これは絶望のエピローグ、そして希望のプロローグ

ひづきひろし

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18話 刺激された人間リゼ・ラーグヴィーネ

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「――と、ここかな?」
 クレイヴがいなくなったことで人波に揉まれるようになったヒイロは、ようやくクレイヴが言ったであろう扉に辿り着く。

 4階直通になっている、開かれたでかい扉の横の閉じられた小さな扉。
 哀れみの目線で見られながらも走り抜け辿りついたその扉に、ヒイロは迷いながらも素早く手をかけた。
 ヒイロにしては珍しいその素早い行動は、クレイヴの元へ早く行きたいからではない、その目線から一刻も早く抜け出したかったからだ。

 ガチャリと開けたその先は、少しの平坦な直線の後、螺旋階段になっている。
 螺旋の径はそれなりに大きく石造りの壁に囲まれているため、開放感もなければ先の見通しも悪いが、確かに4階まで直通なんだろうとヒイロは感じた。
 
 その理由は音のくぐもり具合。
 どうやら上の方に人がいるらしく、足音や話し声が聞こえてきているのだが、その音が随分遠いはずなのに響きながら聞こえている。
 各階に出口があれば、きっとこんな聞こえ方はしない。
 だからこそ直通。
 合っていると思ったヒイロは階段を駆け上がる。

「って訳ですよ。どう思います?」
「それは災難だったな」
 上から聞こえてくる声がどんどん近づいてきた。
 話しているのは2人。足音も2つ。

 その2人はヒイロに全く気付いていない。なぜならヒイロは話しておらず、足音もない。
 気配も薄いヒイロに見通しの悪いこの螺旋階段で気づくには、きっと視認できる目の前にくるまで不可能だ。

 ヒイロもなんとなくそれが分かった。
 なのでスピードをほんの少しだけ緩め、自分が視認した瞬間に避ける形で通りすぎようと考えた。
 ここで声を出して存在をアピールしないのが、引っ込み思案なヒイロの性質と言えよう。
 とは言え小さな扉から入ったこの階段はそう広くないものの、3人がすれ違える程度の隙間はある。これでぶつかることはない。

 ヒイロは階段を駆け上がり、そして2人の女性を視界に捉え、横を通り過ぎる位置を取った。
「最低ですよねー、ってうわ、あ、男っ? 待てやーっ」
「え――」

 だが2人いる女性の内の1人、小さい方が、当たらない位置を走っていたヒイロの前に立ち塞がった。
 慌てたヒイロは止まろうとしたが、多少スピードを緩めたとは言え、クレイヴの恐ろしさ故に急に止まれるスピードではなかった。
 懸命に体を反らし、目の前に立ち塞がった背丈の低い女性を躱す、が、その変わり、隣にいた同じ位の背丈の女性に突っ込んでしまった。
「リゼさーん」

 ヒイロはリゼと呼ばれた女性を押し倒し、一緒に階段でこけてしまった。
 しかしヒイロは無事。顔は柔らかいものに包まれなんともない。
 以前体験した感覚と似ているが、それよりも若干小さく、張りが強い。
「もがっもがぅ」
「あっ」

 ヒイロは立ち上がろうとするが、しかし若干小さいとは言えその柔らかな衝撃緩衝材はそれなりに大きめ。上手く立ち上がることができずもがく。
「んっそこは――」
 腕で立つのを諦め、膝を地面につけて立とうとするが、上に何かが乗っかっていることで膝が動かし辛い。
 一生懸命に上へ持ち上げようとするも、かなりの重量がそこに掛かっているようで小刻みにしか揺らすことができなかった。
「んんんっ」

「もがががががー」
「何やっとんのじゃ貴様ーっ」
「ぷはあっ」

 もがいていると首根っこを掴まれ引き摺り起こされたヒイロ。
「あ、す、すみません、ありがとうございます」
 やっと呼吸ができたと顔を上げたヒイロは思わず礼を言った。
「それはリゼさんの胸に顔を突っ込めてってことかーっ」
 しかしそう言われ、ヒイロは頭にハテナを浮かべながら、自分が先ほどまで顔を埋め、今も手で触れている先を見た。

「こんの変態野郎っ、ここは1番室直通の階段だぞっ。覗きにでも来やがったか? 度胸試しかあーん? うちの部長の胸揉みしだいてあそこに膝押し付けてエロい声出させて無事で帰れると思ってんのかあっ」
「す、すみませんっ」
 ヒイロは謝り、すぐさま手をどけ立ち上がった。しかしその際膝は思い切り何かを擦りあげる。

「んんんっ」
「リゼさーんっ。てめえこの野郎っうちらの聖輪の花を1度ならず2度までも、ここで殺してやる」
 背の低い少女はヒイロの胸倉を掴み、腰に差した剣を抜き放つ。
「すみま――すみま、違うんですっわざとじゃっ」

「おい待てパルメ。コホッコホッ。その少年が私にぶつかったのはお前が道を塞いだからだろ。その後のことも偶然が重なっただけのはずだ」
 すると、そんなヒイロにピンチを先ほどまでヒイロに嬲られていた女性が助け舟を出す。
 桃色の髪を後ろでまとめた、逞しくも美しい、リゼと呼ばれている女性は、精悍さや清純さ、そして高潔さを存分に持ち、その言葉には説得力がある。

「で、でもリゼさん……はい」
 今まで出したことのない質の声を出したせいで喉の調子が悪く、咳払いをしたり咳をしていても、背の低い女性の反対を、抑えられるくらいには。

「悪かったな後輩が剣を抜いて。私はリゼ・ラーグヴィーネだ。この上にあるセイバーズギルドで部長をしている」
「あ、ヒ、ヒイロ・レイシスです。その……」
「気にするな」
 改めて立ち上がったリゼは、ヒイロに自身の名前を名乗り、ヒイロもまた名を名乗る。

 リゼの目は穏やかで優しく、声質は聞いているだけで安心するような音色だ。
「……しかし、君はどういう用件があってこの階段を使っている?」
 触られ色々あったことも、どうやら気にしていない。

 だが、声には少々の厳しさがある。
「ここは4階直通だ。ここから上にはうちのギルドともう1つしかないぞ。どっちも今は女だけ、用はないはずだ」
 なぜならリゼには強い責任感があるからだ。
 自らのギルド員達を守るという強い使命を持っており、自分が触られただけならば許すが、そちらに危害が及ぶようであれば見過ごすことはできない。
 リゼはそんな厳しい目線でヒイロを見た。

「え? じゃ、じゃあ……、クレイヴさんは、女性?」
 ちなみにヒイロは馬鹿かもしれない。
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