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序章 とち狂った人々
第屍話 「敏腕プロモーターの偉大なる皮算用」
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くんくん、どうも、焦げ臭い。そう思いながらテントに近づくと、
「火事だぁーっ!」
両親が居るはずのサーカステントの前で、そのテントが燃えていた。
辺りは、黒い煙とビニールの焼け焦げる臭い。慌ててキャンピングカーに戻り、消火器を取ってくる。俺だけではなく、団員の何人かと、浜松アリーナの職員だと思う人も、どっかから消火器を持って来て消火を開始した。
親父は呆然としている。母も、煙を吸ったのか、地面に手をついて、げほげほ言っている。
火の回りが早かったのか、既に半分以上焼けているが、幸い、全員避難して無事だったらしい。
やがて、消防車のサイレンの音が近づいてきた。助かった。
鎮火したテントを見て憮然とした浜松アリーナの職員たちが、消防と警察を連れて事情を聞きにやってきた。
「それが、全く理由が分からないのですよ。テント内には火器持込禁止ですし、実際、私たちが中にいる間に火の気があったわけじゃないし」
「考えられるのは、外から火を着けられたか? でも、うちは今回がここで初めての興行ですし、そんな恨みを買う人間は居ないはずですが?」
父も、一緒にいた団員も、一様に首を捻るばかりである。そもそも、犯人どころか火の手が上がるまで全く気が付かなかったのだから。目撃者にはならないのである。
「いずれにせよ、テントが駄目になってしまった。興行自体キャンセルにしなければなりません」
親父は、苦渋の決断を下さねばならない。ようやく苦しいのから解放された母が、疲弊した顔で同調する。
「すると、事故と事件、両面から捜査しなければなりませんな」
そう、言われて親父は警察の人に連れて行かれた。アリーナの方で話を聞かれるらしい。
その間に、後片付をしながら待機するよう俺達は指示された。
それから、事情聴取を終えて親父が戻ってきて間もなく
「おおっ、栗栖さん。みんな無事ですか?」
遅れて到着した清水の父親、俺達のサーカスを呼んだ清水 十三氏が、やってきた。
「人が無事なら、不幸中の幸い、どうですか? この際、アリーナの方で興行しては?」
「え、いや、しかし、いいのですか? 清水社長?」
親父は、流石に二の足を踏んだ。
無理もない。俺達のようなテントを自前で持って興行するのとは、わけが違う。アリーナを使うなら、毎日使用料が数百万余計にかかるのだ。
「しかし、今からアリーナの使用許可を取るにしても、所轄の警察に届け出をしなければなりませんし、警備員だって、テントでやる時とは人数が違います。正直、たった今資産を失った我々にお支払できる金額ではないですが」
「所轄はなんとかなります。警備員も、うちの通常使ってる警備会社なら融通は利きますし、お金の面は、それこそ心配しないで下さい。とにかく、既にチケットは当日分を除き完売してるのです。経費は吸収できますが、払い戻しや、それで失う信用の方が致命的です。だが、幸い、人も動物も無事なのです。むしろ、ここから上手くやれば、一回当たりの利益は、想定より儲かるはずです」
そう言うと、携帯を取り出し、部下に指示を出した。
「もしもし、俺だ。今、確認したが、かなり酷い火事だ。それで、この火事の件、テレビ局に売ってやろう。そうすれば、タダで宣伝してくれる。どう説明するかって? それ位自分で考えろ!」
そう言って電話を切ると、
「と、言う訳でアリーナの使用許可を取ってきます。取りあえず連休の分だけ。後は相談にしましょう」
と、親父に告げるとさっさと、アリーナ職員を連れて行ってしまった。流石、敏腕プロモーター。息子とは、器がちがうな、こりゃ。
そう思いながら、道路の方を見やると、あれ? 清水? 何でこんな所に?
だが、そう考えていると、さっさと清水はどっかに行ってしまった。後ろにいつもの取り巻きを連れていたので、町に遊びに来たのか? とでもこの時は思って気にもしなかった。
と、いうより、気にしていられなくなったのだが。
と、いうのも、清水氏が手配したテレビ局が、本当に取材に来たからだ。と、言っても地元ローカル局だが。
それでも、テレビの力はやはり絶大だ。
地元の人気女子アナがやってきて、今回の事件のあらましを聞かれたことに始まり、両親と各団員へのインタビュー、なんと、俺の所にもインタビューに来た。
「ええ、僕もピエロとして出演しています。中学に通いながらの出演ですので、辛い事もありますが、他の人と違う人生を歩んでると思うととても充実しています」
「うわー、凄いですね。私達の中学の頃と比較したら申し訳ないですけど、とってもロマンのある生き様ですね♡」
などと、美人アナウンサーに言われて確かに気分良かった。
そして、消失したテントの姿と、それに伴い清水氏がアリーナ使用を決めた大英断!
追加発売されるチケットの購入方法まで夜十時からの番組で特集してくれることとなった。
しかも、同じような内容を翌朝のワイドショーで再度放送してくれ、都合3日間6興行で計18000枚のチケットが、特別価格の2400円でわずか五分で完売!
これの他に、チケットを買えなかった客からの問い合わせが殺到し、追加公演が決定。元々90日のロングランであったものが、更に一月伸び異例の四か月興行となった。
そうすると、当初見込みの90日一億円興行の計画で、俺達サーカスは、三か月で1200万円での売り興行だったのだが、残り期間一か月に追加一か月で、二か月に伸びたため、
+400万と、アリーナ使用分は、別途一回当たり200万の追加手当がでることとなった。
幸い、テント屋が、新しいテントを三週間で仕上げてくれることになったので、土日の二回公演が三週計6回と、平日夜の部が月曜を除く計12回、合計18回もアリーナでやることになった。
単純計算でいくと、それだけで3600万円! 新しいテントが一千万位としても、2600万位残る計算だ。清水氏の皮算用だと、その頃には、テレビの影響によるブームも終了するとして、残り一か月で更に清水氏の懐には経費を除いても、5000万は固いという。
俺達サーカスは、全員で12人。動物の世話代を引いても、一人当たり200万の手当てとなるそうだ。4か月での収入とすれば、願っても無い好待遇だ。もちろん、団長や花形の空中ブランコなどは、この倍貰えるようだが。(つまり、両親の分だな)
もちろん、毎回出演するので俺にも出る。これなら、学校でのいじめも黙ってる価値があるというものだ。もっとも、自分で使いたいだけ使えるわけじゃない。親が管理しているが、それでも、この年頃としては、無尽蔵の金である。
いずれにしても、災い転じて福となる。俺達と清水氏はWIN WINの関係でお互い堅く儲かることになりそうだ。
そう思っていた時期が俺にもありました。(涙)
「火事だぁーっ!」
両親が居るはずのサーカステントの前で、そのテントが燃えていた。
辺りは、黒い煙とビニールの焼け焦げる臭い。慌ててキャンピングカーに戻り、消火器を取ってくる。俺だけではなく、団員の何人かと、浜松アリーナの職員だと思う人も、どっかから消火器を持って来て消火を開始した。
親父は呆然としている。母も、煙を吸ったのか、地面に手をついて、げほげほ言っている。
火の回りが早かったのか、既に半分以上焼けているが、幸い、全員避難して無事だったらしい。
やがて、消防車のサイレンの音が近づいてきた。助かった。
鎮火したテントを見て憮然とした浜松アリーナの職員たちが、消防と警察を連れて事情を聞きにやってきた。
「それが、全く理由が分からないのですよ。テント内には火器持込禁止ですし、実際、私たちが中にいる間に火の気があったわけじゃないし」
「考えられるのは、外から火を着けられたか? でも、うちは今回がここで初めての興行ですし、そんな恨みを買う人間は居ないはずですが?」
父も、一緒にいた団員も、一様に首を捻るばかりである。そもそも、犯人どころか火の手が上がるまで全く気が付かなかったのだから。目撃者にはならないのである。
「いずれにせよ、テントが駄目になってしまった。興行自体キャンセルにしなければなりません」
親父は、苦渋の決断を下さねばならない。ようやく苦しいのから解放された母が、疲弊した顔で同調する。
「すると、事故と事件、両面から捜査しなければなりませんな」
そう、言われて親父は警察の人に連れて行かれた。アリーナの方で話を聞かれるらしい。
その間に、後片付をしながら待機するよう俺達は指示された。
それから、事情聴取を終えて親父が戻ってきて間もなく
「おおっ、栗栖さん。みんな無事ですか?」
遅れて到着した清水の父親、俺達のサーカスを呼んだ清水 十三氏が、やってきた。
「人が無事なら、不幸中の幸い、どうですか? この際、アリーナの方で興行しては?」
「え、いや、しかし、いいのですか? 清水社長?」
親父は、流石に二の足を踏んだ。
無理もない。俺達のようなテントを自前で持って興行するのとは、わけが違う。アリーナを使うなら、毎日使用料が数百万余計にかかるのだ。
「しかし、今からアリーナの使用許可を取るにしても、所轄の警察に届け出をしなければなりませんし、警備員だって、テントでやる時とは人数が違います。正直、たった今資産を失った我々にお支払できる金額ではないですが」
「所轄はなんとかなります。警備員も、うちの通常使ってる警備会社なら融通は利きますし、お金の面は、それこそ心配しないで下さい。とにかく、既にチケットは当日分を除き完売してるのです。経費は吸収できますが、払い戻しや、それで失う信用の方が致命的です。だが、幸い、人も動物も無事なのです。むしろ、ここから上手くやれば、一回当たりの利益は、想定より儲かるはずです」
そう言うと、携帯を取り出し、部下に指示を出した。
「もしもし、俺だ。今、確認したが、かなり酷い火事だ。それで、この火事の件、テレビ局に売ってやろう。そうすれば、タダで宣伝してくれる。どう説明するかって? それ位自分で考えろ!」
そう言って電話を切ると、
「と、言う訳でアリーナの使用許可を取ってきます。取りあえず連休の分だけ。後は相談にしましょう」
と、親父に告げるとさっさと、アリーナ職員を連れて行ってしまった。流石、敏腕プロモーター。息子とは、器がちがうな、こりゃ。
そう思いながら、道路の方を見やると、あれ? 清水? 何でこんな所に?
だが、そう考えていると、さっさと清水はどっかに行ってしまった。後ろにいつもの取り巻きを連れていたので、町に遊びに来たのか? とでもこの時は思って気にもしなかった。
と、いうより、気にしていられなくなったのだが。
と、いうのも、清水氏が手配したテレビ局が、本当に取材に来たからだ。と、言っても地元ローカル局だが。
それでも、テレビの力はやはり絶大だ。
地元の人気女子アナがやってきて、今回の事件のあらましを聞かれたことに始まり、両親と各団員へのインタビュー、なんと、俺の所にもインタビューに来た。
「ええ、僕もピエロとして出演しています。中学に通いながらの出演ですので、辛い事もありますが、他の人と違う人生を歩んでると思うととても充実しています」
「うわー、凄いですね。私達の中学の頃と比較したら申し訳ないですけど、とってもロマンのある生き様ですね♡」
などと、美人アナウンサーに言われて確かに気分良かった。
そして、消失したテントの姿と、それに伴い清水氏がアリーナ使用を決めた大英断!
追加発売されるチケットの購入方法まで夜十時からの番組で特集してくれることとなった。
しかも、同じような内容を翌朝のワイドショーで再度放送してくれ、都合3日間6興行で計18000枚のチケットが、特別価格の2400円でわずか五分で完売!
これの他に、チケットを買えなかった客からの問い合わせが殺到し、追加公演が決定。元々90日のロングランであったものが、更に一月伸び異例の四か月興行となった。
そうすると、当初見込みの90日一億円興行の計画で、俺達サーカスは、三か月で1200万円での売り興行だったのだが、残り期間一か月に追加一か月で、二か月に伸びたため、
+400万と、アリーナ使用分は、別途一回当たり200万の追加手当がでることとなった。
幸い、テント屋が、新しいテントを三週間で仕上げてくれることになったので、土日の二回公演が三週計6回と、平日夜の部が月曜を除く計12回、合計18回もアリーナでやることになった。
単純計算でいくと、それだけで3600万円! 新しいテントが一千万位としても、2600万位残る計算だ。清水氏の皮算用だと、その頃には、テレビの影響によるブームも終了するとして、残り一か月で更に清水氏の懐には経費を除いても、5000万は固いという。
俺達サーカスは、全員で12人。動物の世話代を引いても、一人当たり200万の手当てとなるそうだ。4か月での収入とすれば、願っても無い好待遇だ。もちろん、団長や花形の空中ブランコなどは、この倍貰えるようだが。(つまり、両親の分だな)
もちろん、毎回出演するので俺にも出る。これなら、学校でのいじめも黙ってる価値があるというものだ。もっとも、自分で使いたいだけ使えるわけじゃない。親が管理しているが、それでも、この年頃としては、無尽蔵の金である。
いずれにしても、災い転じて福となる。俺達と清水氏はWIN WINの関係でお互い堅く儲かることになりそうだ。
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