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二章 蒼星の少女

第53話 真実と協力

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 ミズヒは、御景学園の運営する病院へと来ていた。

 目的はただ一つ、フェクトム総合学園の生徒会長であり自身の幼馴染、ミロクの安否を確かめる為である。

『随分と、入院が長引いているのね。もう一人の男子生徒の方はもう学園に戻ってきたというのに』

 昨夜、ソルシエラに言われた言葉をミズヒは改めて考えていた。

(ソルシエラによる魔力汚染の可能性があると、初めに見舞いに来た時は言われた。今思えば、それはおかしい)

 過去、ミズヒはソルシエラと共に戦ったことがあった。
 その時は、軽い身体検査のみでそれ以上の事はされていない。ましてや、入院など。

 何よりも、同じ場所にいたケイは既に学園に戻ってきていた。

(借金の額が減って浮かれていた……クソ、私は先生の代わりに皆を守らなきゃいけないのに)

 弱気になりそうな自分を振り払うように頭を振る。

 間もなく、受付にミズヒの名前が呼ばれた。

 ミロクが入院していた部屋は随分と設備が多い所の様で、見舞い一つにも受付を通して様々な手続きが必要だったのだ。

「お待たせしました。それで、ええっと」

 受付はミズヒを見て申し訳なさそうに言葉を続ける。

「その……蒼星ミロクさんは、三日前に退院されました」
「……は?」

 言っている意味がわからずミズヒはただ声を上げた。

 現にミロクはフェクトム総合学園に戻ってきてはいない。
 ならば、何処に行くというのだろうか。

「そんな筈ないだろう。もう一度、調べてくれ! フェクトム総合学園の蒼星ミロクだ!」
「で、ですから退院したんですよ。迎えの生徒さんもいらっしゃって」
「何を言っているんだ!? だって、私もトアも、ケイだって迎えなんて……」

 何が起こっているのかわからなかった。

 状況が把握できない。
 
(見舞いにいかないように、病院側が嘘をついている可能性も否定できない。ミロクに何が起こったんだ)

 手段の一つとして、ミロクがいるであろう階層へと強行突破の可能性が浮かび上がってきたその時だった。

「――あら、もしかしてフェクトム総合学園の生徒さん?」

 聞き覚えのない声が、背後からかかる。

 振り返れば、そこには普遍的な容姿をした少女がいた。
 制服から、御景学園の生徒だとすぐにわかる。

「……そうだが。何か用か」
「いやぁ、用って程でもないんだけど。何か騒がしかったから、私で良ければ力になろうかと思って」

 そう言って少女は人懐っこい笑みで、ミズヒの傍に近寄った。
 不思議と相手に警戒心を抱かせないような、妙な雰囲気のある所作だ。

「ここ御景学園の病院だし、御景学園の生徒である私なら力になれるかもよ」
「……実は、幼馴染の見舞いに来たんだ。だが、その生徒は既に退院されたと言われてな」
「へえ」

 少女の目が僅かに細められる。
 
「その生徒さんって、蒼星ミロク?」
「っ、ああそうだ!」
「そっかそっか……うん」

 うんうんと頷いた少女はミズヒの手を引くと、受付から離れる様に歩き出した。

「お、おい!」
「受付で話すと迷惑になるからねー。ささ、こっちで話をしようよ。……あ、そうだ。私の名前を言ってなかったね」

 少女は振り返って、言った。

「私は吾切リンカ! どこにでもいる普通の御景学園の生徒だよ」






 
 病院の中庭まで案内されたミズヒは、傍のベンチに腰を下ろした。
 
(随分と金を掛けた場所だな。流石は御景学園か)

 心地の良い風と色鮮やかな花々に、次第に思考が冷静になっていく。

「それで、どうしたのかな。蒼星ミロクがいなくなったって、言ってたけど」
「……退院したらしいんだ、三日前に。でも、フェクトム総合学園には戻ってきていない」
「そうなんだ。でもさ、何か野暮用があったりとか、ダンジョンに潜っているとかじゃないの?」

 リンカの言葉に、ミズヒは首を横に振る。

「それはあり得ない。ミロクは生徒会長であり、何よりも責任感が強い奴だ。自分がいない間に溜まった仕事よりもダンジョンを優先するような人間ではない」

 長年、隣にいたミズヒだからこそ理解出来る。
 ミロクが何も言わずに消えるなど、異常事態でしかないと。

「ふーん。そうなんだ」

 リンカは自身のダイブギアから仮想キーボードを生み出すと何やら入力を始めた。
 何をしているのかと問い掛けようとしたミズヒより先にリンカは声を上げる。

「私、入院中の蒼星ミロクと話したよ」
「本当か!?」
「うん。ちょっとした雑務でね。その時は元気そうだったから、入院が長引くって事もあり得ないと思うんだけどなぁ」

 リンカの言葉に、ミズヒは確信を強める。
 やはり、ミロクの身に何かあったようだ。

「心当たりとかはないの? 蒼星ミロクに関する事で、変化があった事とか」

 その言葉に、昨晩のソルシエラとの会話が思い出された。

『どうやら借金が減ったようだけれど……ここの生徒会長は随分と優秀なようね』

 突如として減ったフェクトム総合学園の借金。
 ソルシエラはその意味を考える様にと、言っていたではないか。

「……ウチの学園の借金が減った。ミロクが交渉をしたらしいんだ」
「借金? 結構大変そうな学園に通ってるんだね」
「ああ。日々を生きるのが精一杯で……けど、少し前に突然借金が半分以下になったんだ」

 手段は不明だった。
 しかし、それ以上に借金が減ったことに対する喜びが大きかった。

 だからこそ、ミズヒはその疑問を些末事として片付けたのだ。

「ミロクに何かあったとすれば、私にはそれしか思いつかない」
「成程ねぇ。……ちなみにさ、御景学園の生徒会で、今問題になっている事件があるんだけど」

 リンカは変わらずキーボードを操作しながら言う。

「最近、やたらと人攫いが多いんだよねぇ。ウチの生徒も何人か被害に遭っているらしくて」
「人攫い?」
「うん。あのさ、貴女の言うその借金の相手って……騎双学園じゃない?」

 まるで心を読んだかのような言葉にミズヒは驚く。
 そもそも、フェクトム総合学園の借金はあくまで裏での取引の結果であった。
 
 仮にこの借金が大衆に知られれば、騎双学園はフェクトム総合学園の支援を断ち切らざるを得ない。
 そうなれば、結局フェクトム総合学園が一番の痛手を負う仕組みになっていた。
 故に、借金の先ははっきりと明示せず、誤魔化してきたのである。

 それを、目の前の少女はあっさりと言い当てた。

「なぜ、それを」
「これ見てよ」

 そう言って、リンカはダイブギアから一枚のウィンドウを立ち上げてミズヒへと向けた。
 
「この病院の監視カメラのサーバーにハッキング仕掛けて、手に入れましたー。そこに映っているのが蒼星ミロク、そして騎双学園のSランク六波羅」

 ウィンドウには、三日前の映像が映っていた。
 廊下から見える病室の奥には、見知った髪色の少女ともう一人、騎双学園の制服の赤い髪の男がいる。
 他にも誰かいるようだが、男の陰になってうまく見えない。

「人攫いの対象は、ある一定の魔力量の生徒。蒼星ミロクのデータを見るに、中々に魔力量は高いね」
「……騎双学園が、ミロクを攫ったのか」
「というよりは、身売りかな」

 そう言って、リンカはウィンドウを閉じた。
 怖ろしい事実を目の当たりにした筈のリンカは、妙にあっさりとしている。
 
「ミロク。アイツ、一人で……!」

 立ち上がろうとしたミズヒの手が引かれる。
 リンカがこちらを見ていた。

「ケイに今どこにいるか聞いてよ」
「どうしてだ」
「私、アイツとは御景学園の頃のクラスメイトでさ。大体の行動パターンは知っているんだよね。私たち、仲良しだったからねー」
「そうだったのか」

 フェクトム総合学園の制服を見かけて声を掛けたのはそれが理由だったのだろう。
 仲の良いクラスメイトの転校先と知れば、つい接触をしてしまうのも理解できる。

「私の予想だとね、そろそろ彼も動くよ」
「……まさか」

 ミズヒはダイブギアで、連絡をとった。
 相手は那滝ケイ。
 
 今の時間ならば、本来はミズヒの代わりにダンジョン救援を行っている筈だ。

 通話は、やや時間があって繋がった。
 相手の言葉も聞かずに、ミズヒは問う。

「ケイ、今どこにいる」

 暫しの沈黙。

『……えーっと』

 ケイにとって予想外だったのだろうか。
 彼にしては珍しい戸惑いだった。

 その様子からミズヒは確信する。

「そうか。もう騎双学園にいるんだな」
『……はい』

 絞り出すように、ケイはそう答える。
 
 いつ彼が知ったのか。
 何故、一人でいこうとしたのか。
 それはわからない。

 だが今やるべきことは、彼を責める事でないことだけはハッキリと分かっていた。

 であれば、ミズヒの次の言葉は決まっている。

「私も行く」
『え?』
「当然、トアも連れて行く。これは、フェクトム総合学園の問題だからな」

 ケイは一人でミロクを救おうとしていたのだろう。
 ミズヒの言葉に、暫く黙り込んだ後に息を大きく吐いた。

『……すみませんでした』
「謝るな。気が付けなかった私にも落ち度がある。今いる場所の座標を寄越せ。すぐに向かう」
『……はい』

 ケイから送られてきた座標を確認して、ミズヒは内心で驚く。
 それは、騎双学園の中央区。
 あと数分でも遅れていたのなら、彼は一人でミロクを助けに行っていたのだろう。

「それでは、また後ほど」
『……はい』

 通話は、ケイのどこか暗い声と共に終了した。
 
 ミズヒは通話を終えて空を仰ぐ。
 冷静になる必要があると、理解していた。

「……吾切リンカ、ありがとう。君のおかげで、最悪の事態は回避できるかもしれない」
「そうなんだ。良かったね」

 リンカはニッコリと笑う。
 親しみやすい笑みだ。

 それから、リンカはミズヒを見て言った。

「私達にも手伝わせてくれないかな」
「いいのか?」
「うん。だって、ケイの友達だしね。それに、人攫いは御景学園の問題でもある。これで証拠の一つでも入手できれば、騎双学園に戦争を吹っ掛ける口実にもなるし。……あ、後半は内緒ね?」

 悪戯っ子のようにリンカは笑って言った。

「ああ。ありがとう」

 ミズヒは強く頷くと、礼を一つ言ってその場から去っていく。

 その背にひらひらと手を振って、ミズヒの背中が見えなくなった頃にリンカは誰かへと通話を始めた。

「……あ、トウラクごめん。今日はせっかくのデート中だろうけどさ――」

 

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