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一章 星詠みの目覚め

第37話 美少女の美しさは全てを破壊する

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――友達が欲しかった。

 それが本当の願いだと気が付いたのは、最期の瞬間だった。
 私の命が果てるその瞬間に、私は自分自身の願いと向き合った。

『これで、良かったんだ』

 牙塔トウラクの放った斬撃が、私へと向かってくる。
 拒む必要などない。
 
 これは、私を醜いこの怪物の姿から解放してくれるための救済なのだ。
 だから何も怖くない。

『あーあ、次は普通の女の子になりたいな』

 夢想するのはなんてことのない日常。
 トウラクと一緒に宿題をして。
 ミハヤの恋愛相談に乗ってあげて。
 ルトラにお昼ご飯を作ってあげる。

 そんな日常が、今の私には遠い。

 白亜の斬撃が迫る。
 何物にも染まらない無垢なる白は、ウロボロスの防衛本能が生み出した触手群を物ともせず突き進んできた。

 私は、静かに目を瞑る。
 息を吐き、死を受け入れる準備をする。

 そうして、全てが終わりを迎えようとしていたその時。

 その星は現れた。

「――くだらない」

 まるで、私の決意と祈りを否定する声が響く。
 
 遊園地の上空に、巨大な魔法陣が展開されていた。
 まるで時を刻むように回転を続ける魔法陣の中心、蒼銀の髪が目を惹く。

『……あれは』

 銀の黄昏から要注意指定されていたSランク探索者、ソルシエラ。
 その出現条件から、目的、所属組織にいたるまでが全て不明の彼女はこの瞬間に突如として現れた。

 しかし、私は確かにその姿に見覚えがあった。
 正確には、彼女の纏う研ぎ澄まされた魔力にだろうか。

『もしかして――あの着ぐるみは貴女だったの』

 私の目は、銀の黄昏によって常軌を逸した観察眼を付与されていた。
 そんな私だからこそ、すぐに気が付いた。

 私を見下ろす彼女と、背中を押した彼女は同一の存在であると。

 ならばなぜ。

 彼女は今になって現れたのだろう。
 私は、自分のやりたいことをやっているだけなのに。

 ただ、友達のために死にたいだけなのに。

『邪魔をしないで。これが私のやりたい事』

 私はソルシエラへと触手を伸ばす。
 千を超える触手は、星の輝きを飲み込むように広がりソルシエラに迫る。

 が、彼女が新たに展開した魔法陣より現れた鎖によって全ての触手を拘束されてしまった。

 私は振りほどこうとするが、この巨躯をもってもまともに身体を動かすことは出来ない。
 魔力由来の、この星に存在しない物質で構成された鎖は私ではどうすることもかなわない。

 私を他所に、ソルシエラはトウラク達へと収束砲撃を放った。
 それはどうやら、私への攻撃を止める為らしい。余計な事だ。

『私を殺させないようにしているの?』

 ここからでは、ソルシエラとトウラク達が何を話しているのかわからない。
 
 暫し、言葉の応酬を私はただ見る。
 やがて、ソルシエラが展開した魔法陣を見たトウラク達の表情が変わったのがわかった。

 その眼に、敵意ではなく決意と悲しみのような物が浮かんでいる。
 私には、それが何かすぐに分かった。
 この怪物が私だと気が付いたのだろう。

『わかったんだ。わかっちゃったんだ。なら、どうすればいいか、わかるよね』

 時間の経過による劣化だろうか。
 魔力が解けて、強度が落ちていったソルシエラの鎖はいつの間にか弾けて壊れた。

 同時に、ウロボロスの中の防衛本能がソルシエラに対して、激しい雄たけびを上げる。

 丁度良い。
 私だという事を微塵も感じさせないままに、殺してもらおう。
 私は怪物なのだから。

 それこそが、私の願いなのだ。
 それなのに。

 どうしてトウラク達の目には希望が灯っているのか。

『何をしようとしているの?』

 触手を避け、トウラク達はどんどんと私へ近づいてくる。
 それはこの場では最も適さない行動だ。

 このウロボロスの攻略法は、遠距離からの超火力による殲滅。
 本来であれば、収束砲撃などが相応しい。

 ルトラの斬撃でも充分に役割りを果たせるだろう。

 だから、私に近づく必要などないのだ。

『来ないで!』

 私に近づけば、それだけ死のリスクが高まる。
 縦横無尽に動く触手は、当たればそれだけで致命傷に成り得る質量に物を言わせたわかりやすい凶器だ。
 
 トウラク達もそれをわかっている筈だった。
 それなのに、触手を迎撃し、すれすれで避け、確実に前に進んでいる。

 その行動の原因が何か、私にはすぐに分かった。

『ソルシエラァ!』

 彼女が何かを吹き込んだのだろう。
 それは結果として、トウラク達を命の危険にさらす事となった。

 見当違いの怒りなのかもしれない。
 それでも、私はこの感情を抑えるつもりはなかった。

 ヒーローが、怪物を殺しておしまい。
 それが筋書だった筈だ。
 私は、そう望んだはずだったのだ。

『これが、弱い私の精一杯なんだって! 分かってよ!』

 私の叫びをあざ笑うように、ソルシエラは攻撃を避け、舞うようにして触手を切り刻んでいく。
 それだけではない。
 同時に、ミハヤとトウラクに危険が及ばない様に、気を配って動いているようだった。

 どうやら、私に心配をする事すら許さないらしい。

 場の全てが、ソルシエラの支配下にあった。
 銃弾の向かう先も、回避のタイミングも、駆けるルートも、そしてなによりも私の攻撃ですら完全に彼女の手のひらの上だ。

 ソルシエラは一秒たりともその輝きを損なうことなく、私の元へと近づいている。

 私には、それが自分の決意を踏みにじられたように思えて、気が付いたら吠えてた。

 心からの咆哮が、遊園地に響き渡る。
 怪物として、感情のままに触手を振り回す。
 それでトウラク達が死んでしまうなど、考える余裕はなかった。

 ただ、ソルシエラの予測を外れた行動がしたかった。
 星の輝きに負けたくなかったから。

 しかし、私の暴走は僅かにソルシエラの前髪を揺らしただけに終わる。

 気が付けば、私へと続く一本の道が出来上がっていた。
 私の暴走など、彼女にとっては想定内だったのだ。

『せっかくやりたい事が分かったのに……邪魔しないで』

 私は死を望んでいる。
 ソルシエラはそれを理解しているのだろう。
 理解したからこそ、私に手を差し伸べているのだ。

 その時、確かに目が合った。
 人の身体を捨てたはずの私を、蒼い眼がじっと捉えている。
 海の底のような昏く澄んだ色の瞳。

 彼女がふっと微笑むと同時に、声が聞こえた。

「リンカッ!」

 それは私の名を呼ぶトウラクの声。
 声のする方を見れば、そこには白い太刀を構えて此方へと向かってくるトウラクの姿があった。
 彼を止めようと触手が湧き出るが、彼の後方に陣取っているミハヤがそれを許さない。

「もう一度、僕達と友達になろう。また初めからやり直そう。僕たちは、いつまでも君を待っている! だからッ!」

 トウラクは触手を掻い潜ると、大きく跳躍した。
 触手を踏み台にして、高く昇っていく。

 その姿に、私の中で大切にしまい込んでいた気持ちが溢れ始めた。
 一度、口にしてしまえば、きっと後悔する事になるとわかっていたから、自分の中に封じたはずだった。

『……トウラク、トウラク!』

 名前を呼ぶ。
 ただ、彼に気が付いてほしくて。
 
 私はここだよ。
 私を見て、私を。

『――助けて、トウラク。私を助けてよ!』
「今、助けるから」

 それは偶然なのだろう。
 しかしトウラクは確かに私にそう答えてくれた。

 たん、とトウラクが触手を蹴り上げさらに大きく跳躍する。
 そして空中でウロボロスの中心へと向き直ると、空中を思いきり蹴りつけた。

 同時に、彼の背後に出現したが彼の身体を前へと押し出す。
 魔法陣を蹴り、さらに魔力放出による勢いも相まった彼は、まるで白い流星となって、私へと向かって堕ちてきた。

「ルトラ、一振りで充分だ」

 そう言ってトウラクが剣を構える。
 私は、それを見て触手を広げて彼を迎え入れた。

 そうして、流れ星は私に向かって堕ちて――。

「また、僕と友達になってくれないかな」
『……うんっ。よろしくね、トウラク』

 私には、友達ができた。







 ウロボロスが、大きく二つに裂けた。
 コアの半分を失った事により、ウロボロスは自壊を開始。
 それは銀の黄昏が取り付けた安全装置の一つでもある。

 編まれた縄が解けるように触手が別れていき、中心には少年と少女の二人だけが残った。

 トウラクは、リンカを抱きかかえるとウロボロスの中心から跳躍して脱出する。  

「……っと、リンカ大丈夫?」
「うん」
「そっか、良かった」

 気が抜けたように笑うトウラクを見て、リンカは本当に自分が生きているのだと改めて実感した。
 やがて、その場にミハヤも合流する。
 そしてリンカを見るや否や、トウラクの腕の中から奪い取り、リンカをすぐに抱きしめた。

「ばか」
「……ごめん」
「一度だけ許してあげる。次、こんな事したら許さないから」
 
 震えた声でそう言ったミハヤに、リンカは静かに頷く。
 
「それじゃあ、改めて、私と……吾切リンカと友達になってくれないかな」

 その言葉に、二人は顔を見合わせて笑顔で言った。

「勿論」

 こうして、リンカには友達ができた。

 それだけの事が、今はどうしようもないほどに嬉しい。

(私、生きていていいんだ)

 思わず涙ぐむリンカの頭を、ミハヤが優しく撫でる。
 そんな二人を見ながら、トウラクはふと、ルトラが人の姿に戻っていない事に気が付いた。

「ルトラ、どうしたの」
『まだ、戦いは終わっていない。これまでは、ただの前哨戦』

 カタカタと手の中で太刀が震えている。
 やがてトウラクの中にルトラの持つ恐怖と戦う意思が流れ込んできた。

「……ソルシエラ、だね」
『あれは、デモンズギアの成功体第0号。私達を殺す為のデモンズギア』

 ルトラの言葉を聞いて、トウラクは気が付く。

 ソルシエラの姿がない。

 先程まで、戦場でその存在感を遺憾なく発揮していた彼女は、気が付けば辺りから消えていた。

「彼女はどこに……って、なんだ、あれ」

 トウラクは辺りを見渡して、そして突如として眩さを感じた空を見上げる。

 そこに、彼女はいた。

 初め現れた際に、空を覆っていた魔法陣が光を放ち、まるで生きているかのように脈を打っている。

「アレは何をしようとしているんだ」
『トウラク、辺りの物質が魔力へと変化させられている』

 ルトラの言葉で、トウラクはようやく異変に気が付いた。
 辺りから立ち昇る青白い粒子。
 瓦礫や、炎、触手がまるで世界に溶けていくように粒子へと変化していく。

 そしてそれらは、全てソルシエラの展開した魔法陣へと向かっていた。
 
「魔力の収束?」

 トウラクはハッとする。

 彼女は、何を得意としていたか。
 かつて映像で見た彼女は、一体何をしたのか。

「まさか、収束砲撃を……!?」
『トウラク、5振り。それで止める』

 辺りの異変に気が付いたのか、ミハヤが声を掛けてきた。

「トウラク、これって」
「ソルシエラだ。彼女は、辺り一帯の物質を魔力に変換して、収束砲撃を放とうとしている!」
『トウラク、行こう。姉さんに先手を譲ってはいけない』
「ああ」
「アンタまさか、ソルシエラに攻撃する気!? 駄目よ、そんなの!」
『トウラク、急いで』

 ミハヤがトウラクを止め、ルトラが急かす。
 そうして生まれた逡巡は、トウラクを拘束するのに十分な時間だった。
 
 突如として、トウラクの足元から出現した銀の鎖が、彼と、彼の持つ太刀を拘束する。

「くっ! これは!?」
『遅かった。こうなったら他のデモンズギアに信号を――』

 半ば諦めた様子のルトラが何かをしようとしているのを聞きながら、トウラクはせめてもの抵抗で空を見上げた。
 
 変わらず、ソルシエラはそこにいる。

 彼女はトウラクを一瞥すると言った。

「邪魔しないで。もう貴方に用はない」

 ソルシエラは、それ以上は時間の無駄だと言わんばかりに背を向ける。
 その先には今しがたリンカが離れたことにより自壊をしているウロボロスがいた。

 ウロボロスは、姿を崩壊させながらも触手を集めて何かをしようとしている最中のようだ。

「……自分自身を、吸収しているんだ」

 リンカが最初にその行動の意味に気が付いた。
 それは、自分の再生能力を生かした無理矢理の生存方法。

 リンカというコアを失ったウロボロスは、自身を絶え間なく吸収する事で再び完全な姿に戻ろうとしていた。

「人の制御が無くなれば、本当にアレは怪物になる!」

 今まではリンカがある程度を制御していた。
 制御をしたうえで、この凄惨たる有様なのだ。

 理性がなくなればどうなるかなど、想像に容易い。

「まさか、ソルシエラはそれを知っていて……!」

 魔法陣は彼女が現れたその時から、空に在った。
 収束を軸とした術式は、今まさにその効果を発揮している。

 空に立ち昇る光が、尽きる。
 同時に、魔法陣がその輝きを一際増した。

「可哀そうな魂。私が終わらせてあげる」

 ソルシエラはウロボロスに向かって、憐れむようにそう言うと大鎌を持ち替えて、柄の先の銃口を向けた。

 その瞬間、魔法陣からいくつも青紫色の管が伸びて大鎌へと接続される。

 脈打つたび、魔法陣に吸収された魔力が大鎌へと送られていく。
 辺り一帯の膨大な魔力が全て一つに収束する様は、まるで星の誕生を見ているかのようだ。

 銃口の前に、いくつもの魔法陣が展開される。
 ウロボロスへと続くロングバレルのようにも見えるそれは、急速に回転を始めた。

 一人の少女が扱うにはあまりにもおぞましすぎるそれを持って、ソルシエラは謳うように言った。

「――星の輝きを知るがいい」

 引金が引かれる。

 それが、トウラクが認識した最後の動作だった。

 それ以上の事は観測のしようがない。
 辺り一帯が、眩い銀の光で包まれたのだから。

「っ! 二人とも、僕の後ろに!」

 トウラクは、咄嗟にそう呼びかけ二人の前に立ちルトラを構える。
 そうして今ある魔力を全て使って魔力のシールドを作り上げた。

 彼等のいる地点を除いて、全てが銀の光に包まれる。

「これが収束砲撃!? そんな訳ないじゃない、議会は何を見てこれをただの収束砲撃って言ってんのよ!」

 ミハヤがリンカを庇うように抱きしめたまま叫ぶように言った。

(既存の収束砲撃とは違うとは聞いていた。けど、そもそもあれは収束砲撃ですらない。銀の黄昏が言っていたのは、こういう事だったんだ)
 
 その光を前にして、リンカは初めて組織の言葉の意味を理解した。
 規格外などという話ではない。
 
 そもそも、生物としての次元が違う。

「ルトラ、大丈夫?」
『余波を耐えるだけなら大丈夫。ただ、狙われたら無理。エイナかトリムじゃないと、まともに撃ち合いにすらならない』

 ルトラは、淡々とそう告げる。

「……これが、彼女の本気」

 十秒ほどで、銀の光は収まった。
 辺りには、何も存在しない。

 ウロボロスがいた場所は、建物はおろか地面ごと削り取られていた。

 トウラクは魔力のシールドを解除する。
 何もない場所に、冷たい風が吹き抜けた。

 銀色の光がもたらした破滅の光景。
 それを、星の女王は静かに見下ろしている。

「牙塔トウラク」

 ソルシエラは名を呼んだ。

 得物を構える事すら、出来なかった。

「ここまで来なさい。でないと……貴方は全てを失う事になる」

 そう言い残すと、ソルシエラは自身の真横の魔法陣を潜り抜け、何処かへと消え去ってしまった。

 呆然とするトウラクの手から、ルトラが離れて少女の姿へと戻る。
 その額には、汗を浮かべていた。

「見逃がされた。いや、そもそも私が狙いじゃなかった。……他のデモンズギアがなにかやらかしたか?」

 ぶつぶつと考え事を始めるルトラは、多少慌てているものの普段と代わりはない。
 
「……今は、呆けている場合じゃないわね」

 ソルシエラと予め知り合っていたミハヤが、三人の中で真っ先に正気を取り戻す。
 そして、トウラクの頭を軽く叩いて言った。

「アンタはよくやったわ。リンカも救えたし、結果としてウロボロスもいなくなった。良かったじゃない」
「……ああ」

 呆然としたままのトウラクを見て、ミハヤはため息をつく。
 そして、両手で頬を抑えて無理矢理に目を合わせた。

「切り換えなさい。ソルシエラはもういない。今から私たちがすべきことは何?」

 ミハヤの言葉に、トウラクはようやく我を取り戻した。

「……生存者の確認」
「そうよ。わかってるじゃない。ほら、リンカも一緒に行きましょ」

 そう言ってリンカの肩を叩くと、びくりと身体を震わせたあとに「そ、そうだね」と頷いた。

「とりあえず、遊園地奥の観覧車の辺りから行ってみましょう」

 その言葉に二人は頷き、トウラク達は行動を始める。


 今日の夜空は、星が良く見えた。
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