしたいんだ。
「――来ると思ったよ、ソルシエラ」
なんか背後から聞こえたんだけどぉ……。
星詠みの杖君、わざと黙ってたでしょ?
『~♪』
頭の中で口笛吹くんじゃねえよ。どうやってんだよそれ。
「あれ、無視? ねえ、おーい」
「……随分と騒がしいのね――吾切リンカ」
振り返り名を呼ぶ。
何処にでもいそうな少女は、ニッと笑っている。
「騒がしい方が私は好きだよ。……あ、一つ聞いておきたいんだけど、今の貴女は0号? それとも、私の知る那滝ケイかな?」
ああ、そう言えばこの人の前でクソ面倒臭いミステリアス美少女やったね。
よっしゃ、少し揶揄ってやろ。
「……私と話したいなら素直に言えば良いのに。まったく、人間は回りくどいねぇ」
「そっか、0号なんだ」
「おいおい、まるで歓迎されてないねぇ。せっかくマスターの体を借りたというのに」
「借りた……?」
頷いて、俺は自分の髪の端を持ち上げてみせる。
絶対にミステリアス美少女ではやらない仕草だ。
「私はこうしてマスターの体を借りることも出来るんだよ。あの日君の前に実体を持って現れたのは、あくまでマスターを守っていたからさ。どうだい? 私ってば、君たちで言うところの友達想いのデモンズギアだろう?」
俺は手を広げて大げさに首を振る。
リンカちゃんは嫌悪感を隠そうともせずに自分の首を親指で斬るような仕草をした。
「お前はお呼びじゃないんだよ」
「はぁ、つれないねぇ。じゃあ、いいよマスターに体を返すさ」
俺は一度、体を揺らしてガクリと顔を下げる。
それから表情をいつものミステリアス美少女フェイスにして首を傾げた。
「もういいのかしら?」
「良いも何もアイツは嫌いだし。というか、大丈夫なの? あんなのが体の中に入っているって」
「別に、それが必要な事だから」
「……そっか」
唇を噛んで悔しそうに呟くリンカちゃん。
そんな姿も可愛いねぇ。
「それじゃ、行こうか。ここに来た目的はわかってるよ」
そう言って、リンカは歩き出す。
本当にわかってるのぉ?
適当にそれっぽい事を言っているだけじゃなくてぇ?
『それ君だけだからね』
マジかよ。
「――生徒会長に会いに来たんでしょ。今後の、フェクトム総合学園について交渉するために」
「……そうよ」
マジかよ!? なんでわかるの!?
■
御景学園の生徒会長は、原作でも登場するキャラクターだ。
名を、砂城ユキヒラ。
最大の特徴は糸眼の金髪男である事。
絶対裏切ると思っていたら裏切らなかった事で、ある意味読者を裏切ったお方だ。
そして、現状は御景学園に唯一居るSランクでもある。
トウラク君はまだSランクではないしね。
さて、そんな生徒会長だがどうやら俺を待っていたようだ。
明らかにスペースを無駄遣いしている生徒会室に一人高級椅子に座って此方に笑いかけている。
扉にはリンカが体重を預けて此方の様子を眺めているし、ヤバイ。
普通に知能で負けそうな二人に挟まれた……!
『むしろ君が勝てる人の方が少ないと思うねぇ』
は?
美少女IQは一億あるんだが?
「よく来てくれたよ、ソルシエラ。ああ、この学園では那滝ケイの方が適切かな?」
「……どちらでも良い。好きに呼んで」
「ではソルシエラで。一度、噂の君と話してみたかったんだ」
笑っているというのに、ユキヒラさんは感情が読めない。なんなら表情も読めない。
これ笑ってる? 笑ってるんだよね?
「最初は僕からでいいかな? とは言っても、どうせ君と話す内容は同じだろうが」
「好きにして」
「ははっ、じゃあお言葉に甘えて。――君たちの学園、デモンズギアを持って帰っただろう」
やっぱりバレてるよな。
この人の事だから、トウラク君達が助っ人に来た時も、隙があればちゃっかり貰うように命令していた筈だ。
「あれはフェクトム総合学園に元々あった物。フェクトム総合学園で回収して何が悪いの?」
「おおっと、怖いね。そんなに睨まないでよ。別に奪おうとか、デモンズギアという危険な存在を口実に侵略したりはしないって。……少なくとも僕達の学園はね」
ユキヒラさんは、そう言って楽し気に頬杖をついた。
明らかにこっちの反応を見て楽しんでいる。
くっ、ミステリアス美少女を虐めて楽しいかよ!
『そういう嗜好の人もいると、私はネットで学んだよ』
学ぶな!
「君たちの学園は随分と騎双学園に借金があるそうじゃないか。それなのに裏切って、もう支援も受けることができない。経済的にも苦しいよね? わかるよ、ソルシエラ」
ねちねちと攻めてくるユキヒラさん。
しかし俺は知っている。
この人、こんな口調だけどマジで普通に心配してるだけ。
糸目で、裏切りそうな声と仕草だから勘違いするけど根っからの善人なのだ。
まあ、頭が回ることに変わりはないが。
「……さて君は、僕達に何を対価として支払う」
来た……!
「騎双学園のデモンズギアに関する実験記録よ。貴方達もこれが欲しい筈でしょう」
そう言って、俺はデータの入ったメモリを机に置く。
ユキヒラさんはそれを手に取ると、眺めることなく胸ポケットに入れ、満足げに頷いた。データのチェックとか、なさらない……?
「うん、良いチョイスだ」
「……他にも望みがあるなら言いなさい」
「ベつにいいよ、それで」
え、満足してる?
結構ヤバイ代物なのはそうなんだけど、マジでそれだけでいいの?
「何を考えているの」
「気に食わなかった? 君の要望に答えたつもりなんだが。君たちフェクトム総合学園を御景学園の姉妹校にしてあげるだけじゃ不足かい?」
「そういう訳じゃない。ただ、やけに物分かりが良すぎる」
ミステリアス美少女を手玉に取るな!
こっちが常に上でなくてはいけないんだよぉ!
「ここでフェクトム総合学園と強いつながりを持つのは、戦領祭で有利になるからね。ソルシエラもそうだが、あの照上ミズヒと月宮トアという女子生徒……あれは凄いね。よく、今まで無名だったものだよ」
そう言われて、俺は初めて気が付いた。
今のフェクトム総合学園がいかに少数精鋭のクソヤバ集団であるのか。
俺というミステリアス美少女を筆頭に、未契約のデモンズギア、推定Sランク、収束砲撃の使い手と、他校ならエースになれる存在しかいない人材の宝庫だ。
「フェクトム総合学園と良好な関係を築けるなら、数億程度の借金を肩代わりするなど安いものだ。そもそも未来のSランクがいるだけでも大金を支払ってでも此方から願い出る所だよ」
つまり、これは最初から俺達フェクトム総合学園に取って有利な交渉だったのである。
くっそ、ならもっと吹っ掛ければよかった!
『君、そう言うところは小悪党だよね。ミステリアス美少女らしくないというか』
うるさいやい!
「なら、交渉成立ね」
「そうだね。これからよろしく、ソルシエラ」
ユキヒラさんは今までと変わらない胡散臭い笑みでそう言った。
正直、下手に何か言ってもボロが出そうなので黙っておくしかない。
「ああ、そうだ。君がフェクトム総合学園では那滝ケイとして生活していることは聞いている。不自然にならない様に、姉妹校の話はこちらからそれとなく提案するよ」
「……ありがとう、感謝するわ」
そんな所まで気を使ってくれるんですかぁ?
アフターサービスも完璧じゃないですかぁ!
「いや、いいんだ。こっちもいい加減騎双学園にはうんざりしていた所でね。戦争の火種の用意に手間取っていたんだ。トウラク君とミハヤ君はきちんと役に立ってくれたようで何よりだよ」
「……トウラク達は、今騎双学園で戦っているの?」
「おや、心配かな?」
俺がそう言うのを分かっていたのだろう。
ユキヒラさんは俺の前にウィンドウを展開して「もう帰ってきたよ」と言った。
ウィンドウには、御景学園の医務室で軽い手当を受けるトウラク君とミハヤちゃんがそれぞれピースをしている写真が映し出されている。
ミハヤちゃんは可愛らしく、トウラク君はぎこちないピースだ。
これ俺にもデータくれないっすか?
原作主人公様と原作メインヒロイン様のツーショットとか、最高過ぎる。
額縁に入れて飾りたい。
「今日は挨拶みたいなものだ。彼女の学園に対する宣戦布告。風紀委員会と派手にやり合えたなら、戦争の合図の花火としては不足じゃないだろう?」
「そうですか」
「おやおや、安心したのかな? 僕の記憶だと、君はトウラク君を嫌っていた筈だが」
「……別に、安心なんてしてないです」
ユキヒラさんは今までとは違う笑顔で此方を見ている。
なんか、ニヤニヤしてる気がする……。
「交渉が成立したなら、もう私は行く。フェクトム総合学園を長い間離れるわけには行かない」
「ああ、そうか残念だなぁ。……そう言えば、今思い出したんだけど」
ユキヒラさんは、手の中にナイフを数本生み出して俺に見せる様に振って見せた。
そして、その一つを俺の足元へと投擲する。
あぶねっ!
「――理事会からさ、Sランクの探索者にソルシエラの捕獲命令が出ていたんだよね」
「……挑発、と捉えて良いのかしら」
俺は大鎌を召喚してカッコよく構える。
どうせこの人の事だから戦いはしない。
こんな裏切りそうな顔でマジで善人だから。
まあ、マジでやるならこっちもそれなりには戦うが。
六波羅さんとは別ベクトルで面倒臭いからな、この人も。
「冗談だよ。いつまでもずっと冷たい表情だから揶揄いたくなっただけさ」
ナイフを放り投げて、虚空へと消したユキヒラさんはそう言って笑う。
俺は不機嫌そうに髪をさっと払ってその場を後にした。
あ、リンカちゃんまたね!
……間違っても余計なことはすんなよ?
それじゃ!
■
ソルシエラが居なくなった生徒会室で、リンカは息を大きく吐いた。
緊張と場の妙な閉塞感は、間違いなく二人のSランクが対峙していた事によるものだ。
が、それも滞りなく終わった。
「良かったですね、問題なく終了して」
リンカの言葉に、ユキヒラは素直に頷こうとはしなかった。
今もなお目の前に彼女がいるかのような重苦しい表情のまま、扉を見つめている。
「どうしたんですか?」
「……273万4536通りだ」
「え?」
ユキヒラは疲れた声で言った。
リンカはすぐにその数字の意味を察した。
Sランクの名を冠する砂上ユキヒラの能力、それは――望んだ未来の選択である。
五秒先に起こり得る未来を無限に近い数予知し、望んだ未来を世界の既定路線とする超常の異能。
四大校の一つを統べるに足る最強の能力と言えるだろう。
そして、ユキヒラはその能力をソルシエラとの短い交渉の中で使用したようだった。
「本当はね、捕まえようと思ったんだ彼女」
「え」
リンカがギョッとしてユキヒラを見た。
表情を変えない彼は、ニコニコと笑って髪の毛をいじっている。
その姿と言葉に腹が立って、リンカは隠すことなく苛立つ声で言った。
「あの子に危害を加える事は許さないって、私言いましたよね?」
「ああ、別に危害を加えるつもりはない。ただ、僕が捕まえたことにして保護しようかと思ってさ。そうすればソルシエラも追われることは無くなる」
「……報酬が目当てなだけでしょ」
「あ、ばれたかい? いや、リンカ君相手に隠し事は出来ないなぁ」
嘘である。
ユキヒラの能力を使えば、そもそもリンカ相手に誤魔化した未来を選ぶことなど造作もない。
それでも彼がこうしてリンカを相手にヘラヘラと笑っているのは、彼の気質とソルシエラの捕獲にそこまで本気ではなかった事を意味していた。
「理事会がソルシエラを捕まえて何をさせようとしているのか気になったんだ。だから、実物を差し出してみようかなって。ま、無理だったんだけどね」
悪びれる様子もなく、ユキヒラは淡々と言葉を吐き出す。
「二百万を超えたあたりで悟ったね。あ、この子は僕よりも強いって」
「どれだけ欲しかったんですかソルシエラが。未来をそんなに見てまで捕まえようとするなんて」
「欲しいだろ。捕獲して差し出さ無くても、彼女は持っているだけで理事会への有用な切り札になる。持っておけるならそれが一番だ」
そう言って、ユキヒラは御景学園の学籍データにあった那滝ケイの名を削除する。
その顔は、少し残念そうだ。
「交渉も、あれが一番スムーズな未来だった。こっちが少しでも強気に出れば話が拗れる拗れる。御景学園においでって言った未来の彼女なんて、ちょっと怒ってたからね。いやぁ、どこが怒りポイントかわからないんだよ」
ありえた可能性としての未来を、ユキヒラは「失敗だった」と言って切り捨てた。
そんな彼を見て、リンカは無意識に胸を張って言う。
「そりゃそうでしょう。ソルシエラは何を考えているかわからない奴なんです。知っている事を全然話そうとしないし、でも実力はあるし、あれで実はお人好しだし。……いやぁ、面倒臭くて、助けがいがありますねー」
「君、あの子の事が本当に好きなんだね。僕はああいう子はちょっと怖くて無理かな」
リンカはその言葉を否定も肯定もしない。
ただ、ユキヒラに対する意趣返しのようにニッコリと笑った。
普通であればあり得ない組み合わせは、実際に目にするとそれだけで別世界に連れ出してくれたかのような気分にさせる。
そして今の俺は、その気分にさせる側の人間であった。
という訳で御景学園に到着である。
ダンジョンが昼夜問わずに出現する性質から、夜でもそれなりに生徒がいる。
中には、競争率の低い夜を狙って昼間は寝ている生徒もいる程だ。
最低限の出席で夜にダンジョンを攻略する様は、もはや探索者の鏡である。
「……ここは、変わらないわね」
俺は学園の屋上から点々と付いている明かりを見て、ふっと微笑む。
学園と言っても、校舎が無数に存在しているのでここだけでも一つの街のようだ。
『あー、もう満足したかい? 交渉するんだろう?』
もう少しやらせてよ。
高い所で意味深な発言をするミステリアス美少女がやりたいんだから。
『高い所好きだよねぇ。煙とお友達になれるんじゃないかな?』
なんか言っている星詠みの杖君を無視する。
もう少し、浸らせてくれ。
たまにはこういう静かなミステリアス美少女もしたいんだ。
「――来ると思ったよ、ソルシエラ」
なんか背後から聞こえたんだけどぉ……。
星詠みの杖君、わざと黙ってたでしょ?
『~♪』
頭の中で口笛吹くんじゃねえよ。どうやってんだよそれ。
「あれ、無視? ねえ、おーい」
「……随分と騒がしいのね――吾切リンカ」
振り返り名を呼ぶ。
何処にでもいそうな少女は、ニッと笑っている。
「騒がしい方が私は好きだよ。……あ、一つ聞いておきたいんだけど、今の貴女は0号? それとも、私の知る那滝ケイかな?」
ああ、そう言えばこの人の前でクソ面倒臭いミステリアス美少女やったね。
よっしゃ、少し揶揄ってやろ。
「……私と話したいなら素直に言えば良いのに。まったく、人間は回りくどいねぇ」
「そっか、0号なんだ」
「おいおい、まるで歓迎されてないねぇ。せっかくマスターの体を借りたというのに」
「借りた……?」
頷いて、俺は自分の髪の端を持ち上げてみせる。
絶対にミステリアス美少女ではやらない仕草だ。
「私はこうしてマスターの体を借りることも出来るんだよ。あの日君の前に実体を持って現れたのは、あくまでマスターを守っていたからさ。どうだい? 私ってば、君たちで言うところの友達想いのデモンズギアだろう?」
俺は手を広げて大げさに首を振る。
リンカちゃんは嫌悪感を隠そうともせずに自分の首を親指で斬るような仕草をした。
「お前はお呼びじゃないんだよ」
「はぁ、つれないねぇ。じゃあ、いいよマスターに体を返すさ」
俺は一度、体を揺らしてガクリと顔を下げる。
それから表情をいつものミステリアス美少女フェイスにして首を傾げた。
「もういいのかしら?」
「良いも何もアイツは嫌いだし。というか、大丈夫なの? あんなのが体の中に入っているって」
「別に、それが必要な事だから」
「……そっか」
唇を噛んで悔しそうに呟くリンカちゃん。
そんな姿も可愛いねぇ。
「それじゃ、行こうか。ここに来た目的はわかってるよ」
そう言って、リンカは歩き出す。
本当にわかってるのぉ?
適当にそれっぽい事を言っているだけじゃなくてぇ?
『それ君だけだからね』
マジかよ。
「――生徒会長に会いに来たんでしょ。今後の、フェクトム総合学園について交渉するために」
「……そうよ」
マジかよ!? なんでわかるの!?
■
御景学園の生徒会長は、原作でも登場するキャラクターだ。
名を、砂城ユキヒラ。
最大の特徴は糸眼の金髪男である事。
絶対裏切ると思っていたら裏切らなかった事で、ある意味読者を裏切ったお方だ。
そして、現状は御景学園に唯一居るSランクでもある。
トウラク君はまだSランクではないしね。
さて、そんな生徒会長だがどうやら俺を待っていたようだ。
明らかにスペースを無駄遣いしている生徒会室に一人高級椅子に座って此方に笑いかけている。
扉にはリンカが体重を預けて此方の様子を眺めているし、ヤバイ。
普通に知能で負けそうな二人に挟まれた……!
『むしろ君が勝てる人の方が少ないと思うねぇ』
は?
美少女IQは一億あるんだが?
「よく来てくれたよ、ソルシエラ。ああ、この学園では那滝ケイの方が適切かな?」
「……どちらでも良い。好きに呼んで」
「ではソルシエラで。一度、噂の君と話してみたかったんだ」
笑っているというのに、ユキヒラさんは感情が読めない。なんなら表情も読めない。
これ笑ってる? 笑ってるんだよね?
「最初は僕からでいいかな? とは言っても、どうせ君と話す内容は同じだろうが」
「好きにして」
「ははっ、じゃあお言葉に甘えて。――君たちの学園、デモンズギアを持って帰っただろう」
やっぱりバレてるよな。
この人の事だから、トウラク君達が助っ人に来た時も、隙があればちゃっかり貰うように命令していた筈だ。
「あれはフェクトム総合学園に元々あった物。フェクトム総合学園で回収して何が悪いの?」
「おおっと、怖いね。そんなに睨まないでよ。別に奪おうとか、デモンズギアという危険な存在を口実に侵略したりはしないって。……少なくとも僕達の学園はね」
ユキヒラさんは、そう言って楽し気に頬杖をついた。
明らかにこっちの反応を見て楽しんでいる。
くっ、ミステリアス美少女を虐めて楽しいかよ!
『そういう嗜好の人もいると、私はネットで学んだよ』
学ぶな!
「君たちの学園は随分と騎双学園に借金があるそうじゃないか。それなのに裏切って、もう支援も受けることができない。経済的にも苦しいよね? わかるよ、ソルシエラ」
ねちねちと攻めてくるユキヒラさん。
しかし俺は知っている。
この人、こんな口調だけどマジで普通に心配してるだけ。
糸目で、裏切りそうな声と仕草だから勘違いするけど根っからの善人なのだ。
まあ、頭が回ることに変わりはないが。
「……さて君は、僕達に何を対価として支払う」
来た……!
「騎双学園のデモンズギアに関する実験記録よ。貴方達もこれが欲しい筈でしょう」
そう言って、俺はデータの入ったメモリを机に置く。
ユキヒラさんはそれを手に取ると、眺めることなく胸ポケットに入れ、満足げに頷いた。データのチェックとか、なさらない……?
「うん、良いチョイスだ」
「……他にも望みがあるなら言いなさい」
「ベつにいいよ、それで」
え、満足してる?
結構ヤバイ代物なのはそうなんだけど、マジでそれだけでいいの?
「何を考えているの」
「気に食わなかった? 君の要望に答えたつもりなんだが。君たちフェクトム総合学園を御景学園の姉妹校にしてあげるだけじゃ不足かい?」
「そういう訳じゃない。ただ、やけに物分かりが良すぎる」
ミステリアス美少女を手玉に取るな!
こっちが常に上でなくてはいけないんだよぉ!
「ここでフェクトム総合学園と強いつながりを持つのは、戦領祭で有利になるからね。ソルシエラもそうだが、あの照上ミズヒと月宮トアという女子生徒……あれは凄いね。よく、今まで無名だったものだよ」
そう言われて、俺は初めて気が付いた。
今のフェクトム総合学園がいかに少数精鋭のクソヤバ集団であるのか。
俺というミステリアス美少女を筆頭に、未契約のデモンズギア、推定Sランク、収束砲撃の使い手と、他校ならエースになれる存在しかいない人材の宝庫だ。
「フェクトム総合学園と良好な関係を築けるなら、数億程度の借金を肩代わりするなど安いものだ。そもそも未来のSランクがいるだけでも大金を支払ってでも此方から願い出る所だよ」
つまり、これは最初から俺達フェクトム総合学園に取って有利な交渉だったのである。
くっそ、ならもっと吹っ掛ければよかった!
『君、そう言うところは小悪党だよね。ミステリアス美少女らしくないというか』
うるさいやい!
「なら、交渉成立ね」
「そうだね。これからよろしく、ソルシエラ」
ユキヒラさんは今までと変わらない胡散臭い笑みでそう言った。
正直、下手に何か言ってもボロが出そうなので黙っておくしかない。
「ああ、そうだ。君がフェクトム総合学園では那滝ケイとして生活していることは聞いている。不自然にならない様に、姉妹校の話はこちらからそれとなく提案するよ」
「……ありがとう、感謝するわ」
そんな所まで気を使ってくれるんですかぁ?
アフターサービスも完璧じゃないですかぁ!
「いや、いいんだ。こっちもいい加減騎双学園にはうんざりしていた所でね。戦争の火種の用意に手間取っていたんだ。トウラク君とミハヤ君はきちんと役に立ってくれたようで何よりだよ」
「……トウラク達は、今騎双学園で戦っているの?」
「おや、心配かな?」
俺がそう言うのを分かっていたのだろう。
ユキヒラさんは俺の前にウィンドウを展開して「もう帰ってきたよ」と言った。
ウィンドウには、御景学園の医務室で軽い手当を受けるトウラク君とミハヤちゃんがそれぞれピースをしている写真が映し出されている。
ミハヤちゃんは可愛らしく、トウラク君はぎこちないピースだ。
これ俺にもデータくれないっすか?
原作主人公様と原作メインヒロイン様のツーショットとか、最高過ぎる。
額縁に入れて飾りたい。
「今日は挨拶みたいなものだ。彼女の学園に対する宣戦布告。風紀委員会と派手にやり合えたなら、戦争の合図の花火としては不足じゃないだろう?」
「そうですか」
「おやおや、安心したのかな? 僕の記憶だと、君はトウラク君を嫌っていた筈だが」
「……別に、安心なんてしてないです」
ユキヒラさんは今までとは違う笑顔で此方を見ている。
なんか、ニヤニヤしてる気がする……。
「交渉が成立したなら、もう私は行く。フェクトム総合学園を長い間離れるわけには行かない」
「ああ、そうか残念だなぁ。……そう言えば、今思い出したんだけど」
ユキヒラさんは、手の中にナイフを数本生み出して俺に見せる様に振って見せた。
そして、その一つを俺の足元へと投擲する。
あぶねっ!
「――理事会からさ、Sランクの探索者にソルシエラの捕獲命令が出ていたんだよね」
「……挑発、と捉えて良いのかしら」
俺は大鎌を召喚してカッコよく構える。
どうせこの人の事だから戦いはしない。
こんな裏切りそうな顔でマジで善人だから。
まあ、マジでやるならこっちもそれなりには戦うが。
六波羅さんとは別ベクトルで面倒臭いからな、この人も。
「冗談だよ。いつまでもずっと冷たい表情だから揶揄いたくなっただけさ」
ナイフを放り投げて、虚空へと消したユキヒラさんはそう言って笑う。
俺は不機嫌そうに髪をさっと払ってその場を後にした。
あ、リンカちゃんまたね!
……間違っても余計なことはすんなよ?
それじゃ!
■
ソルシエラが居なくなった生徒会室で、リンカは息を大きく吐いた。
緊張と場の妙な閉塞感は、間違いなく二人のSランクが対峙していた事によるものだ。
が、それも滞りなく終わった。
「良かったですね、問題なく終了して」
リンカの言葉に、ユキヒラは素直に頷こうとはしなかった。
今もなお目の前に彼女がいるかのような重苦しい表情のまま、扉を見つめている。
「どうしたんですか?」
「……273万4536通りだ」
「え?」
ユキヒラは疲れた声で言った。
リンカはすぐにその数字の意味を察した。
Sランクの名を冠する砂上ユキヒラの能力、それは――望んだ未来の選択である。
五秒先に起こり得る未来を無限に近い数予知し、望んだ未来を世界の既定路線とする超常の異能。
四大校の一つを統べるに足る最強の能力と言えるだろう。
そして、ユキヒラはその能力をソルシエラとの短い交渉の中で使用したようだった。
「本当はね、捕まえようと思ったんだ彼女」
「え」
リンカがギョッとしてユキヒラを見た。
表情を変えない彼は、ニコニコと笑って髪の毛をいじっている。
その姿と言葉に腹が立って、リンカは隠すことなく苛立つ声で言った。
「あの子に危害を加える事は許さないって、私言いましたよね?」
「ああ、別に危害を加えるつもりはない。ただ、僕が捕まえたことにして保護しようかと思ってさ。そうすればソルシエラも追われることは無くなる」
「……報酬が目当てなだけでしょ」
「あ、ばれたかい? いや、リンカ君相手に隠し事は出来ないなぁ」
嘘である。
ユキヒラの能力を使えば、そもそもリンカ相手に誤魔化した未来を選ぶことなど造作もない。
それでも彼がこうしてリンカを相手にヘラヘラと笑っているのは、彼の気質とソルシエラの捕獲にそこまで本気ではなかった事を意味していた。
「理事会がソルシエラを捕まえて何をさせようとしているのか気になったんだ。だから、実物を差し出してみようかなって。ま、無理だったんだけどね」
悪びれる様子もなく、ユキヒラは淡々と言葉を吐き出す。
「二百万を超えたあたりで悟ったね。あ、この子は僕よりも強いって」
「どれだけ欲しかったんですかソルシエラが。未来をそんなに見てまで捕まえようとするなんて」
「欲しいだろ。捕獲して差し出さ無くても、彼女は持っているだけで理事会への有用な切り札になる。持っておけるならそれが一番だ」
そう言って、ユキヒラは御景学園の学籍データにあった那滝ケイの名を削除する。
その顔は、少し残念そうだ。
「交渉も、あれが一番スムーズな未来だった。こっちが少しでも強気に出れば話が拗れる拗れる。御景学園においでって言った未来の彼女なんて、ちょっと怒ってたからね。いやぁ、どこが怒りポイントかわからないんだよ」
ありえた可能性としての未来を、ユキヒラは「失敗だった」と言って切り捨てた。
そんな彼を見て、リンカは無意識に胸を張って言う。
「そりゃそうでしょう。ソルシエラは何を考えているかわからない奴なんです。知っている事を全然話そうとしないし、でも実力はあるし、あれで実はお人好しだし。……いやぁ、面倒臭くて、助けがいがありますねー」
「君、あの子の事が本当に好きなんだね。僕はああいう子はちょっと怖くて無理かな」
リンカはその言葉を否定も肯定もしない。
ただ、ユキヒラに対する意趣返しのようにニッコリと笑った。
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※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。
※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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