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4話 情報屋の精霊ヴィイリニー。

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「えーっと、人が埋まってるみたいな床の廊下を抜けて、一旦外に出て、動く壁の下に入って、蔦を登って、階段を下りる、穴を飛び下りて、また下りて……、いやこれ覚えられるかな」
 ヒイロはティトリニアの後ろについて、職員室を探し歩く。
 明らかに職員室へ至る道程ではないことを承知しながらも一縷の望みをかけて。

 既にここは地下3階。
 コールステリア冒険者学園に通う生徒達ですら中々来ないエリア。この学園は敷地が大き過ぎる上に、地下も広大。
 既に自然に埋もれて通行できなくなった箇所も多く、毎年迷いこんで出られなくなる者も出てくるほど。23年間地下で迷い暮らしていた生徒の話はあまりにも有名。

 ヒイロもともすればその仲間入りする立場に置かれている。

「よし。ここだ入れ」
 と、ティトリニアは一つの部屋の前で立ち止まり、いや空中に浮いているのでただの停止だが、ヒイロに部屋へ入るよう促す。

 紫のカーテンがつけられている扉。
 扉は閉まっているが、カーテンは左右に分けられている。
 ただ彷徨っていたのではなく、案内はしていたようだ。自信満々に彼女はまた、呆けるヒイロに顎で指示を出す。入れ、と。

「あ、ありがとうございました」
 「うむ。またな、あーっはっはっは、これでまた学園の支配に一歩近づいたぞー」
 ティトリニアは高笑いと共に去って行った。

 ヒイロは、スーッと精霊特有の肉体構成をやめて消えていく様子を見送った。精霊はそうすることで人から視認されなくなり、壁や地面などもすり抜けることができるようになる。
 人の友とは言え、生物としての在り方はかなり違う。

 ちなみにそうすると、こちらからも見えないが、あちらからも見えないし聞こえない。
 もしこの部屋が職員室ではなければ、ヒイロはただここに置き去りにされただけ。叫ぼうが何をしようがティトリニアには見えないし聞こえない。

「……」
 そんな恐ろしい事実から目を背けるべく、ヒイロはきっとここが職員室なんだと自分に言い聞かせ、コンコン、とノックする。
「……」
 中からは返事がない。人の気配もしない。ヒイロは泣きそうになった。

「なんだい?さっさと入りな」
 と、その時、中から返答が遅れてやってきた。ちょっと太く低い女性の声。ヒイロは嬉しくなってその扉をガチャリと開ける。
「失礼します。こ、こんにちは、入学の手続きに来ました」
 そして、考えていた口上を述べた。
 明らかに職員室ではない、不思議な調度品の溢れる、紫色の部屋で。

「ここは職員室じゃないよ、ボウヤ」
 中に入るのは1人。いや、1柱。

 人並の身長、しかし人の倍、いや3倍はある恰幅の良い体型の女性。見た目の年齢で言えば50代から60代だろうか。しかし背中からは二対の羽を生やしている彼女はまごうことなき精霊だ。
 精霊には大きさも年齢もない。
 自分が最も落ち着く見た目になるだけだ、見た目がお爺さんお婆さんでも生まれてから1年経っていない精霊もいれば、子供でも1000年以上生きていることもある。

 精霊の年齢は、会話することで大方判別可能。
 先ほどのティトリニアは、言動も性格も人格すら定まっていないので10歳未満の誕生したばかりの精霊。というように。

 しかし一定以上年齢を重ねればそこから先は不変であるため、判別方法は大まかに5段階。1段階が1番若く、5段階が1番歳を重ねている。
 ヒイロはまだこの女性を判別できていないが、この女性は5段階目であり、悠久の時を生きる精霊。この学園創設どころか、国が建国される以前から存在している古き存在。

「ま、事情は分かるさ、さっきあの馬鹿娘の高笑いが聞こえていたからね。大方職員室はこっちだ、なんて案内されてきたんだろう?」
「は、はい。そ、そうです」
「はあ、やれやれだねえ」
 女性はそう言って、自分の座るソファーの前のテーブルからパイプを取り、一口ふかす。
 
「ふぅっ。……ここから職員室まではちと遠いねえ。どういうルートで来たのか知らないが、1人じゃあ辿りつけないだろうよ」
 そんな……」
「この学園で生活するなら関わっちゃいけない奴がいくらかいる。あれはその中の子さ」
 知る由もなかった衝撃の事実にヒイロは膝から崩れ落ちそうになるが、しかし、まだ最悪ではない。なぜなら置き去りにされたわけではなく、対面している相手がいる。
 なんとかここから……。

「まあ、そろそろここに客が来るはずさ。そいつに連れてって貰える頼んでやろうじゃないか」
「本当ですかっ?」
「ああ。その変わりティトリニアのやつを許してやっておくれ、あれは悪気があったわけじゃないんだよ。余計に性質は悪いんだけどねえ」
 ヒイロにとっては願ったり叶ったりだ。一も二もなく承諾する。

 しかしこの学園の生徒じゃないね、職員室に用ってのは入学手続きかい?変な時期に来るんだねえ」
「あ、えっとそれは……」
 ヒイロは答えにくそうに言葉に詰まらせる。逮捕されて入学が決まったのだからそれも当然だろう。
「おやおや、これはすまないねえ、何でも知りたがるのが癖なのさ。情報屋なんて因果な商売をやってるせいかね」
 「情報屋、ですか?」

 俯いていたヒイロは顔を上げてそう聞いた。
 女性はすぐには何も言わず、もう一度パイプを一口ふかし、ゆっくり頷く。
 
「にしてもボウヤは不思議な雰囲気を持ってるねえ」
「……」
 女性はヒイロを上から下、下から上までジックリと見た。隠すそぶりもないその様子にヒイロはどうにも居心地悪く扉近くに立ったまま。

 「ま、何か知りたいことでもあったらここへきな。知ってることなら教えてあげるよ。ああそうだ、わたしはヴィイリニーさ。ボウヤは?」
 「あ、ヒ、ヒイロです。ヒイロ・レイシス」
 答えられる分かりやすい質問に、ヒイロはマジメに答えた。名前を言うだけの何の情報でもないただの会話。

 しかしそれが、ヒイロのこれからを大きく左右したことは間違いない。

 その瞬間、ヴィイリニーの雰囲気が変わる。何もかもが止まったと表現して良い、部屋の空気は一瞬、完全に停止した。

「ヒイロ……、ヒイロ……、7つの腕輪」

 ヴィイリニーの目が、ヒイロの灰色の眼から下へ移り、その左腕に着けた7つの腕輪に向かう。
 装飾としては地味な腕輪、しかし数が多く過度なアクセサリー。

 もっと奇抜な者などいくらでもいるが、気になる者はそれなりにいるだろう。
 しかし、その目とは明らかに違う目つきでヴィイリニーは腕輪を見た。疑問の目ではない、想像する目でもない、思い返している目。

「……」
 ヒイロの心臓は止まりそうなくらいに冷たく、どうしようもないくらいに鼓動を打つ。
 彼女の目は、腕輪からゆっくり上がり、またその灰色の目を見つめる。その怯えきった灰色の目を。

「ヒイロ・ディアノーツ」

 ヴィイリニーはゆっくりと。しかしこれ以上ないほどハッキリと、ヒイロ・レイシスの名前を呟いた。
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