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一章 星詠みの目覚め

第29話 美少女に頭を撫でられると、おそらく大脳から溶けていく

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 いやぁ、拘束された一週間は地獄の様でしたね!

 だって必要最低限の活動以外は全てベットの上だったからね!
 女装もまともに出来やしねえ。

 が、右腕の完治と共に俺は無事解放された。
 
「うん、もう大丈夫そうですね。傷跡も残っていない」
「はい。ご心配をおかけしました」
「そう思うなら、二度と勝手に抜け出したりしないでくださいね。特に、訓練で怪我を悪化させるようなことは二度としないように」
「あ、はい」

 ニコニコと笑っているはずのミロク先輩の顔が怖ろしい。
 ちなみに、ミズヒ先輩は俺よりも三日早くこの拘束から解放されていた。

 今日は、トアちゃんと一緒に救援に行っているらしい。
 そうなると、俺はお留守番だ。

「それじゃあ、早速書類整理からお願いしますね」

 俺は生徒会室で、ミロク先輩と一緒に書類とにらめっこである。
 救援に行っていない生徒は基本これが仕事だ。

 なので、ミズヒ先輩は率先して救援をしていたりする。あの人、こういうの苦手そうだもんな……。

 といっても、書類整理はそこまで難しいものではない。
 なにせ、大体の書類の内容が同じだからだ。

 全部、この学園の負債の話である。

「……」
「あら、どうしたんですかケイ君。そんな顔を顰めて」
「うちって、借金がかなりありますよね」
「はい。笑っちゃう桁ですよね。ふふっ」

 いや、笑えねえよ。
 何を可愛らしく笑ってんだ。やっぱり、美少女は可愛いな、オイ。

「昔は、ダンジョンのコアを渡していたらしいんですけどね。フェクトム総合学園の保有するダンジョンのコアが無くなってからは、お金に変わりました。と言っても、それも十年も前ですけど」

 フェクトム総合学園は、ミロク先輩の言葉通り地獄のような財政状況である。

 学園は、通常であれば学園都市外の企業が支援することにより成り立つ。
 が、フェクトム総合学園に支援する企業は存在しない。

 二十年前を境に、全ての企業が一斉に撤退したようだ。
 なにしたんだよ、その世代。

 今は、他の学園から支援企業を仲介してもらう形で存続しているらしい。
 その見返りとして高ランクダンジョンのコアを要求していたそうだ。
 今は金だが、要求が続いている事に代わりはない。

 そして、そういう事をする学園など一つしか存在しない事はもうご存じだろう。

 そうだね、騎双学園だね!

 あのクソ学園がァ……!
 企業の撤退もテメエらの仕業じゃねえだろうなァ……!

「こんな借金まみれの学園を今更支援する企業が現れる訳もありませんしね。そのうち、数字を見るのも慣れますよ」
「慣れたくないですねぇ」
「ふふっ。でも今年は戦領祭で結果を残せるかもしれませんし。そうすれば、企業の目に止まるかも」
「へえ、何か策があるんですか?」

 俺の問いに、ミロク先輩はペンを止めると笑顔で「君です」と言った。止めてよ、惚れちゃう……。

「ケイ君は貴重な前衛です。それも、能力を持った探索者。ミズヒやトアちゃんとも相性が良いし。並みの探索者ならまあ負けないでしょう」

 期待が凄い。
 ただ女装しているだけなのに。圧が、圧がある。

「買いかぶり過ぎですよ。……そういえば、ミロク先輩の武装はあの剣なんですか? レイピアみたいなやつ」
「はい。そうですよー。厳密にはレイピアではないですけどね」

 そう言って、ミロク先輩は武装を展開して俺に見せてくれた。
 細い剣だ。
 まともに打ち合えば、折れてしまうだろう。

「私は戦闘向きではないので。戦領祭では力になれるかどうか」
「そうなんですか?」
「はい。私は運動もあまり得意ではなく……。おかげで、今は書類整理だけが得意になりました」

 ミロク先輩は肩をすくめる。
 
「それでも、おかげでミズヒ先輩やトアちゃんが救援に行くことが出来ていますから」
「……私だけが、いつも安全な場所にいるのは思うところがありますけどねー」

 少しだけ、冷たい声だった。
 自分自身に何も期待していないかのような失望した声。

 やめてよ! 美少女な時点で、貴女は世界の中心の一人なんだから!

 よぉし、ミロク先輩を元気づけちゃうぞ! 
 ミハヤちゃんにも出来たんだし、いけるいける!

「ミロク先輩はそ「あ、そう言えばケイ君。明後日なんですけど、付き合ってくれます?」……あ、はい」

 出鼻をくじかれたぜ!

 ミロク先輩は先程までの雰囲気はどこかへ消え去り、いつものような優し気な顔で俺を見ている。
 そして、そのままの笑顔で言った。

「明後日、デートしましょう」
「……え」

 え?






 
 きょとんとした顔のケイ君を見て、私はまた笑ってしまった。
 普段の彼からは想像できないような間の抜けた顔は、なんだか素が見れたようで嬉しい。

「冗談ですよ。デートじゃなくて、アルバイトです。バイト先で、もう一人呼べないかって言われてしまって」
「あ、ああ……そう言う事ですかぁ。急にそんな冗談言わないでくださいよ」

 安心したように息を吐くケイ君。
 その姿から、多少は私の事を意識してくれているのか、なんて思って安心もする。
 
 彼は、女子三人に囲まれているのに基本は真面目な顔で、微塵も男子生徒らしさがない。
 トアちゃんにあーんしてもらっているときも、何故か喜びよりも申し訳なさのほうが勝っているようだった。
 並大抵の男子生徒なら、トアちゃんの可愛さにメロメロな筈なのに。

 もしかして、実は女の子だったり……なんて。
 顔だちも中性的だし、女子用の制服を着て女の子だと言われれば信じてしまうかもしれない。

「それで、バイトってどこに行くんですか?」
「遊園地ですよ。観光用に作られたダンジョンがあって。そこで風船を配ったりするんです。ケイ君は、着ぐるみですかね」
「へえ、着ぐるみかぁ。俺、初めてです」

 存外乗り気なようで良かった。

 というよりも、ケイ君は私たちの提案には全て乗り気だ。
 断ったためしがない。

 今だって書類整理をしているが、ミズヒなら間違いなく嫌な顔をするところをまるで容易い事のようにこなしている。

 トアちゃんの事も守ってくれたし、ミズヒとも上手くやってくれていた。

 改めて、ケイ君の存在がフェクトム総合学園の中で大きいものになっていることを実感する。

「どうかしました、ミロク先輩。俺の方を見て」
「……いえ、別に。寝癖がついているなぁって」
「え? どこですか? うわぁ、すみません! ここか? いやここか?」

 頭を抑えるケイ君を見て、思わず吹き出す。
 それから、席を立ちケイ君の背後に立った。

「私が直してあげます」
「あ、本当ですか? ありがとうございます」
「いえいえ」

 寝癖を直すような動きで誤魔化しながら、髪にそっと手をそえる。
 綺麗な、蒼銀の髪だ。私のくすんだ青色とは違う。
 
 サラサラとした手触りは、本当に男の子かを疑いたくなる程だ。

「あの……ミロク先輩?」
「今、直してますからねー」
「あ、はい」

 気が付けば私は、ケイ君の頭を撫でていた。
 先生が、よく私にやってくれていたように。

 先生もこんな気持ちだったのだろうか。

「トアちゃんとミズヒの事、これからもお願いしますね」
「え? まあ、はい。というか、俺の方がお願いする立場というか、サポートに徹している俺は殆ど役に立っていないというか」
「もう、謙遜しないでください。私、ケイ君の事を信頼しているんですから」
「……ありがとうございます」

 僅かに俯いた彼は、それ以上は何も語ることは無く私に頭を撫でられるままになっていた。

 穏やかな時間が、流れている。
 時計の針の音と、僅かに窓から入り込む風。
 
 今日も、素敵な一日になるだろう。 
 
「本当に、信じていますから」

 願わくば、ここが彼の心の休める場所になりますように。
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