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物語が動き始める章

第七話 「得体の知れない気持ち」

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思いもしなかった突然の告白によって、俺はとても困惑しているというのに、彼女は頭を整理する暇も与えず更に続けた。

「あたし……前から高月くんのことが好きだったの。だからいつかここに、あたしの前に高月くんが来てくれるんだって思って、ずっと待ってたの……」

そして彼女はゆっくり振り返り、上目遣いで俺の顔色を伺うのだった。

「……俺のことが好きだって?」

とても信じられる内容ではなかったので、言われたことを改めて聞き直すという当然の反応を返すと、彼女はコクッと頷いた。

「……そう……なんだ」

このことに対し思うところはたくさんあったが、何よりも初めに、率直に思ったことがある。

――嬉しかった。

こんな状況で、なぜ嬉しいと思ったのかは自分でもよく分からない。

しかし、どんな状況であれ言葉はストレートに心に入ってくるものだ。

だから雑念の多い寂れた俺の心にも真っ直ぐ届いたのかもしれない。

そして好きという言葉一つとっても、数多くの意味合いがあるものだ。

一概にそうとは言い切れないが、俺が思っている通りの意味合いを持って彼女が言ったのなら……それはとても嬉しいことだった。

とにかく、俺にとって大きな一言となったのは間違いない。

だから俺は、なによりもまず彼女に感謝を伝えようと思った。

「本当にありがとう。好きだって言ってくれてとても嬉しかった」

上辺だけじゃない、精一杯の感謝の言葉を述べると、不安げな眼差しを向けていた彼女は、またしてもニコッと愛らしい笑顔を見せてくれた。

――そんな彼女の笑顔を見ると、思わず話しかけたいなという気持ちになる。

いや、なぜか話しかけずにはいられなくなるのだ。

男は度胸、女は愛嬌という言葉を聞いたことがあるが、正しくその通りで、女の子は常に愛嬌を振りまいていて欲しいものだ。

愛嬌は良い意味でも悪い意味でも、女性にとって有効な武器となってくれるはず。

人に好かれることが多くなれば、女としての幸せをものに出来る機会が多く訪れるはずだ。

……まあ幸せってものは人それぞれなのかもしれないが、少なくとも男を手のひらで上手くコントロールする術は知っておいて損はないだろう。

男は独占欲や支配欲の強い性質を持っている。

その上プライドも一丁前なのだから、女性が無理に尻に敷こうとすると衝突し、多くの場合いざこざを引き起こす。

だから悟られないように上手く立ち振舞って、男を知らない内に自身の操り人形にしてしまうと良い。

よくテレビで討論されたりするが、男女の論争などで、「男はこうだ……」とか「女はこうだ……」などという自身の経験則から来る断定的な発言や、己の理想論を振りかざしている輩がいるが、それは大きな間違いだと思う。

確かに「○○はこうあるべきじゃないのか」と思う部分もあるが、必ずしも「本来あるべき姿」を強制することはないだろう。

男が家事をしたって良い。

女が仕事をしたって良い。

その人の置かれている環境によって、様々なカタチがあるはずなんだ。

そして男性は女性になれないし、女性は男性になれないのだ。

同じ人間だが、文字通り性質が違う。

人間は鳥のように羽を持ち、自らの力だけで空を飛べるか?飛べないだろう。

鳥と人間は同じ生物だが、性質が違う。

でも人間だって飛行機に乗って空を飛ぶことが出来るように、たとえ性質が違おうとも、男性、女性、それぞれが持っている性別の利を上手く活かして行けば、男女の関係は円満に続いて行くんじゃないかと思っている。

――なーんてまたくだらないことを考えてしまった。

今回は「男女のあり方」について少し考えたので、次は「子どもの重要性」について考えてみよう。

――と思ったが、やっぱり止める。

そして俺はこの間ずっと彼女の顔を見ていたはずだが、気が付くと彼女の姿はなく、辺りに散らばる椅子や机も全て片付けられていた。

「――ねえ」

「うわっ!」

姿がないと言うのは気のせいで、いつの間にか彼女は散らばる椅子と机を片付けた上で、更に俺のすぐ後方に回り込んでおり、突然大きな声で話しかけて来たのだった。

びっくりの度合いが大きかったので、俺は机の角に膝頭をぶつけるくらい飛び上がり、そしてしばし悶絶した。

――なんで驚くと反射的に体が動いてしまうのだろうか?

しかもすごいスピードで。

まあ驚きのあまり、ゆっくりと飛び上がって着地まで何秒も要する、なんてことがあれば、それはそれでまた驚いてしまうが。

「びっくりしたー!いつの間に俺の後ろに……」

「高月くんって……目を開けて寝る人なの?」

「いやいや、目を開けてなんて寝られるもんじゃないよ」 

「ふぅん……」

彼女は、とても手の込んだ錯視図形を食い入るように見るような目付きで俺を凝視する。

――そりゃ確かに不思議に思うだろうな。

というか気持ち悪いか。

たぶん当の俺でも、実際に考え事をして立ったまま微動だにしない人を見たら若干引いてしまうだろう。

それが俺自身に当て嵌まっているのだから始末が悪い。

更に自分で理解していても、その間のことは全然覚えて無いんだよな……。

「でさ、高月くん。これからどうするつもり?」

「えっ?」

彼女はさっき話していたことなんて知らないよとでも言わんばかりに、あっさりとした口調で聞いてきた。

俺はてっきり、高月くんはどう思う?

などと聞いてくるだろうと思っていたので、若干拍子抜けした。

いや、俺の気持ち悪い醜態をその目に収めたにもかかわらず、彼女の口から軽蔑の言葉が出てこなかったからか?

「……ああ、そうだな。どうしようかな」

そんなこれからどうすると言われても、実際今の俺には目的も何もない。

だからそんなことを聞かれても咄嗟には何も思いつかない。

しかし彼女と出会い、言葉を交わしたことで少しは「現実味」というものがよみがえって来たような気はする。

彼女の告白による驚きが、頭のなかで蔓延っていた疑念や不安、そして警戒心を隅に追いやってくれたのかもしれない。

咄嗟に思いつきこそしなかったが、少し考えただけで意外とすぐにこれからの展望が開けた。

「……もう夕方だし、俺は帰ろうと思うんだけど」

こんな時間にもなって学校に残り、勉強をするような趣味はない。

それに部活などをやっているわけでもないし、学校で寝るわけもない。

それ以前に用すらないのだから、わざわざ学校に留まっている理由がない。

となれば、自然と帰宅するという流れになる。

なんのことはなかった。

「――そっか。じゃ、あたしも帰ろうかな!」

俺の考えを聞くと、彼女は一際元気に賛同した。

「家近いの?」

「うーん、近いって程じゃないけど、家から登校するためのバスが来るバス停までがすごく近いかな。だから毎日登校がすごく楽だよ」

「へえ、そうなんだ。じゃあバスに乗ってしまえば安心だね」

これに対し、彼女は文字通り「うんうん」と大きく首を縦に振ることでそれを返事とした。

「でも気をつけてね?時間が時間だし、すぐ暗くなっちゃうから」

――ここで、俺はごく普通に気遣いの言葉を返したはずなのに、彼女は先程の元気な賛同とは打って変わり、目に見えるほど大袈裟に肩を落としてみせた。

そのリアクションになんの意味があるのか軽く推し量ったが、結局なにも考え至らなかったので、また普通に 「……じゃあ俺は先に帰るよ。会えたらまた明日学校で」と返した。

すると、彼女は目を瞑り、静かに深いため息をついた後、 「……うん、また明日ね」と見送りの言葉を掛けてくれたのだった。

「あの、どうかしたの?」

「えっ?いや、なんでもない!」

――彼女の取り繕う様子を見て、俺は少しむず痒いものを感じた。

「……そうか。なら良いんだ。じゃあまた明日!」

最後に別れの言葉を言った後、踵を返し美術室を出て行こうとすると、「じゃ、じゃあね! 気をつけて帰るんだよ?」という彼女の声が後方から聞こえたので、「いやいや、それはこっちのセリフだからよろしく」と肩越しに返し、俺は美術室を後にした。

――玄関を出ると、夕陽が目に沁みた。

ここに来る途中、少し気になって教務室を覗いてみたが、ちゃんと人はいた。

数名の教師がソファーに座り、軽い談笑をしていた。

あまりの人気のなさに、最初は俺以外に人はいないのではないかとも思っていたが、どうもそれは杞憂だったようだ。

美術室で「彼女」を見つけた時も、ひょっとしたら全てを知る者が用意した役者だったのではないかと疑ったりもしたのが、そんなことはあり得なかった。

でも正直な話、まだここが現実なのか夢なのかどうかは分からない。

なぜなら「これが現実なのだという確証がない」からだ。

だとすると、俺にとって何が「現実なのだという確信を持つための確証」になるのだろうか。

――ここで言う「確証」とは「1+1=2」という数式で例えるなら「1+1」の部分に当て嵌まる。

ということは「2」に当て嵌まるのは「確信」だ。

なので「1+1」という「確証」があると「2」という「確信」が持て、「1+1=2」という「現実」が分かるということになる。

つまり「1+1=2」という「現実」は「確証=確信」で成り立っていると言える。

しかし、今の俺には現実を信じるための確信がないし、その確証を得ることすら叶わない。

だから今の状況を現実と信じることが出来ないのだ。

いや、そもそも「現実」というのはなんなんだ?

「現実」を構成している「確証」と「確信」。

「確証=確信」の通りに考えてみれば、「確証があるから確信があり、確信があるのは確証があるから」と言える。

しかしこれにはおかしなところがある。

それは「1+1」という「確証」だけで見た場合、「その確信は2しかない」はずだが、「2」という「確信」だけで見た場合、「その確証は1+1だけではなくなってしまう」ということだ。

この「2」という「確信」を出す「確証」は、なにも「1+1」だけではない。

「2×1」や「2÷1」など、その他にも数限りない式が存在するはずだ。

人類が未だ見ぬ未知の式なのかもしれないし、また、適当に作った式だって、強引に「2」という「確信」にすることも出来る。

こう考えると「現実」は無限にある。

「確証」も無限だし、「確信」だって無限にあるということが分かる。

しかしこれらはあくまでも「1+1=2」という数式を例にしての解釈であって、全てが全てこうだとは限らない。

見方の問題もあるし、組み合わせの問題などもあるので一概にもそうとは言い切れない。

――でもだからこそ思う。

なんで1と1を足すと2になるのか、1と1を足して出た2はなんなのか、なんで2でなければいけないのか、ということが。

「現実」がどうのこうの以前に、全ての事象について疑問に思う。

例えるなら「1+1=2=□」という式の□の部分には何が入るのか?ということ。

つまり、答えの答えが知りたいのだ。

まあこんな俺でも自覚はある。

仮に□の中身が分かったところで、更にその□の□は何? □の□の□は何?というように収拾が付かなくなることくらい。

でも森羅万象、唯一の答えが絶対にあるはずなんだ。

人は死ぬために生きてるんじゃない。

意味があって生きているんだ。

生きている間に色んな経験をし、成長していく。

なのに死んで終わりなんておかしくないか?

経験した意味はなんだ?

成長した意味はなんだ?

その意味は無数にあるものじゃない。

唯一のモノが必ず存在しているんだ。

「これはこうなんじゃないかな?」「これはこうなんだと思う」なんておかしい。

確かにそうすることで意味を決定することが出来るが、それは虚構の真実でしかないはずだ。

俺が求めているのはそんなものじゃない。

たった一つ、唯一の真実、最後に行きつく唯一の答えなんだ。

――俺の目の前に現れた全てを知る者。

あいつはそれを知っているのか?

もう一度会いたい。

もう一度会って、直接聞きたい。

あいつは俺自身で解き明かせと言ったが、そんなこと出来るわけがない。

だから来てくれたんだろ?

俺に答え、生きる意味を教えるために!

じゃなきゃなんで俺の前に現れた?

あいつの存在が更に俺を混乱させる。

一体どうすれば良いんだよ……。

頼むから教えてくれよ……。

「眩しいな……」

ここでまた俺は我に返った。

ちょっとしたことですぐに考え事をしてしまう。

そして不意にハッとし、「また考え事したな」と思うのだ。

ホントいつからだっけ?

昔はこんなんじゃなかったんだけどな……。

「すぅ…………ふぅ……」

外の清々しい空気を大きく吸い込み、自分の存在を噛み締めた。

淀んだ心のモヤモヤを吐き出すように、何度か深呼吸する。

確かに俺は今どんな状況に置かれているのかなんて分からないし、これから何が起こるのかも分からない。

それなのに、夢だとか現実だとか時期がどうのこうのだからなんて考えても時間の無駄なだけだ。

少なくとも、今は目の前で起こったことを素直に受け入れるだけで良い。

そうすることで、きっと見えてくるものがあるのだから。

――という風に、自分を納得させて奮起するのも、俺の一連のお約束だった。

深呼吸をすることで徐々に気持ちが晴れていくのを感じていたが、きっとモヤモヤを晴らしてくれる要因はこれだけではなかっただろう。

美術室での彼女との会話――。

なぜかそれを思い出すと、全てを知る者の存在や、俺が置かれている状況など全く気にならなくなる。

いや、全くというと嘘になるが、目に見えないほどゆっくりと。

じわじわと俺の心に広がっていく得体の知れない気持ちがそれらを覆い尽くしていくのだ。

この気持ちは何なんだ?

こんな状況だからこそ芽生えた気持ちなのか?

でも、今彼女の存在が自分の中で一番大きいものになりつつあることは確かだ。

短時間の会話だったが、それでも俺は彼女に興味を持った。

彼女のことが異様に気になって仕方がない。

クラスは何組だっけ?どこで会ったことがある?話したことはあったのか?何て名前なんだ?考え出すと気になることは山ほど出てくる。

……ハッ、にしても面白いもんだな。

他人に対して必要以上の興味を持たなかった俺が、誰かのことをこんなにも考えているなんて。

いっつもくだらないことばかり考えてるアタマが、こんなことにも労力を傾けることが出来たのかと、我ながら多少感心してしまう。

でもまあ、このまま玄関で頭を悩ませ、彼女のことを考え続けているわけにもいかない。

彼女も帰ると言っていたので、しばらくしたら彼女も下校するためにここに来るだろう。

正直、もう今日は彼女に会いたくないのだ。

一旦間を空けないと、多分俺は彼女と話せないかもしれないから。

――今思うと、彼女は俺と一緒に帰りたかったのかもしれない。

帰路を共にしなくとも、せめてバス停くらいまでは付いていってあげれば良かった。

さっきの彼女の様子を思い出すと、空気を読めてなかったかなと少し後悔してしまう。

だから今更彼女に掛けるような言葉が用意されていないので、話せない……というのは打算的だろうか?

「一体俺は何がしたいんだろうな……」

ふぅ、と一息。

雑念を振り払い、俺は帰路に就いた。 
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