上 下
9 / 20

9話 盗み聞く精霊オルヴリッド

しおりを挟む

「悪かったわねレイシス君」
 立ち上がってパンパンと服についた埃を払うサラは、そう声をかけた。至って普通に。
 銃を突きつけられたことや色々なことで、若干パニックになっていたヒイロも、サラの普段通りにも思える声を聞いて、少し落着きを取り戻した。

「い、いえ。こっちこそ……あのすみません」
 とは言え、手には感覚が残っている。普通よりもかなり大きめの柔らかなものの感触が。
「いいわよ別に。減るもんでもないし。私が急に止まったんだから」
「すみません」
「いいって。じゃあ、こっちね」
 しかしサラはやはりそういったことも全部含めて普段通りに立ち振舞い、案内を再開する。
 自分の中で無かったことにしたのだろう。

 コツコツコツと靴音を響かせて、2人は階段を上がりまた歩く。

「……」
「……」
 サラは立ち止まらないまま後ろをチラリと振り返る。
 俯き加減で歩くヒイロ。
 ちゃんと着いてきていることを確認したサラは、また前を向いた。

「……」
「……レイシス君ってさ、足音しないね」
 1人分しか響かない靴音。サラが案内してから、いやティトリニアに案内されている時も、ヒイロから足音は一度もしていない。
 先ほど立ち止まったのもちゃんと付いてきているのかどうか不安になったからだ。

「そうですか?」
「全然しないわ。気配も無いし」
「……すみません」
 サラは続けてそう言った。
 足音がしないだけなら、おそらくぶつからなかった。精霊と契約している者は感覚が鋭くなる。
 つまり気配などを察する力が上がる。

 ヒイロの気配が希薄過ぎたから、わざわざ立ち止まってまで後ろを向き、回避行動を取ることも耐える行動を取ることもできないまま突然にぶつかられ、成す術なく押し倒されたのだ。
「謝らなくても。ああ、別に悪口じゃないわよ? ただ精霊は存在感が強い人と契約したがるから、冒険者になってもあんまり強い精霊とは契約できないかもねってこと」

 サラの言葉は真実。
 成す術なくぶつかられ押し倒されたことでプライドが傷ついたことと、胸に顔を埋められ複数回もまれたことによる苛立ちもあったが、それは真実。

 精霊との契約を行えば、一生を共にする。
 だからその精霊に一生を共にしたいと思って貰えなければ、契約することはできない。それが善であれ、悪であれ。
 特に強い精霊であれば強い精霊であるほどそれは顕著で、同じ人間でも魅了できるくらいの何かがなければ契約は不可能である。

 ヒイロのような薄い存在感では、到底望めない。

「知ってます。えっと、僕は薬売りになりたくて……近場で採れるものだけで良いので、契約しようとは」
「そうなの。そう薬売りね。……さっきのおデブの精霊、ヴィイリニーって言うんだけど、知り合いなの?」
「え?」

「ああ、そんな気がしただけ。あれが頼みごとなんて珍しいし。まあティトリニアのミスらしいけど、知り合いじゃなかった?」
「……。知り合いじゃありません」
「そっか」
 2人は階段を上がる。

 そこでようやく地下道が終わり、廊下に窓が付いた。ガラスのはまった窓からは久しく見ていなかった太陽の光が降り注ぐ。
 サラはさらに階段をもう1階分上り、ヒイロが上がりきるのを待って指で廊下の奥を示す。

「じゃあここ、奥にある部屋が職員室だから」
 案内はここで終了だ。

「あ、ありがとうございます。……えっと、サーラさん?」
「サラ・サーブラッド。この学園大きいしあんまり会うことはないかも知れないけどよろしくね」
「はい。サーブラッドさん。本当にありがとうございました」
「じゃあ」
 足音がこもらない、窓の開いたその道をサラは歩いて去っていく。

 ヒイロはサラを見送る。
 ヴィイリニーの部屋からここまではかなりの距離があった。それなのに嫌な顔1つせずに案内してくれるなんてなんて良い人だろうとヒイロは思っている。
 しかし学園生活に明るい兆しは見えていない。

「ヴィイリニー、情報屋。……、……ルゥレード。なんで、もう……」
 壁に寄りかかり、手で顔を覆ってしまうほどに。

「……。ああ、職員室で入学手続きしなきゃいけないんだった。それで寮で入居手続きか、忙しいな」
 しかしそれを続けていても何も進まない。ヒイロは気持ちを入れ替えて歩き始める。
 完全に入れ替えることはできないが、もう2年も前のことだ、それでもヒイロは歩き始める。

「ルゥレード、火の精霊だろうが知らない名だ。精霊か?」
「私も知りませんね。ヴィイリニーに聞きますか?」
「あの狸は何も答えてくれないわよ。ヒイロ・レイシス。ヴィイリニーと知り合いね、うさんくさい」

 ヒイロが歩いて行く反対方向、さっきまでいた階段で、サラは自身の契約精霊とそんな話をする。

 精霊は肉体構成を止めている間、つまり還っている間は、見ることも聞くこともできない。
 自身と契約した人間の位置や状態、自然の力を感じられるのみで、他は何一つ分からない。だから壁があったとしても簡単に抜けられる。
 そして実体化していれば見ることも聞くこともできる。

 サラの指示によって2柱の精霊は、ヒイロの会話を窓の外から聞いていた。
 人間の気配に気づけるのは人間とその人間の契約精霊のみ。
 だが精霊の気配に気付けるのも精霊とその精霊と契約した人間のみ。

「……まあ本人は弱そうだし至って無害そうだけど。一応注意しておくに越したことはないか」
 精霊と契約しているか否かは、何においても重要視される。
 だから強い精霊と契約できそうにないヒイロは、1番の弱者。非常時において、どうとでもできる存在。

 サラはそう結論付け、階段を下り自らのギルドがある8番棟へと向かう。

「無害って、お前は胸を揉まれていたじゃないか」
「そうですよ。男に触られるなんて初めてでしょう」
「ええーいうるさいっ。そこを蒸し返すんじゃないのっ」

 ヒイロのまだ始まっていない学園生活は、果たしてどうなるのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

玲眠の真珠姫

紺坂紫乃
ファンタジー
空に神龍族、地上に龍人族、海に龍神族が暮らす『龍』の世界――三龍大戦から約五百年、大戦で最前線に立った海底竜宮の龍王姫・セツカは魂を真珠に封じて眠りについていた。彼女を目覚めさせる為、義弟にして恋人であった若き隻眼の将軍ロン・ツーエンは、セツカの伯父であり、義父でもある龍王の命によって空と地上へと旅立つ――この純愛の先に待ち受けるものとは? ロンの悲願は成就なるか。中華風幻獣冒険大河ファンタジー、開幕!!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

ナイツ・オブ・ラストブリッジ【転生したけどそのまんまなので橋を守ります】

主道 学
ファンタジー
転生しても……ごめんなさい。そのまんまでした。 四方を強国に囲まれて激しい戦争状態のラピス城。その唯一の海の上の城へと繋がる橋を守る仕事を王女から言い渡された俺は、ラピス城のあるグレード・シャインライン国を助けることを約束した……だが、あっけなく橋から落ちてしまう。 何故か生きていた俺は、西の草原の黒の骸団という強力な盗賊団に頭領の息子と間違えられ、そこで、牢屋に投獄されていた最強の元千騎士に神聖剣と力を譲られた。知らない間に最強になってしまった俺は盗賊団を率いて再びラピス城へ戻ったのだった……。 これは俺の高校最後の一度切りの異世界転生物語。 誤字脱字、微調整、改稿を度々します。 すみません。聖騎士を千騎士に修正いたします。 本当に申し訳ありません汗 今年のコンテストは既に応募済みなので、参加できないみたいですー汗 来年に続編で参加させて頂きます汗

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

処理中です...