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二章 蒼星の少女

第55話 実験と探求心

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 騎双学園の中央自治区に無数に乱立するビル。
 その一つに存在する関係者以外は存在すら知らない最上階の一つ上の階層に、ミロクはいた。

 蒼星ミロクが騎双学園に自身を譲渡してから三日が経っている。

 三日目ともなると、無機質な白い部屋で過ごすことも慣れてきた。

(やることが無い……)

 食事と排泄以外に、ミロクは行動を許されていなかった。
 そもそも、この必要最低限の物しか揃っていない部屋で何が出来るというのだろうか。

 ベッドに腰を下ろしてただ、ぼうっとその時が来るのを待つ。
 やがて、それは訪れた。

「やあ、ご機嫌はいかがかな。蒼星ミロク」
「……プロフェッサー」

 荒れ果てた容姿の少女が、ミロクのいる部屋へと鍵を開けて入ってくる。
 死体が動いていると言われても信じてしまいそうな見た目をしたプロフェッサーは、首元を掻きむしりながら笑った。

「ふむ。体調もよさそうだ。人によっては一日で駄目になるからな。やはり素材にはこだわるべきだ」

 プロフェッサーは満足げに頷く。
 
「さあ、今日も始めようか」

 ミロクに選択権など、ある筈がなかった。




 部屋から連れ出されたミロクは、いつものように屋内実験場へと案内された。

 真っ白な部屋の上部は、一部がガラス張りになっている。
 いつも、そのガラスの向こうからプロフェッサーはこの実験を観察するのだ。

 壁の端に置かれた椅子に腰を下ろしたプロフェッサーはミロクにも座るように促す。

「まあ座りなさい。シエルの運搬が遅れているようでね、少し話そうじゃないか」
「……別に、何も話すことは無いですが」
「はぁ。君には探求心がないから良くない。例えば君がこの三日間、実験の度にうち込まれているこの注射器の中身」

 プロフェッサーはそう言って、アタッシュケースから注射器を取り出す。
 学園都市ではよく目にする、素人でも扱える仕組みになっている注射器だ。

「これは私がデモンズギアを作り上げる途中で生み出した物でね。デモンズギアとの適合率を上昇させることができる。まあ、体に拒否反応が起こればこうなるんだが」

 プロフェッサーは自分を指さして笑った。
 ミロクの反応を気にすることなく、プロフェッサーは気ままに口を動かす。

「時に、君はデモンズギアをどう考える」
「別にどうでも。ただの危険なダイブギアでしょう」
「まさか。根本的に違う。ダイブギアは人の叡智の結晶。そしてデモンズギアは一つの聖遺物から作られた人造の神そのものだ」
「神……?」
「正確には、悲劇で終わるように作られた六つの神話の具現。あれらは、生きる神話なのだよ」

 高ぶりから、プロフェッサーは体を掻きむしる。
 そして、皮膚が裂けて出た血を白衣で拭い去りながら言葉を続けた。

「素晴らしい。二十年前にあれだけの物が作れるとは。当時の研究者には頭が上がらないよ。だからこそ、私もデモンズギアを作りたかった。事実として私は後一歩に迫っていたんだ。最後のピースである聖遺物が揃えば、新たに作ることができたんだよ」
「そうですか」

 興味なさげなミロクに気が付かずにプロフェッサーはさらに気分を良くして言った。

「二十年前、フェクトム総合学園が作り上げた六つのデモンズギアは暴走事故以降、当時有力であった各学園に分割されて保存された。そこまでは記録で確認できる。ただ一つ、その制御を担っていた、デモンズギアの大元ともいえる聖遺物を除いてね」

 子供が自分の好きなことを話すように、身勝手で輝いた目でプロフェッサーは話を続ける。

「あの聖遺物さえあれば、新たなデモンズギアが作れた。間違いなく、私が作り上げることができたんだ。……それなのに、理事会は理解してくれなかった。計画に必要なデモンズギアは六つであるとしか答えてくれない。馬鹿な連中だ。私を教授の座から追放して、あんなロクデナシを教授として新たに迎えてしまうとは。嘆かわしい……」

 つらつらと言葉を連ねるプロフェッサーを他所に、ミロクは天井を眺めた。

「しかし、シエルが新たに契約者を持てば、エイナと合わせて二つのデモンズギアのデータが取れることになる。そうすれば、聖遺物が無くとも、デモンズギアが作れるだろう。理事会に一泡吹かせることができるのだ!」
「そうですか。凄いですね」
「ああ凄い! 私は凄いんだ。だから、こんな所で燻ぶっているのは間違っている……!」

 プロフェッサーは自分の太ももを加減もせずに何度も叩く。
 そして、突然冷静になってミロクを見た。

「正直、最初は君には期待してなかったんだ。素材は良いが、それだけだ。私の実験の礎程度だと思っていた。それは謝罪しよう。君は、神が私にもたらした恵みだ」

 プロフェッサーはミロクの手を握って笑う。

「ソルシエラの魔力を浴びた影響だろうか。君は今までで一番シエルとの適合率が高い。素晴らしいよ。君が契約者となれば、私の実験は飛躍的に進む!」
「そうですか」
「ああ! あの時、理事会を無視して桜庭ラッカを攫わなくて良かった……。待てばきちんと、君が手に入ったのだから」
「……桜庭ラッカを知っているんですか?」
「ああ、勿論」

 当然のように、プロフェッサーは肯定する。
 
「だって、理事会が最初に認定したSランクじゃないか」
「……え?」
「ああ、そうか。Sランクの正式な発表は天剣が最初か。桜庭ラッカは、生まれつきSランクであった。だから、他のSランク探索者の制作サンプルとして認定されたんだ」
「先生が……Sランク?」

 聞いたことがなかった。
 いつも、自分たちを導いてくれた存在がまさか、それほどの存在だったとは。
 知らなかったでは済まされないほどに、大きな肩書きだ。

「知らなかったのか? ……君は、秘密を打ち明けられるほど信用されていなかったんだな。哀れな」
「……うるさい」
「おいおい、事実だろう。それに、君だって他の生徒を信用していないからこうしてここにいるのだろう? 一人で黙って借金を解決しようとして。何の違いがある?」
「っ」

 言い返せなかった。
 今のミロクは、間違いなく自分自身が最も嫌う行動をしていたのだから。

「そういう意味では、流石は後輩なのだろうね。片や借金のために私に身を捧げ、片や学園都市の為に身を捧げ。フェクトム総合学園には自己犠牲を美徳とする教えでもあるのかい?」
「……あの人について他に何か知っていますか?」
「知らないよ。興味がない。あれは既に完成されたものだ。私は完成させるのが目的であって、その後はどうでも良い。理事会にでも聞けばいいんじゃないか」

 ミロクが口を開くが、言葉を発するよりも先にプロフェッサーは立ち上がった。

「っと、到着したようだ。それじゃ、後は頼むよ。今日もシエルと仲良くしてやってくれ」

 そう言うと、プロフェッサーは一本の注射器をミロクの手に握らせてアタッシュケースを椅子の傍に置く。
 それから部屋を出ていつもの様にガラスの向こう側へと移動した。

「……言われなくても」

 これが自分の役割りなのだと理解している。
 フェクトム総合学園における自分の役割りぐらい、自覚はしているつもりだった。

 ミロクの入ってきた扉とは反対の扉から音がする。
 人よりも大きな物を運び入れるために作られた巨大な金属製の扉は、大きな音を立てながら開かれた。

 入ってきたのは、防護服に身を包んだ数人の研究者。
 そして彼等が運ぶ巨大な円柱の水槽の中に浮かぶ一人の少女の形をした怪物だ。

 研究者達は、ミロクの前まで水槽を台座ごと運ぶ。
 そして、台座に何か操作を施すとさっさと出て行ってしまった。

 操作された台座は上の水槽から液体を抜き取り始める。
 そして、水槽の中の液体が完全に抜かれた後、軽い音と共に水槽は開かれた。

「――実に、十九時間ぶりの再会です故」

 ぺたり、とその少女は濡れた素足で床に降り立つ。
 そして、一糸まとわぬ姿のまま、ミロクを見つめて人として不完全な笑みを浮かべた。

「それでは、始めましょうか」
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