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一章 星詠みの目覚め

第31話 美少女は、姿を見せずとも美少女であるとわかる

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 バイトは順調だった。
 子供を相手にするのは苦じゃないし、何よりミロク先輩が傍にいてサポートしてくれていたからだ。

「それじゃ、お昼食べてきます」
「はーい」

 トウラク君たちに遭遇して三時間ほど経過した頃、俺は昼休憩を与えられた。
 ミロク先輩は先に昼休憩を終えて戻って来ている。

 入れ替わりで休憩に入ることになったのだが、代わりの着ぐるみの人に声を掛ける様にと言われた。
 同じようにバイトで雇われた探索者生徒が着ぐるみを着て、スタンバイしているらしい。

「えーと、スタッフオンリーの扉はここか」

 着ぐるみを着たまま、俺は関係者用の扉を開ける。
 少し薄暗いな。

 俺の代わりに入る人は……あ、いたいた。

 俺は廊下の曲がり角の辺りで座り込んでいる着ぐるみに近づく。
 なんで奥に掃除用具入れしかないような場所でスタンバイしてるんだ。
 手前に休憩室あるのに……。

「あの……いや待て」

 そこで俺は閃いた。
 
 美少女は、姿だけではない。
 声にも、その素養が求められるのだと。

 であるならば、姿を晒していないこの状態の俺は声で観測し得る美少女になる事が出来るのではないだろうか。

 どうせ、今日だけのバイトで顔も合わせない人なんだし、美少女が中にいるって思わせてやろうかな!

「――交代の時間ですよ」
「ッ!? ……あ、貴女は?」

 俺の美少女ボイスにびびったのか、目の前の着ぐるみが飛び跳ねる。
 
 というか、この声……さては貴女も美少女か!
 まるでモブとは違う清涼感のある声、さぞ名のある美少女とお見受けした!

 ならば、こちらも全力美少女で返すとしよう。

「驚き過ぎじゃないですか。ただ声を掛けただけですよ私は」

 そう言って俺が大げさにジェスチャーをして見せると、着ぐるみ美少女は安堵した様子で大きく息を吐いた。
 え、なになにどうしたの?

「……はぁ、驚かさないでよ」

 着ぐるみ美少女は見るからに気だるげだった。
 動きが精彩を欠いている。
 それにさっきの異様に驚く姿。
 俺はすぐに理解した。

 ははーん、さてはこの人もバイト初日だな?

 しかも、金払いの良さに釣られたけど人前に出るの苦手なトアちゃんタイプだな?

 自分の出番が近づいて緊張しているのだろうか。
 ……よしよし、少しだけ俺が元気づけてやろう。

 なに、こちとら女装を配信されたプロでぃ!
 背中を押すぐらい、できらぁ!

「怖いんですよね」
「っ」
「わかりますよ、その気持ち」
「貴女……もしかして」

 俺は頷く。

「はい。私も最初はそうでしたから」

 自分が美少女になれるかどうか。
 それを葛藤した瞬間もあった。
 今も、本当の美少女とは何かを追い求める日々だ。

 それでも、歩みを止めることは無い。

「……なら、わかるでしょ。今更、無理。今だって、何もかも放って逃げ出しちゃいたい」
「それで貴女は救われるの?」

 バイト代入らないわよ。
 ここ、現金支給だから。
 振込じゃねえから。

「救われる? さんざん皆を騙してきたのに!? こんな私が救われる方法なんてないじゃん!」

 え、怖い急に何……。
 遊園地で着ぐるみの中の人とか話すのNGなタイプ?
 
 着ぐるみじゃなくてこのキャラとしてやっていく的な?
 ガチ勢? ガチ勢なの?

「貴女だって、私と同じならどうしてここにいるの! 結局は怖くてここに来るしかなかったんじゃんか!」
「……私が来たのはそれが役目だからです」

 着ぐるみ美少女が立ち上がって、俺に詰め寄ってきたので落ち着くように手で制する。
 落ち着け。
 
 それと、俺に考える時間をくれ。

 この推定美少女、何?
 星詠みの杖君、君はどう思う?

『■■?』

 わからないよなぁ。

 声はくぐもって詳しい判別はつかず、美少女という事しかわからない。
 後は、着ぐるみに入る=子供を騙すと思っている遊園地ガチ勢という事か。

 濃いなぁ。なんだよこの生徒。
 本当に一般美少女生徒か?

「少しは落ち着きましたか」
「……ごめんなさい。貴女に当たっても何も解決しないのに」
「そうですね。私じゃ解決できないです。貴女の決める事ですから」

 結局は、自分の気持ちとどう折り合いをつけるかだ。
 というか、そんな葛藤をするならそもそもこんなバイトするな。
 声可愛いんだから、配信で稼げ。
 探索者をエンタメに特化させた学園あっただろ確か。

「私の決める事……」
「そうですよ」

 そんなに辛いなら辞めたら?
 俺、普段からモヤシしか食ってねえから最近は昼を抜いても平気になったよ?
 全然、このまま休憩なしで働けるよ?

「貴女がやるべき事ではなく、貴女がやりたい事。信じる事に従ったらいいんじゃないですかね」
「……そんな単純でいいのかな」

 お、バイト辞める判断か。

 平気平気!
 バックレたのが美少女なら、俺が全力でカバー入るし。
 野郎なら死んでも連れ戻す。仕事なめんな。

「いいんですよ。ほら、後は貴方の心に従うだけです」

 俺は着ぐるみ美少女の手を引き、扉を指した。
 
「大丈夫。貴女が想像しているよりも、世界はずっと優しく美しいものです」

 数年後にはバイトをバックレたなんて笑い話になるさ。
 野郎は駄目だけどな。何年経ってもバックれられた側は忘れねえからなこの怨み。

「……ありがとう。少しだけ、私のやりたいことが分かったかもしれない」
「そうですか。良かったです」

 着ぐるみ美少女は、そのまま扉へと向かう。
 そして扉の前に立つと、俺の方へ振り返った。

「名前、聞いてもいいかな」

 駄目に決まってんだろ。こっちは全部偽ってんだから。

「……ごめんなさい。そうだよね。うん、私、頑張るから!」

 なんか勝手に納得したぞ。
 まあ、いいけど。

「はい。頑張ってくださいね」

 扉に手をかけた着ぐるみ美少女は、俺に一礼をして去っていた。

 ……ん? 着ぐるみ脱がないで逃げたの!?
 それとも持参なのか?

 まあいいや、こうなったら俺も休憩なしだからさっさとミロク先輩の所に戻るか。
 っとその前に、水分補給くらいはしておこうかな。

 俺は、先程まで着ぐるみ美少女がいた曲がり角のすぐ手前の扉を開ける。

 お水お水。

「あ、休憩ですか?」
「え?」

 俺が入ると、着ぐるみをまさに着ようとしていた男子生徒がいた。

 え?

「じゃあ、僕が交代で入りますね。持ち場はDブロックの噴水前であってます?」
「あ、はい」
「じゃ、行きまーす」
「……お願いします?」

 俺は着ぐるみを見送る。

 ん?
 あの人が交代なの?
 じゃあ、さっきの何?
 無自覚な疲れが見せた幻影?

『■■■■■■■』

 だよね。いたよね!?

 本当になんだったんだ……。

「…………お弁当食べよ」

 今日はトアちゃんが作ったモヤシ弁当だ(思考放棄)
 いやぁ、楽しみだぜ!
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