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一章 星詠みの目覚め

第14話 美少女には盤上をひっくり返す権利が存在する

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突然だが、桜庭ラッカについて知っている事を教えよう。
 『鏡界のルトラ』のソシャゲオリジナルストーリーに出てくるキャラである事。

 以上!

「つよっ!?」

【速報】ラッカさん、馬鹿強い。 

 俺は赤い腕輪パワーで何とか槍を避けているが、それにしたって攻撃に隙が無い。
 下手したら六波羅さんクラスだぞこの人!?

「ミズヒ先輩っ、俺が短刀を回収するまで少し時間稼いでもらっていいですか!」
「任せろ」

 突き出された槍を回避して、俺はミズヒ先輩と位置を入れ替わるように飛びのく。
 空いたスペースに滑り込んだミズヒ先輩は、一切の躊躇なく桜庭ラッカへと銃弾を放った。

「あはは、無理だよー。そんな攻撃じゃ。ミズヒにミロクにトア、三人全員が完全に自分の力を引き出してようやく、って感じなんだから」

 槍に銃弾が弾かれる。
 本来、弾かれるはずがない焔と水。
 しかし、彼女からすればそれを振り払うなど造作もない事のようで、ミズヒ先輩を見てニコニコと笑っている。

「その気色の悪い猿真似をやめろ」
「酷いなぁ。本物だよ。ほら、ミズヒが初めてダンジョンを攻略した日。覚えてる? ミズヒがあんなに感動して泣くとは思ってなくてさ。私、焦っちゃったよ」
「黙れ」

 銃弾が言葉を遮る。

「おっと」

 おどけた様子で、桜庭ラッカは銃弾を躱す。
 その瞬間に、俺は天井から短刀を引き抜き、そのまま桜庭ラッカに向けて振り下ろした。

 回避によって生じた一時的な身体の硬直に合わせた即席のコンビネーション。
 それは完璧な状態で噛み合い、桜庭ラッカへと向かう。
 が、しかし。

「はぁ。駄目だよ。私ってば、そんなのじゃ負けないし」
「なっ」

 まるで見えているかのように短刀を避け、そのまま手首を掴まれた俺は壁へと放り投げられた。
 どうしろってんだ。

「ぐあっ!」
「ケイ!?」
「よそ見は駄目。貴女は人一倍仲間思いだからね。こうやっていつか利用されるよ」
「――ッ」

 俺へと気をとられた瞬間を狙って、ミズヒ先輩に槍が振り下ろされる。
 回避を試みたようだったが、それは叶わず左手に持っていた銃を落とされてしまった。

「まず一つ。うん、銃は私の得意とするところじゃないし……使わないで置いてあげるよ」

 銃が地面に転がり、桜庭ラッカはそれを蹴り飛ばして笑う。

 ……この人、強すぎない?

 ミズヒ先輩に対して理解というか知識というか、完全にメタ読みで戦えている分,
六波羅さんより質が悪い。

 おまけに殺意は本物だ。
 本人の気質と技術をそのままに、殺意だけがダンジョンの主として存在している。

 本来なら、ミズヒ先輩は戦いたくないのだろう。

 それは桜庭ラッカが模倣された瞬間の、ミズヒ先輩の表情からわかっていた。

「ミズヒ、ほら呆けないで。串刺しにしちゃうよ?」
「くっ」

 ミズヒ先輩は必死に避ける。
 攻撃パターンが桜庭ラッカそのものなのだろう。
 ミズヒ先輩は決定打はないものの、致命傷を負うような攻撃を受けている様子はなかった。

 が、これではいつか負けてしまう。
 人を模した怪物と、体力に限界がある人では当然後者が不利。

 この状況を打破できるのは俺しかいない。
 
 ……いや、ソルシエラしかいない!

『■■■■■!!!!』

 お前じゃねえ座ってろ。
 俺の女装姿の事をソルシエラって言ってんだよ!

『■?』

 なんか、すげえキレてる気がする。

 が、今はそんな事はどうでもいい!

 俺は壁から身体を引き剥がして立ち上がる。
 そして、桜庭ラッカへと駆け出していった。

「うおおおお!!!」
「あらら、やけくそ?」

 桜庭ラッカは表情一つ変えることなく、槍を突き出す。
 ……掛かったなアホが!

 俺は向けられた槍の先に短刀の腹を当てがう。
 それで槍先が身体に刺さらないようにして勢いだけを身体に受けた。

「う、うわああああー!」
「ケイ!?」

 槍によって吹っ飛ばされた俺は、そのまま手術室の壁をぶち破る。
 さらに、その先で自ら後ろに跳び追加で三枚ほど部屋の壁をぶち破って転がった。

「大丈夫か!? 返事をしろ!」
「俺は、げほっ、だ、大丈夫です!」

 砂煙の向こうからの心配の声に大声で返す。

 砂煙が舞う部屋には何もなく、そして誰もいない。

 ドローンカメラも、ないな。ヨシ!

「先輩、今行きます……!」

 俺は覚悟と共に立ち上がり――制服を脱いだ。

 そして、ダイブギアの拡張領域から保存しておいたソレを取り出す。

 ダンジョンで拾った聖遺物などをしまっておく用の機能なのだが、俺からすればもっと有用なものを入れるべきだ。

 そう――女装グッズとかな!

「ええっと、カツラ。んで、これを着て――」

 俺の美少女化への思いが限界を超えて、俺は十秒足らずで女装を完了させていた。
 最後に、ガスマスクを口元にあてがう。
 メイクしてないからね。口元だけでも隠して誤魔化したいね。

『■■■■■』

 俺が着替え終わるのを見計らって、脳内に直接情報が響く。
 あー、はいはい。わかってますよ。

星詠みの杖ソルシエラ

 赤い腕輪から、一振りの大鎌が顕現する。
 トレードマークの大鎌に、ゴスロリ衣装。

 完璧だ。

「さて、行きましょうか」

 喉も全力で絞めて、少女の声へと調整済みである。

 後は、全力でパーリナイするだけだ。






 前提として、桜庭ラッカは死んでいる。

 それは照上ミズヒにとっては当たり前の常識であった。
 彼女は死んだ。
 死体を見たわけではない。
 
 が、全ての情報が彼女の死を示していた。

 で、あるならば、目の前のコレはなんだ?

「あの男子、思ったよりも弱かったね。ミズヒには不釣り合い」
「戯言を」

 手の中にまだある一丁の銃で牽制をする。
 が、それは容易く弾かれた。
 想像通り。

 次いで、桜庭ラッカへと一気に距離を詰め銃の有利性を無視した超近距離での射撃。
 不意を突いたはずの一撃だが、それを桜庭ラッカは頭を傾けるだけで回避した。
 想像通り。

「殺意が高すぎる。狙いが安直で、読みやすいよ。まったく」

 そう告げる彼女の背後、通過した弾丸が大きな焔となって爆ぜる。
 完全に不意を突いた背後からの爆破。

 しかし、桜庭ラッカは振り返ることもなく槍を振るってそれを霧散させた。

 これも想像通り。

 想像通り、ミズヒは桜庭ラッカに勝つ未来が一切見えていなかった。

「私の能力、忘れちゃったの?」
「風の操作だろ」
「そうそう。だから、こうして風の鎧も作れるし、槍のリーチも誤魔化せる」

 知っている。
 照上ミズヒは、その全てを知っている。 
 が、知っているだけだった。

「あの男子、まだ生きているみたいだし先にあっちを殺そうか?」
「させると思うか?」
「君じゃ私を止められない。それに、あの男子の事を気にかけて集中できないみたいだし」

 槍をくるくると回して、桜庭ラッカは笑う。
 陽のような笑み。この殺し合いの場にはあってはならない笑みだ。

「ま、死ぬ順番なんて関係ないか。どうせ死ぬなら、もう最初に逝きなよ」
「っ」

 たん、と桜庭ラッカが駆け出す。
 否、踏み込んだだけだった。
 
 一歩の踏み込みで最高速度に乗り、槍を突き出す。狙いは、照上ミズヒの頭部。

(回避、は間に合わない。……迎撃も不可能)

 全てを理解していた。
 まるで、バッドエンドであることを知っている映画を見るような、最悪な気分。
 
 全てを知っていながらも、何も出来ない。
 何一つ、届いていない。

 無力感に苛まれる悪夢の様な現実。

「あはは、獲った」

 無邪気に笑う顔は、あの頃と一切変わらない。
 ただ、その殺意が自分に向いているだけだった。

(終わり、か)

 その槍が届いたが最後、自分の全てが終わるだろう。

 いや、仮にここで自分が死ねば次は那滝ケイ、そしてフェクトム総合学園が崩れ去るだろうことも容易にミズヒには想像できていた。

 終わる。
 全てがただの紛い物ひとつのせいで。

 そんな、どうしようもない悲劇。
 そんな、救いのない物語。

 そんな、そんな、そんな――そんなもの。

(認められる訳が無いだろう!)

 闘志はまだ消えてはいない。
 ミズヒは、即座に銃口を自分自身へと向けた。

 槍が届くよりも速く、自身を弾丸が貫く位置。
 そして、自分ごと爆発して桜庭ラッカを巻き込める位置だ。

(これが、私にできる精一杯だ)

 全てが救われる結末など無い事は理解している。
 だからこそ、これは照上ミズヒに残された唯一にして最善の手だった。

「私とお前の負けだ。紛い物」

 引金に指が掛かる。
 命を賭けた幕引きが、行われようとしていたその時だ。

「――随分と、楽しそうね」

 風が吹いた。
 静かな夜のように音もなく、それでいて確かに存在感を放つ、そんな何者にも染まらない孤独の風。

 ソレは、ミズヒと桜庭ラッカの間に割り込むように突如として現れた。

 ヒラヒラと、まるで舞い踊るかのように黒いフリルが揺れ、蒼銀の髪が靡《なび》く。
 ソレはミズヒへと向かっていた槍先を黒い鎌で絡めとるように掬い上げ軌道を逸らした。

 ミズヒの頭一つ分上を槍先が通過し、壁へと突き刺さる。

「……あらら、ニューチャレンジャー?」

 槍の軌道が逸らされた事で、桜庭ラッカは初めて驚いたように目を見開いた。

「ここからは、私と遊びましょう」
「へぇ、いいね。君、強そうだ、名前は?」

 桜庭ラッカの問いに、その少女は大鎌を指先で撫でながらこう答えた。

「――ソルシエラ、それが私の名前」
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