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二章 蒼星の少女
第42話 学園と虚飾
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ミロクが目覚めた時、そこは病室だった。
死を覚悟していた身からすると、妙な肩透かしを食らった気分である。
更に付け加えて言えば、彼女が目覚めた時も特段騒がれることは無かった。
生死の世界を彷徨っていた、などと言う仰々しいものではなく、非常に淡々として落ち着いた対処をされたのを覚えている。
一度、医者が身体の不調を聞きに来たくらいで、それ以降は何もなかった。
自分と共にいた子供と那滝ケイも無事であると知り、今の彼女は手持ち無沙汰な状態である。
そんな時間を三日ほど過ごした頃、彼女らは訪れた。
「――ああ貴方達ですか。私とお話したいっていうのは」
ミロクの元に、やってきたのは二人の少年少女だった。
彼等が身に纏う制服は、学園都市の人間なら誰でも知っている。
四大校の一つ、御景学園の制服だ。
「急なお願いを聞いてくれてありがとうございます。僕は牙塔トウラクって言います。こっちは、吾切リンカ」
「どうも。身体の具合はどうですか」
「ええ。とても良いです。倒れた時にはお腹に穴が開いていたんですよ? それなのに今はほら、こんなに綺麗になってます」
そう言って、ミロクは病衣を捲り腹部を見せる。
「いっ!?」
声にならない悲鳴を上げつつ、トウラクは咄嗟に顔を背けた。
が、彼の鍛えられた動体視力は既にその真っ白な腹部を完全に見てしまっている。
首をかしげるミロクと顔を真っ赤にするトウラク。
その光景を見て、リンカは目の前の人物がどういう人間なのかを理解した。
「……あー、傷がないなら良かったです。なので、もうお腹は隠していいですよ。風邪、引いちゃ悪いですから」
「あ、そうですね。ふふっ、それにしても御景学園の病院ってすごいんですね。私みたいな死にかけですら、ここまで治してしまうんですから」
「……ですねー」
リンカはその言葉を聞いて一つ理解する。
(きっとソルシエラが治したんだ)
リンカ達が来た時には既に、ミロクは傷一つない状態だった。
しかし、彼女の言葉を聞くにどうやら死んでもおかしくない傷を負っていたらしい。
それだけの傷を治す事の出来る存在で彼女の身近な人間となると、ソルシエラしかいない。
いや、ミロクにとっては那滝ケイだろうか。
(この感じだと、那滝ケイがソルシエラだとは知らないみたいだね)
フェクトム総合学園では、那滝ケイとして生活をしているらしい事は事前にトウラクから聞いた話と一致している。
「さあさあ、そこの椅子に座ってください。あまりに退屈だったんですよ」
「では失礼して……トウラク、もういいから」
「あ、はいっ」
顔を逸らしたままフリーズしていたトウラクの袖をちょいちょいと引っ張って、リンカは席に着く。
トウラクも座ったのを確認して、リンカは話を始めた。
「事前に話していた通り、那滝ケイについて聞きたいんですよ」
「はい、いいですよ」
ミロクは笑顔で答える。
今回のリンカ達が来た目的、それはフェクトム総合学園に那滝ケイが行った理由を探ることだった。
現状、彼女に対して不明なことが多すぎるため、実際に同じ学園に通う生徒に話を聞くことにしたのである。
「あ、でもその前に……どうしてケイ君の事を聞きたいんですか」
(少し警戒されてるかぁ。ま、そりゃそうだね)
柔和な笑みのまま問い掛けるその姿は、純粋にそう問い掛けただけにも見える。
が、リンカの眼はその裏にある警戒の色を見逃がさなかった。
(けど、こっちもそれなりに準備してるんだよねー)
リンカはわざと表情を暗くして口ごもる。
それから、逡巡する様子を見せた後に一枚の紙を差し出した。
「これが、理由です」
「……これは」
紙に記された内容を見るミロクの表情がどんどんと険しくなっていく。
そして読み終わる頃には、その笑みを消して言った。
「ケイ君が、遊園地での騒ぎの犯人であると?」
「あくまでその可能性があるという事です」
それは、今回の事件に関する報告書の一部だ。
本物となんら変わりのないソレは、リンカが完全に違法なやり方で偽造したものだった。
当然、那滝ケイが疑われているわけがないのだが、そんな事を今まで病室にいた彼女が知るわけもない。
「そんなこと、ある訳がないでしょう!? ケイ君がどれだけ私達のために動いてくれたか……。自分の身体を犠牲にしてまで、戦った事すらあるんですよ!」
今にも飛び掛かりそうな様子のミロクを見て、リンカは頷いた。
「私もこれはおかしいと思っています。だから、那滝ケイの無実を証明するために、普段の彼について聞きたいんです」
そう言って、隣のトウラクを指さして言葉を続ける。
「トウラクも御景学園では那滝ケイと仲が良かったようなので、事前に話を聞きました。それで充分に疑いは晴れたのですが、あと一押し完全に彼を白にする意見が欲しい。そう思って、当日一緒にいた貴女に那滝ケイの人となりを聞きたいんです」
リンカの言葉に、ミロクは安心したように息を吐く。
「……そういう事ですか」
「はい。なので、殆ど彼に対する疑いは晴れているといって良いでしょう。ただ、完全に白ではない為、その紙にあるように纏めるしかないんです。……すみません、私たちだけで解決できればよかったのですが」
そう言ってリンカは頭を下げる。
深々と下げられた頭を見て、ミロクは慌てて首を横に振った。
「そ、そんな……! 私こそ、すみませんでした。取り乱してしまって」
ミロクの言葉を軽く聞き流しながら、リンカは那滝ケイのフェクトム総合学園での立ち位置についておおよその見当をつけていた。
(ふむ、先程の取り乱し方。色恋沙汰というよりは深い仲間意識か。フェクトム総合学園は那滝ケイが入るまでは三人だったらしいし、その中で作り上げられた閉鎖的なコミュニティは中々に強固な筈だ)
那滝ケイは、あくまで男としてフェクトム総合学園に通っている。
リンカから見て、ミロクは中々の美少女だった。
ミハヤとトウラクが言うには、他の二人も美少女であるという。
普通であれば、男が入ってきたとして、そんなコミュニティにまともに属せる訳が無い。
(那滝ケイの度を超えた献身。もはや狂気とも言えるね)
御景学園での振る舞いと大きく違う事は理解している。
かつての彼が、あくまで傲慢な人間の仮面を被っていたことはトウラクからも聞いた話だ。
(さてさて、ここからが私の仕事だねー)
リンカは愛想の良い笑顔を浮かべて言う。
「では、改めて当日の彼について聞かせてください」
「あ、はい。ええっと、あの日は私の紹介したバイトで――」
ミロクの言葉をメモに取りながら、リンカは一つ一つ情報を整理していく。
彼女の言葉と、生き残っていたいくつかの防犯カメラの映像と照らし合わせていくが、大した齟齬は見つからなかった。
(うーん、ソルシエラとして来たわけじゃない。というよりも、彼女が計画してた銀の黄昏の襲撃と、この人のバイトの誘いが被った感じか。なるほどねぇ)
情報としてこれ以上、読み取れるものはないだろう。
そう判断したリンカは話題を次に進めた。
「……成程。では、次に聞きたいんですけどフェクトム総合学園での彼ってどうですかね」
「ケイ君の学園での様子ですか、そうですね……随分といい子ですよ。いい子過ぎて、こちらが申し訳なくなるくらいに」
「やっぱりそうなんですか。いやぁ、ウチの学校だと彼がいじめを行っていたなんて根拠のない噂があったんですが、そうですか。やっぱり、嘘ですか」
「彼に限って絶対にないですよ」
強くそう断言するミロクを見て、リンカは僅かだが違和感を覚えた。
(んん? これは……)
リンカはトウラクを指さして「ここからは彼が質問します」と言った。
「え、僕が?」
「うん。だって、御景学園だと君が一番那滝ケイに詳しいでしょ。ほら」
「え、ええっと、じゃあ……アイツ元気にやってますか?」
父親かよ、とリンカは内心で突っ込む。
それから話をトウラクに任せて、観察と思考に集中した。
「ふふっ、ケイ君のお友達でしたか。はい、元気ですよケイ君は。彼にはいつも助けられています、本当に」
「そうですか……良かった」
「仲が良かったんですね」
「まあ、はい」
少し考えてから、トウラクは頷いた。
「ダンジョンに潜るきっかけをくれたのが彼ですから。僕にとっては恩人です」
それはトウラクの飾らない言葉であった。
様々な理由からダンジョンに入ることを許されなかった彼を、嫌がらせ目的とは言え入れてくれたのが、かつての彼である。
さらに、その嫌がらせすらもカモフラージュだったと知れば、もはや那滝ケイに対する嫌悪感などある訳もなかった。
「僕は、彼に対して何もしてやれなかった。本当の彼に気付いてあげられなかった。だから、今の彼が少しでも本当の自分を見せていられるなら良かったです」
「……そうですね。私達も、そうありたいと願っています」
二人の会話を聞きながら、リンカは違和感の理由を導き出した。
(あまりにも那滝ケイに対する信頼が大きすぎる)
転入して一ヶ月程の男子生徒に対する絶大な信頼。
これは異常と言ってもいいだろう。
(那滝ケイが上手く取り入ったとは考えにくいなぁ。となると……)
あり得るのは、那滝ケイに対して何か付加価値があることだろうか。
「あ、そう言えば、フェクトム総合学園って次の生徒会長が那滝ケイだったりするんですかね?」
「え、どうしたのリンカ」
「いやぁ、彼って結構優秀だし気になっちゃって。もしもそうなら、ここで彼を助ける私たち結構良い恩を売れそうじゃない?」
茶化す様な笑みと共にリンカはそうトウラクに告げる。
それを聞いたミロクはくすくすと笑いながら言った。
「そうですね。彼が生徒会長を請け負ってくれるなら、きっと素晴らしい生徒会長になるでしょう」
「今はミロクさんが生徒会長なんですよね」
「はい、そうですね。こう見えても生徒会長なんですよー」
そう言ってミロクは胸を張る。
「フェクトム総合学園って生徒会長は指名制なんですか? 生徒会長が次の生徒会長を指名するみたいな」
「んー、生徒数が少ないので自然とそうなりましたね」
「ってことは、ミロクさんも前の生徒会長に指名されたんです?」
「……ええ、まあ」
リンカは笑顔のまま、手をぱたりと合わせて言う。
「その生徒会長さんも安心ですね。ミロクさんに続いて、那滝ケイが生徒会長になってくれるなら。フェクトム総合学園も盛り返せるかも」
「そうですね。……きっと、私が居なくなってもケイ君なら」
そう言うミロクは僅かに視線を落とし、ベッドのシーツを掴む手は微かに強張っている。
それを見逃がすリンカではない。
(あ、ここだ)
人間の感情について様々なことを銀の黄昏にて身体に叩きこまれた彼女には、ミロクの事が手に取るように理解できた。
(那滝ケイとこの人の信頼関係の間には、もう一人いる。恐らくは前任の生徒会長だね。那滝ケイとこの人は、会う前から間接的に関りを持っていたんだ)
これでフェクトム総合学園に早々と馴染むことが出来た事に対する説明がつく。
彼は元から、フェクトム総合学園の関係者だったのだ。
こうして那滝ケイを調べるにあたって、新たな人物が浮上する。
(フェクトム総合学園の前生徒会長か。……次に調べるとしたらそこかなー)
フェクトム総合学園に彼女がわざわざ編入した理由はいまだ不明である。
しかし、糸口はつかめた。
リンカは考えをまとめながら、ミロクを観察する。
(それにしても、このミロクって人。笑顔とか仕草が真似事っぽいんだよねー。意識してるというよりは、長年一緒にいて染み付いた……いや、憧れから無意識に真似してるのかな。って、今は関係ないか)
おおよそ、ここで得られる情報は得た。
このままミロクと話し続ければ、恐らくリンカであれば全ての情報を引き出せるだろう。
が、そうはしなかった。
(私はケイを助けたいだけ。それなのに、彼女の大切な人にこれ以上迷惑をかける訳にはいかないよね)
目的は果たした。
リンカはメモ帳をわざとらしく閉じると、頭を下げる。
「ありがとうございました。これでもう彼も大丈夫だと思います」
「本当ですか? 良かったです」
「ええ。後は、本人から当日の行動について聞いておしまいです。いやぁ、良かったですよ。彼が良い人そうで」
「ふふっ、ウチの自慢の生徒ですから」
そう言って、ミロクは笑う。
「それじゃ、行こっかトウラク」
「あ、うん。……ありがとうございました」
「いえいえ、お気になさらず」
ひらひらと手を振るミロクを最後に一瞥する。
リンカは、もう一度ペコリと頭を下げた。
(あの人……たぶん死ぬ気だ)
那滝ケイの事とは無関係な箇所で感じた会話の違和感に、リンカはようやく答えを得る。
しかし、リンカにはそれを解決することは出来ないだろう事は本人が一番わかっていた。
(ケイ、もしかしてあの人も救うつもりなの?)
扉を閉めるその時まで、ミロクは笑ったままだった。
死を覚悟していた身からすると、妙な肩透かしを食らった気分である。
更に付け加えて言えば、彼女が目覚めた時も特段騒がれることは無かった。
生死の世界を彷徨っていた、などと言う仰々しいものではなく、非常に淡々として落ち着いた対処をされたのを覚えている。
一度、医者が身体の不調を聞きに来たくらいで、それ以降は何もなかった。
自分と共にいた子供と那滝ケイも無事であると知り、今の彼女は手持ち無沙汰な状態である。
そんな時間を三日ほど過ごした頃、彼女らは訪れた。
「――ああ貴方達ですか。私とお話したいっていうのは」
ミロクの元に、やってきたのは二人の少年少女だった。
彼等が身に纏う制服は、学園都市の人間なら誰でも知っている。
四大校の一つ、御景学園の制服だ。
「急なお願いを聞いてくれてありがとうございます。僕は牙塔トウラクって言います。こっちは、吾切リンカ」
「どうも。身体の具合はどうですか」
「ええ。とても良いです。倒れた時にはお腹に穴が開いていたんですよ? それなのに今はほら、こんなに綺麗になってます」
そう言って、ミロクは病衣を捲り腹部を見せる。
「いっ!?」
声にならない悲鳴を上げつつ、トウラクは咄嗟に顔を背けた。
が、彼の鍛えられた動体視力は既にその真っ白な腹部を完全に見てしまっている。
首をかしげるミロクと顔を真っ赤にするトウラク。
その光景を見て、リンカは目の前の人物がどういう人間なのかを理解した。
「……あー、傷がないなら良かったです。なので、もうお腹は隠していいですよ。風邪、引いちゃ悪いですから」
「あ、そうですね。ふふっ、それにしても御景学園の病院ってすごいんですね。私みたいな死にかけですら、ここまで治してしまうんですから」
「……ですねー」
リンカはその言葉を聞いて一つ理解する。
(きっとソルシエラが治したんだ)
リンカ達が来た時には既に、ミロクは傷一つない状態だった。
しかし、彼女の言葉を聞くにどうやら死んでもおかしくない傷を負っていたらしい。
それだけの傷を治す事の出来る存在で彼女の身近な人間となると、ソルシエラしかいない。
いや、ミロクにとっては那滝ケイだろうか。
(この感じだと、那滝ケイがソルシエラだとは知らないみたいだね)
フェクトム総合学園では、那滝ケイとして生活をしているらしい事は事前にトウラクから聞いた話と一致している。
「さあさあ、そこの椅子に座ってください。あまりに退屈だったんですよ」
「では失礼して……トウラク、もういいから」
「あ、はいっ」
顔を逸らしたままフリーズしていたトウラクの袖をちょいちょいと引っ張って、リンカは席に着く。
トウラクも座ったのを確認して、リンカは話を始めた。
「事前に話していた通り、那滝ケイについて聞きたいんですよ」
「はい、いいですよ」
ミロクは笑顔で答える。
今回のリンカ達が来た目的、それはフェクトム総合学園に那滝ケイが行った理由を探ることだった。
現状、彼女に対して不明なことが多すぎるため、実際に同じ学園に通う生徒に話を聞くことにしたのである。
「あ、でもその前に……どうしてケイ君の事を聞きたいんですか」
(少し警戒されてるかぁ。ま、そりゃそうだね)
柔和な笑みのまま問い掛けるその姿は、純粋にそう問い掛けただけにも見える。
が、リンカの眼はその裏にある警戒の色を見逃がさなかった。
(けど、こっちもそれなりに準備してるんだよねー)
リンカはわざと表情を暗くして口ごもる。
それから、逡巡する様子を見せた後に一枚の紙を差し出した。
「これが、理由です」
「……これは」
紙に記された内容を見るミロクの表情がどんどんと険しくなっていく。
そして読み終わる頃には、その笑みを消して言った。
「ケイ君が、遊園地での騒ぎの犯人であると?」
「あくまでその可能性があるという事です」
それは、今回の事件に関する報告書の一部だ。
本物となんら変わりのないソレは、リンカが完全に違法なやり方で偽造したものだった。
当然、那滝ケイが疑われているわけがないのだが、そんな事を今まで病室にいた彼女が知るわけもない。
「そんなこと、ある訳がないでしょう!? ケイ君がどれだけ私達のために動いてくれたか……。自分の身体を犠牲にしてまで、戦った事すらあるんですよ!」
今にも飛び掛かりそうな様子のミロクを見て、リンカは頷いた。
「私もこれはおかしいと思っています。だから、那滝ケイの無実を証明するために、普段の彼について聞きたいんです」
そう言って、隣のトウラクを指さして言葉を続ける。
「トウラクも御景学園では那滝ケイと仲が良かったようなので、事前に話を聞きました。それで充分に疑いは晴れたのですが、あと一押し完全に彼を白にする意見が欲しい。そう思って、当日一緒にいた貴女に那滝ケイの人となりを聞きたいんです」
リンカの言葉に、ミロクは安心したように息を吐く。
「……そういう事ですか」
「はい。なので、殆ど彼に対する疑いは晴れているといって良いでしょう。ただ、完全に白ではない為、その紙にあるように纏めるしかないんです。……すみません、私たちだけで解決できればよかったのですが」
そう言ってリンカは頭を下げる。
深々と下げられた頭を見て、ミロクは慌てて首を横に振った。
「そ、そんな……! 私こそ、すみませんでした。取り乱してしまって」
ミロクの言葉を軽く聞き流しながら、リンカは那滝ケイのフェクトム総合学園での立ち位置についておおよその見当をつけていた。
(ふむ、先程の取り乱し方。色恋沙汰というよりは深い仲間意識か。フェクトム総合学園は那滝ケイが入るまでは三人だったらしいし、その中で作り上げられた閉鎖的なコミュニティは中々に強固な筈だ)
那滝ケイは、あくまで男としてフェクトム総合学園に通っている。
リンカから見て、ミロクは中々の美少女だった。
ミハヤとトウラクが言うには、他の二人も美少女であるという。
普通であれば、男が入ってきたとして、そんなコミュニティにまともに属せる訳が無い。
(那滝ケイの度を超えた献身。もはや狂気とも言えるね)
御景学園での振る舞いと大きく違う事は理解している。
かつての彼が、あくまで傲慢な人間の仮面を被っていたことはトウラクからも聞いた話だ。
(さてさて、ここからが私の仕事だねー)
リンカは愛想の良い笑顔を浮かべて言う。
「では、改めて当日の彼について聞かせてください」
「あ、はい。ええっと、あの日は私の紹介したバイトで――」
ミロクの言葉をメモに取りながら、リンカは一つ一つ情報を整理していく。
彼女の言葉と、生き残っていたいくつかの防犯カメラの映像と照らし合わせていくが、大した齟齬は見つからなかった。
(うーん、ソルシエラとして来たわけじゃない。というよりも、彼女が計画してた銀の黄昏の襲撃と、この人のバイトの誘いが被った感じか。なるほどねぇ)
情報としてこれ以上、読み取れるものはないだろう。
そう判断したリンカは話題を次に進めた。
「……成程。では、次に聞きたいんですけどフェクトム総合学園での彼ってどうですかね」
「ケイ君の学園での様子ですか、そうですね……随分といい子ですよ。いい子過ぎて、こちらが申し訳なくなるくらいに」
「やっぱりそうなんですか。いやぁ、ウチの学校だと彼がいじめを行っていたなんて根拠のない噂があったんですが、そうですか。やっぱり、嘘ですか」
「彼に限って絶対にないですよ」
強くそう断言するミロクを見て、リンカは僅かだが違和感を覚えた。
(んん? これは……)
リンカはトウラクを指さして「ここからは彼が質問します」と言った。
「え、僕が?」
「うん。だって、御景学園だと君が一番那滝ケイに詳しいでしょ。ほら」
「え、ええっと、じゃあ……アイツ元気にやってますか?」
父親かよ、とリンカは内心で突っ込む。
それから話をトウラクに任せて、観察と思考に集中した。
「ふふっ、ケイ君のお友達でしたか。はい、元気ですよケイ君は。彼にはいつも助けられています、本当に」
「そうですか……良かった」
「仲が良かったんですね」
「まあ、はい」
少し考えてから、トウラクは頷いた。
「ダンジョンに潜るきっかけをくれたのが彼ですから。僕にとっては恩人です」
それはトウラクの飾らない言葉であった。
様々な理由からダンジョンに入ることを許されなかった彼を、嫌がらせ目的とは言え入れてくれたのが、かつての彼である。
さらに、その嫌がらせすらもカモフラージュだったと知れば、もはや那滝ケイに対する嫌悪感などある訳もなかった。
「僕は、彼に対して何もしてやれなかった。本当の彼に気付いてあげられなかった。だから、今の彼が少しでも本当の自分を見せていられるなら良かったです」
「……そうですね。私達も、そうありたいと願っています」
二人の会話を聞きながら、リンカは違和感の理由を導き出した。
(あまりにも那滝ケイに対する信頼が大きすぎる)
転入して一ヶ月程の男子生徒に対する絶大な信頼。
これは異常と言ってもいいだろう。
(那滝ケイが上手く取り入ったとは考えにくいなぁ。となると……)
あり得るのは、那滝ケイに対して何か付加価値があることだろうか。
「あ、そう言えば、フェクトム総合学園って次の生徒会長が那滝ケイだったりするんですかね?」
「え、どうしたのリンカ」
「いやぁ、彼って結構優秀だし気になっちゃって。もしもそうなら、ここで彼を助ける私たち結構良い恩を売れそうじゃない?」
茶化す様な笑みと共にリンカはそうトウラクに告げる。
それを聞いたミロクはくすくすと笑いながら言った。
「そうですね。彼が生徒会長を請け負ってくれるなら、きっと素晴らしい生徒会長になるでしょう」
「今はミロクさんが生徒会長なんですよね」
「はい、そうですね。こう見えても生徒会長なんですよー」
そう言ってミロクは胸を張る。
「フェクトム総合学園って生徒会長は指名制なんですか? 生徒会長が次の生徒会長を指名するみたいな」
「んー、生徒数が少ないので自然とそうなりましたね」
「ってことは、ミロクさんも前の生徒会長に指名されたんです?」
「……ええ、まあ」
リンカは笑顔のまま、手をぱたりと合わせて言う。
「その生徒会長さんも安心ですね。ミロクさんに続いて、那滝ケイが生徒会長になってくれるなら。フェクトム総合学園も盛り返せるかも」
「そうですね。……きっと、私が居なくなってもケイ君なら」
そう言うミロクは僅かに視線を落とし、ベッドのシーツを掴む手は微かに強張っている。
それを見逃がすリンカではない。
(あ、ここだ)
人間の感情について様々なことを銀の黄昏にて身体に叩きこまれた彼女には、ミロクの事が手に取るように理解できた。
(那滝ケイとこの人の信頼関係の間には、もう一人いる。恐らくは前任の生徒会長だね。那滝ケイとこの人は、会う前から間接的に関りを持っていたんだ)
これでフェクトム総合学園に早々と馴染むことが出来た事に対する説明がつく。
彼は元から、フェクトム総合学園の関係者だったのだ。
こうして那滝ケイを調べるにあたって、新たな人物が浮上する。
(フェクトム総合学園の前生徒会長か。……次に調べるとしたらそこかなー)
フェクトム総合学園に彼女がわざわざ編入した理由はいまだ不明である。
しかし、糸口はつかめた。
リンカは考えをまとめながら、ミロクを観察する。
(それにしても、このミロクって人。笑顔とか仕草が真似事っぽいんだよねー。意識してるというよりは、長年一緒にいて染み付いた……いや、憧れから無意識に真似してるのかな。って、今は関係ないか)
おおよそ、ここで得られる情報は得た。
このままミロクと話し続ければ、恐らくリンカであれば全ての情報を引き出せるだろう。
が、そうはしなかった。
(私はケイを助けたいだけ。それなのに、彼女の大切な人にこれ以上迷惑をかける訳にはいかないよね)
目的は果たした。
リンカはメモ帳をわざとらしく閉じると、頭を下げる。
「ありがとうございました。これでもう彼も大丈夫だと思います」
「本当ですか? 良かったです」
「ええ。後は、本人から当日の行動について聞いておしまいです。いやぁ、良かったですよ。彼が良い人そうで」
「ふふっ、ウチの自慢の生徒ですから」
そう言って、ミロクは笑う。
「それじゃ、行こっかトウラク」
「あ、うん。……ありがとうございました」
「いえいえ、お気になさらず」
ひらひらと手を振るミロクを最後に一瞥する。
リンカは、もう一度ペコリと頭を下げた。
(あの人……たぶん死ぬ気だ)
那滝ケイの事とは無関係な箇所で感じた会話の違和感に、リンカはようやく答えを得る。
しかし、リンカにはそれを解決することは出来ないだろう事は本人が一番わかっていた。
(ケイ、もしかしてあの人も救うつもりなの?)
扉を閉めるその時まで、ミロクは笑ったままだった。
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次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
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Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
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